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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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 ソウは、まだ見つからない。

 見つからないまま、日にちだけが経過している。迷い鳥は自由を謳歌しているのか、あるいは……この頃、月ヶ峰の街中を不穏なニュースが飛び交い始めた。

 駅前広場にある、ちょうど木陰になっているベンチに今、俺ときみは座っている。休日だ。晴れというには雲がかかり、青というには灰色に近い空のもと、月ヶ峰の街は穏やかに真昼を過ごしている。いつものようにきみは帽子をかぶり、それでいていつものように周囲の視線を集めている。彼らはまずきみの姿を、その特異性を見つけ、次いで傍らの俺をつまらなそうに眺めて去って行く。


「ほら、これ見て」


 きみが手元の携帯を俺に向ける。

 そこには、SNSの画面が表示されていた。迷い鳥を探すために用いたきみのアカウントに対する、返信だ。返信者のアカウント名は『ヌイ@re_dog_gone』とあった。


 ──『僕も地元が同じなんですけど、月ヶ峰市の郊外には、とある一族が所有していた屋敷の跡地があるという話です!もしもう知ってたらすいません!やっぱり人が立ち寄らない廃墟とかだったら動物もいるんじゃないかって思いまして!』


「どう思う?」

「……この屋敷の跡地というのは。この前行った場所じゃないか」


 先日、白い猫の遺骸を埋めた日に見た、あの白い外壁の建物。

 固く正門が閉ざされており、外界を拒絶していた屋敷。跡地、というからにはもうだれも住んでいないのだろうか。いや、そもそもが噂話だ。廃墟と結論するのは早計だろう。


「だろうねえ。もう知ってるんだよ、ごめんね、っと」


 きみは『情報ありがとうございます!』と返信し、ハート型のボタンを押した。『いえいえ。同じ地元民として、早く見つかってほしいと思ってます!友達にも聞いておきますね!』すぐに返事がきた。


「もう一回行ってみる?」


 そうして俺を見つめるきみの瞳は、好奇心に輝いている。「今度は偶然にも門が開いているかもだし?」


「やめておこう」


 だから、俺は断った。


「……はぁい」


 眉を下げ、素直にきみは聞き入れた。


「ま、分かってたけど。断りそうだなあって」

「今は時期が悪い」

「まあねえ、うん……怖いものが、うろついているみたいだし、この街」


 きみは手元の携帯へ目をやり、指で軽く操作をしたあと、ほんの少しの苦笑を浮かべた。


「あはは。さっきの人、まだ返信してきた。しかも、DM」

「更に情報をくれたのか」

「ううん。この街の、どの辺りに住んでるんですか、だってさ。ちなみに僕は駅の近くです、だって。へーそうなんだーって」

「けっこう近いんだな……」

「んーこれ返した方がいい感じかな?」


 俺を見上げ、きみは尋ねる。どうやら俺に判断を委ねるつもりのようだ。


「返す義理はないだろう。情報をくれたことには感謝するが、それ以上の干渉はいらないよ」

「……」


 きみは黙り、じっと俺を見つめている。気のせいか、にんまりと目じりが下がっているようにも見える。灰色の瞳が、どこか嬉しそうな。


「……なにか、俺は変なことを言ったのか」

「ううん。変なことじゃないよ」


 そう言うも、きみはにこやかにまた口を閉ざしてしまった。よく分からないが、機嫌は良さそうだ。白い髪がそよ風に揺れている。灰色の瞳は俺を見つめている。綺麗な光景だと、ふと思う。思う、というよりも生じるといったほうが近いかもしれない。感覚的なものだ。


「つまりさ」

「うん?」

「つまり今のきみの発言って、私たちの時間を邪魔してほしくない、みたいに受け取ってもいいの?」

「……」


 ああ、……そうか。俺は、誰かの干渉を望んでいないのか。

 

「……そうらしいな」

「へぇー〝そうらしい〟んですかぁ……」


 俺の言葉を繰り返すときみは視線を正面へ向け、「ふへへ」と少しく間の抜けた笑みをこぼした。「私もかなぁ、その気持ち……」


 それきり、きみは黙ってしまった。

 かといって俺の言葉を待っている様子でもなく、静かに、休日の街を、行き交う人々を、吹く風を、揺れる枝葉を、流れる雲塊を、青が微かに見える空を、視界の中に認めている。

 行く人々はきみを視界に入れ、その白さにほんの少し非日常を見、次いで俺の平凡さを退屈そうに眺めて去っていく。

 んん、ときみは手を組んで伸びをし、静寂を少しだけ崩した。


「ま、今はあんまり動かないほうがいいかもね。もしもうっかりそんな場面に立ち会ったりしたら、怖いし」

「だな。動物を殺すような人間は、終いには人に手を出し始める」


 動物殺し。

 月ヶ峰の街で、最近、動物の死体がよく見つかっているらしい。車に轢き潰されたものなどではなく、人為的に明らかに殺されたとわかる死体だ。刃物だとか、薬物だとか、手だとか、色々な噂が交わされている。……刃物、で。


「……ね。由正」

「おそらく、そうだろうな」


 問いかけようとするきみの灰色の瞳に先んじて、答える。言わんとしていたことは予想がつく。


「あれ、私がなにを聞こうとしたのか分かった?」

「ああ」

「分かっちゃったかぁ、あーあ。以心伝心ってやつなのかも、ふふ」


 嬉しそうなその表情はすぐに、悲しみに上塗りされた。記憶に新しいあの子猫の姿を、きみもまた思い浮かべているようだ。


「この間の、白い子猫のことだろう」

「うん。あの子も、やられちゃったのかな」

「その可能性は大きい」

「嫌だね……なんだか、とても嫌」

「……俺もだよ」

「誰かの手で勝手に終わらせられるなんて、いやだな、私……」

 

 憂さ晴らしか、逆恨みか、意味などないのか……理由は知らない。知らないが、これからも続いていたはずの道を誰かの身勝手な凶行で急に終わらせられる理不尽さは、到底許容できるものじゃない。動物殺し。くだらない。そんなものと関わらない方が良い。いつ、どこで、自分たちにまで危害が及ぶのか判らないのだから。


「生まれた場所は勝手に決められたんだから、死ぬところぐらいは自分で選びたいなぁ」


 灰色の瞳で灰色の空を見上げ、ひとりごとのようにきみは言い、


「いま……」


 何かを口にしようとして躊躇が混じり、言葉を止めた。

 いま。今。……。


「……重いこと言ったりしてごめんね、由正」


 俺へ向けて、恥ずかしそうに微笑んだ。

 彼女の言わんとしたことは……、俺の推測としかならず、しかも願望が混じるものだ。憶測に近い。ならば、俺の言葉として発したほうが良いだろう。本心には、違いないのだから。


「俺は……長生き、は、したいと思う」

「……?」

 

 きょとんと、きみが首をかしげる。


「ただ……天寿、までだ。ヒトの寿命まで生きる。それ以上の命は望まない……望めない、気がする。俺に、そんな資格はない。……いいや、きっと、もとから無かったんだ」


 なのに、()()()得ようとするならば。

 尽きない命脈を、限り無い時間を、続き続ける永遠の廸を欲するなら、いったいそれは築き上げた何の上で得るものだろうか、そもそもが得られるものなのだろうか。……どうして、こんなことを考えているのだろう。憂鬱な曇天の影響か? 分からない。


「……きみも重いことを言いたくなった?」

「きみに影響されたらしい」

「へえ。きみも誰かの影響を受けるんだね、意外。こう、泰然自若っていうか、なんかそんな感じなのに」


 きみが微笑みながらそんなことを言い、俺の言葉を受けて笑みを深くする。親愛が、その表情から受け取れる。要領を得ない発言であるのは重々承知している。すまない、とも思う。ろくに組み立てずに、思ったことを訥々と述べているのだから。


「いつかは、終わるときが来る……必ず、くる」


 ヒトは永遠を生きられない、という結論。


「その瞬間を……、…………俺は、こんな、こういう、」


 要領を得ない。申し訳ない、と思う。


「こういう穏やかな時間の中で、迎えたい」


 もしもの話だ。

 やがては必ず来る、(もしも)の瞬間の話だ。

 俺の本心として、発した。それがさっきのきみが口にしようとした言葉に近いのなら、……、嬉しくは、ある。


「いま、みたいな?」


 きみがどこかぼんやりとした表情で、言う。

 

「ああ。今、みたいな」

「うぁっ……」


 実感の湧いていない様子のきみの顔は、見る見るうちに赤みが差した。灰色の瞳が揺れた。帽子のつばをおさえ、顔を隠すように覆い、白髪を揺らしながら勢いよく顔をそらされた。

 しばらく、時間が停滞した。

 視界で、月ヶ峰の休日だけが、他人事のように流れていった。


「分かんない、ずるすぎるよ、そんなの、ずるすぎる……」


 きみの恨み言が聞こえる。

 ずるい、ずるい、としばらく言われ、落ち着いたのか、再びきみはこちらを向いた。まだ若干頬が赤い。こほん、と小さな咳ばらいをし、


「話、戻すから」

「どこまで」

「私たちが見たお屋敷のところまで。真夏を前にした今に相応しい……こわぁい、噂」


 目を細め、にやぁと笑う。きみはいつもの表情に戻っている。俺も、いつもの表情に戻れているのだろうか。


「きみはドイツにある、お医者さんの家がそのまま廃墟になった場所って、知ってる?」

「いや、知らない」

「ふふ、調べてみなよ。廃墟の本に載ってた覚えがあるし、ネット上にもあるから。そのお医者さんの家とさ、月ヶ峰市内のあのお屋敷がまた、似ているらしいよ」

「似ている……?」

「うん。ものがそのままなんだって。調度品やら洋服とかがそのまま、生活の痕跡をまるっと残したまんま廃墟になってるって話。それでさ、これもひとつの噂なんだけど、人体の一部分のホルマリン漬けとかが、そのまま転がってるんだってさ」

「不気味だな……」

「不気味でしょー?」


 わくわくした様子で、楽しそうな表情で、おどろおどろしい話をきみはしている。


「そのお屋敷には塔が隣接しているらしくて、それでね、それで……その塔には地下へと続く階段があって、その階段を下りていくと……」


 にぃ、ときみは楽しそうに俺の眼を見つめ、


「人体実験の跡がそのまま残っている空間に出るみたい」

「元々の持ち主が……」

「そう、人知れずにヒトを使った実験を繰り返していた、って話。目的は究極生物を作り出す為、とか、亡くなった娘の肉体を復元する為、だとか、魂を創造する為、だったり、不老不死になる為、やら色々言われてる」

「眉唾だな」


 そのいずれも、あり得ない話だ。あり得るはずがない。

 実現性の皆無な、狂人の視た幻に過ぎない。虚妄の望みは、叶わない。


「実験の名残りでさ、屋敷内にはとんでもない薬品とか注射器がまだ残っていたり、怖い化け物が徘徊していたりとかしてるみたい。それでついた名前が──『化ケ屋敷』。武家屋敷みたいな呼び方だよね……」

「……なら、なおさら止めておくべきだ。屋敷の中で化け物と出遭う気の毒な侵入者に俺たちがなってしまわないためにも」

「え? そのときはきみが守ってくれないの?」


 きみの口から出たのは冗談だ。


「守れるような相手ならな。もちろん、守るとも」

「うぇっ……」


 だから俺も、冗談で返した。

 きみは少しく目を丸くし、俺を見、何か言いたげに口を動かし、視線をそらし、顔を背けた。


「……たの、頼もしいね、それは。うん」


 か細く言うと、勢い込んで俺のほうを向き直り、「守ってもらうから、それじゃあっ」と宣言した。表情の赤みは隠せない。お互いに。


「守るためにも、その場に俺がいないといけない」


 その場に間に合わないのでは、どうしようもない。


「一人で行くなってことでしょ」

「ああ」

「分かってるよ。それにもしもさ、もし万が一私がそこに一人で行くことにでもなってしまったら」


 にこり、ときみは笑い、


「パンのくずでも落としていくよ。きみが辿って追いかけられるように」


 森の奥深くへ向かう道中、ヘンゼルが妹と自身の為にしたように。


「光る小石の方がいい。パンくずだと鳥に食べられる」

「光る小石かぁ、あったかな……蛍光ペンで塗りまくればいいのかな……」


 真剣な様子できみは考えると、雲の切れ目から太陽が差し始めた。


「陽ざしがきつくなってきたみたいだ。移動しようか」

「あ、それじゃあご飯食べようよごはんっ、近くでー」

「そうだな……、……」


 ふと、見た。視線を感じたのだ。

 その先には、くつろぐ人々、歩き行く人々に混じって、立ち止まりやけにこっちを見つめてくる男が一人、いた。知らない顔だ。知らない人間だ。


「……」

「え、なに、どうしたの」

「いや。行こう」


 その視線からきみを陰に隠すように、俺たちは歩き去った。

 男……少し、年上か。動物殺し、という文字が、思考の中で強調される。いずれにせよ、だ。屋敷の跡地とやらに近づく予定はない。今は、動き回るのは危険だ。


「どこか美味しいところあったかな」


 俺以上に、きみが。

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