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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
122/165

車内の会話

「三人だけだし、秘密の会話をしよっか」  


 窓の外に流れていく月ヶ峰市の夕景を背に、後部座席の端っこに座る紗夜がそのように切り出した。彼女の常態となるいつものにこやかさでもってである。車が動き出してまだ間もなくのことで、車外にはビルが建ち並び、大勢の通行人の姿があった。


「なんかあんの?」


 真ん中に座っている伊織の退屈でいてかつ怪訝な視線を受け、「あるでしょ」と紗夜はにっこりと笑む。目元の泣きぼくろも上機嫌に微動した。


「巌義の、ですか」


 端っこに座る延寿が言う。延寿と紗夜に挟まれたかたちの伊織が、「笑って語れる思い出じゃないだろ」と吐き捨てた。もっともだった。

 巌義麻梨の一件は、すなわちWWDWの件だ。

 何者かが作製したクスリを、元風紀委員の麻梨が仲介していた。それを隠して麻梨は延寿に近づき、捜索側として振る舞い、WWDWを飲ませ、ビルの地下まで連れていった。床に落ちていた注射器を見るに、投与も行われたのだろう。


「それなら、真面目な顔で言う」


 言うと、言葉通りに紗夜は真剣な表情、笑みのない眼差しで、隣に座る伊織と隣の隣に座る延寿を見遣った。


「延寿くん、身体は本当に平気?」


 まず第一に紗夜は延寿の体調を心配した。


「今のところ何も問題ありません」


 延寿は麻梨によってイセカイを飲まされ、打たれてもいる。幻覚だってその眼で見る羽目になった。


「へんなのとか見えてないよな? 真っ黒な人影とかさ」


 伊織が言う。


「何も。きみたちが見えているものしか俺には見えていない」

「ふーん。がんじょーだねキミー」

 

 そう、伊織。口ぶりとは裏腹に、浮かべる笑みは安堵が濃い。


「ああ、ところでさ……」


 何かを思い出したかのように伊織が口を開いたところで、

 紗夜が何を言うんだろうと伊織の眼を見つめたところで、


「待て」


 延寿が伊織の言葉を制止した。


「はあ?」

 

『はあ?』と伊織に言われた。


「きみの疑問、俺にさせてくれ」

「僕のを? お前、僕がなに聞こうとしたのか分かるの?」

「救急車が来なかったことだろう」


 延寿の言葉に、伊織は黙った。それで正解のようだった。


「生徒会長。あなたは救急車を本当に呼んだのですか?」


 紗夜を向き、延寿は訊ねる。

 あの麻梨との一件があった日、救急車は遂に現れなかった。呼んだと言ったのは、紗夜だ。来なかったのならば、来なかったなりの理由があるのだろう。それは紗夜が関与していない理由なのかもしれないし……あるいは、意図があってという可能性もゼロではない。そのときは何も聞かず、何か手違いが起こったというとりあえずの理由でことは終わった。……手違いなど、早々起こるのか?


「呼んだよ」


 即答だった。

 延寿と伊織の眼に対して真っ向から、紗夜は頷いた。にこりとはしていない、真剣な目つきだった。「なんで来なかったのかは、本当に分かんないけど」真面目に、紗夜は言う。延寿の知る限りでは紗夜が嘘をつくような人間とは思えなかった。これまでの彼女を知る者としては。果たして紗夜はさらっと嘘をつくような者だろうか、という疑問だ。


「まあ、僕も涯渡サンが電話している姿を見たけどな……すぐ傍で、とかじゃないけど」


 そう、伊織。


「あちら側にも事情を聞いたりしておくべきだったね、ごめんね……」


 しゅん、と落ち込んだ様子で紗夜が目を伏せた。「今となってはもう、分からず終いだし」


 間が空いた。

 凹んでいる紗夜の姿が嘘だとは思えない。

 思えないが為に、延寿も伊織もそれ以上の追及をできずにいて、


「あの場に、どうして涯渡さんがいたんですか。伊織、きみもだ」


 それはもう終わった話題だと言外に、その話題そのものは自身の内奥に保留し、延寿が他の質問を向けた。

 紗夜はきょとんと眼を瞬いたあと、ちらと伊織へ視線を向ける。向けられた伊織は眉根を寄せ、


「ああ、言ってなかったな……生徒会長さん、教えてなかったのか?」

「聞かれなくて……伊織くんが言ったのかと思ってた」


 お互いがお互いに言ったものだと思っていたようだった。


「そもそもすぐに聞かないお前もお前だよ」


 矛先を延寿に向け、伊織が言う。「あの時も心配する僕達をよそにさっさと帰るし……」


「あ、やっぱり心配してたんだ? ぜんぜん心配してないんだけどって態度だったのに」


 すかさず、紗夜がにこりと伊織へと追及し、


「うるさいっ」


 そう、伊織が言い返し、延寿へ視線をやり、いつもの鉄みたいな表情を見つめ、少しの躊躇を見せたのち、口を開く。


「……僕が後をけたんだよ。トンネルのところでさ、お前とガンギマリ女がいっしょにいたところに一回会っただろ。その後、ついて行った」

「どうしてだ?」

「なんとなくだよなんとなく。僕も暇だったし、なんか暇つぶしが欲しいとこだったんだ」


 暇つぶしだと、伊織が吐き捨てる。


「そしたら公園でさ、お前とガンギマリ女と変態女とガイドがいるとこにでくわして、お前がガイドに気絶させられたんだ」


 巌義麻梨の一件で、延寿は街中の公園内、トイレでWWDWの元凶と思われる人物と遭遇し、取り押さえようとしていた時に『案内人』に襲われた。伊織が語るのは、『案内人』が元凶の人物の首を刎ね飛ばした後の顛末だ。


「ガイドはすぐに変態女の首と身体を軽そうに抱えてどっか行った」


 あのときのずた袋女の死体は『案内人』が回収した。

 殺した者をその場に置き去りにする筈の『案内人』が、WWDWの元凶の死体だけは回収を行った。そのまま野ざらしにしては困るようなものだったのだろうか。


「そして数分も経たないうちに戻ってきたんだ」

「ガイドがか?」

「ああ。ガイドのやつ、次にお前を抱えてまたどこかへ消えた。お前みたいなでかいのを抱えてるのにぴょんぴょんとな、やっぱり人間じゃないぞあれ」

「俺を……」

「その様子を、ガンギマリ女のやつ、にこにこしながら眺めていた。そこで僕は分かったんだよ、ああこいつらはグルなんだなってな」

 

 巌義麻梨と『案内人』が手を組んでいた。

 延寿の身体を麻梨が一人で運ぶのは難しく、万が一できたとしても目立つだろう。


「ガンギマ……ああもうめんどくさい、名前で言う。なんて名前だったっけ」

「巌義麻梨だ」

「じゃあイワヨシだ。そのイワヨシがどこかへ歩き始めたんだ。ガイドに人が連れ去らわれたってのに慌てもせず通報すらせずにな」

「つけたのか」

「つけてやったさ」


 二人のやり取りを、紗夜は無言で見つめ、聞いている。


「通りの雑踏の中、馬鹿みたいに人がいっぱいいてさ、それでも僕は巌義のやつを追いかけてたんだけど、見失った」

「人ごみに紛れたんだな」

「いや、違うんだよ。絡まれたんだ。なんか知らない酔っ払いに急に肩をガシッと掴まれて、『神がここで今お前を抑えろと云うんだぁぁッ!』とか叫んで」


 思い出して怒りが戻ってきたのか、伊織が眉根を寄せた。「頭おかしいやつに絡まれたせいで見失ったんだ」


「災難だったな……」

「そのキチ……頭おかしいヤツにはさすがに一発お見舞いしてやった。邪魔されて腹立ったし。邪魔した理由も理由だし。それで巌義を探してたら、そこの生徒会長さんと会った」


 そう、伊織が顎で紗夜を指した。


「会ったんだよ」


 にこりと紗夜が見せるのは裏のない、眼を細めた笑み。目じりは徐々に下がり、いたずらっぽい光を帯びて、


「『なんでいたのか?』でしょ?」


 紗夜は言う。

 延寿は無言で頷き、先を促した。


「塾もないから読書しようと思ってたんだ。少し古いけど読みたい本があってね、繁華街の近くに良い古本屋があるの。そこに寄って、でもお目当てのものがなくて、しょんぼりしながらの帰りだったんだよ」


 本なんて読むのかよ、と伊織が呟く。


「読むよ。だって生徒会長だよ? 本を読まない生徒会長ってどこかイメージに反してない?」


 不思議な自信に満ちた紗夜の言葉に、伊織は「まあ、読みそうだけど……」と気圧された様子で一応の同意を示した。


「綺麗な子に、乱暴な人が絡んでて……ああどうにかしなきゃ、と思ってたらその子の綺麗な右フックが乱暴な人の顎をかくんってきれーにKOしたところに居合わせたの」 


 見てたのかよ、と綺麗な子は右フックをかました右手へ無意識に視線をやった。


「一目見て慌てている様子だったから、尋ねたんだよ」

「『どうしたの』ってな」


 紗夜の言葉を伊織が次ぎ、


「お節介なヤツだと思ったんだ。でもそのときの僕もワラにだって縋りたい気分だったから」

「それだけ焦ってたんだなとワラは見たよ」

「うるさい。ワラは喋らないもんだろ」

「ふふ。それならワラは黙ってるね」


 にこにこと、紗夜が口を噤んだ。


 それで、と伊織は延寿を見、「そこのワラに事情を話して、二人でお前を捜し始めた」


「どうやって場所が分かったんだ」


 延寿の問いかけに、伊織はむうと紗夜へ視線を向けた。


「……」


 にこやかに紗夜は黙っている。


「頑張った、としか言えないな」


 苦々しく、伊織。


「しらみつぶしだったもんねぇ」


 口を開き、しみじみと紗夜が感慨深く頷く。


「挙動不審なヤツを探そうにも、繁華街にいるのなんて全員不審者みたいな挙動だしさ。酔っ払いも多いし……巌義も完全に見失っていて、とにかくシラミ潰しに探すしかなかった」

「ガイドを見たって人もいなかったから、何人かに聞いては見たんだけど」

「僕よりも生徒会長さんの方が巌義について知ってるだろうと思って、行きそうな場所はないのか? って聞いたんだ。どんな些細なことでもいいから僕に教えろって」

「うん。そのときの伊織くん、すごく必死な形相だった」

「それ今必要な情報じゃないだろっ」


 ムキになる伊織を微笑ましげに見ると、「巌義さんはね」と表情を改め、紗夜が言う。


「女子の間で回ってくる話を聞くに、ちょっと困ったことになった子に親切にしてあげてたみたいで……巌義さんの家、産婦人科のお医者さんだから」

「後先考えずに盛るからだよ」


 伊織の悪態に、紗夜は苦笑しながらも言葉を続ける。


「そのことで話したこともあったんだ。校則上では不純異性交遊の禁止を謳ってるから、椿姫も交えて、当人たちにちょっとした感情のセーブをお願いしようと思って。そういうのはもう少し我慢しようね、って。巌義さんのところに相談にくる子たちと、そのグループにいる子たちの情報を集めて、私と椿姫と、後は養護教諭の先生もいっしょに説得しよう、抑えようって。難しい話なんだけどさ」


 あははと苦笑すると、ちら、と紗夜は延寿を見、「できれば女子の間で済ませたくて、内緒にしててごめんね延寿くん。そのことを知っていれば、ひょっとすると巌義さんの一件も……起こらなかったかも」


「巌義が相談を受けていた事実から、巌義がその原因となるWWDWの仲介をしている事実に気づけたかははっきりと分かりません。もしもの話で、もう過ぎた話です」


 だから謝る必要はありません、と延寿。


「うん、ごめんね……」そう、紗夜がしおらしく頭を下げた。


「巌義と話した時に、生徒会長さんのお家の人でテナントを借りたい人はいますか、と世間話がてら聞かれたんだってよ。話題を変えたかったってのもあるだろうけどな」


 言葉の途絶えかけた空間に、伊織が続きをつなげた。「月ヶ峰市内の繁華街にテナント募集中のビルがあるんです、とさ。生徒会長さんはそれを思い出して、ひょっとするとって具合にテナント募集中の張り紙があるビルに僕たちは絞った」


 さっさとすべてを言ってしまい、「そこでも虱潰しだよ」と伊織。


「テナント募集中の張り紙がしてあるところの入り口と、地下の方も見てみたの」

「そしたらご丁寧に入り口の扉がカットされてたんだよ。普通の人間が刃物使っただけじゃ絶対に無理な切られ方でな。バターでも切ったのかって感じに綺麗な切断面だった」


 紗夜と、語尾を引き取り伊織が言う。


「それで、全裸のお前と全裸の巌義を見つけたってわけ。生徒会長さんと二人がかりで巌義をふん縛って、その後はお前の知る通りだ。お前は助かり、巌義のヤツは行方不明」

 

 うん、と紗夜が頷く。

 あの一件の後に行方不明となった巌義は、果たして何処へ行ったのだろうか、と延寿は思う。手を組んでいた筈の『案内人』に処理をされたのか、まだどこかに息をひそめているのか。


「それで巌義さんについての内緒話はおしまいだね。あとの秘密にしていたい会話は、体育館裏の落書きかな」

「なんだそれ?」

「あ、伊織くんは知らないかな。真っ赤な文字だよ」


 伊織の質問に紗夜が答えているとき、その、


「取兼先生が来た時に、C5H9NO4530(落書きが)1748C5H5(出現し)N511732(たんだ)「ッ……!?」


 瞬間だ。

 今走行している車、の、フロントガラスに一面、あの赤い、血のような文字が貼り付いた。もう何度も見た血色の文字を、また、見た。


 病室内の天井に。

 喫茶店の看板に。

 店内のメニューに。

 自室のカーテンに。

 体育館裏の外壁に。


 それらの箇所に描かれていたのと同じ、赤い文字が描かれていた。

 

「どうしたの、延寿くん」


 びっくりした様子で、紗夜が延寿へ尋ねる。


「……なんでも、ありません」

「そんな眼を見開いてなんなんだよお前。すぐ目の前に対向車が直進して来てんのかと思ったじゃんか。まったくビビらせんなよ」


 伊織も紗夜と同じく延寿が急に驚いたことに驚いている。


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 あの体育館裏を赤い文字が埋め尽くした時だって、花蓮と小比井は見えていたのだろうか。いや、恐らく、見えていなかったはずだ。今、平然と運転している上分とて、見えていないだろう。


「……秘密の話は、これぐらいかな」


 延寿の突然の瞠目に水を差されたのかどうか、紗夜は深くを聞こうとせずにそう締めると、


「陽が沈み切る前には到着するよ」


 と、窓の外を見た。

 朱色に暮れゆく風景が流れている。心なしか建物の数が減っている。街から離れているのだから当然ではあるが、現在進行形で薄暗くなる車内とついさっきの異常も合わせ、延寿の脳裏に滞る不吉をより濃くさせた。


 その後は他愛ない会話が続き。

 車は道を逸れて、遠方に微かに見える森へと近づき。


「あそこを曲がって、木の間を真っすぐ行ったらあるよ」


 更に道を曲がり、森の間に延びる小路へと入り。

 がたん、と時おり揺られつつ路を進み。


「あ。少し揺れるかも」

「言うの遅いだろ。もう存分に揺れたぞ」

「……これからも揺れるよ?」

「予想できてるよ」


 車は揺られ、進み、進んで。


「ほら、着いた。無事、到着しました」


 ようやく、屋敷に到着した。

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