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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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化ケ屋敷

 月ヶ峰市の郊外に、とある一族が所有していた屋敷がある。

 建物としては既に死んでいる、廃墟だ。朽ちて時は経ち、年月に蝕まれた、今となっては単なる抜け殻、空虚に満たされた無人の館、住人は当然、一人としていない。


 森の中に、その屋敷はある。

 活気あふれる街からしばらく離れて、見えてきた森にはでこぼこに荒れ果てた小径の入り口がある。その小径をしばらく歩くと、開けた場所にでる。奥に見えるのが、お屋敷の死骸だ。

 ぐるりを鉄柵で囲まれた広い敷地内に門柱が佇み、常に外界へ解放されている門を抜けた先で、巨大な屋敷がひっそりと息絶えている。長い年月の末に、彼(あるいは彼女?)の寿命はとうに尽きたのだ。人の手が入っていないことが瞭然の古びた面持ちで、物好きで身勝手な来訪者を迎えてくれる。種々の調度品が遺されたままの廃墟を、昔々に迷い込んだある一人の少女が、ドイツにある医者の家の廃墟みたいだ、と云った。果たしてその少女は無事に帰れたのだろうか。屋敷の中でよくないモノに遭遇してはいないのだろうか。だとして、誰かが助けに来てくれたのか? その誰かは、間に合ったのか? ……知り得ない。


 外観はところどころが薄汚れている。長い間雨ざらしになったおもちゃのように泥土が壁を一面に化粧し、ガラス窓は割れてこそいないものの内部が窺えないぐらいに汚れ切っている。それでも無理に覗き込もうとしたら、部屋の中からナニがあなたを見ているのだろう?


 前述のとおり門扉は開かれっぱなしで、誰でも侵入が可能だ。誰であろうと平等に屋敷に近づく権利が与えられている。玄関ポーチの下、玄関扉もまた、懐深く、常に開かれている。

 古びた屋敷にはつきものの怪談が、ここにもまた、存在する。


 曰く、夜中にここへ立ち寄ると、ポーチの下に誰かが立っている。

 曰く、それに近寄ると『屋敷内をご案内いたします』と言われる。

 曰く、断ったとしても、逃げられない。いつの間にか連れ込まれている。

 曰く、食堂で、長々としたダイニングテーブルの席に着かされる。

 曰く、着席しているのは自分だけ。

 曰く、大層なご馳走が、大皿にのって目の前に展開される。

 曰く、美味しい。

 曰く、気づけば、そこは真っ暗闇。屋敷全体が闇の底。

 曰く、いつの間にやら、そこかしこに何かが転がっている。

 曰く、それらは今までに迷い込んだ人間の死骸である。

 曰く、あなたが口にしたのは彼らからとれた新鮮な肉だ。

 曰く、あなたはもう逃げられない。


 そこに最近、新しくこんな話が加わった。

 

 曰く、屋敷の現在の持ち主は、あの『案内人』である────と。


 元々の持ち主は、涯渡家と云うようだ。

 月ヶ峰市内を中心に根を張る、資産家である。

 しかしいつの日か、古き日に、涯渡家はこの豪奢な屋敷を放棄した。土地ごと売り払ったのか、屋敷のみを別の人物に売却したのか……いずれにせよ、この屋敷は既に涯渡家のものではなく、また、新しい持ち主にとってもさして重要な物件でないのは現在の荒れ様からも窺える。

 警察は『案内人』の行方を探る際にここにも立ち入っているらしい。もちろん、昼間に。人数を引き連れ、最大限の警戒でもって恐る恐る、屋敷内の全部屋を見て回った。連続殺人鬼がここに潜んではいないかと、そう踏んでのことだ。結果、誰も見つからなかったし、何の痕跡もなかったようだ。……果たして見落としはなかったのだろうか。確実になかったといえるのだろうか。例えば、隠し部屋があったり、地下へと続く抜け道があったりはしないのだろうか。


 曰く、この屋敷のどこかに、地下への入り口がある。

 曰く、『案内人』は今も、そこを本拠地として動いている。


 月並みで平凡で退屈極まりない忠言を、これを見るあなたへ贈ろう。

 

 死にたくなければ、化け屋敷には近づかないことだ。


    ◇ 


「そ、そういう話がある、みたいです」

「へー。そーなんだ」


 黒郷亜砂美が知る『化け屋敷』に関する情報が、それである。オカルト好きな同輩による情報共有の末に、流れてきたデータだった。廃墟フリークの誰かが運営しているサイトへの一般からの投稿であるらしい。もったいぶった言い回しで、不安を煽るだけ煽ろうとする魂胆が見える文章だ。『案内人』に触れていることからも、その投稿は最近されたものであることが分かる。因みに投稿者名はイツノブとのこと。亜砂美にその名に関する聞き覚えは全くない。噂に次ぐ噂、散々に尾ひれをつけて泳いできた信憑性に欠ける虚構、亜砂美もまた、芯から信じてはいない。


「で、でもでも、花蓮先輩、いきなりどうしたんですか? 化け屋敷の話が聞きたい、だなんて」

「ん。ちょっと気になっちゃったの。もさみなら知ってそうだなって思って」

「は、はあ……」


 急に聞かれたのだ。

 椿姫が校内で『案内人』に殺されたというとんでもないニュースで興奮状態の全校で、今日は午後の授業は無しと下された半ドンの指示に喜ぶ一般生徒の間を抜けて、休み時間に花蓮が亜砂美の教室入り口までやってきて、亜砂美を廊下へ呼び出し、「バケヤシキってあるじゃん?」とそう尋ねた。だからその単語を目にした覚えのある亜砂美は、「あ、ありますね」と答えた。てっきり、椿姫の死に関する話題かと思っていたものだから、大いに困惑してしまった。唐突だ、と感じた。


「それって今もあるの?」

「あるみたいです」


 今まで、花蓮は月ヶ峰市のその化け屋敷はもとより、廃墟についても関心を見せたことなどないのに。なぜ今。なぜ急に……考えるも、亜砂美はあわあわとした様子で質問に答えるしかできなかった。


「封鎖はされてる?」

「探検とかってできそうなところ?」

「近くにバスとか駅とかありそうな感じ?」

「場所は?」


 その全てに、亜砂美は答えた。

 

「ありがとっ」


 聞くだけ聞いて礼を言って去りゆく花蓮の後姿は、どこか、いつもよりずっと元気なように見えた。うきうきとしていて生命力に溢れているような、活力が漲っているかのような、廃墟とはまるで不釣り合いの、生、に満ち満ちていた。

 結局、なぜ急に廃墟に興味を持ったのかは聞けなかった。

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