マワリ灯篭
初めて会ったのは、そう、蔵書室だったっけ。
そうだった、そうだったね。お父さんお母さんにお祖父ちゃんお祖母ちゃんやそのまたお父さんお母さん、とにかく色んな人が世界中から集めた本に囲まれて、その中の一冊を私は暇つぶしに手にとって読んでいたときだった。お行儀よく並んでいる小さくて黒いインクの染みたちが、ころころと表情を変えてからからと台詞を回す登場人物の小さな劇場を私の脳内で上演させていたとき、の、こと、だね……うん。
両開きの重々しい扉が、ぎいぃと軋みながら開かれて。
男の子が一人、小さな脚立に腰掛ける私を見ていて。
私も男の子もむっつりと黙り込んじゃって。
「……きみが、涯渡紗夜、か」
暗い眼をしてるなあって。
ああこの男の子は、幸せになれない人なんだなあって、そう思ったんだった。失礼にもほどがあったね、初対面の人相手なのに。でもきみ、本当に暗い目をしてたんだ。暗いのに、眼光は生きていた。自殺者みたいに乾いているのに、眼だけが異様に生きていた。正直に言うけど、気を悪くしないでね。きみ、気味が悪かった。
「うん。なら、次なにを言えばいいのかは分かるでしょ?」
「次……? ああ……俺は、エンジュヨシマサ……です。いや、でももう、涯渡になるのか」
「エンジュ……? 珍しい苗字だね」
「ああ。周囲にはいなかった」
「ふふ。まあ、涯渡が言えたものじゃないけど。どんな風に書くの?」
「きへんに鬼で、槐」
そうなんだ。槐、と書くのかあ。
皮肉な苗字だなって、そう思った。
「そっか。よろしくね」
「……よろしく、お願いします」
お祖母ちゃんが大切にしていた植物図鑑にいっぱい花言葉が載ってて、なんとなく憶えてたんだ。マメ科で、小さな花がたくさん咲いて、花と実には薬効があって……、
「何歳?」
「え? っと、十三歳……だった、気がする」
「そ。私、十四歳。私の方がお姉ちゃん。ね。私きみのこと、槐くん、って呼ぶね」
「もう俺は槐じゃない」
「いいよいいよ。あだ名みたいなもの。きみが涯渡由正になっても、槐くんって呼ぶ。駄目と言っても呼ぶことにした」
槐────『幸福』。
「私たち姉弟、これから仲良く生きようよ」
決してなれないものを、きみは冠らされたんだ。
「ね、槐くん」
かわいそうな、槐くん。
「困ったことがあったら、お姉ちゃんが助けてあげるからね」
とん、と自分の胸を小さく叩いて、えへんとちょっとだけ胸を張った。
「必要ない」
そしたら即答で断られた。可愛げがないなあもう。こんにゃろめー。