憐れみたまえ」
白い部屋、病室。
今、延寿の眼前に座る、
二人の少年、一人の少女。
伊織と冬真に、汐音──桐江汐音。冬真の見舞いに来ていた彼女を、延寿の許可を得た冬真が誘ったのだ。
「体調はもう、大丈夫なのか」
大怪我をした人の部屋へ入っても良いものかと、そんな風におずおずと入室した汐音は、まず伊織の灰色の眼と初対面し、その目つきの悪さと放たれる雰囲気の険にわずかに委縮したのち、延寿たちと軽い挨拶を交わした……ところでの、延寿からの体調は平気か、との問いだった。
「は、はい……私はもう、大丈夫、です……」
もともと身体の弱い汐音は、冬真が『案内人』に刺された一件のあと、精神性のショックから体調を崩し、大事をとって入院する羽目になった。その病院が、冬真と同じところだった。『お見舞いが一気に済むから良かったな』と冬真はのん気に笑っていた。
「大怪我してる奴から体調の心配されてもな。お前の方が大丈夫かよ、ってなるだけだろ」
伊織が言う。視線は窓の外を、明後日の方向を向いている。その先の枝には小鳥が相変わらず休んでいた。それは白い。
「まあ、なあ。この中で一番の死にかけは由正だろう」
と、冬真。「二番目は俺だ」そう言い足す。そうして脇腹を刺された者が首を切りつけられた者へ、「生きててよかったな、お互い」冗談めかして笑いかける。
「ああ。そうだな」
答える延寿の表情には最初微かな笑みが浮かび、言葉の途中で一瞬瞳が揺らぐとすぐに浮かんでいた筈の笑みが掻き消えた。
そこで、間が訪れた。
どこか不自然な間だった。
汐音がなおも心配そうに延寿を見、何かを言いたげにしている。いや、汐音だけではなかった。冬真も、伊織も、何かを──恐らくは共通の何かを頭に思い、延寿を向いていた。言うべき事柄を言えずにいる者の、気まずさが彼らの表情に浮き出ていた。
「……」
延寿もまた、その間の不自然さに気づいている。
そして、今この場に不在の人間にもまた、気づいている。
「……」
彼らが言いづらいことならば。
こちらから聞いた方が良いのだろう。
そう、延寿は考えた。返ってくる言葉が、自分にとって決して良いものではないという予感もまた、あった。しかし、そうしなければなにも進みはしないのだ。なにひとつとして。
「……花蓮は、」
どう、言おう。
どのように、続ければいい。
無事か。平気か。怪我はしていないか。
無事でいるのか。今はどこにいるのか。生きているのか。
「どう、なった」
一秒にも満たない思考の後、延寿はそう問いかけた。伊織にも冬真にも汐音にも向けられていないその問いは、まるで独り言のようだった。
冬真の表情が険しくなる。
汐音の表情が悲しみに満ちる。
ああもうそれらで、分かってしまう。事態を完璧に覆い隠せるほど目の前の友人たちは徹底できず、そして薄情ではないのだ。
「いなくなった」
答えたのは伊織で、その表情は無だった。努めて、何の感情も浮かび上がらせないようにしているようだった。
「…………そうか」
自身の口から発されたその三文字が、延寿にはこの上なく薄情に響いた。
「お前が怪我した日から、誰もその姿を見ていないんだよ」
どこかへ行ってしまったのだ。
どこかにいなくなってしまったのだ。
自ら望んでなのか、誰かに唆されてなのか。
なにひとつ、分からない。
事実として知ることを、延寿はひとつも持っていない。
じっと、伊織の瞳が延寿を見据えていた。お前はどうするんだ、と問いかけているように思えた。どうすべきか。消えた彼女へ、どのような行為を選択するか。
「なら、探しに行く。……彼女の遺体は、見つかっていないんだろう」
そこで延寿は、彼女、とぼかした自身に気づいた。花蓮、という名を遺体と関連付けるのを無意識に避けたのだ。
「見つかっていない」
答えたのは、冬真だ。言い切った彼の口は真一文字に結ばれていた。
延寿が気を失った場所は、〝事件現場〟となっていた。
他殺死体がひとつ、あったからだ。
小比井美衣が、殺されていたからだ。
延寿が気絶し、美衣の死体があり、花蓮が消えたその場所には、確かにもう一人、人物がいた。
「どこかにいるのなら、見つけられるはずだ」
意識が沈み切る前に、『案内人』を見たのだ。
「だ、だけどよ」
言いかける冬真を、延寿の眼が見貫いた。
何かを言わんとする彼の言葉にかぶせて、延寿は口を開く。
「目の前に探し出せる可能性があるのなら、みすみすそれを逃すつもりは俺にはない」
延寿の瞳は、果たして冬真にどう映ったのだろうか。激情とすら云える双眸に貫かれ、親友は多少の間、言葉を失ったようだった。そして悲観的な方向に傾いていた自身を恥じるかのように歯を一瞬だけ食いしばると、
「ああ、そうだ。そうだよな。見つけ出してやろうぜ」
そう、賛同してくれた。
花蓮は失踪した────そこには『案内人』が携わっている可能性が高い。