屋敷と『少年』
今日という日を語るには、涯渡実可とその娘、紗夜について触れる必要があるだろう。
私に義理の父親ができ、義理の姉が出来た、血の繋がらない家族の一員として迎えられたその日は、天までもが祝福しているかのような快晴だった。晴れ渡る蒼空に雲一つ浮かんでおらず、遠く山々の稜線がくっきりと見えていた。
後部座席で揺られ、私の視線は窓外に流れる見知らぬ景色を向いていた。
涯渡氏はとある製薬会社の研究開発部門に所属しているらしく、貴重な人生の大半を創薬に費やしてしまっている、と冗談交じりに笑みを浮かべていた。そしてそこは、氏の語った通り、私の父が生前、勤めていた職場でもあった。もっとも、私はそれを情報としてしか知らない。
「娘もちょうどきみぐらいの年齢でね、きっとお互いに良い話し相手になってくれるだろう」
氏の発言には期待が込められていた。
娘と私が仲良くなってくれることを……私の評判を、まさか聞いていなかったわけではあるまい。親戚連中から弾き出された鼻つまみ者だと、知っていてなお期待するのだろうか。
そもそもがなぜ、氏は私を息子として受け容れるつもりになったのか。
「なんとなくだよ」
ルームミラー越しに私の表情を窺い、氏は柔和に微笑んだ。
「……俺を義理の息子にしようと思ったのが、ですか」
「ああ。答えが欲しそうな顔をしていたようだから。先に答えさせてもらった」
私の眼は、そうと分かる程に疑問……いや、猜疑が満ちていたようだ。
「娘は少々私に似てしまったが、気立てが……まあ、恐らく良い子だと思う。親としての偏見が混じっているかどうかの判断は、是非ともきみがしてくれ。親としては保証しよう、信用足りえる証言かは、きみ次第だ。確約はしないよ」
そう、氏は笑う。品の良い笑み、と私の眼にそれは映った。
車は緩やかに走り続ける。
空は変わらずの晴天だ。
長閑で、平穏。
車は真っすぐ続く道を外れ、脇道へと入った。
視界の中に樹々が増えてきた。鬱蒼とまではいかないが、薄暗がりが近づいてきた。
私道らしき小径へと車は入り、いよいよ森を進み始めた。
道は徐々に細くなり、ついには車一台分の幅しかなくなった。
「少し、揺れるよ」
もう既に幾度となく揺れた後で、氏は私にそう言った。「いや、言うのが遅かったかな」苦笑。私の表情は鉄のように固いままだ。ガタン、と。ひときわ大きな揺れ。車は進み続ける、幾たびも揺れながらも。
「ほら、見えて来た」
場所が開けた。
森を抜けた、そう感じた。
ぐるりと、鉄柵がその敷地を囲っていた。
鉄柵の途切れ目に門柱が立っていた。
視界の奥に、ぽつねんと孤独に、悠々と、それは聳えていた。
家、というには大きい。
「これからの、きみの故郷となる場所だよ」
屋敷、だ。