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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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再々ノマ演

 仰臥している。

 瞳に映されているのは電灯だ。硬質な面を、背中に敷いているらしい。床の上、だろうか。視界の端に机の脚が見える。机上には、いったい何が乗っていたのだったか。それはとても不愉快で……悲しくなる、  (モノ)だった。

 すると。

 そっと、頬を撫でられた。

 遠のく自分自身を、声が、追いかけてきて、追いついた。


「すべて悪い夢だったんだと、思ってください────




 目が覚めたとき、延寿には現在しかなかった。

 どんな経緯で、どうしようとしていたのかが、すっぽりと抜け落ちていた。経緯が分からない為、今いるこの場所がどこか分からず、どうしようとしていたのかが分からなかったから、どんな感情を抱くべきなのかに戸惑いがあった。


(此処は──)


 自室ではない。


「あ、目、目ぇ覚めっ……!?」


 声。驚愕が顕わの。聞き覚えのある……「ちょっと俺お医者さん呼んでくる!」駆けて出ていく音。扉が閉まる音。「お医者さんて。なんで急にお行儀良くなってるんだよ」呆れたように、もうひとつの声。やはり聞き覚えのある……「おい」


「おい、延寿。聞こえてるか」


 視界に映っている。

 白髪で、灰眼……特徴的な見た目をしている。そのような風貌の知り合い、いただろうか。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「安寺冬真のやつが今、大慌てで医者を呼びに行った。すぐに戻ってくるんだってさ」


 安寺冬真が。医者を、呼びに。

 ()()()()()()()()()

 嗚呼、判った。 


「だいたいお前さ、僕を自分の家に置いてけぼりにして自分は入院って、なんなんだよお前ほんとおまえはっ……! …………心配したんだからな」


 これは、夢だ。

 現実ではない。

 会った覚えのない白髪灰眼の少年(?)がいる。

 生きている筈のない親友が医者を呼びに行っている。


 だから、違う。チ、ガ、ウ────「……あ」


 夢は、現実に押し流されていった。

 奇しくも、場所は夢と同じだ。ただ俺を見つめている瞳だけが違う。


「よしまさ……! 起きたっ」


 なぜ。

 

「待ってて! 今お医者さん呼んでくるっ!」


 ……なぜ。

 彼女が。花蓮が。

 記憶は戻ってきつつある。花蓮が、獅子舘椿姫に殺されていた記憶も、当然。これも、夢、なのか。確かに殺されていた花蓮が、生きて、動いている現在()も、夢、なのだろうか。


 ほんの数分の時間が経って。

 勢い込んで扉が開かれ、花蓮が入ってきた。その後ろからは白衣を着た年配の男と看護師が続く。無理を言って、更には若さに任せた速度で連れてこられ、微かに花蓮の呼んできてくれた〝お医者さん〟の息は上がっていた。

 花蓮に見守られ、医者(紙谷かみやまなぶ、と名札にはあった)は延寿をじっと見つめ、「ここは病院です。月ヶ峰市内にある、月ヶ峰市立総合病院。或吾高等学校内で倒れていたあなたは、ここへ運び込まれました」ゆっくりと、経緯を説明する。瞳だけで延寿は聴き、現在、自らの身体に外傷はなく、命には当然全くの別状はなく、何かを原因に気を失い、今に至るらしい。

 紙谷医師と看護師が部屋を出て行った後も、花蓮は残っていた。


「よっちん、今わけわかんない?」


 そう彼女に問われ、延寿は「なにも」と答える。殺され、四肢と首を分離させられた人間が今目の前で動いて喋っている現状を、説明できるどんな理由があるというのか。


「わたしも分かんない」


 言い、花蓮は眉をひそめ、首を傾げた。


「えっとね……獅子舘先輩に呼ばれて部室に行ったんだけど、そこからもうあやふやなんだよね……気づいたら気絶してたし、気づいた時にはなんでか知らないけどよしまさも倒れてて、傍で取兼先生がなんかすっごいあたふたしてた」


 それでね、と花蓮は言いづらそうに顔を伏せて、上目でこちらの様子を窺い、


「私たち、廊下で気絶してたんだよ。それで……取兼先生には、絶対に部室内へ入ってはいけませんと強く言われたの。救急車を呼びました、警察も呼びましたって……」


 そこで言葉を切り、数秒の沈黙。言っていいものかどうかを、彼女は頭の中で思い悩んでいる様子だった。「教えてくれ」だから延寿は、そう促した。


「うん……獅子舘先輩が、部室の中でガイドに殺されたって。私は……見てないんだけど、ひどかったって……」


 気まずく、か細く花蓮の口から伝えられたその事件を、延寿はもう、知っていた。ただ予想と違っていたのは、加害者がなぜか被害者となり、被害者だった人物の口から現在ことの詳細を聞いていることだ。

 どうしたものか、不可逆が実現され、世界が理性を失ったのだと、そう考えるほかなかった。


 ただ──だ。

 彼女が生きている、という点に対して──疑問は尚も晴れないのではあるが──多少なりとも、心がよろめいたのは事実だった。


「……よっちん?」


 その問いかけで、延寿は花蓮の顔をじっと見つめていた自らを知った。「なにか頼みたいこととかあるの? 言ってよ。聞くよ」


 殊勝な表情で言う花蓮へ、延寿は「いや」と目を細める。


「そのまま、生きていてくれ」


 自他ともに、それは妙ちくりんな返答であるのは瞭然だろう。

 

「なにそれ」


 花蓮はくすりと可笑しそうに言い、


「言われなくたって生きるよ」


 そう、微笑んだ。

 生きていてくれるのなら、それでいいんだ。


 生きていてくれたのなら、それでよかったんだ。

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