真夏の深夜の廃病院
子供の頃に聞いた怖い話、その中でも、学校や病院などの身近な場所で起きる霊的な話は特に話題になりやすい。
この近所にも、怖い噂は結構あって、その一つが「廃病院」だった。
その建物は10年も前に閉鎖した病院で、当然いつも閉まっていて中に人など居るはずがない。
しかし近所の人によれば夜中たまに緑色の薄暗い明かりが付いて、営業中の時間があるのだとか。
いったいどのような人間が運営しているのかも不明、近所に患者がいるのを見た人も居ないらしい。
そんな不気味で恐ろしいと噂が立つ廃病院があった。
何処の情報かは不明だが、入ってすぐの待合室には水槽があって中に化物がいるという噂もある。
出所不明の噂なんてだいたいはデマなのだが、ただそれでも、あの個人病院については10年以上も前に潰れているから本来営業中になどなるわけがないのだった。
しかも決まって、夜中に緑色の明かりが付いて営業中になっていると聞くから気になって仕方がない。
誰か1人でも行って確かめて来ればいいのに近所の連中は臆病者ばかりで、絶対に入ろうとはしなかった。
これは、そんな場所に無謀にも立ち入ってしまった少年の話だ‥。
───今はちょうど真夏の熱い時期で、俺は今年で15歳になる。
名前は田辺慎一、身長は175センチ、スポーツはするが痩せ型、霊や呪いなどは一切信じない性格。
しかし最近、同級生の間で噂になっている「深夜にだけ開く病院」が気になって仕方がない。
友達に「肝試ししようぜ」と誘っても臆病者ばかりで、皆断って来る。
実際にその病院が開いてるのを見た奴は、目を見開いて「やめとけ、死ぬぞ」とマジ顔で言ってくるのだから好奇心を煽られ余計に気になって仕方がない。
そいつらに話を聞く限り、この世の物とは思えない不気味な雰囲気だとか、扉を開けたが最後、二度と帰って来れない気がすると言っていた。
お化け、心霊現象、呪い、どれも信じない俺からすれば是非行ってみたい場所なのだが、果たしてそれほど怖いのだろうか──。
最初、反社会勢力による違法営業かとも考えたが、誰も出入りしないのを聞く限りそうとも思えないし、するメリットもなさそうだ。
仕方ないので俺は今夜、一人でそこに向かう覚悟を決めた。
──深夜0時──
虫の声がうるさい…
自転車でその病院の近くにまで移動する。
周りは田んぼだらけだが、そこにぽつりと立つ廃病院がある。
ここがその夜中に営業している事があると噂の廃病院だ。
近くまで見に行っても営業中の看板などありはしないし、明かりも付いていない。
(なんだよ…開いてねぇじゃねぇかよ…期待させやがって…)
やはり噂はデマだったのだろうか。
俺はがっかりしながら、近くのコンビ二で買い物をして、自転車で家に帰って行った。
せいぜい虫の声がうるさかったぐらいで、それ以外に特に変わったことはなかった。
「あー、畜生…やっぱりデマだったじゃねえか!がっかりした!」
疲れたのでベッドに横になる。
病院は開いて無かったし無駄足だったが、それでも何故か気になって仕方がない…。
その日は、何も起こらなかった事にイライラしながら眠りに付いた…。
──そして夢を見る──
場所は先ほど通りかかった病院前…
そこにはなんと緑色の薄明かりが付いて中を不気味に照らしている。
(噂で聞いた通りの光景だった)
薄暗くて緑色に光る病院のカウンター、おそらく待合室だ。
外のガラスの扉から中がよく見えて、おそらく押して開けるタイプのドアだと理解した。
しかし…しかしだ…
そのお化けでも出そうな恐ろしい雰囲気に、俺は足が進まず中に入ることが出来なかった。
そこで夢は終わる…
「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ…」
俺は思わず飛び起きてしまう。
体からは汗を掻いて、かすかに体も震えている。
デマの架空の病院ごときに脅えてしまう自分自身が許せなかった。
そこで俺は、学校へ行くと、最近このデマを振りまいた元凶に対し俺は突っかかった。
「昨日一人で見に行ったんだが、結局閉まってたし明かりなんてなかったぞ?お前等よくも騙しやがったな?」
「いや、騙した訳じゃねぇから、本当に開いてたんだってば!なぁ!見たよな俺ら!」
「ああ、確かに見た、先週の夜中の2時だ…あんなとこに入ったら間違いなく死ぬと思うぜ?」
実際に開いた病院をその目で見たと言い張るクラスメイトの和生と知治。
彼らは今でも病院は開いている時間があると意味のわからない事を主張した。
デマを流して俺や周りをからかっているのかとも思った。
しかしデマを言い続けて、こいつらに何かメリットでもあるのだろうか?
「先日、近所のおばあちゃんが行方不明になって騒いでたんだけど、それとも関係ありそう?」
クラスメイトの美緒が話に入ってくる。こいつはホラーが苦手なくせに怖い噂が気になって仕方がないという面倒な奴だ。
「もし、歳でボケてて、深夜俳諧とかしてたんなら可能性はあるかもなぁ…」
「可能性はあるわね…最近もよく行方不明になって外で見つかってたし…」
「今頃その病院で治療されてたりしてな」
「妖怪に食われたんじゃねぇの?先輩が言ってた水槽の中にいる妖怪に…」
和生、知治の話を聞いた美緒が青ざめた表情になっていく。
おそらく“水槽の妖怪”に反応したのだろう。
「ちょっとやめてよ、怖くなってきたじゃない!私家に帰る途中あの病院の前通るんだから!」
「きっと水槽には化け物がいて、学校から帰る美緒を見ながら、こう呟いてんだよ「美緒ちゃぁん、美味そうだよぉ」ってな」
「あっはっはっ、違いねぇ」
「やめなさいよ!っていうか、美味そうってどういう意味よ!」
からかわれた美緒が2人に怒鳴っているが、俺は考え込んでいた。
もしこれが真実ならば、やはり検証しない手はないだろうと…この目で見るべきだと考えていた。
「よし…和生、知治、そして美緒、今夜一緒に肝試しに行かないか?」
「はぁ?アンタバカじゃないの?私が行くわけないじゃん!行くなら男三人で行きなさいよ!」
「いや…俺達は…」
「怖いんだよ、マジで…」
「えぇ~?情けないわね男の癖に、そんなんじゃ女子にモテないわよ?」
「くっ、美緒てめぇ、見たこともねぇくせに…」
「実際に見れば足が動かなくなるほど怖いんだぞ…」
“足が動かなくなる”その言葉を聞いて昨日の夢を思い出した。
あの薄暗く緑の明かりに照らされた不気味な病院のカウンター…確かにあれは、足が動かなくなるほど恐ろしい雰囲気だった。
結局今日も誰も肝試しなど行かないと断られ、俺はしょぼくれた顔で家に帰った。
そして、その日の夜中、コンビニにジュースを買いに行った。
その近くに廃病院はあるのだが、今日も見に行くかどうか迷っていた。
(静かな夜だ…今日は虫の声もほとんどしない…)
結局、今日も俺は、あの病院の前を自転車で通りかかってみた。
――すると―――
「嘘…だろ?」
目の前の景色が信じられない…
なんと、あの廃病院に電気が付いている。
夢で見た通り緑色の薄明かりで、そしてガラスの扉から中のカウンターが見えていた。
入り口には水槽があり、まるで営業中のような雰囲気がある。
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、拳を握りしめ前へと進んだ。
よくあるホラー映画の定番では、何故か数人の男女が集まり、怪しい場所に挑むパターンが多い。
しかし現実は誰も集まらず俺一人で向かわなければならないのだ…
(怖さが段違いじゃねぇか)
実際、ひとりでこんな場所に入り、化け物に出くわしたら“一貫の終わり”だろう。
しかし自分の好奇心が押さえきれず、震える足を一歩ずつ前に出し、俺は前へと進んだ。
やがて扉の前に付くと、透明のガラスのドアは前後に押して開くタイプのドアだと理解出来た。
(しかし、静かな夜だ…まるで時間が停止したかのようなそんな感覚)
昨日はあれだけ煩かった虫の声が今はまったく聞こえないのだった。
外からガラスのドアを覗く限り、中には誰もおらず、時計の針と水槽、電気だけが動いている様子。
俺は勇気を振り絞り、ドアを押して開けると、中へ入って行った。
「やっぱ薄気味悪ぃな…こりゃ誰も近付くわけねぇか」
実際に入って見ると狭いカウンターに、10人ぐらいしか座れない椅子がある。
ここは待合室で、受付をする場所だろうと理解した。
そして俺は、化け物がいると噂の例の水槽に振り返った。
「なんだ……???これ…」
そこには、イソギンチャクに大量の目玉が付いたような触手の生き物がいる。
(いったい何なんだこの生き物は…)
俺は生物に全然詳しくない、もしかしたら図鑑を探せばこういう生き物はいるのかも知れないと思っていた。
ただ、この生物は見ているだけで背筋が凍るようなおぞましい空気を感じる。
これがどういう生き物にしろ、指なんか突っ込んだ日には骨まで食われそうな恐怖を感じた。
病院のカウンターにもやはり誰も出て来る様子はなく、動いているのは時計の針だけだった。
そして、五分が経過する…
電球から広がる緑色の明かりを浴びていると、何故か強烈に眠くなる。
しかし、こんな恐ろしい場所で万が一にも寝てしまったら、次生きているかわからない。
俺は顔をパンパン叩き、無理やり目を覚ました。
待合室の中は無音で、まるで別次元にでも隔離されてしまったかのような気分になる。
もはやここは、この世の物とは思えず、俺は手足がガクガクと震えていた。
さらに5分が経過…
やはり、この中に人はいないような気がする。
ただこの病院、外から見た感じ8階ぐらいまで存在した。
つまり、まだ行ける部屋はあるという事…
好奇心でここまで来てしまった俺は上の階も見てみたい衝動に駆られていた。
しかし、上に進もうと考えると、恐怖で体中から汗が噴き出して拒絶反応を起こしてしまう…進むべきか…引き返すべきか…果たしてどうするべきなのか…答えが出せなくなってしまう。
(いや、せっかく発見したんだし、見ておかねぇと、この水槽の化物は実際に居たわけだし)
化け物のような生き物は、手のひらぐらいの大きさで、今も大量の目を動かしながら水槽の中を這っている。
見たこともない生き物なので、せっかくだから写真に納めようとスマートフォンのカメラを起動し化物を撮影しておいた。
水槽の化け物は何かしてくる事もなくおとなしくしていたが、やはり手を突っ込むような気にはならなかった。
そして俺は、そのまま、この待合室で待つ事にした。
15分経過───
何もいないと思い込んでいた待合室の先…
カーテンがあるのだが、おそらくあの先は診察室…
そこから人ではない何か、別の物の気配を感じるようになってくる。
その気配はカーテンの向こうから、こちらに近付いてきているのがわかった。
やがて、カーテンの前に人影のようなものが見え始める。
「次ノ方ァ…ドウゾォ…」
背筋が凍るような高い不気味な声で、何かが俺を呼んでいる。
正直、あまりにも驚いて、俺は今の声だけで心臓が止まるかと思った。
(やばい、逃げないと…)
逃げるルートを確保するため周りを見回す…
すると診察室のカーテン以外には、入ってきた入口に、螺旋階段があった。
(なるほど、あれで上に上がれるのか…)
しかし次の瞬間…
カーテンの中から、ミイラのような赤黒い手が出ていて、こちらに手招きしていたのだった。
よく見るとその手には皮膚が無く皮を全部剥いだような手だ…しかもポタポタと地面に血を流している。
「次ノ方ァ…ドウゾォ…次ノ方ァ…」
その血まみれの手で手招きをしてくる化け物の存在に、俺はあまりの恐怖に固まってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
その声が、手が、奴の皮膚が、この世の者では無いのだと、俺の警戒心を最大限に引き上げる。
正直あれに捕まれば、生きて帰れる自信が無かった。
俺が息を止めていると、血みどろの手の正体はカーテンから顔を出した。
「次ノ方ァ…ドウゾォ…」
「ひっ……」
思わず我慢が出来ず、俺は声を漏らしてしまった。
何故ならその顔は、血だらけの皮膚の無い顔…そしてむき出しになった目玉、鼻、歯、だったのだ。
その目はこちらを見ると、カーテンを開けてゆっくりとこちらに歩いてくるのだった。血をポタポタと垂らしながら。
看護婦のような衣装を着ているが、体は化け物でしかなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…!!」
怖すぎて呼吸の速度がおかしくなり、死ぬかと思った。
「次ノ方ァ…」
化け物はゆっくりと血を流しながら歩いて止まらない。
俺は入ってきたドアを開けようとするが、何故か開かなかった。
いや、それどころではない。
ガラスの外の景色は無くなり真っ黒になっていて、ドアは開かなかったのだ。
(ちくしょう、どうしてあかないんだ!何が起こってる!)
後ろから迫り来る血だらけの皮膚がない化け物。
正直、捕まって診察室にでも連れて行かれたら何をされるかわかったものじゃない。
俺は螺旋階段を登る選択肢を選び、化け物から斜め向かいの方向にある階段に逃げて、走るように登って行った。
「次ノ方ァ…次ノ方ァ…」
その化け物は階段を登って来ているのか、俺を背筋が凍りそうな声で呼びながら上がってくる。
不気味な声で耳を塞ぎたくなるのだが今は逃げるのが先だし捕まって殺されるわけにはいかない。
螺旋階段を登るとようやく二階に到着した。
「はぁ、はぁ…あんな、あんなのがいてたまるか!」
二階のフロアを見渡すと、そこには入院患者用の部屋がいくつかあった。
俺は恐る恐る部屋の前を歩いていくのだが、今度は部屋の前からも呻き声が聞こえる。
耳で聴く感じ、高齢の、女性の声のように聞こえる。
「たぁすけぇてぇ…看護婦さぁんっ…たぁすぅけぇてぇ…」
この階の部屋はおそらく個室、声がするという事は、中に入院患者でもいるのだろうか?
俺は恐る恐る、個室のドアを開いて、中にいる患者を覗いてみる事にした。
すると、そこには、首の無い老婆がベッドに横たわっていた。
「たぁ、すぅ、けぇ、てぇ、看護婦さぁんっ…」
「ぎゃああぁぁっ!!!」
俺はたまらず悲鳴を上げて、走り出してしまう。
この場所は危険だと、常識など一切通用しない化け物の支配する空間だと理解した。
(もう、今すぐ帰りたい、何がどうなっているかわからない、怖い…)
入り口のドアはさっき開かなかった…
しかも、もう一度向かっても待合室にいた血だらけの化け物に遭遇する可能性がある。
選択肢は上に上がるか、この場所で時間を潰すかの二択だった。
首なし婆はベッドから動かないのか、ただ苦しそうにしているだけで歩いては来ないようだ。
しかし、廊下を走る途中、向かいから食事を持ってくる白衣を着た何かとすれ違った。
(いや、ただの看護婦じゃなかった…)
振り返ると、それは動きを止めこちらを見ていた。
看護婦らしき存在が運ぶお皿の中には、血だらけの人間の腕、足、心臓が入っている。
看護婦の顔も、よくみると一階に居た化け物と同じく顔の皮膚がなく血が垂れて、目が落ちそうなほど剥きだしになっていた。
(ひっ!!ガチのマジで化け物の溜まり場じゃねぇか…!!!)
俺は螺旋階段を降りる選択をし、階段近くまで走っていった。
しかし…タイミングは最悪で…なんと奴がそこにいたのだ…
「次ノ方ァ…ドウゾォ…」
「あ…」
間抜けな声を漏らした俺は、首に衝撃が走り、そこで意識を失ってしまう。
おそらく、注射器のようなものを首に刺された気がした。
そのまま俺は意識が遠のいて、目の前が暗くなってくる。
(ああ…こんなところで俺は終わるのか…)
死を覚悟しながら俺は眠気が限界を迎え、そこで気絶するかのように眠りについた。
目を覚ましたのは、薄暗い閉鎖された場所だった───
見た感じ、なんとなくオペ室のような場所…俺は現在、診察台に皮の拘束具で固定されている。
「いやだ、こんなところで…殺されるわけにはいかない…」
辺りを見ても誰もいない、これはチャンスだと思った。
ただ分かることは、今逃げなければ間違い無く殺されるということ…。
「はぁ、はぁ、頭がくらくらする、このままじゃまともに動けない…」
しかし俺は命がけで力を入れ拘束具を引きちぎった。
皮の柔らかい拘束具だったため何とか俺の力でも解く事が出来た。
「はぁ、はぁ、まずは現在地だ…何階だここ…」
俺は転びそうになりながら立ち上がり、部屋から逃げ出す。
追っ手は現れることも無く、すんなり抜け出せて逆に不気味だった。
とにかく今は、ここが何階か調べようと辺りを見渡していく。
その途中、病院の窓が何かに覆い尽くされているのを何度も見た。
おそらく虫だろうと思う、先ほどから病院内にいるにもかかわらず、虫の声が鳴り響いてるのだ。
そしてようやく、8階と書かれた壁を目にする…
「八階…つまり一番上か…」
壁には八階の文字がある、エレベーターもあったが、化け物がいる事を考えると使用するわけにはいかなかった。何より下手に使用して、化け物にでもバレて出口で待ち構えられていたら詰むからだ。
(駄目だ、レベーターは使用するわけにはいかない…)
それと先程からスマホで誰かに助けを呼ぼうと試しているのだが…
この病院に入って以降、ネットにも繋がらず何故か電話も出来なかった。
やはりこの病院は異次元空間とか、そういう感じの場所なのだろうか?
そこで俺は、最上階の八階を見渡し何があるか確認する。
8階の廊下には手術室がいくつかあり、中から機械の音と叫び声が聞こえていた。
「やめろ!やめてくれ!うわあぁぁぁ!!気持ち悪い!気持ち悪い!ぎゃああぁぁぁっ!!!」
(人間の男の声だ…まさか…)
俺は手術室の扉の隙間からこっそり覗くと、そこには見たこともない光景が広がっていた。
手術台に乗せられている男は看護婦の格好をした皮膚の無い化け物3人に、メスでお腹を開かれ、中に真っ赤なナメクジのような生き物を大量に詰め込まれている。
その赤い虫は男の血を、肉を食らい、彼の体を別の者へと変えていく。
やがて虫に寄生された男の皮膚は無くなり、血塗れのまま、あいつら看護婦のような姿に変えられていった。
(うぷっ、おえっ…ダメだ、気持ち悪い…吐きそうだ…)
そのあまりに酷い光景に俺は吐き気が収まらず、気を抜けば吐いてしまうところだった。
手術室にいる人型の化け物3体も恐ろしいが、何よりあちらのグロテスクな生き物が恐ろしい。
血を吸うから仮にヒルの一種だとしても、人の肉までは食わないはずだし、あの生物は得体の知れない怖さがある。
俺はもう正直、見るのも嫌だったが、今は生き残るためにも情報を集める必要があると判断し、別の手術室を確認する事にした。
「うぶっ…こっちもかよ…おえぇっ……げぇぇぇぇええ!!」
今度は吐いてしまった…。
そこには人型の看護婦の化け物はいなかったが、代わりにあの赤いナメクジが人間のバラバラ死体に100匹は群がって、肉を食べて寄生している。
その寄生された部位、足、生首、腕は、単独で意志を持ち動き出していた。
(まさかこれ、あの首なし老婆と同じ原理なのか?)
俺はバレないようにコソコソ動きながら、部屋を覗いていく、その後も同じ部屋ばかりだったが、俺はようやく、屋上に出る扉を発見した。
(外に出られるのか?)
重いスライド式の鉄の扉だった、しかし、それを俺は全力で押して開けようとする。
それに 何故だろう、外で聞こえた虫の声が大きくなって、近付いてくるような気がする…。
(くっ、なんて重さ…)
苦しそうにしながらも俺は扉を押して、ようやく開ける事に成功する。
しかしそこにあったのは世にも恐ろしい吐き気を催す酷い光景でしかなかった。
空は何故か赤黒く、そして不気味で、この世のものとは思えない。俺の知る夜空ではなかった。
そんな屋上には、血が大量に流れており、あの赤いナメクジが地面を無数に這っている。
恐るべきはその数で、100、200、500、1000、10000…いや、それどころじゃない…病院の建物すべてを外から覆い尽くせるほどの数が、病院の地面や壁にへばりついて這っていた。
「うわっ、うわあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は扉を閉めて、慌てて病院内の螺旋階段を目指して走り出す。
(怖い、気持ち悪い、吐き気がする、なんなんだ、どうなってんだこの病院は!)
そういえば何処の窓にも何か張り付いてると思っていたが、あれは屋上にいた赤いナメクジだったのだろう。そう考えると俺は、恐ろしくて仕方がなかった。
(虫に支配された病院…しかもあれらは寄生して人間を操るのか…)
俺は命がけで螺旋階段を降りてゆく…
7階、6階、5階、4階、3階……通り過ぎる度に人間の悲鳴が聞こえてくる。
(スマン…俺では助けるのは無理だ…見捨ててしまって…本当に済まない…)
彼らを見捨て、涙を流しながらようやく2階を通過する…
このまま降りれば1階のカウンターにまで到着はするだろう。
「はぁ、はぁ…問題は、入り口のドアが開くかどうかだ…」
また開かなかったら今度こそ終わり、それは自分自身が一番わかっていた。
そして俺はようやく1階に到着する。
今では水槽の大量の目玉だらけのイソギンチャクのような化け物と、入り口のドアが救いに見えてていた。
しかし休ませる暇はないといわんばかりに、疲れて息を荒くしている俺の前に、また診察室のカーテンからあの赤黒い目玉が剥き出しになった看護婦が現れた。
「田辺…慎一サァン…」
そいつは、何故か名前を呼んでくる、何故名前を知られたのか…
「今日ノ、オ薬デス」
見るとカウンターに、あの赤いナメクジが置かれていた。
「ぎゃああぁぁぁっ!!!」
俺は叫びながら黒くなったままの入口のガラスの扉を前に押し開く…
もう無理かと思っていたのだが、奇跡は起こり、何故か今度は扉が開いた。
そして、元居た病院の外の世界へ出ることが出来たのだ。
「ああっ、うっ、うええぇっ、げえぇぇっ…」
そして俺は病院のすぐ外で吐いてしまった、地面に向かってゲロを吐いてしまったのだ。
しかしその汚物を見て背筋が氷り、再び俺は恐怖を感じて絶望してしまう。
何故なら自分の吐いた汚物の中にあの赤いナメクジが居て、クネクネと動いていたからだ。
「はぁ!!はぁ!!!なんだ!?これはいったい…どうして口から…」
赤いナメクジのような生き物を靴の裏で踏み潰すと、それは動かなくなり死んでしまった。
───エピローグ───
慎一は学校でぐったりし、死人のような顔で眠っていた。
あれから疲労が凄く、すぐに眠たくなり、何度も寝ていたようだ。
なんだかフラフラして熱中症かとも本人は言っていたが、どうやら違うようだ。
「なぁ、慎一、鼻血出てんぞ、目も赤いし、大丈夫か?」
「ん?あぁ、スマン、今日は疲れててな…」
しかし彼は驚いた表情になる。
「あれ?引っ込んだぞ?今鼻から出てきたのなんだ?」
「ん?何を言ってんだ晴彦、俺は別に普通…うっ、げええぇぇぇっ!!!」
すると慎一はテーブルの上に、あの赤いナメクジを20匹ぐらい口から吐き出した…
「きゃああぁぁぁっ!!」
「慎一が口から虫を吐き出したぞ!」
「おいなんだこの生き物!ナメクジかヒルの仲間か?」
「とりあえず先生呼べ!なんかやべぇぞ!」
学校の教室で、口の中から赤いナメクジを吐き続け、慎一はそのまま絶命した。
死亡した慎一の遺体は、吐き出した合計200匹以上の赤いナメクジに食べられて骨以外残らなかったそうだ。
クラスの皆はパニックになり、校舎を這い回る得体の知れない虫を相手に業者が駆除に来た。
それからと言うもの、あの病院の周りには、今も赤いナメクジが現れて、たまに人を襲っては血を吸うと聞く。
しかも吸われた人間の体の中に卵を産みつけられ、それは人間の中で増殖し、最後は中から食い破られて大量の赤いナメクジを吐き出して死ぬと言われ、害虫駆除業者が必死になっていた。
あの病院の悪い噂はますます広がるが、工事の人が赤い虫に襲われて毎年亡くなってしまうため、何故か今も取り壊されていないそうだ。
以上で、慎一の真夏の恐怖体験物語は終わり…得体の知れない場所に興味本位で近付くと彼のような結末もあるのかも知れない…。
END




