私の婚約者
彼女側の視点です。
私の婚約者は素敵な人だ。
優しくて、何でもそつなくこなす、まさに白馬の王子様みたいな人だ。そして乙女ゲームの攻略対象の一人でもある。
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この世界が乙女ゲームの世界だと気づいたのは私が10歳の時だった。
その頃の私は高位貴族であるにも関わらず、大衆小説を読むのが大好きだった。はじめ家族はいい顔をしなかったが、それを無視して読み漁っていたら、何を言っても無駄だと悟ったのかいつの間にか何も言わなくなった。
だからその日も最近はまっている恋愛小説を読みながら、この話に出てくる令嬢、悪役令嬢みたいね~。あっ、この場面なんてざまぁじゃない。と思っていたのだが、
……。
悪役令嬢?ざまぁ?って何…?
自分は一体何を思ったんだろう?
小説を前に首を傾げながら、ふと顔をあげると鏡に映る自分と目が合った。その顔を見た瞬間、ここがゲームの世界だと思い出した!と同時に貴族令嬢にあるまじき奇声を発してしまった…。
マジかー!!確かこの子どっかの乙女ゲームの悪役令嬢じゃなかった!?だって顔に見覚えあるもん!嘘でしょ、何で乙女ゲーム?しかも悪役で。普通はヒロインじゃないの?
あり得ないー!!と一人自室で混乱していると、奇声を聞いて慌てて部屋に入ってきた家族に、終に頭までおかしくなったのね、といった目で見られた…。
それから一週間、ゲームの事を思い出す度奇声をあげる私に誰も近づいてこなかった。
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落ち着きを取り戻した私は改めて自分の置かれた状況を考えてみた。
私はどっかの乙女ゲームの悪役令嬢で、攻略対象の婚約者だ。そしてヒロインと彼の邪魔をして最後には断罪される。確かその後は修道院送りか国外追放じゃなかったっけ?
何故こんなにうろ覚えなのかというと、私自身実際にプレイした訳じゃなくてWikiやネタバレを見てストーリーを知ったからだ。調べた理由もやらないけど流行ってるし、ちょっと見とこうかな。…位だったはず。
ちゃんとプレイしろよ、私!!そんな感じだからどんなイベントがあるかなんて分かんないよ!
終わった…。すでに攻略対象の彼とは二年前に婚約してしまってるし、攻略したことがある人なら、その知識を生かして頑張るのかもしれないけど…そもそもやった事ないし。今から嫌われないように立ち回る自信なんて私にはないわ…。
それでも何かいい方法はないかと考えてみるものの、思考が平凡の私には思いつかない。
諦めて婚約破棄を受け入れようと思ったその時、閃いた。
そうだ、いっその事本人に聞いてみたらどう?
婚約破棄についてどう思う?とか、元平民の令嬢に馴れ馴れしくされたらどうする?とか。今読んでる小説に出てきて気になって聞いてみました〜って感じで。それで刷り込みみたいに、何度も繰り返し尋ねたら無意識に婚約破棄は駄目だって思うようになってしなくなるかも…。
これだわ!と思った私は早速、彼に会う次の機会に実践したのだった。
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結果は上々だった。彼は一瞬怪訝な顔をしたけれど、多分また小説の内容に影響されたんだろうと納得してくれたみたいで、特に何も言わず質問に答えてくれた。
これならイケる!と確信した私は、それから彼が忘れた頃に尋ねるという行為を繰り返した。流石に何回か理由を聞かれたが、その度にただ聞きたかったからと答えた。…本当の事言えないしね。
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そんな感じで上手くいっていたのだか、ある日、遂に彼に追及されてしまった。
「何で何度も同じ様な事を聞くんだい?」
そうだよねー。彼の疑問も最もよね。
私でも思うもの。何でこいつ何回も同じ事聞くんだ?って。
しかし理由を答えられない私は、逆に何か問題でもあるのかと彼に聞き返した。
すると彼は、
「いや、問題というか…。一、二回ならまだしも毎年同じ様な事を聞かれたら流石に気になるよ。人の意見なんてそうそう変わるものでもないし、一回聞けば十分だろう?」
と言ってきた。
正論だ…。
まずい、こうなったらとぼけるしかない!
「そうだったかしら?私って忘れっぽいから…」
…無理がある。どんな人間だって毎年同じ事聞いていたら、この話前もしたな~位覚えているわ!
ほら現に彼だって、でも君小説の内容すらすら言えるし、この前だって家庭教師に覚えが早いって褒められていたよね…って。
そうなんだよ…。思考は平凡でも、悪役令嬢補正か無駄にスペックは高いんだよ。めっちゃ頭いいんだよ…
どうしよう…。どう言い訳したら…
悩み過ぎて混乱した私は、
「なによ!文句あるの!?」
逆切れしてしまった…。
私の剣幕に圧されたのか彼は、ありません、ごめんなさい…。って謝ってきた。
謝るのはこちらの方です…。すみません。
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気づいたら学園に入学する年になっていた。
一応対策はしているとはいえ、入学式が近づくにつれ私の中の不安はどんどん大きくなっていく。
このままだと夜も眠れない。
そこで私は兼ねてから考えていた事を、彼に会える入学前の最後の機会に実行した。
いつも通り、毎年恒例になった質問を彼にした。彼の方も慣れたものですらすら答えていく。一通り尋ね終わると私は彼に確認する。
「…それなら良いわ。二言は無いわね?」
「えっ?無いけど…」
「本当に?」
「うん。」
だったら良い。それじゃあ…
「ならこの誓約書にサインを。」
「何で!?」
まあそうなるよね。でも私の安眠の為には仕方ないの…。
私の家は彼の家より爵位が低い。だからもし彼と争う事になった場合、私の方が不利になる。そこで、その時にこの誓約書を切り札として使おうという考えだ。
その為に法的に効力がある正式なものを用意したし、後はこれに彼がサインするだけだ。
「どうしたの?二言は無いんでしょ?ならサイン出来るはずよ。」
早くサインして欲しい…。
彼の方は私の真意を図りかねているみたいで、頭を抱えて悩んでいる。そんな姿を見ると可哀想だと思うけれど、安眠のために心を鬼にすると決めたんだ!
「早くサインを!このままだと夜も安心して眠れないのよ!!」
心を鬼にすると言ったが、態度まで鬼になってしまった…。
彼は私の態度にびびった様で急いでサインしてくれた。
ごめんなさい…。でも許して欲しい…。
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学園に入学すると予想通り、ヒロインがいた。
彼女は持ち前の明るさと気安さから攻略対象の人達とどんどん仲良くなっていった。
そんな彼女の様子を見て、入学してから恒例の質問をするのを止めていた私も、不安になって彼に度々聞いてしまった。やっぱり聞くと安心するし、彼の方も聞く度に安堵の表情を浮かべていたから、慣れって恐いわね。
そんな感じで学園生活を過ごしていたのだけれど、遂にその日がやって来てしまった…。卒業パーティーという名の断罪イベントが。
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そのパーティーには上級生を送るため下級生の私も参加していた。
そして、卒業生の一人で、攻略対象の一人でもある公爵家の令息が彼の婚約者に婚約破棄を宣言した事でそれは始まった。
遂にこの時が来てしまった…。でも意外ね。てっきり他の攻略対象もいるのかと思ったけどいないのね。もしかしてハーレムパターン!?とか考えていたけど、意外と普通だったみたい。
目の前の状況も気になるけれど、それ以上に私は自分の婚約者の事が気になっていた。
彼の方を見てみると、彼は驚きで固まっていた。
その様子を見て大丈夫そうだと思った私は、そのまま目の前の騒動を見ていた。
結局騒動を起こした令息はヒロイン共々、彼の婚約者に返り討ちにされて、公爵様に連れていかれた。
あの婚約者のご令嬢、もしかして私と同じ転生者なのかしら?
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騒ぎが落ち着いた後、私は自分の婚約者と先ほどの事を話していた。
「しかし、驚いたね…。まさかこんなことがあるなんて…」
「本当にね…。まさか卒業パーティーで公爵家の跡取りである方が婚約破棄を宣言するなんて。」
「それもあるけど…。僕が驚いたのは騒ぎの内容が君の質問とよく似ていた事かな…」
やっぱり驚くわよね…。だって私が今まで質問してきた内容とほとんど同じだもの。ここまで同じだと流石の彼も気味悪く思ったに違いない…。
きっと彼に嫌われてしまった…。そう思って彼に、気味悪く思った?と聞いてみた。すると彼は、
「なんで?もしかして男爵令嬢が言っていた「ヒロイン」とかに関係があるの?だとしても僕には関係ないよ。僕は君に無理に聞こうとは思わないし、君が言いたくなったら僕に言えばいい。」
と言ってきた。
驚いた。騒ぎを呆然と見ていた様に思ったけれど、ちゃんと聞いていたらしい。流石ハイスペックな人だ。
しかも彼は、きっと今までの事は何か理由があるのだろうと、私がその理由を言うのを待っててくれると言ってくれた。私の質問が何かに似ているのなんて今更だとも。
嬉しかった…。
私が何も言わなくても彼は私をわかってくれた。
私を嫌いになんてならなかった…。
ありがとうと言った言葉は思ったよりも小さくなってしまったけれど、彼には届いたらしい。
彼はああ言ってくれたけど、それでも気になってしまった私は一応彼に聞いてみた。
「じゃあ、婚約破棄はするの?」
彼は一瞬驚いた顔をして、それからさも可笑しな事を聞いたという風に笑って、
「まさか!」
そんな事はあり得ないと答えてくれた。
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私の婚約者は素敵な人だ。
優しくて、どんなに下らない話でも聞いてくれて、私のおかしな質問にも真剣に答えてくれる。
私はそんな貴方と一緒にいるのが大好きで、愛しているの。
貴方もこんな私の事を愛してくれているし、
二人共両思いなんだからそもそも婚約破棄なんて必要なかったね。
思ったより長くなりました。
婚約者が毎年彼女の質問に答えているのは、やっぱり彼女が好きだからです。普通は無理です。
彼女の方も毎年聞くのは彼が好きで婚約破棄されたくないからです。
お読みいただきありがとうございました。