33話:幸子の大学受験
そのため間違えた所を何故間違えたのか、どの分野が弱いのか探して、
その強化を図った方が良いと言われて以前のテストの用紙の間違いについて
、再度、チェックしてみた。やがて夏休みになりエアコンの効いた部屋で勉強
していると勉強の実力をつけるのは費やしている時間だけじゃなく集中力と
時間を掛けたもの方が大切で気分転換を図ったり疲れたら昼寝をして再度、
自分の集中力を高める努力した方が帰って早いのじゃないかと言われて、
疲れて勉強が進まなくなった時に散歩、眠くなったら30分-1時間、
仮眠を取る様な工夫を始めた。
すると確かに集中力が高まると勉強の効率が良くなると実感できた。
1993年の夏休みは幸子の大学受験のことがあり夏休み遠くへ出かけず
に終わり秋風が吹いて、やがて冬、初めて幸子が定期テストで初めてクラス
11位になり、やがて1993年が終わり1994年となった。父の株の方
では1994年3月5日にソニー株を3100円で1万株を売却して利益が
1490万円となり残金1722万円となり預金から278万円を口座に
入金して残金を2000万円にした。
良男が1994年4月に三鷹中学に入学しサッカー部に入ると宣言した。
三鷹ジュニアサッカークラブの多くのメンバーが同時、三鷹中学に入学し
、三鷹中学の弱小サッカー部に入れば、かなりの成績を残せると予想された。
幸子も高校三年生になり5月下旬の1学期の中間テストを迎えて52人中
、9位と初めてベストテンに入り、その後のテストでも10番以内を維持
し続けた。そして無理しないで集中力がきれそうになったら散歩か仮眠で
集中力重視の勉強を続け1994年11月中旬の期末テストで7位まで
順位を上げた。
そして受験する大学を決める時期になり先生と相談し学部は経済学部か
商学部だと言うと住んでいる家から近い所と言えば一橋大学の合格可能性
70%、東京都立大学80%なり国公立に絶対入りたいなら東京都立大学、
リスクを承知で挑戦するなら一橋大学どちらかでしょうねと言われた。
両親と話をすると出来たら国公立大学の方がありがたいと言われて、
東京都立大学を受験することに決めた。
そして1994年も12月24日のクリスマスを迎え、ささやかな
クリスマスパーティーを自宅で行い、家族の前で東京都立大学を受験します
と宣言した。1994年が終わり1995年、幸子の退学受験の年となった。
最終的には、東京都立大学と立教大学の経済学部を受験することなり、
立教大学の受験申込日が1月24日で試験日が2月12日、合格発表が
2月22日だった。一方の東京都立大学の受験申込日が1月28日で試験日
が2月12日、合格発表が3月8日だった。
1月24日に立教大学経済学部を受験し1月28日に東京都立大学を受験
し1995年2月22日、立教大学に合格が決まった。その後、3月8日に
、東京都立大学も合格したことがわかり、迷わず八王子の東京都立大学に
入る事を決めた。この受験合格を聞き義理の父から研修費として50万円の
入った祝儀袋をもらい幸子は短期・海外留学に使おうと考えていた。
1994年になり良男を始め8人の三鷹ジュニアサッカークラブ出身者
が三鷹中学サッカー部の中心メンバーとなりメンバーが大幅に替わった。
良男はサッカー練習や毎日のランニングの日課を忠実にこなしていた。
4月になり三鷹中学に入って1年の時の新人戦で東京都大会で準決勝まで
行き3位と三鷹中学では初めての快挙を成し遂げ得点の半分を良男があげたと、
誇らしげに語った。その後、犬山重臣がサッカーの練習を見に言った時に、
サッカークラブのコーチも、良男の想像以上の活躍を誉めていた。




