29話:高校進学と将来の進路選択
弟の良男は算数が得意でクラストップで、自分の将来像を科学者と決めて
アインシュタインの伝記を読んだりして憧れていたようだ。サッカーの方でも
メンバー入りして不動のミッドフィルダーとして得点を上げたり得点に
絡んだりしていた。10月に国立高校への合格の可能性75%を越えたので
出願を決めた。寒くなり1991年12月24日の祖父母の家のクリスマス
パーティで今年の出来事の発表時、幸子は、英語検定1級の2次試験合格した
話と合格証書を持参して見せた。
弟の良男は算数の成績がクラストップになった話をしてサッカーだけじゃ
ない事を皆にアピールした。この日も多くの、ご馳走を食べてクリスマス
ケーキと食べて、お礼を言って帰った。その後、1991年が終わり、
1992年となった。1992年2月6日の国立高校の入学願書受付日に
学校へ行き手続きを取り受験日の2月22日は父が有給休暇を取り一緒に
ついていった。
試験を終えて出て来た幸子にどうだったと聞くと全力を尽くしたと笑顔
で答えた。3月1日、母と幸子が合格発表に国立高校へ行き掲示板の合格者
番号をみて幸子の受験者番号78番が出ていて合格したことを知った。
その話を聞いた奥さんの実家の両親が幸子に会いに来て国立高校への
合格祝いを言って通学カバンを買ってあげると言い立川のデパートへ
幸子さんと母の淑子さんと出かけ、午後15時過ぎに帰って来て、赤茶色
の素敵な本革の通学カバンを買ってくれた。
祖父が東大でもめざすのかと聞くと、まだ高校に入ったばかりでわからない
が英語か経済か、どちらかの道に進みたいと話していた。高校に通い始めた
幸子は学校から帰ると国立高校の生徒は、みんな頭が良くて驚いたと言った。
その後、家に帰って勉強する日々が続いて1学期の中間試験の時にクラス
ベスト10どころか、かろうじて真ん中くらいの成績だったので慌てた様だ。
それでも英語はベスト3、数学もベスト10に入っていたが、それ以外の
教科が平均点以下で全科目合計点でクラス50人中23番目と今迄にない
屈辱的な成績に終わったのに奮起して中学時代よりも自分の部屋にこもって
勉強するようになった。
友人のブリジッド佐藤とメアリーとスージーには3ケ月ぶりに会って、
いろんな話をしている時に幸子が英語か経済の勉強をしたいと言うと、
ブリジッド佐藤とメアリーとスージーの3人が口を揃えて英語の勉強と
言っても英文学以外には特殊な同時通訳くらいしか専門職がなくアメリカ
、イギリスに行って現地の人を普通に話せる事なんて、今後、当たり前の
ことになっていくから意味ないと言ってた。
経済、コンピューター、電気、機会、化学、電子通信工学、これから
ニーズが高まる専門を勉強できる大学に入るべきと言われた様だ。3人は
特に経済・投資、コンピューター、化学、電子通信工学が面白いの考えて
いると話していて、幸子も、その話しに触発されて英語の専門家という
希望は捨てた。




