15話:7-11の新規公開株
1979年5月20日、電話で奥さんのお父さんに電話を入れ新規公開株
のもらい方について、聞くと奥さんの犬山淑子に、N証券に口座を作らせて
、新規公開株を手に入れられる確率を高めるしかないと言った。
お父さんの作戦は、と聞くと私は、証券会社10社に口座を持っていて
、手に入れやすいと言った。新規公開株は、どれだけ証券会社との付き合い
が強いかと言うことなんだと言った。多分、私は1人分のセブンイレブン
の新規公開株を手に入れられるだろうが君たちだけの力では難しい
かもしれないと言った。
犬山重臣が、そこを何とか、手に入れられるようにしていた抱けないで
しょうかと、お願いすると、わかった、最善を尽くすと言い、明後日6時に、
電話をして来いと言ったので、わかりました、吉報をお待ちしていますと
言って電話を切った。5月22日、犬山重臣が義理の父に、電話をすると、
淑子に、明日、午前10時にハンコを持って私の家に来るように言って
おけと言われ了解した。
翌日、犬山重臣が仕事を終え、夜7時に家に戻ると、淑子さんが、今日、
父と一緒にN証券へ行き、証券口座を開いて、私の口座に500万円入金して
くれたと、教えてくれた。そこで、すぐ、淑子さんのお父さんに、電話を
入れると、できるだけの事はしたと言い、多分、2口は手に入るだろうと
言った。実は、うちでも女房の女房の証券口座を作って、同じようにして
いると、教えてくれた。
証券会社も、商売と同じで、どれだけ食い込めているかは、こういう時に
わかるのだと笑いながら言った。その後、セブンイレブンの上場が
1979年10月15日、東証2部と決まり公募価格が1300円で、
1000株単位で130万円となった。9月には義理の父、木下公彦さん
の力で犬山重臣と淑子さんの名前で2口ずつ公募株を手に入れてくれた。
犬山重臣の口座は残金が40万円だったので自分のお金を足して、
300万円にしておいた。数日後、公募株2000株で260万円支払い、
残金が40万円となった。奥さんのN証券口座は500万円から260万円
支払い残金が240万円となった。1979年10月15日に、セブン
イレブン株の初値が1700円で同日の終値が1800円となった。
その晩、義理の父に電話をしてお礼を言うと、セブンイレブン株は当分、
売るなと言った。
きっと数倍、朝7時から夜11じ迄の営業時間と高価格、高収益商品が
売れ始めたら、10倍以上の価値にはなると思うと話してくれた。
長女の幸子も話すようになって、おしゃまな女の子に育っていた。
今年も12月24日、奥さんの実家、木下家の盛大なクリスパーティー
に呼ばれて可愛い、お人形さんをプレゼントされた。その後、クリスマス
ケーキと鳥の丸焼きを分けてもらって、楽しい一時を、過ごした。
そうして、1979年が終わり1980年を迎えた。




