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ようやくタイトル回収です。

遅くなってしまい、すみません。


「あぁもう我慢できん!」

膠着した空気を打ち砕いたのはトレンツだった。

「こんな野蛮で思いやりのない奴と婚約なんて結んでいられるかッ!ミリーネ、俺は貴様との婚約を破棄してやる!」

「あっ、ふーん。そう。わかった」

ミリーネ嬢は怒鳴るトレンツへ興味なさげに返事をする。

途端に周囲が大きくどよめいた。




オクタビオはため息をついた。大袈裟に肩をすくめる。

「トレンツに出し抜かれるなんてなぁ。僕も君との婚約を解消するよ、レイジア嬢。君とは仮面夫婦にもなれそうにないからね」

「あらあら、まぁまぁ」

しかしレイジア嬢は笑みを深くしただけだった。

閉じていた扇子をもう一度開き、口元を隠す。

非常に楽しそうにオクタビオを見ている。まるで他人事だ。


3組目の婚約破棄にどよめきは小さい騒ぎに発展した。そこらかしこで少年少女が顔を見合わせ、色を変え、私たちを注視している。いつからここは喜劇小屋になったのか。いや喜劇を行う劇場ならもっと静かだろう、何故ならここまで五月蠅いと劇団員の台詞が聞こえないからだ。




とんとんと、小気味よく背中を叩かれる。オクタビオだった。

オクタビオは肩の荷が下りたようで、楽しげに笑っている。

「なぁなぁロドルフ。何してんだよ、次はお前の番だろ?」

番?何のことだ?

理解が追いつかず、眉間に皺を寄せた。

「いやいや、今までのことを見たらわかるだろ?婚約破棄だよ」

「そうだぞロドルフ、早くやってしまえ」

トレンツまでもうんうん頷きながら、私の婚約者であるイーニッド=アストロメリアを見る。私は口を開いた。


「婚約破棄なら私はしないぞ?」






「「は?」」

「は?」


音が止んだ。

川の流れを急にせき止めたような、強い力で押しつぶされたような静寂。

パーティ会場中の人間が全員、呆気にとられたように私を見ていた。

顔を伏せていた彼女ですら、私を凝視していた。

私は首を傾げる。

「お前たちが婚約破棄するのは兎も角、どうして私まで破棄せねばならない?意味がわからんぞ」




「え、え?なんで??ちょっと待ってよロドルフ!」

彼女が焦った声を上げた。足取りもおぼつかずに、私へ近寄る。

「そのまま婚約しちゃうの?だって婚約者のこと嫌いなんでしょ?」

「あぁそうだな、君の頭の中ではそうらしいな。君の中ではな」

私はため息をついた。視線は今日一番冷えているだろう。自信がある。


おずおずとオクタビオが話しかけてきた。

「じゃあロドルフ、君、婚約破棄する気なかったの?」

「何故私が婚約破棄をすると判断したのか謎だが、婚約破棄しようとは全く思わないな」

オクタビオは声を失った。信じられないと言わんばかりの視線を投げかけられる。

最早相手にするのも面倒になってきた。




私は彼女に向き直った。

何故か嬉しそうに顔を輝かせる彼女に、苛立ちが募る。

「貴女はどうやら自分の世界でしか生きていないらしいな、随分と目に余る行動ばかり起こしてくれた」

吐き捨てると彼女は酷く狼狽した。

「そ、そんなことないよ。どうしちゃったのロドルフ?」

「許可無く私の名前を呼び捨てにしないでもらおうか」

「ひどい、ひどいよロドルフ。私のこと好きって言ってくれたでしょ?」


彼女がそう言った瞬間。

身体の中が煮えたぎるように熱くなった。同時に喉元に何かが登ってくるような感覚がした。吐きそうになるのを必死で堪える。どうにか我慢して彼女を見据えた。

「そんなふざけたこと、言ったことなどない」

自分でも驚くくらい、低い声音で言葉を発していた。




悲鳴を上げて彼女は後ずさる。

流れるようにキジナが庇うように前へ出た。険しい顔で私を見る。

無視して話を続けた。

「そういえば自己完結していないと言ったな?それでは問おう、この事態の後の話だ。シャルノーツ殿下はどうなると思う?」

「え、あたしと結婚してこの国の王様になるんでしょ?」


何の疑いもためらいもなく、当然のように彼女は言う。

しかし彼女の発言が終わるや否や、会場がざわめき立った。

殿下たちですら、驚いた表情で彼女を見つめている。

「それは違うな」

「なんで?違くないでしょ、だって王子様なんだよ。ねぇシャルノーツ?」




彼女の言葉に殿下は短く否定した。当然だ。

「殿下は王子だが既に第一王子が王太子として即位していらっしゃる。また王太子には既に皇子がいらっしゃるから、殿下が王位に就くことはまずないだろう」

俺の言葉に彼女は打ちひしがれていた。貴族なら知っていて当然の知識だが、知らなかったようだ。尤も1年前まで平民だったそうだから、仕方ないかもしれないが。それでも養父から教わるはずの知識である。知らないのは異質だ。

すると、彼女は何か閃いたようでパッと顔を輝かせた。





「だったら第一王子と息子さんから譲ってもらえば良いじゃない!王位!」





会場が静まりかえった。殿下ですら青ざめた顔で、二の句を告げないでいる。

私はあえて無視して答えた。

「それも不可能だ。殿下は本日卒業することで継承権がなくなるからだ」

「そんな、それってひどいよ!シャルノーツは王様になりたいよね?」

彼女は振り返って殿下に近づく。

にこやかに近づく彼女を見て、殿下は後ずさった。

「あ、あり得ない。我は臣下として兄上や国を支えることに不満など無い!」

「なんで?だってシャルノーツ、あなた王様になりたいって言ってたじゃない」

「そんなこと我は一度も言ったことなどない!何の話をしているんだ?!」

殿下は壊れた人形のように、小さく左右に首を振る。

すでに顔色は大理石のように白くなっていた。

「そんな、どういうことなの?だってみんなそういうことだったじゃない、そういうお話だったじゃない!あんたシャルノーツの偽物でしょ、本物は、私の王子様はどこよ!」





「お黙りなさい!」


ヘレナ嬢から怒号が上がる。

「先程からクアラート様や殿下に向かって、何と失礼な物言いをなさるおつもりですか!そもそも『そういうこと』とはどういうことですか、殿下が背信なさることが正しいことなのだと本気でお思いなんですかッッ!?」

ヘレナ嬢はずんずんと彼女に近づく。

詰め寄られた彼女は恐慌して、小さく叫んだ。

「幼い頃からずっと殿下はこの公国を愛しておられますの、そして仕えることに誇りを持っておられます。その殿下のお心をお否定した挙げ句に、殿下が偽物ですって?恥を知りなさい!」




淑女たるもの常に(たお)やかに、(しと)やかであれ。

そう幼い頃から貴族の令嬢は皆、教わっている。私の妹とて例外ではない。

だが今、ヘレナ嬢は勢いをそのままに彼女へ詰め寄った。

怒り心頭に顔を歪ませて、頬を真っ赤に染め上げて、腹の底から叫んでいた。

行われたことは、全て令嬢にあるまじき行為。

常日頃ヘレナ嬢が律する対象たりうる行為である。

貴族社会では白い目を向けられる行為ばかりである。



しかし今、ヘレナ嬢が浴びている視線は違った。

熱狂、感銘、尊敬、憧憬。

何故か酷く、ヘレナ嬢が眩しく映る。

いや、『何故か』なんて言葉は誤りだ。適切ではない。

私も理解しているからだ。

私も同じ気持ちだからだ。





ヘレナ嬢は彼女だけを視界に映し、叫ぶ。

「今すぐに発言を取り消しなさい、そして、殿下に謝罪なさってくださいッッ!」

「あぁもうグダグダ五月蠅いのよ!当て馬の悪役なら悪役らしくさっさと消えなさいよッ」

「なんですって!」

また何か言おうとするヘレナ嬢に、彼女は大きく右腕を振りあげた。

彼女の行動を見て、殿下とイーニッドの表情が驚愕へ変わっていく。



「いや退場するのはお前だ、アーシェ=ヴェルマ」

私が短く告げると、彼女の腕はヘレナ嬢の顔のすぐ真横で止まった。

私は彼女へ静かに近づく。そして振るわれるはずだった腕を掴み、ねじり上げた。

彼女から発せられる、悲痛そうな雑音(こえ)が耳を刺す。

「名誉毀損及び侮辱罪、内乱陰謀罪。今この場で聞いていただけでも3つの罪状が露見した。ならばお前を衛兵に引き渡すのが正当な判断と言えるだろう」

「なんで、どうしてよロドルフ!私たち愛し合ったのに」

「成る程詐欺罪もあったか。これで今だけでも4つの罪状が出揃ったわけだ」

吐き気すら覚えてくる発言に、自然と握る力が強くなる。

彼女が悲鳴を上げたようだが、もう気にならない。殿下たちへ視線を移した。




「わかっていると思うが、お前たちも同じく退場してもらう。逃げるなよ」

言い終えると、殿下とキジナは潔く頷いた。

ヘレナ嬢は殿下をすがるように見つめる。視線を受けて殿下はかぶりを振った。

「良いんだリーマノイド公爵令嬢、気に病まないでくれないか」

「でん、か」

殿下は力なくヘレナ嬢へ笑いかけると、私へ声をかけた。

「なぁロドルフ、父上には?」

私が頷くと殿下はそうかと、ひとりごつと目を閉じる。

これから自分がどうなるのか、きっと理解しているのだろう。諦観しているのに、節々から清々しさを感じる。





反面、オクタビオとトレンツは驚愕を浮かべて、俺に詰め寄った。

「なんでアーシェや僕たちが捕まらなきゃいけないのさ!」

「何故だロドルフ、俺たちは友達だろう!?」

「アーシェ=ヴェルマが捕らえられる理由は先程言ったな。加えてお前たちはその関与と職権の濫用、及び職務怠慢などの罪状で取り締まる必要がある。あとはなんだ、友達だからと言ったか。だからどうした?たとえ友でも犯罪者は犯罪者であり、裁かれるべきではないか」

厳しい視線を送ると二人はたじろいだ。

しかし尚も食い下がろうと、私に掴みかかろうとする。



私はパーティ会場の扉に向かって合図を送る。すると大きく音を立てて扉が開き、公国騎士団が室内へ侵入した。その光景に少年少女たちはざわめきながらも端に移動する。騎士団が形成された道をたどり、騒動の中心へ到着すると私は彼女の腕を放した。そして騎士の一人に向かって押しつける。


「その女が(くだん)の人物だ。連れて行ってくれ」

私の言葉にその騎士は敬礼すると、彼女の両腕を拘束した。

それを合図に騎士団は殿下たち4人を取り囲む。オクタビオとトレンツに至っては抵抗したため、彼女と同様に拘束されていた。私は統率していた子爵のコーレンに頭を下げる。彼は敬礼し、騎士団は流れるように会場を退出した。尚、彼女は最後まで何やら意味不明なことをわめいていた。本当によくわからない女だ。






扉が閉まり、室内は静まりかえった。しかし未だ困惑した空気は顕在している。

予想通りか。

私は前もって考えていた言葉を脳内で反芻する。それから口を開けた。

「本日は非常に私的な用事で騒がせてしまい、誠に申し訳なかった。ロドルフ=クアラードが代表して、正式に謝罪する」

私は会場中の人間へ聞こえるように、声を張り上げた。

加えて腰を折り、深々と陳謝する。



私の態度に会場は当惑の渦に包まれた。

当然だ、私は次男とはいえ公爵家の人間。自分より身分の低い人間が大多数を占めるこの場では、本来ならば頭を下げるべきではないからだ。

しかし今は状況が状況。常識に囚われている場合ではない。

私は身体を起こし、話を続ける。

「私はこの件の事後処理のため、この場を失礼させていただく。しかし公国王陛下直々に言葉を預からせて頂いているため、ここでお伝えさせていただいてから席を立つことにさせてもらう」




各所で驚きの声が次々と上がる。私は息を吸った。

「『此度は我が愚息が多大な迷惑をかけたこと、申し訳なく思う。しかし本来ならば本日は、この公国の将来を担う若人(わこうど)たちの良き日である。皆、どうか心行くまで楽しんでいって欲しい』とのことだ」


わぁっ、と歓声が上がった。会場の至る所で人々が顔を合わせて笑い、手を取り合う。中には感銘を受けたのか、静かに涙を流す者も見受けられた。

この会場でもう私を注目している者はいない。

私はずっとこちらの様子を伺っていた楽団に挨拶をして、静かに退場した。




【次回】

急激に甘くなります。僕は悪くない、悪くないんだ...


【お知らせ】

話数調整していたら、4話では完結しそうにないことがわかりました。

おそらくあと2、3話程追加になると思いますが、よろしければお付き合いください。

尚明日は2話更新いたします。

1話目は12時、2話目は20時に更新いたしますのでご注意ください。

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