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窓をあけたら

作者: 吹野 藤





 近頃にしては、やけに綺麗な夕焼けがキラキラと浜辺から遠浅の海岸線を照らしている。

 オレンジ色の日差しと寄せては返す波のしぶきの白が、微妙なコントラストを描いている。

 どこかで、小さなときに見た風景なのか、それとも誰かの名画ででも見た景色なのか。

 懐かしさと安らぎさえ覚える。

 まるで、ドラマの一画面みたいだが、男ひとり、夕暮れの海をながめているのも悪くない。

 他人が見れば、失恋でもした男にでも映るのだろうか。照れくさくなって、ひとり苦笑してしまう。

 昔から語りつくされた言葉だが、海は人を素直にさせる。何もないのに妙にさみしくもなったりする。大声で叫ぶ若者たちの気持ちもわからないではない。

 少し歩くか。

 夕焼けを左の頬にうけながら、歩きだす。引き潮時なのか、波打ち際の砂は湿ってサクサクと気持ちがいい。

 足跡が延々とつづく。ときどき振り返ってみる。

 やはり海は、四十過ぎの男さえ感傷的にしてくれるようだ。

 ふと、いつもの習性か腕時計を見る。うっかり車に時計を忘れてきたようだ。しかし、すぐに日が暮れてしまうのは間違いがない。               

 もう少し歩いたら帰るとするかな。

 今日の仕事は案外うまくいった。こちら側のペースで商談が進み、おそらく上司の評価も悪くないだろう。おまけに短時間で片付き、こうしている時間さえつくれた。あとは、会社から予約の入れてあるビジネスホテルに帰って、明日の朝、妻の待つ家に帰ればいい。

 商談結果はすでに電話であらかた報告がいれてあり、明日から3日間の休暇もとれる。

 うっかり商談をミスっていれば、休暇も返上だった。

 長い間、営業なんて仕事をしているとたまにはいいことでもあるものだ。

 今夜はビジネスホテルの缶ビールで晩酌と洒落込もう。


 からん・・・・


 駐車場への階段をもとめて、堤防沿いをあるいていると空き缶が足元に振ってきた。

 思わず見上げると、二十代後半だろうか、髪の長い女性がびっくりしたような顔でこっちをみている。

「あ・・ごめんなさい・・」

 たぶん、彼女が飲み干した缶ジュースの空き缶を浜辺に投げ捨てたところにでも通りがかったのだろう。ちょっとバツの悪そうな顔をして

「ごめんなさい。ぶつけちゃったかなあ・・」

 と小さく舌をだして微笑む。

 あまり屈託がなかったので、自分の読んだ年齢を一瞬、再考察してみた。しかし、おそらく正解ってとこだろう。舌を出したあとに、長い髪を手櫛で掻き揚げた姿は、少女のものでもない。

 いらぬ推理をしていたので思わず

「え、ああ大丈夫だ」

 と、なんとも間の抜けた返事をしてしまう。

 偽善者の様でいやだったが、反射的に浜辺に転がった空き缶を拾い上げると彼女の方に差し出した。せっかくいい雰囲気でいた海を汚して欲しくなかったのだ。

 いや、そうでもしないと自分の間抜けな返事に対して間がもたなかったのだろう。

 そして、きっと彼女がどんな反応をするのか見たかったのだろう。

 こんな、自分の態度を自分で観察するにつけ、自分が、いわゆる「おやじ」になってきているのを感じる。自分の感情の外で、冷静な行動をしているのだ。

 予想では、眉間に皺でもよせて、立ち上がって、どこかにいってしまうのだろうと思っていたのだが、彼女の行動は、意外にも違った。

「はい。すいません。そちらに行きます。」

 そして、およそ2メートルはあろう堤防の上から、ひらりと砂浜に飛び降りてきた。

「おい。あぶない・・・・」

 そう言ったときには、もう飛び降りたあとだ。手馴れた感じで飛び降りたが、所詮砂の上だ。着地に失敗して、オレの方に身を投げ出す格好になった。

 抱きとめていやな顔をされた経験も、過去にあったので、やけに中途半端な形で彼女を支えることになった。

「あはは・・また、ごめんなさいですね」

「いや、いいけど大丈夫?」

 まるで突き放すように、体を離す。中高生じゃないのだから、そこまで過敏になる必要もないのだが、大人の良識とでもいうやつが、そうさせる。

「あ、大丈夫です。空き缶ごめんなさいね。ぼんやりして、捨てちゃった。ちゃんとゴミ箱に捨てますね。」

 そういうと、いつのまにか、きつく握りしめていた空き缶を、オレのてから、引き離した。

 一瞬指先がふれ、手が冷たいなと感じたが、言葉には出さずに

「じゃあ」

 と歩きだした。多分このくらいの年齢の女性にとってオレ位の年頃の男はうとましいと、変な信念がオレにはある。

「あの・・」

 また意外にも、オレの背中に彼女のほうから声をかけてきた。

 車の鍵でも落としたのか。とポケットをさぐりながら

「うん?なにか」

 と振り向く。

「時間いいですか」

「え・・いいけど何」

 ちょっと冷たい返事だっただろうか。

「あの、何していたんですか。」

 そっくりそのまま彼女に返したい言葉だったが

「いや、なんとなくさ。海もたまには悪くないだろ」

 と答える。ここで渋く見えないところが情けないところだ。

「じゃ、おんなじですね」

 また屈託なく笑う。反応に困ってしまった。女の笑顔に戸惑う歳でもなかろう。ここで逃げるのも逆にみっともないか。

 まあいいか。

「君こそ時間いいかい。オレは時間あるから、お茶でものむか」

 久しぶりに女の子をお茶に誘ってる。何年ぶりだろう。

「え・・おごってくださる?」

「ああ。いいよ」

 彼女に自分の泊まるビジネスホテルの名前と、そこのラウンジでと伝える。

「知ってます。じゃあ先に行ってまってますね」

 そういいのこすとこちらの返事も待たずに堤防の階段を駆け上がっていった。

 からかわれたかな。

 まあいいか。


 ビジネスホテルの車止めに愛車のライトバンをとめたときには、正直いって浜辺のできごとは、どうでもよくなっていた。変な期待をしてもどうなるものでもなかろう。

 フロントでルームキーを受け取ると足早に客室に向かう。もはや部屋のミニバーのビールの冷えぐあいのほうが気になる。

 まさかとは、おもいつつラウンジのほうに目をやった。

 オレも男なんだ。また苦笑している。そこには彼女の姿はやはり無い。

 さあビールだ。

「あの・・意外と遅かったんですね」

 おれの後ろから声がする。

「お茶飲んじゃいました」

 小さく舌をだしてまた笑う。

「ごめん。」

 なにを、あやまってるんだ。意表を付かれてかなり動揺している。

「お部屋にお邪魔してもいいですか。」

 そしてオレの右うでに手を絡めてきた。

 まあいいか。

 返事もせずに客室へのエレベータに向かった。



 結局、朝までに3回、お互いを求めあった。

 寝物語で、彼女が失恋したばかりであること。歳が27歳であることを聞かされた。

 名前は最後まで言わなかった。

 彼女は、まだ静かな寝息をたてている。

 渇いたのどにミニバーから見つけたスポーツ飲料を流し込みながら、タバコに火をつけた。

 人生、意外なことが起きるもんだな。

 夕べの自分の行動に自分でもびっくりしている。


 

 窓をあけると、そこには海が見えた。ビジネスホテルには勿体ない景観だ。

 海からの潮風が吹き込んでくる。


 窓をあけると、そこには昨日とはちがう、朝日をキラキラと照り返す海があった。



 窓をあけると・・・・・



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