〈大階段ー踊り場〉入団試験4
元のタイトルは『迷宮都市で英雄になろう』です。試行錯誤しています。
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「あの坊主……頭おかしいんじゃねえか?」
ファゴットが呆れた声を上げていた。
その意見にはメトロノームも同感だ。
いくら罠発動のタイミングが読めるとはいえ、どんな罠がくるかは分かっていない状況で、あんなにも躊躇なく宝箱を開けられるはずがない。
怪我や、死に対しての恐怖をまるで感じていないのだ。
「ふふ……面白い子」
だが勇敢なのは都合の良い事だ。
それは優秀な兵士の素質に他ならないからだ。
「ただ欲を言えば、もうひとつ欲しいのも事実です」
「もうひとつって何すか?」とファゴットが問うてくる。
メトロノームには持論があった。
この地下迷宮に於ける生存戦略上、何よりも大きく作用する要因はただひとつしかない。
故に、人事においては何よりもその資質を見出すべきと考えている。
「冒険者には様々な素養が必要だと言われています。筋力、俊敏性、体力、魔力、賢さ……でも私が求めているのはどれでもありません」
「そいつは一体……」
「運です」
「はあ……」とファゴットが正気を疑うような視線を向けてくる。
だがメトロノームは至極真面目だ。
これは心の底から思っている事。嘘でも冗談でもなく歴とした純然たる事実である。
「どれだけ溢れる才能を持ち、どれだけ将来を嘱望されていようが、死ぬ者は、ツキに見放された者は死にます」
そう死ぬのだ。
滅多に遭遇しない凶悪な魔物が目の前に現れ、死ぬ。
分岐点で罠ばかりの道筋を選んでしまい、死ぬ。
落とし穴にうっかり転落し、死ぬ。
道に迷い食料が底をつき、死ぬ。
打ち所が悪く格下の魔物の攻撃で、石につまずきその先にあった罠で、うっかり魔物の巣に迷い込んで、常備していた解毒薬をその日だけ忘れてきて、仲間の魔術師の流れ弾受けて、etc、etc、死ぬ。
メトロノームは何度も目撃していた。
目の前で、自分以上に優れた才能を持った仲間たちが、あっけなく、つまらない理由で、無慈悲に、ただただ死んでいく姿を何度も何度も見続けていた。
彼らの死因はただひとつだ。
ただどうしようもなくどうしようもなく運がなかったからに他ならない。
「あの宝箱には、運を試す罠が仕掛けてあります」
「運を試すなんてどうやって……」
宝箱は部下のファゴットが用意したものだ。
彼の人間性を表すように、一見危険だが、常に安全を第一に考えられた罠が込められていた。
ただ残っているひとつだけはメトロノームが独断で用意したもの。あれにはこれまでの配慮を完全に台無しにする代物が詰まっている。
故にあの少年には命を賭して、運を試してもらう事になるだろう。
「中身は転移です」
「ちょっ……そりゃあ……」
ファゴットの顔がみるみるうちに青ざめていく。
当然だ。
転移の罠に直接的な害はない。
地下迷宮内のどこかにランダムで強制瞬間移動させる術が発動するだけもので、怪我を負わせたり、毒や麻痺でもない。
だが今までのどの罠よりも遥かに危険性が高かいものだ。
「ランダム転移した者の半分は、石壁の一部となり死にます」
地下迷宮を構成するその殆どが石壁。
そして階層間を区切るのもまた石壁。
その中に転移したものは身動きが取れず、呼吸もできず、救援も呼べないまま朽ち果てる。
「残りの半分も最悪。ある意味、即死でない分質が悪い。どこかの階層に飛ばされ、帰り道も分からないまま彷徨い、魔物か罠か、或いは餓死で野垂れ死ぬでしょう」
ちなみにあの宝箱は地下十五階から回収されたものだ。
故に転移先は恐らくかなり下の階層となるに違いない。
「あのガキじゃ無理っすよ。……試験で死人は出さないってのは団長との決め事じゃないっすか」
あれがもし発動すれば、あの少年はほぼ間違いなく死ぬ。
「でもそれは罠が作動すればの話です。発動しなければいいだけのこと。あの少年が類まれなる強運の持ち主ならばそうはなりませんよ」
「類まれなる強運て……副団長……アンタ……」
無論、あの少年が死んでも問題はない。
地下迷宮は治外法権。
何より彼が自主的な行動の結果起きた自体であれば組合も口は出さないだろう。多少、団の名前に傷は付くかもしれないがそれだけの事。
「責任は私がとります……以上」
試験官メトロノームはそう呟くと、より一層、瞼を見開いた開いた。
これからの成り行きを見守る為に。
理屈を考えればあの少年は間違いなく死ぬだろう。
ただ彼女の頭のなかで、予感と言って差し支えない程度の何かが、そうはならないだろうと囁いていた。
◆
そしてーー
「あ」
残念ながら転移の罠は発動した。
「???????」
僕は混乱していた。
何が起きたのか全くわからない。自分がどこにいるのかも定かではない。
今まで大階段の踊り場で、入団試験をしていたはずだった。
なのに唐突にただただ見覚えのない狭い通路のなかで座り込んでいる自分がいる。
あの長の長い試験管や、顎鬚男や、試験の参加者ややじ馬たちの姿はどこにもなかった。
辺りは耳が痛くなるくらい静まり返っていた。
「この壁の色、初めて見る……白だ」
ここは少なくとも地下一階でも地下二階でも地下三階でもない。
何階なのか検討もつかなかったが、それよりも更に深い場所に違いなかった。
「……どうしよう」
宝箱に仕掛けられていた罠のせいで、どこかの階層のどこかの通路に飛ばされたのだろう。
まさかこんな展開になるとは想像していなかった。
「……っ」
ふいに吐き気に襲われる。
先程の罠は毒針だったらしい。袖をめくると左肩の傷口から上腕にかけては紫色になり、前腕にかけては赤く腫れあがっている。骨折はいいとしても、毒はまずい。
「これ以上、歩き回れば毒が広がり、体調が悪化する……?」
解毒薬の類は持っていない。
剣も水と携帯食を入れた荷袋も試験の邪魔だから置いてきてしまった。手元には壊れかけた皮盾だけしかなかった。
「……どうしよう」
これは死ぬのかもしれない。
毒が回るか、恐ろしい罠を踏むか、見たこともない魔物に喰われるか、餓死するか、正気を失うか。
何れにしろ早いうちに何か手を打たなくてはいけない。
「何でこんな事になってしまったんだろう」
最初に心に沸いたのは後悔。
あの時、興味本位で立ち止まらなければ、つまらない欲にかられ試験に参加しなければ、今頃は馬小屋でゆっくり眠ることができたのに、と思った。
この場で跪き、神に祈るべきだろうか。
そうすれば死の間際は多少、苦しまずに済むのだろうか。
「……いや」
だが気づくと立ち上がり歩き出していた。
そんなつまらない終わり方をするくらいなら、血反吐を吐いてでも進んでやろうという気になっていた。
「寧ろ、喜ぶべきだ。僕が今していることは望んでいたことだ。これこそが正に冒険じゃないか」
師匠との約束を破ってしまったけれど、こうなったら死ぬまで楽しむしかない。
それに例え実力不足でも、もし僕に英雄としての運命が待っているなら、きっとこの状況からでも生還できるに違いない。
「……はあ……ふう……」
できる限り息を殺しながら、慎重にひたすら慎重に通路を進み、角を曲がると、長く伸びた通路の先に突き当たりにそれはあった。
「……扉?」
鮮やかなピンク色で塗装された木製扉だ。
ドライフラワーで編んだ飾りと|訪問を告げるための金具が付いている。
何となく手作り感が地下迷宮らしくなさを感じさせた。
「地下迷宮の扉には注意が必要だ」と師匠がよく言っていた。
向こう側で宝箱や財宝が待っている、もしくは別階層への階段に通じている可能性がある。だが反面、罠が仕掛けられていたり、恐ろしい魔物が待ち受けている危険も高いのだ。
「……」
ただ何故か直感めいたものが働き、迷った末に四度ノックを行っていた。それは冒険者の作法としては致命的に間違っていたが、訪問者としては正しい振る舞いだった。
果たして、少しの間をおいて――ガチャリ開錠の音と共にしゃがれた声が聞こえてくる。
「はい、どうぞお入りなさい」




