〈大階段ー踊り場〉入団試験3
「えーと……坊主、観光者か?」
試験官が何かを言うよりも先に、その脇に控えていた部下らしき顎鬚男が中腰になり、笑顔で凄んでくる。
「冒険者だよ。これ組合の所属証明書ね」
「悪いが後二、三年したらまた受けきてくれ、ここは大人限定の」
「冒険者に子供も大人も関係ないよね?」
「ああん? うちの団は託児所じゃねえんだよ。おしめ替えて欲しかったらママンのとこに」
「……」
「っておいコラ勝手に近づいてんじゃねえよ。何なんだよ一体」
顎髭男は話が通じないようだ
邪魔されないうちに独断で試験を開始させてもらう事にする。
宝箱のひとつに移動すると、屈み、まずは様子を見る。
これは僕でも何とか両手で抱えられる大きさで、木製だ。
装飾はシンプルだけど留め金部分が、押しボタン式になっていて、押さなければ開かない仕組みだ。
早速、ぽちと押してみる。
「……っ!?」
ドシューー鍵穴から、と物凄い勢いで何かが飛び出てくる。
振り返ると、緑色のどろりとした液体にまみれた太い針が転がっていた。
成程、麻痺か毒針の罠だったらしい。
「あー……びっくりした」
間一髪で回避できたのは持ち込んだ道具のおかげだ。
昨日、塵捨て場で腐りかけの皮の盾を拾ってきて良かった。
ただ完全に防げたわけではなく、軌道を逸らして直撃を免れただけだ。
盾の縁には小さな穴ができ、上着の左肩辺りも僅かに抉られてしまった。
痛みが遅れてやってきた。
「……っ」
「ほーら見ろ。言わんこっちゃねえ」
顎髭が嘲りの声を上げる。
「お子様が、でしゃばるから痛い目にあうんだよ」
同調するように参加者たちのざわつきの質も変わり始めていた。
自分たちよりも一回りも二回りも若い、まるで見込みもなさそうな闖入者が現れたことで、少しだけ緊張が解けたのだろう。
「ほら治療してやっから怪我したとこ見せてみ。これに懲りたら、さっさとーー」
「あの、ちょっと黙っててくれませんか」
時間が惜しいので、さっさと次に取り掛かることにした。
先程の針に塗られていた液体は麻痺か毒かは分からない。だが罠である以上、人体に悪影響を与える類であるのは確か。それが全身に回りきらないうちに片をつける必要がある。
ーー罠を外すのは初めてだ。
――でも今しがたの宝箱の罠の発動は、留め具がきっかっけだった。
目の前にある残りの宝箱にも、洩れなく留め金がかかってる。
ひとつはスライド式で、ひとつはスイッチ式だ。どちらも仕組み上、留め金を外さないと蓋は開かない。
そして恐らく罠発動のパターンは先ほどと同じく、留め具に触れる、或いは留め具を触れること、と予想できた。
ーー罠がやってくるタイミングが分かれば辛うじて反応できる。
「こいつ調子に乗ってんじゃ――」
「ファゴットさん、お待ちなさい」
「ふぁっ、メトロノーム副団長?」
「貴方、お名前は?」
「ナードです」
「勝算がおありなのね?」
「それはもう」
じゃなきゃやらない。
「ではひとつにつき二十秒。残りふたつを全部開けることができた暁には、貴方を正団員として迎え入れましょう」
いや別に入団はしたくないんだけど。
そう思ったけれど面倒なので黙っておく事にした。
「ちょっこんな小僧、入団させたって何の得にもなりませんぜ?」
「実力さえあれば我が団は何者でも門戸を開きます。さあナードさん続行なさい」
良かった。試験官はどうやら、僕の参加を認めてくれたようだ。
おかげで顎髭男は絡んでこなくなったし、ハードルも下がった。
「……」
僕は残りの宝箱に向き直る。
残念ながら『罠解除』の技能はない。
勿論、箱ごと破壊するような怪力もなく、ただただできるのは愚直に宝箱を開ける事だけ。
ただそれでいい。むしろそれが正解に違いない。
――僕の読みでは、即、死に至るような物騒な罠は仕掛けられていない。
一見、負傷者などお構いなしの危険なこの試験は、その実、安全への配慮がしっかりされている。
その証拠が、近くに控えている交響遠征旅団の僧侶職たちだ。
彼らは救護班。見れば踊り場の少し離れた場所で、先程負傷した参加者ーー鍵束男と大木槌男の二名を治療している真っ最中だ。
つまり交響遠征旅団はこの試験で、死者を出すつもりは毛頭ない。
それはそうだろう。
幾ら地下迷宮が無法地帯であれ、人の目に触れるこの踊り場で、入団試験の参加者が死ねば、その評判に傷がつく。
そんな団に入ってもどうせ死ぬまで扱き使われるだろと噂が立つ。
当然、求人は減る。
人海戦術を得意とする団にとって、それは悪手。運営に大きく影響が出る事態だろう。
ーー故に即死系の罠はない。
――つまり再起不能しない程度に、罠を防御できれば、この試験を攻略できる可能性はゼロじゃない。
◆
「あのう……副団長?」
「何かしら?」
メトロノームは少年から目を離さないまま、声だけで答える。
「あんなのを入団させても何のメリットがあるんです?」
「心配してるんですのね。相変わらず甘い性格」
「そんなこたあねえっすけど」
ファゴットの口ぶりから察するに、試験を中断させたいのだろう。
彼は強面の外見に反して優しい人柄で、年少団員の面倒見もいい。先程、少年を制止したのもきっと目の前で子供が傷つくのが嫌だったからに違いない。
だがメトロノームは妥協しない。
見込みのある人材を獲得する機会を逃さない。
団の繁栄の為に、少しでも役に立ちそうな者、資質のある者を見極める使命があるからだ。
「我々が求めるのは英雄のような才能を持つものではありません」
「ええまあ」
「我々が求めるのは常に従順で恐れ知らずな兵士です」
どんな無茶な命令にも躊躇なく従う兵隊。
行けと言われれば竜にすら立ち向かう、盾になれと言われれば肉の壁になる。
そんな人材を常に欲しているのだ。
「あの少年はその見込みがある、と?」
「ええ。だからこそ試験を続行するのです」
多くの冒険者たちが罠の威力に恐れをなして怯んでいるなか、まだ成人もしていない少年はたったひとり勝機を見出し、前に出てきた。
例え愚かな勘違いでも考えなしの蛮勇だろうと、並外れた度胸がなければできない行動だ。
まだまだ世間を知らないあの子供を洗脳して一人前に育て上げれば、交響遠征旅団にとってきっと有益な兵士となってくれるだろう。
「軟弱者……何て名前に似つかわしくない恐れ知らずな目をした少年なのでしょう」
メトロノームは上唇を舐めながら、静かにけれど情熱的な感情で、まだ幼い冒険者のその雄姿を見守る事にした。
◆
僕は次の宝箱に目を移した。
今度のはスライド式の留め具が取り付けられている。
恐る恐る手を伸ばしスライドさせた瞬間――
ばちん。
蓋が跳ね上がり、中に仕掛けられていた何かが飛び出してくる。
石の礫――
事前に盾を構えていたが、分厚い皮越しに強烈な衝撃が襲ってくる。
みしり、ぐしゃり。
腕が潰れる気持ちの悪い感触と共に、肺が圧迫され、足が地面から離れ、後方に転がる。
「ぐはっ……げほっ……」
咳き込み、喉の奥からこぼれたものを吐いた。
「はあ……はあ……け、怪我は?」
屈んだまま、すぐに体の具合を確認する。
盾を構えていた方の左前腕が犠牲になってしまった。
完全に折れている。感覚もなく動かせそうにもない。
ついでに鼻をしこたまこすったらしく、床が足元がぽたぽた赤く染まった。
「はあ……はあ…………よし……」
でもまだ十分いける。
呼吸を整え終えてから、上体を起こして、試験がまだ続行できる意思を周りにアピールしておく。
僕がこの試験に挑戦する目的はっきり言ってひとつだけだ。
入団試験に合格して、その実力を証明すること。
ーーもしそれができれば師匠も、僕に地下三階の許可を与えてくれるはず。
そうすれば晴れて冒険ができるし、塵なんか拾わずにドロップアイテムを手に入れて、今よりマシな生活ができるに違いない。
そして英雄への道のりを一歩前進できる。
「あと……ひとつで攻略」
踏ん張り立ち上がると、最後の宝箱に近づいた。
これだったら師匠が機嫌の悪い時に言いつけてくる地獄の特訓メニューをこなす方がよっぽど過酷だ、と自分に言い聞かせる。
いつの間にか聴衆も静まり返っていた。
ーー何だよ英雄になるのなんて余裕じゃないか。
僕は笑いながら鼻血を拭った。