〈大階段ー踊り場〉入団試験
◆
そしてまたいつもの朝。
宿屋『城門前通りの黒猫亭』にある馬小屋で目を覚ます。
冒険者になりたての頃は毎日、朝が来るのが嬉しくて仕方がなかった気がする。
けれども今はただただ憂鬱だ。
どうせ地下二階で塵拾いか、師匠に叩きのめされるだけの日々なのだ。
そう思うとどこに楽しみを見出せばいいのか分からなくなってくる。
「はあ」
「ひゃっひゃっひゃ。そんなツラじゃあロイヤルスイートルームは遠のいてくぜ」
起き抜けにまた主人のサムソンからディスられた。
最高に気分のいい朝だ。勿論、皮肉である。
「あらナード……どうしたの? 世の中の全部敵に回したみたいな顔しちゃってるぞ」
「そうだとしてもアーデルは僕の味方だよね?」
「勿論じゃない。はい携帯食と水筒。それから黒猫亭特製の酢漬け」
オーケー分かった。
僕に味方はいない。
「あんまり深い場所まで行かない事。魔物に出会ったらすぐに逃げること。いい?」
「どこまでも突き進んで、会う奴、ぜんぶぶった斬ってやる」
やる気が出てきた。今なら珈琲をブラックでがぶ飲みできそうだ。
背後で「反抗期かしら」と声がしたので「違うよ」と返し、黒猫亭を後にする。
◆
「地獄の門へようこそーデューワー♪」
門の近くまでやってくるといつもの喧しくも能天気な歌声が聞こえてくる。
ちびの太っちょと、痩せた猫背の門番たちである。
「おいおいナード、熟す前のブルーベリー頬張ったみたいな顔してるぞ?」
「……」
「無視するなよおおお。さてはあれだな? 前口上がいつもと同じだから飽きたんだろ?」
「そんなお前に新曲を送ろう」
「結構です」
頑張って絡んで来ようとする門番たちを無視して、僕は門の脇に備え付けられた通用口を通り抜けた。
いいから僕を放っておいて欲しい。
◆
大階段を降りている途中だった。
地下一階の踊り場でちょっとした人集りがあった。
踊り場は広場程の広さがある。
ここでは探索を終えた冒険者がドロップアイテムを並べて露店を開いたり、僧侶職が簡易施療院を開いて路銀を稼いでいたりしていた。
「……何やってるんだろ?」
暇を持て余した連中が大道芸でもやっているのか、はたまた戦利品の取り分で揉めた連中が喧嘩を始めたかしているのか。
どこかの団旗を取り囲むようにして、数十名ほどが浮足立ちながら何かを待っている様子だ。
旗に記されている紋章は、大きな喇叭と星が瞬くように周囲を彩る十の劔。
遠巻きに見物しようと思っていると、近くにいた青年冒険者が「あれは入団試験だよ」と教えてくれた。
「入団試験ですか?」
「うん。交響遠征旅団に欠員が出たんで何名かを募集してるんだ」
交響遠征旅団ーーその名前は聞いたことがあった。
威風堂々(トライファンフ)程、有名ではないが組合の踏破者ランキングに名を連ねている有数の団のひとつだ。
構成総人数百二十余名。十の編成からなる迷宮都市最大手だ。
人材の豊富さと、人頭の多さ、そして統率のとれた連携プレーで、幾つもの実績を出していたはず。
「募集してるのは予備団員。きっと危険な階層には行かない、兵站役みたいな華やかさに欠けた仕事だろうねえ」
青年冒険者はつまらなさそうに言った。
年季の入った装備や、傷跡だらけの身体を見る限り熟練といった風。つい最近、どこかで見かけた気がしたが、気のせいだろうか。
だが危険が少なく多少なりとも実入りが保証されるなら、寧ろ入団を熱望する者も多いはず。
「ふむ」
背中の荷袋を下ろして、椅子代わりにして腰掛ける。
用はなかったけれど折角なので、見物していくことにした。
どうせこのまま塵捨て場に向かっても、いつものように師匠のセクハラを受けるか、塵拾いだけだ。
「参加者の皆さん、お集まり頂き、心から感謝致します」
良く響く声で話し始めたのは、痩せぎすの長髪女性だ。
背後に団員らしき十数人が控えているので、それなりの地位にいる人物のはずだ。
「試験管兼副団長のメトロノームです。早速ですが手短に参ります。今回の採用枠は戦士職か、盗賊職一名のみ」
メトロノームが手を向けた先には、小さな箱が五つ並んでいた。
装飾金具と錠が備え付けられた宝箱だ。
地下迷宮のどこかに稀に落ちており、中には金銀財宝や魔導具などのお宝が収納されている冒険者垂涎の代物だ。
「試験内容ですが、御覧の通りここに宝箱が五つ。いずれも開錠済みです。これらを一つにつき二十秒、全部開ける事が出来れば合格とします。但し、使用できる道具はひとつだけ。……以上です」
説明はそれだけだ。
参加者たちはやる気になっているようだが、今ひとつ趣旨が理解できない。
開錠済みなら開けるのは簡単ではないか。
「これで試験になるのかな。鍵が開いてちゃ意味ないんじゃないですか?」
「錠はなくても罠が仕掛けられてるんだよ。つまりそれを何とかする試験だね」
盗賊組合が訓練などで使う手だと、教えてくれる。
「成る程」
すぐに「俺がやろう」と名乗りを上げた冒険者がいた。
軽装で、腰元にジャラジャラと鍵束を備えたいかにも盗賊職といった男だ。
口元に浮んでいる笑みからも相当の自信が窺えた。