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雑貨屋〈藁をも掴め〉

「大体、師匠はいつもグータラじゃないですか」


「んー?」


「本当に冒険者なんですか。ドロップアイテムとか拾ってるの見たことないですよ」


 そもそも本当に冒険者かも怪しい。

 本人曰く、そこそこ有名な(クラン)で用心棒をやっているそうだが証拠はないし、仲間といるのも見たことがない。


「いいかねナード君」


ナギサメが真面目くさった顔で言う。


「何度も言うが、私は人生のラクゴシャなんだ。こうして塵の山で毎日毎日飲んべだらりとするのが仕事なんだよ」


 それからナギサメは塵の丘に登りまた、ごろんと横になってしまう。


「……」


 果たしてこんな人を師匠にしてしまって本当に良かったのだろうか。

 せめて寝転がる場所くらいは考えて欲しい、と弟子としては思うのである。


「さて……馬鹿ししょう)は放っておいてアイテムでも拾うか」


 冒険者の仕事は、地下迷宮内に点在しているアイテムを回収することだ。

遺失物ドロップアイテムや、魔物から採取できる鉱物や毛皮、各階層に群生する風変わりな植物などの希少な素材マテリアルを地上に持ち帰り、お金に換えることで生計を立てている。


 ただ僕の場合、狩場はこの塵捨て場に限られた。

 だからここで他の冒険者が捨てていったありとあらゆる不要物の山から、使えそうなものも拾うしかない。


 例えば壊れた剣や盾などから金属部品を取り外し、例えば魔物の腐乱死体から爪や毛皮を採取し、職人通りに持ち込み引き取って貰うといった具合だ。

 他にも何かしらの薬液が残った瓶を見つければ道具屋に売りつけられる。

 ただそんなものを換金したところで日々の糧と、稽古代と称する師匠の酒代を支払うだけだけで溶けてなくなってしまうのだ。

 ああ切ない。


「でも冒険者たちは、何で塵なんか捨てるんだろ」


 塵捨て場(バンプ)のこの惨状は冒険者たちがつくりだしたと言われている。

 現に今でも、探索で壊使い物にならなくなった武具や、腐った食料、塵同然のドロップアイテムなどを捨て続ける輩が後を絶たないのだが、そもそも誰が捨て始めたのだろう。


「原因は徴税官さね」と師匠が言った。


「徴税官……ですか?」


「そう当時は地獄の門でにっくき徴税官が待ち構えていた。そして地下迷宮から銅貨一枚でも外に持ち出そうものなら課税し、徴税してきた。宝箱を持ち出そうものならそりゃあ大騒ぎでね」


「へえ」


「だから冒険者たちは仕方なくここで余計な荷物を整理して処分したんだ。食いさし飲みさし使いさしは全部破棄。売れなさそうなドロップアイテムも買い叩かれそうなマテリアルも全部どーん。それがこの塵捨て場の始まりというわけ」


「成程」


「つわものどもが塵の跡って感じだね」と良く分からない戯言を呟きながら、ナギサメは口元にヒョウタンを傾ける。


「……」


 師匠って見た目は若いけど、年齢幾つなんだろう……。


「何か失礼な事考えてたろ?」


「いえ」


 ただ話とは裏腹に、この辺り一帯に落ちている塵は比較的新しい。

 錆や黴などの劣化具合から見るに古いものでもここ二、三年といったところだ。徴税官がいた時代に捨てられていた塵はもっと別の場所にあるのだろうか。


 こうやって古道具を選別しながら、拾うのは嫌いではない。

 用途不明な道具の使い方を考えたり、捨てられた道具がどのような経緯を経てここに辿り着いたのかを想像するだけで時間が潰せる。


「……」


 ただ僕は冒険者だ。

 早くサー・エドワードのような地下迷宮を深くまで踏破する英雄になりたいのだ。


 それには経験が圧倒的に足りない。

 もっと深い階層をくまなく冒険して、多くの魔物と闘い腕を磨き、質の良いドロップアイテムを手に入れて装備を充実させなくてはいけない。


 だから地下三階に下りる許可が、どうしても欲しかった。



 結局、クタクタになるまで探し回ったけれども使えそうなアイテムは大して手に入らなかった。

 たいして重くもない荷袋を背負って、とぼとぼ地下二階を後にする。

 地下迷宮から地上に戻ってくると、もう地上の都市には夜のとばりが下りかけていた。


「うー……疲れたよう」


 通りを行き交う駅馬車を横目に、あれに乗って帰りたいと思った。

 早く黒猫亭に戻って夕食をとって眠りたい。

 でも運賃を払う甲斐性などなかったし、実はもう一仕事残っている。


 地獄門大通りと呼ばれている歓楽街からひとつ外れた寂しげな路地に入ると、行きつけの店を訪れる。

 寂れてこじんまりとした店――その名も『藁をも掴め(キャッチ・アト・ストロー』。

 手に入れた戦利品はいつもここで換金していた。


「おやおやナード坊ちゃんのお帰りなのにゃあ」


 店主であるダヴィンチが大きくのびをして、よっこらしょと椅子から立ち上がる。

 大柄で、でっぷりと突き出た腹にエプロンをかけた猫人族の中年だ。


「その様子だと、大した収穫はなかったみたいだふにゃあああああ」


「その様子だと、客が全然来ないから居眠りしてたよね?」


「けっ……礼儀がなってない奴にゃ。これだから子供は好かんのにゃ。言っておくがにゃ売り物になろうがにゃるまいが鑑定料はいただくにゃよ」


「……分かってるよ」


 地下迷宮で手に入れたドロップアイテムの価値はすべからく未鑑定品だ。

 つまり何という名前で、どういう用途で、どんな効果で、売ると幾らになるのか、専門家に手数料を払い、調査して貰うまで判別つかないのだ。

 

 荷袋の中身は薬瓶が中心だった。

 数量としては十個程。

 もしも全て無価値であった場合、大赤字。

 ただこちらとしても根拠はないなりに、舐めたり嗅いだりして薬っぽいものを選別はしてきた。

 だからそれなりの収入は得られるに違いない。


「ったくその自信はどこからくるのにゃ。熟練冒険者だって使えるアイテムかどうか判別するのだって難しいちゅーに」


 ダヴィンチがぶつぶつ文句を言いながら、荷袋から中身を取り出し、並べた瓶ひとつひとつを手に取り、匂いをすんすん嗅いだり、虫眼鏡で調べたりを始める。


「むっ……? むむむっ……! これは……?? ……ありえん……ふむう……そんな馬鹿にゃ……」


 いつもならば何も言わずに淡々と作業するだけなのだが、今日はいつになく大仰な反応だ。

 ひょっとして期待してもいいのだろうか。もし希少な魔法薬でも混じっていたら夕食を豪勢にしてふかふかの寝台で眠れるかもしれなかった。


「……ふう」


「どうだった?」


「全然ダメにゃ」


 ダヴィンチはにししと笑って、そう告げてきた。

 このドラ猫。


「まあ薄めた軽治癒薬か、期限切れの解毒薬と、腐ったフルーツジュースと、ただの水溶液とかそんにゃところだにゃ。ひとつだけ解毒薬があったので鑑定料を差し引くと、こんだけになるにゃ」


 こちらが文句を言う前に、じゃらりと算盤を弾き、目の前に突き出してくるダヴィンチ。


 今日の夕食代と馬小屋代は何とか支払えそうな額だった。

 僕はガックリ項垂れて「それでいいです」と告げた。


 師匠、いい加減、まともな生活が送りたいです。

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