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地下二階〈塵捨て場〉


 僕が辿りついたのは地下二階。

 目の前にあるのは塵、塵、塵。そこは足の踏み場もなくただひたすらに塵が広がっており、小高い山までできている場所だ。


 多くの冒険者が探索の帰りに、ここに立ち寄り当たり前のように塵を捨ててく。そしてその悪習が何十年も続いたせいで出来上がったのだ。

 通称『塵捨て場ダンプ』――僕の探索の拠点でもある。


「やあ遅かったじゃないかナード」


 一際高く積まれた塵山、その天辺に座っている人物がいた。


 所謂、キモノと呼ばれる獄東風の軽装の女性だ。

 蒼髪の彼女はとろんとした眠たそうな目で、ヒョウタンと呼ばれる水入れに口をつけていた。


「師匠、お久し振りです」


「今しがた仕事が片付いたところでね。君に逢いたくて逢いたくて仕方がなかったよ」


「師匠見ました? さっきあの威風堂々が凱旋してたんですよ?」


「たはースルーかよ。まあいいさ君がいつもより遅かったのはそれが理由だったわけだね」


 彼女はナギサメ。

 カタナという風変わりな形状の剣を扱うサムライという変わった職種の冒険者だ。

 どこかのクランに所属し、そこそこ腕が立つ人物らしいのだが、仕事がないときは何故かこの塵捨て場で、酔っぱらうか昼寝をしている変わり者だ。


「早速ですが手合わせをお願いしてもいいですか?」


 塵の山から飛び降り、音もさせずに目の前に降り立つナギサメ。

 

「構わないけど、いつも通り一本取られたら麦酒十杯奢りだぜ?」


「今日こそは許可を頂きます」


 僕は彼女を師匠と呼んでいる。

 その腕を見込んで冒険者としてのイロハを教わっているからだ。

 ちなみに稽古代は金銭ではなくだいたい酒場で食べ物や酒を奢る。師匠曰く「それが冒険者の流儀」なのだそうだ。


「ではいざ尋常に勝負(イチャイチャ)しようぜ」


「はい」


 両手を合わせオジギをしてから、僕は抜剣した。


 だがナギサメは腰の刀も抜かないどころか構えようともしない。

 袖に腕を通すこともせずに悠然と微笑んでいる。

 まあ今に始まった事ではなかったが、ここまで舐められると正直、腹が立ってくる。

 一泡吹かせるつもりで、駆けて、斬りかかった。


「相変わらず勢いだけは一丁前だねえ」


 師匠はその場から一歩も動かず、身じろぎだけで避ける。

 僕は更に距離を詰め、深く踏み込んで、何度も斬りつけたが当たる気配がなかった。


「君は躍起になって剣の腕を磨こうとしているねえ」


「当然です……っ」


 地下迷宮には恐ろしい魔物がわんさか出るのだ。

 強くなければ生き残れないではないか。


「その考えは間違ってはいない。魔物と遭遇した時に使えるには越したことがない」


 ひらりひらり――何度切りつけても、剣先がぎりぎり着物に触れるか触れないかの距離で、避けられてしまう。

 彼女は跳ねたり、しゃがんだりはするものの、未だにその場から一歩たりとも動いてはいない。


小鬼(ゴブリン)に出会ったなら斬り伏せればいい。骸骨(スケルトン)に出会ったなら粉砕すればいい。豚鬼(オーク)に出会っても」


「隙ありっ」


「当たらないねえ……まあ死に物狂いで頑張れば勝てるだろうさ」


 更に剣撃を繰り出しても結果は同じだ。

 例え避けきれない位置を狙ったとしてもまるで骨などないかのようにくねくねとした人間離れした動きで、かわしかすりもしない。

 当然ながら息が上がってきた。


「はあ……はあ……」


「でもさ、君はどうしても敵わない敵が現れたら、どうするつもりだい?」


 問いかけと共に、急にナギサメの気配が変化した。

 凍えるように冷たい、ひりつくように痛い、潰されそうな程重い圧力(プレッシャー)――。

 決して大柄ではなく、寧ろ細身の部類に入るその体格から、過去遭遇したどんな魔物からも感じない殺気が放たれる。


「――!!」


 慌てて攻撃を中止して後ずさった。

 直感的に殺されるかと思った。だから彼女がカタナを握っても届かない距離まで離れようとした。


 だがぎりぎりで踏みとどまり、勇気を振り絞って剣を握り直し――。


 師匠の口元に笑みが浮かんだ。


秘技・触手祭り(テンタクル・スペシャル)!」


 ナギサメの宣言と共に、あり得ないことが起きた。

 彼女がおもむろに振り下ろした左腕が鞭のようにしなり伸び、迫ってくる。


「うわっ」


 ぎりぎり反応でき、身をかわした。

 筈だった――彼女の左腕は伸びきったと思った次の瞬間、うねり、方向を変えてくる。

 だが何とか剣を振り凌いだ――つもりが逆に弾き飛ばされてしまう。


 師匠の左腕がウネウネと絡みつき、身体が拘束された。


「はい不正解(ゲームオーバー)。哀れ冒険者ナードは恐ろしい魔物と戦いに破れ死んでしまいました、とさ」


 何故、人間の腕が触手みたいに伸びるのか。


「さて罰ゲーム(おしおき)の時間だ」


「うわっ、うひゃっ」


 動けない。もがいて抜け出そうとすればする程、きつく絡みついてくる。


「ちょっ師匠、これ」


「ははは口に出すのもはしたない、いやおぞましい仕打ちを受けて反省するがいい」


「ちょっやめ、やめろ、くわっ、くすぐったい、むりっ、やめっ、くすぐったいです、すいません、すいません」


 結局、散々、くすぐられまさぐられ弄ばれてしまった。

 挙句にターンーー「ぐはっ」と額に物凄い強烈な一撃(デコピン)をお見舞いされ、目の前で星が瞬いた。

 物凄く痛い。死ぬ程、痛い。絶対タンコブできるやつだ。


「さて仕切り直して、もうひと勝負といこうかい?」


「今日は……もう……いいです……」


「何だつまらん」


 僕は長剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。

 戦意は挫けていなかったが、稽古は一本取られるごとに麦酒を奢る約束だ。

 残念ながら、今負けた分で手持ちの資金は早くも底をついた。だから今日は稼がなくてはいけないのだ。


「……あの師匠」


「駄目だよナード」


「何も言ってませんけど」


「可愛い弟子の考えなどお見通しさ。どうせまた『下の階層に行きたい』と言うつもりなのだろ?」


 読まれていた。


 この地下二階には――ろくに魔物も出てこない。

 いても水饅頭(スライム)くらいなものだ。


 故に駆け出しの冒険者でも鼻歌まじりに通り過ぎるだけの最弱難易度の階層だと言われている。

 そんな階層に居続けることに正直、嫌気がさしていたのだ。


「私が合格を出すまで、君は地下三階に下りない約束だろ?」


「そうです……けど……」


 それは師匠との約束のせいだ。

 僕はかつて一度だけ地下三階に降りたことがあった。

 そこで小鬼ゴブリンの群れに追いかけ回され、死にかけたところを師匠に助けてもらったのだ。

 勢い弟子入りさせて貰ったのだが交換条件として『勝手に地下二階より下には行かない』と約束させられていた。


 あれから既に数か月。

 一向に彼女の許可が下りる気配はなく、故に僕の冒険は未だ始まらないままでいた。


「君に実力がないわけじゃない。素質も十分ある」


「じゃあ何がいけないんですか?」


「教えられない。自分で気づかなければ無意味な事だ。だが今の君では間違いなく下の階層に行けば生きて戻ってはこれない」


「……」


「さて稽古をしないなら、さっさと働き給え。働かざる者食うべからずだからね」


「……分かりました」


 僕はガッカリと項垂れた。

 師匠はどうせ、僕に素質があるなんてこれっぽっちも思っていないに違いない。彼女は、僕を暇つぶしに揶揄ってただ酒を奢らせるために、ここでずっと塵を拾わせたいだけなのだ。


 ふいに脛に弾力のある子犬大の何かが体当たりしてくる。

 水饅頭(スライム)だった。


 僕は八つ当たり気味に、剣の先で水饅頭を突こうとした。

 けれどもぷよんと弾かれただけで斬り裂けもせず、慌てて逃げてしまう。


「ちっ」


 鬱憤が晴れないまま、僕は卑屈な思考を巡らせだらだらと塵を拾い続けた。

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