地下迷宮入口〈大階段〉
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大階段。
地獄の門を潜り抜けた先にある、正真正銘地下迷宮の入口。
地下三階までの直通ルートで、探索に出る冒険者たちは皆、ここから出発しここに戻ってくる。
名文化はされていないけれど右側は下り専用だ。
見れば、これから探索に臨もうとする冒険者たちが団毎に群れをなし、たむろし、或いは下りながら会話をしている。
「じゃあまず隊列の確認な」「まったく何で治癒薬買い忘れるかなあ」「ほらすげえだろ、この長剣」「今回はいよいよ地下七階に挑戦だ」
誰も彼も、その目に力強い輝きを持っていた。
荷造りを済ませ、この先に待ち受ける魔物や罠などの脅威を切り抜け、お宝を手に入れようと野心に燃える者たちばかりだ。
一方で、左側は上り専用だ。
目を向ければ、探索から帰還したばかりの冒険者たちの姿がある。
「よおおしついに地下十階踏破だ」「早速、酒場で祝杯だな」「とほほ……骨折り損のくたびれ儲け」「全く何だって毒蠍なんかに刺されちまうかねえ」「資金も底を突いちまった……もうお終いだ……後は……」
荷袋いっぱいの戦利品を背負いほくほく顔の者もいれば、魔物との激戦で傷つき杖を突く者もいる、大抵は疲れ果てた顔で階段を上っている者たちで、中には座り込む者もいる。
その人間模様も様々だ。
僕はこの大階段を降りている時間が割と好きだった。
何と言うか、まだ何の成果もなしていない自分でも、何かしらのきざばしを刻んでやろうという気概がわいてくる。
ふと、先が見えぬほど遥か下方に続いていく、壁面に精緻な彫刻が施された巨大構造物の奥からーーまるで唸り声のような音を響かせ、一陣の風が通り抜けた。
「おい、あれを見ろよ」「すげえな有名人だろ?」「格好いいねえ。いぶし銀だねえ」「まじかよ英傑たちの凱旋じゃないか」
前方の方でどよめきが起きている。
辺りにいる冒険者たちは囁きあったり、歓声を上げたり、拍手をしたりして、下方からやってくる何かを出迎えているようだ。
「何だろう?」
階段の中央辺りにいた冒険者たちが、慌てて左右に避けると、出来上がった道を堂々と闊歩する一団が現れる。
ぱっと見、見る限りどこにでもいるような六人組の冒険者たちだ。
長い探索からの帰りだったのだろう。
着ているものは薄汚れ、重傷者こそいなかったが少なからず怪我を負っていた。
だがひとりとりの目には他を圧倒する強烈な意思の輝きが宿り、口元には紛れもなく勝者の笑み浮かんでいる。
そして、あるものは黄金の王冠を被り、あるものは紅玉を余すところなく散りばめた帯を首にぶら下げ、あるものは金剛石で造られた剣を手にし、例外なく目を見張るような戦利品を携えていた。
「邪魔だ邪魔だあ。どきやがれ雑魚供。威風堂々の凱旋だってんだよお」
「そういう態度は良くないなあ。皆んなの不興を買うし、僕のファンも減るじゃあないか」
「邪魔だから邪魔。雑魚だから雑魚。嘘ではないのですから問題ないのでありませんか?」
「君らは何時になったら団体行動という言葉を学ぶのかね。一人一人が節度を持って行動してこそ」
「つーかお宝とか超重いんですけど、もうクタクタだし、そこらに捨てて、帰って寝たいんですけどお」
「何もかも団長のせいある。あんなものを持ち帰ろうと言わなければ予定通り、三日前には戻れてたね」
ナードにも彼らが誰なのかすぐに分かった。
これ程、注目を浴びる団は迷宮都市広しといえど一つだけだ。
「わあ……すごい。『威風堂々(トライファンフ)』だ」
『威風堂々』ーー地下迷宮の最前線を征く団。
半年前、誰もが成し得なかった偉業――前人未踏の十九階層踏破を行った偉大なる英傑たち。
きっと今回もまた前人未到の階層を攻略し、新しい話題を持ち帰ってきたに違いない。
威風堂々の面々が通り過ぎて行った後に、軽い地響きと共に、何か途轍もなく巨大な何かを引き摺る音が響いてくる。
「おいあれ見ろよ……?」
「嘘だろ……ありえねえだろ……」
「彼女が……そうなのか……?」
圧倒的な光景がそこに在った。
人間の何十倍もの大きさの何かが縄に縛られて近づいてくる。
蜥蜴に似た生物。
それは誰もが存在を知っていながら、目にしたことがない超弩級の魔物だった。
「緑竜……初めて見た……」
その大きく見開いた眼球は虚無を湛えていた。
その巨大な顎門からはだらりと分厚くいぼいぼで覆われた舌が溢れていた。
その緑色の鱗に覆われた巨躯の至る所には、墓標を思わせる剣が無数に突き刺さっていた。
紛れもなくそれは竜の死骸だ。
「おーいもうちょっとゆっくり歩いてくれよう」
だが何よりも驚くべきは、それを引き摺って歩く人間の存在だ。
「手が疲れたよう。重いよう。眠たいよう。お腹空いたよう」
情けない泣き言を言いながら、鼻をすすり、それでも彼女が一歩進むと、その度にずずずと竜の死骸が少しだけ動いた。
綱のようなものを背負うようにして、後ろに控える巨大な屍骸をたった一人で運んでいた。
だがその見た目は他人より少し背が高いだけの乙女だ。
「あれが……サー・エドワード……」
僕は初めて目にした竜のことなど忘れて、彼女に釘付けになっていた。
迷宮都市最強にして聖剣エクスカリバーの使い手。
迷宮の申し子。
竜殺しの女爵。
啼いた赫鬼。
誰よりも地下深くを潜り、恐ろしい魔物を仕留め、莫大な財宝と幾つもの二つ名を欲しいままにする者。
威風堂々を率いる団長――サー・エドワード・サニーデイズII世。
彼女こそが偉業を為したものと呼ぶに相応しいだろう。
「あれが……この迷宮都市の英雄……」