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地下二階〈塵捨て場〉ー新天地3

 水饅頭(スライム)には弱点がある。


 ぷよぷよした身体のどこかに核という人間の心臓みたいな場所があって、そこを突けば一発で死ぬのだ。

 でも目には見え難いし、個体によって大きさも場所も違う。

 そして逆に言えば、それ以外の部位はどれだけ斬っても液体に戻るだけで、本体は生き続ける。


 師匠曰く「核なんて、軸になっている部分なんだから動きを見りゃわかる」だそうだが、参考になった事は一度もない。


「もし巨大水饅頭と遭遇したら、どうやって倒せばいいだろう……ってあれ?」


 一人で悩んでいると、ふと目の前からルーナがいなくなっていた。

 はぐれた?

 もしかして僕がぼーっとしながら歩いていたので怒って帰ったのかも。


「おーい、もしかして、どこかに隠れてるの?」


 ここは真っ直ぐな通路だ。急に目の前から消えるのはおかしい。

 一体、どこに行ったのだろうと、薄暗い通路の先を目を細めていると――。


「ん?」


 何か違和感があった。

 一見、何の変哲も無い通路で何かがちらついた。

 蛾か蝙蝠の類かと思ったがそうではない。


 石ころやら小さな塵やらだ。

 それらがまるで天井から吊り下げられているか、重さがなくなったかのようにふよふよと中空を浮いている。

 

「何だろう……これ……?」


 恐る恐る浮いている近づいて石ころに手を伸ばしてみた。

 すると――

 ぷよんという馴染みのあるやわらかい感触と共に、波紋が広がり、薄っすらとだが緑がかった透明の壁が出現した。


 壁は通路全体を揺らしながら、ずずずとゆっくり前にせり出してくる。


「は⁉」


 少し遅れて目の前いっぱいに赤い文字が浮かび上がってきた。

百年水饅頭(ラージスライム)』。


「ずっと奥まで行かないといないんじゃないのかよおおお」


 これはまずい。非常にまずい状況だ。


 とりあえず走り出して、三叉路ひとつを進んだが、運悪く通路はすぐに行き止まりになっていた。

 逃げ場を失い、為す術もなくゆっくりとだが確実に迫りくる壁をただただ凝視していると、その奥に漂う、見覚えのある人物を見つける。


「ルーナ⁉」


 ワンピースの少女はこの百年水饅頭に捕獲されていたらしい。

 彼女は意識を失っているのか動こうとする気配がなくゆらゆら漂っている。


 ――助けなきゃ。


 大きく息を吸うと助走をつけながら迫りくる透明な壁に向かって走った。

 勢いよく衝突する寸前、息を止める――ざばんと水に潜ったような感覚。


 ――……。


 百年水饅頭の内部は、流れなどはない穏やかな水中だった。

 水質は粘度があり、少々動きづらくはあるが、強力な溶解液などを持っているわけではないようだ。おかげで目を開けていられるし肌も痛くない。


 犬かきをしながら奥へと進んでいくと、次第にルーナの姿がはっきりしてくる。

 やはり意識を失っているらしく身動き一つしない。


 気を失ってたほうが溺れないっていうし、このまま連れて行こう。

 そう考えると、彼女の腕をつかんで引き寄せると、更に奥へと泳ぎ進む。


 ――このまま泳ぎ切って、反対側から外に出よう。


 だがどこまで泳ぐ必要があるのか分からず不安になっていると、すぐに何かにぶつかった感触があり、それ以上進めなくなる。


 目の前に透明の柔らかく厚い壁があり、遮られてしまっていた。


 これは恐らく皮膜だ。つまりここを抜ければ外に出られる。


 冷静になって状況をみれば、ルーナが言っていたヌシのように途方もなく大きいわけでもないようだ。


 だが皮膜を剣で斬りつけようとしたが一向に刃が入らない。

 何十にも分厚い層があるみたいで、内部に入るのはあんなに簡単だったのに、外には一歩も出さな性質のようだ。


 ――この食い意地饅頭め。


 目の前に人間のものらしき髑髏がぷかぷか漂っていた。

 きっと捕食したものを溺れさせてから、ゆっくりと消化するつもりなのだろう。

 ゾッとしながら強引に外に出ようと試みるが、何度やっても力業では押し負けてしまう。


 ――このままじゃ埒があかない。


 一向に外に脱出できそうな気配がなくただ時間を消耗するだけだと思い、別の方法を取ることに決める。

 振り返り、剣を構えなおした。


 ――弱点の核を探すんだ。


 図体は大きくても水饅頭だ。つまり必ずこの空間のどこかに核がある。

 それを探し当て破壊することができれば、水饅頭はただの液体に戻り、外に出ることができるはず。


 まず視線をさ迷わせそれらしいものを探そうとした。

 だが保護色によって体液と見分けがつきにくくなっているので、簡単には見つからない。

 手探りで辺りを弄って確かめていけばいずれ、辿りつくだろうが余裕はない。


 理屈からすれば、核のある場所には小石や塵はない。

 つまり不純物などがなにもない場所を手がかりにすればいいのではと見当をつけながら、剣を振ってみるがまるで手ごたえはなかった。


 ――まずい。そろそろ限界だ。


 気を失いそうになりながら、ふと『目に見えないなら、視えるようにすればいいじゃないか』と思いついた。

 どうせ魔物退治には役立たずなんだから少しは役に立ってくれ。そんな事を思いながら、一か八か右目を手のひらで押さえると《妖精眼》だけで周囲を凝視する。


 ――隠れてるなら、引き摺り出されろ!


 強く念じた瞬間、身体の中からごっそりと何かを奪われる感覚が訪れる。

 同時に視界がありえないくらい鮮明に、広くなり、うっすらと端の方で何かの輪郭を捉えた。


 下の方、地面に違い場所に脈動しながら四方に管を伸ばす巨大な気持ちの悪い球根のような器官が一瞬だけ姿を現して、また消える。


 ――間違いない。あれが核だ。


 残りの力を振り絞って辿り着くと、球根があるらしき虚空めがけて、剣を真っ直ぐに突き下ろした。


 剣先に手応えがある。

 そして透明な管を震わせながらもがこうとする球根が姿を現し、更に剣を押し込んだところで限界だった。


 堪え切れず口から息が零れ、がはと水を飲んでしまう。

 そして溺れると思った次の瞬間、突如どっと大量の泡が球根から湧き出して、発生した奔流に飲み込まれ流された。


「げほっ……はあ……はあ……」


 咳き込みながら鼻と喉の奥に入った液を吐き出す。


 呼吸を整えてから辺りを見回すと、水饅頭空間は影も形もなくなり水浸しの通路に倒れていた。


 辛くも勝利したらしい。

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