《簡易鑑定》を習得しました2
「?」
『簡易鑑定』とやらを使ってみろと言う事らしい。
それで何の意味があるというのか。
半信半疑で眼に力を込めながら、足元から少し離れた場所に視線を向けてみる。
「……」
ぼんやりと視界のなかで幾つかの文字の羅列が浮かび上がった。
更に眼力をこめるていくと、無数の文字が幾つかの群れとして集合し、ひとつひとつが意味のある単語へと変わっていく。
『腐った麪包』
『空っぽの薬瓶』
『罅割れた空瓶』
『動く粘液が入った小瓶』
『変哲もない空き瓶』
『折れた棍棒』
『額縁の破片』
『干からびた鼠の死骸』
「ふむ」
今視ているこの言葉の群れは、足元に転がった塵の一つ一つを表した文字だった。
流石、塵捨て場、どれもろくなものではない。
「いや大事なのはそこじゃないな。……これは確かに便利かもしれない」
塵から使えるものを選別するのは意外に手間だ。
まず「埋もれている塵に近づき」「掘り起こし」「それがどんな物を認識し」「売れそうか、売れなさそうかを判断する」。最低で四工程が必要となる。
だがこれなら周囲を眺めるだけで、大まかなにでも明らかに売れないものを判別できる。
『腐った麪包』『折れた棍棒』『額縁の破片』『干からびた鼠の死骸』
この辺りはハズレーー正真正銘の塵だ。
手に取っていちいち検めなくてもハズレかそうでないかを知ることができるのは大きい。
「めぼしいものはあれかな」
『空っぽの薬瓶』『罅割れた空瓶』『動く粘液が入った小瓶』『変哲もない空き瓶』
幾つもの硝子瓶がまとめて投棄されている場所があった。
多分、冒険の途中で使い切った治療薬の類なのだろう。どれもこれも空っぽであることを文字が示していたが、職人通りに持っていけば瓶は売れる。
それから中身の入った小瓶だ。
拾い上げ、揺らすと緑色の液体がまるで生物のような動きを見せた。
『動く粘液が入った小瓶』
その様子から察するに魔法薬の類だろう。
果たしてどんな効果なのかはさっぱりわからないけれど、魔法薬ならば何千倍の重さの鉄屑を売ったよりも収入にはなる。
これは間違いなくアタリだ。
「あれ?」
小瓶を見続けていると、ふいに『動く粘液が入った小瓶』という文字がぶれて滲んだようになり認識できなくなった。
暫く注視し続けていると、再び輪郭がはっきりし始めーー文字が変化する。
『韋駄天の魔法薬』
「おお……?」
名称が変わった。
これはもしかしてこの小瓶に入った魔法薬の名前を言い当ててしまったのだろうか。
もしそうだとすれば簡易鑑定ではなく名称鑑定してしまったことになるのだが。
「早速、戦果があったようだね」
いつの間にか師匠がすぐ傍で覗き込んで、にっこりと笑っていた。
◆
簡易鑑定を使ったら、大した時間もかからずに荷袋がいっぱいになってしまった。
地下迷宮を引き上げて、地上に戻ってくるとまだ空は赤くなり始めたばかり、時間に余裕がある。
こんな事は初めてだ。
「晩酌には早すぎるかなあ……」
「そんなこと言いながら一日中飲んでるじゃないですか」
「愚問だな。晩酌とは夕食時の酒。即ち別腹だ」
「全く意味が分かりません」
師匠の妄言に付きあっている暇はない、もう一仕事残っているのだ。
地獄門通りと呼ばれている歓楽街からひとつ外れた路地に入り、少し歩くとなじみの店に到着した。無論、行きつけの雑貨屋『藁をも掴め』である。
「ふああああ……ナード坊ちゃんのお帰りなのにゃあ」
でっぷりと突き出た腹にエプロンをかけたダヴィンチがまたしても欠伸交じりで出迎えてくる。
もしかしたらこの猫人族の中年は一日中居眠りをしているのだろうか。
「いつもより来るのが早いけど、探索は順調だったみたいだにゃあ」
ダヴィンチは、僕がカウンターに置いた膨らんだ荷袋を横目に、そう言ってくる。
「いやはや野良猫じゃああるまいし塵漁りに精が出ますにゃあ」
「御託はいいから換金して欲しいんだけど」
相変わらず嫌味な奴だ。
ただこの店は、僕が手に入れた戦利品を換金できる数少ない商店だ。
他の店では客としてまともに扱ってくれないどころか入店を拒否られることすらあるので仕方がない。
「けっ全く礼儀がなってないにゃあ。これだから子供は好かんのにゃあ」
「これで全部ね」
「言っておくがにゃ一個につき鑑別料は十g。例え売り物にならなかろうが手数料はいただくにゃよ」
「分かってるさ」
「仮にこれが全部塵だったらお前さんは五百g近くの大赤字。わしにちゃんと支払いできるのきゃにゃ?」
「それは……」
荷袋の中身は薬瓶が中心だ。数量としては五十個程になる。
そして五百gなどという大金は持っていない。
すべてこの目で鑑定済みだったが、不安な気持ちになってくる。
実際にこの力がどれだけ信用に足りるものなのか分からない。
正直、早計だったかもと思ったが、今更、商品を引っ込めるのも格好がつかなかった。
「だ全部、使える道具だよ」
結局、言い切ってしまった。
「ったくその自信はどこからくるのにゃ。駆け出し冒険者は毒薬と解毒薬の見分けもつかないちゅーに」
ダヴィンチがぶつぶつ文句を言いながら、薬瓶を並べ始めた。
ひとつひとつ瓶を手に取り、匂いをすんすん嗅いだり虫眼鏡で調べたりする。
「むっ……? むむむっ……! これは……?? これもだと……ありえん……これも……そんな馬鹿にゃ」
いつもであれば大雑把な作業しかしないのだが、今日はいつになく慎重で、時折、大仰に驚いてもいる。
嫌な予感がした。
前回も大した結果でもなかった癖に、ああやって大げさな前振りをしてこちらの期待値を上げてきたのだ。
「……ふう」
だがダヴィンチが髭をつまみながら、口にした結果は意外なものだった。
「まあまあにゃあ。幾つか塵も混じっていたけども、そこそこ使えるものもあったから大負けに負けて……千と言ったところだにゃあ」
「そんなに??」
想像の遥か上をいく額だ。
それだけの収入があれば早くもツケの半分が返済できた。
これなら多少の贅沢ーー黒猫亭でまともな食事もできたし、ふかふかの寝台で眠れるではないか。
「塵はなかったと思うけど、その値段ならいーよ。売る。早くお金ちょーだい」
「そーかそーか。そんにゃら話は早いのにゃあ。早速、支払いをすませるのにゃあ」
ダヴィンチが機嫌よくにこにこしながら頷いた。
「それにしてもどーやってこんなに金になる薬ばっかり手に入れてきたのにゃ?」
「まあそれはちょっと」
突然、鑑定できるようになったと言っても、信じてもらえない気がしたので言葉を濁した。
「何にゃ。はっ……まさかおミャーどっかから盗んできたんじゃああるみゃいな」
「違うよ」
「じゃあ一体どーやって手に入れたのにゃ」
「それは」と僕が返事に窮していると――
突然、「ちょっと待ったあ」という声が店内に響いた。
言わずと知れた師匠である。
そういえばやたら静かだったので忘れていたけど、今日は彼女が同行していたのだった。