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《簡易鑑定》を習得しました2

「はい」


 あれ・・)は黒猫亭で酔っ払った師匠に絡まれている最中だ。

 急に両目が痛み出したと思ったら、あちこちに奇妙な文字が浮かんで見えるようになった。

 ただただ疲労のせいで幻覚が見えるようになったと思い、すぐに食堂を後にしたのだが――。


「それは今もまだ視えるんだろ?」


「はい、実は……」


 僕は頷いた。

 確かに朝起きると、周囲に文字が浮かぶ怪現象はきれいさっぱり消えていたので、治ったと思ったのだが違った。

 文字はふとした拍子に現れるのだ。


「どういう時に症状が起きるか分かるかい?」


「ええと何かをずっと見ている時です」


 睨むくらい強い視線を送ると、それは起きた。

 焦点の先にぼんやりと文字の幻覚が浮かび、それが次第に像を結ぶようにはっきりと形になっていくのだ。

 よく分からない現象だった。


「……ふむ。例えばこれを睨むとどうなる?」


 師匠がひょいと何かを掲げた。

 先程まで彼女が煽っていたヒョウタンだった。


 僕は言われるがままに、じーっと目を凝らして見つめてみる。

 暫くすると幾つもの文字が滲み出すようにぞわぞわと浮かび出し、やがてそれらがはっきりとした輪郭を持ちながら、整列、集合し、ある単語を形成する。


「『酒』……『臭い』……『瓢箪』……です」


「じゃあこっち?」


「『呪わ』……『れた』……『三尺』……『刀』……?」


「成る程、成る程」


 師匠は何度も頷いて、取り出して見せたカタナを着物の帯紐に戻した。

 それから神妙な顔で腕組みをすると、眉間にしわを寄せて、考え事でもするかのような様子を見せ始める。


「どういうわけか君は《簡易鑑定》を会得してしまったようだな」


「カンイカンテイですか?」


「簡単な鑑定という意味だよ。君の場合、漠然とだが道具の性質を判別できるといった感じか」


「つまりこれが魔女から授かった……才能という事ですか?」


「そういうこった」


『酒臭い瓢箪』。

『呪われた三尺刀』。


 どちらの文字が示したのも師匠の所持品の名称だ。

 酒臭い瓢箪というのは近づいて目視し臭いを嗅げばわかる。

 ただ刀の方は『呪われている』という状態も、『三尺』という長さも単に見ただけでは分からない。

 確かに人智を越えた能力ではあるが、何というか地味な印象が拭えない。


「いやそもそも僕が選んだのはハートの……≪英雄の心臓≫のはずです」


 これはどう考えても、≪英雄の心臓≫がもたらす能力ではない。

 老婆は「食べると竜だって殺せるとても強靭な肉体を手にできる才能が芽生える」と言っていたではないか。


 こんなおかしな文字が視えるという話はしていなかった。

 寧ろこれは、もうひとつの方だ。

 名前は忘れたけれど、確か「人間には決して見ることのできないものを視える」方の才能だ。


「老婆は右と左どちらかの焼き菓子を選ぶようにと言ったんだよな?」


 師匠は顎に手を当て、考える素振りを見せた。


「そして君は右を選んだ」


「はい」


「では問題。右とはどっちでしょう?」


 師匠はにっこりと微笑みながら、あの時の老婆の様に両掌を差し出してくる。

 馬鹿にされたのかと思った。右と左くらい、自分にだって分かっている。


「あ……」


 だがすぐに大きな勘違いをしていた事に思い至る。


「老婆に最初に尋ねるべきだったかもしれないね。君と、老婆、どちらから見ての左右なのか」


 ――ようく、ようく考えて選ぶんだよ?

 老婆の声が脳裏によみがえった。


 僕から見て右側には❤︎(ハート)柄の焼き菓子があった。

 だからそれこそが『英雄の心臓』だと早合点してしまったが、実は♠︎(スペード)柄の焼き菓子こそ『英雄の心臓』のだ。


「確かにハートは心臓を模している。だが聖杯という説もあってその意味は愛や友情。つまり『目に見えないもの』だ。一方でスペードは剣。言うまでもなく『物理的な破壊、強さ』を象徴する。それを『目に見えない何か』と解釈するのは苦しいだろうな」


「あああああああああ!」


「はっはっは、欲しいものに目が眩んで手に入れそこなったか。なかなか面白い話じゃないか」


「全然面白くないんですけど。こんなの何の役に立つんですか……」


「ふむ、飲まずに酒の種類を言い当ててみるというのはどうだろう?」


 師匠に訊いたのが馬鹿だった。

 他人事だと思って好きなことを言わないで欲しい。


「こんなどうでもいいスキルで遊んでるくらいなら仕事をした方が百倍マシだ……!」


「ならば切り替えて仕事に励み給え。黒猫亭にツケがあるんだろう?」


「誰のせいだと思ってるんですか。師匠も塵拾い手伝って下さいよ」


「うう……二日酔いが悪化してきた」


 師匠は急にげっそりと青い顔になると、またフラフラした足取りで、塵の丘に戻っていくと、ごろんと横になってしまう。

 どうあっても手伝ってくれる気はないようだ。


「どうしようもない人だなあ」


 落ち込んでも仕方がないので仕事を始めることにした。


 でも冷静に考えれば思い至れたはずだ。

『英雄の心臓』にばかり気をとられたていたせいで、そんな簡単な事にも気づけずに間違った方を選んでしまった。


「せめてアルコール入りの紅茶がなければなあ……まあ今更なんだけどさ」


 というか何で師匠は、呪われたカタナなんか持っているのだろう。

 本当に、本当に、本当に大丈夫なのだろうかこの人。辻斬りとかしてないよな。


 いつもの様に、そんな所在ないことを考えながら塵捨て場をうろつきまわって目ぼしい物がないかどうか探して回る。


 パッと見て壊れていなさそうな品でも、手に取って確認してみたら、実は錆びだらけの剣だったとか、大きな罅が入っている盾だったとかがざらだ。

 ろくなものがない。


 代わりにふよんとした何かが現れた。

 子犬大で、緑色、艶のある粘土のような、それでいて弾力性と重量感を兼ねそろえた生物。

 この地下二階に出現する唯一と言ってもいい魔物ーー水饅頭(スライム)だ。

 

「邪魔」


 腰元の長剣を叩きつけるようにして振り下ろすと、手応え良くザックリと斬れる。

 だが水饅頭は切り取られた半身だけが、じゃばと液体に戻っただけで、ひとまわり小さくなってぴょんぴょん逃げてしまった。


「ちっ」


 あれを一撃で倒すにはコツがいるのだが、僕はうまくいった試しが一度もなかった。


「それにしても」


 ろくな拾いものがない。

 この辺りは何度も利用しているので、もしかしたら掘り尽くしてしまったのかもしれない。


 そろそろ場所を変えるべきだろうか、と思っていると、ふいに師匠が「かわいそうな愛弟子に、ひとつ助言をしてあげよう」と話しかけてくる。


「その簡易鑑定を使って、塵拾いをしてみるといい」

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