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《簡易鑑定》を習得しました

「ふあ……」


 干し草の上で目を覚ますと、伸びをして、僕は身体についた草を払った。

 少し寝過ごしたらしく、外はすっかり日が昇っている。


 ここは冒険者御用達の宿屋『城門前通りの黒猫亭』の馬小屋だ。

 情けない話だけれど、宿代が払えないので寝床代わりに使わせてもらっている。

 僕の大事な拠点だ。


 昨日は大変だった。

 師匠は予告通り浴びるように麦酒を飲みだし、呂律がまわらないのにお説教するわ、絡んでくるわだったので、仕方なく両目の痛みを言い訳に逃げ出したのだ。

 あれからどうなったのだろう。


 いつものように酒場兼食堂に向かうと、主人のサムソンとアーデルが並んで待っていた。


「よく眠れましたかな冒険者殿」


「おはよう可愛い英雄さん」


「えと……二人揃ってどうしたの?」


 何やら僕に用があるらしい。

 サムソンは腕組みをしながら、面倒臭そうな表情を浮かべているし、アーデルは困っているような笑みを浮かべている。

 何となく嫌な予感がする。


「うん……これなんだけどね」


 アーデルがおずおずと差し出してきたのは彼女が注文取りに使っている蝋版だった。


「お前のぼんくら師匠の注文書だ。おごりで間違いなかったんだよな?」


 一体幾らになったのだろう。


 恐る恐る確認すると、たった数行の記載しかない

 麦酒二杯とおつまみが少々といったところだ。

 全然注文していなかった。

 何とか支払いきれそうだと、胸をなでおろした後で、ふと疑問が浮かんでくる。


「麦酒が二杯っておかしいな。師匠はもっと飲んでたような……」


「二杯じゃねえぞ。よく見ろ」


「え……?」


 蝋版に刻まれた文字を再度確認すると、最初の行にはこう記されていた。

 麦酒……二樽・・


「た、たる!?」


「そう。二樽だよ。二樽」


 サムソンが化け物でも見てきたかのような表情で、そう告げてくる。


「あの女、人間の皮被ったドワーフだろ。もう兎に角とんでもねえ酒豪だったぞ」


「結局、幾らに……?」


 アーデルが「えっとね」と耳打ちで、告げられる。

 目眩がした。飲まず食わずで働き続けても一月はかかりそうな額だ。


「今回は仕方ねえから、ツケにしてやる。さっさと稼いでこい」


「えと……もし払えなかったら?」


「その時は、勿論、お前をキュウリと一緒に酢漬け(ピクルス)にしてやる。覚悟しておけよ」


「うへえ」


 アーデルに携帯食料と水筒、それからピクルスを持たされて、僕は飛び出すように酒場兼食堂を後にした。

 サムソンのあの目は本気だった。



 地獄の門――都市中央にある地下に続く大迷宮の入口。

 巨大な閉ざされた扉、左右の黒々とした鋼鉄門柱には巨大な骸骨の彫像がまるで侵入者を拒むように立ちはだかっている。


 だがそんなことはどうでもいい。

 緊急事態だ。

 馬鹿な師匠のせいでとんでもない借金を背負ってしまった。


「ララーようこそ地獄の門へ♪」


「地獄の門へようこそーデューワー♪」


「……」


 その額は二千G。

 サムソンは大負けして原価に近い額にしてやったからと言ってくれたが、それでも塵捨て場でドロップアイテムを拾い続けてどうにかなるものでもない。

 何か金策を練らなくては。


「ちょっとおナードちゃんたら最近つれな過ぎいい」


「薄情過ぎるだろがよおお。最後まで聞いてけよおおお」


 何か声が聞こえたが無視だ。

 僕はすたすた強歩で切り抜け、門のわきに備え付けられた通用口を通り抜けた。


 仕方がないだろう。何せ余裕がないのだ。

 門番の様に立って、歌っているだけでお給料の入る身分とは違って、こちらは稼がなければならない身の上なのだから。

 ああ世知辛い。世知辛い。



「師匠!」


 師匠を見つけるのは簡単だった。

 地下迷宮の二階にある昨日と同じ場所ーー小高い塵山のてっぺんでヒョウタンから何かをぐびぐびと煽っている。


「あーん?」


「樽ってどういう事ですかっ。何であんなに飲むんですかっ。奢りって言っても限度があります。このまま代金払えなかったら僕、ピクルスにされちゃうんですよっ」


「ちょっと静かしてくれ、飲み過ぎで頭痛が痛たい」


「そんなこと言いながらヒョウタンから何ぐびぐびやってるんです」


「迎え酒に決まってるじゃないか」


 どうしよう完全に駄目な大人だ。

 こんな人に弟子入りなどして良かったのだろうか。

 飲んで絡むわ、飲み代を弟子に支払わせるわ、借金を背負わすわ、ろくな事をしてこない。正直、昨日の感動を返して欲しい。


「奢りますとは言いましたけど、樽ごと飲むなんて聞いてません」


「馬鹿言えちゃんとジョッキに注いで飲んだ……いや途中から面倒臭くなって樽ごといったな」


 いったのかよ。


「非常識過ぎますよ。おかげでこの歳で借金持ちじゃないですか。今後、どうやって生活していけばいいんですか」


「うっせー知るかんなもん。踏み倒せ。代わりに面白い話を聞かせてしんぜよう」


「話を聞いて下さい。師匠には些細かもですけど、僕にとっては死活問題なんです」


 師匠はへらへら笑いながら塵の丘を下りてくる。

 よろよろしている。見たところ完全に酔っ払いだった。近づいてくると塵の臭いに負けじと強烈なアルコール臭が漂ってきた。こっちまで酔いが移りそうだ。


「まあまあ私の面白い話を聞くんだ」


「はあ」


「昨夜、気になった事があって、他の酒場も回ったんだ」


 師匠は二樽飲み干した後、更にハシゴしたらしい。


「君が体験した不思議な話をどこかで聞いたことがあって昔馴染みを訪ねたんだよ」


「不思議なって……老婆の事ですか?」


「うん。それで分かったんだけど、冒険者たちの間だけで実しやかに囁かれていた都市伝説『魔女の茶会』だった」


「魔女の茶会?」


「この地下迷宮のずっと奥深く、どこかの小部屋には、ひとりの魔女が住んでいる。そして彼女に茶を振る舞われた者はなんとも類稀な技能を身につけて戻ってくる……という話だよ」


「……」


「なーんとなく君の話に似ていると思わないかい?」


「似てます」


 昨日の事だ。

 僕は交響遠征旅団(オーケストラ)の入団試験に参加し、転移の罠にひっかかり、どことも知れない地下迷宮の深層に迷い込んでしまった。

 そこで奇妙な部屋を訪れ、見知らぬ老婆に紅茶とお菓子を振る舞われたのだ。

 

 あの白昼夢のような出来事が、現実に起きた事だったのかは今でも判別つかない。

 だが師匠は気にして調べてくれたらしい。


「で、だ」


 ナギサメは眠そうな顔でにたーっと笑いながら、悪戯半分に僕の額を小突きいた。


「君は昨日、黒猫亭で突然、・・・)幻覚が・・・)視える・・・)ようになったと言っていたな?」

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