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地下??階〈談話室〉才能のクッキー


「えっと……失礼します?」


 恐る恐るノブを捻り、ゆっくりと扉を押し開くと、その向こうには地下迷宮ではあり得ない光景が広がっていた。


 四方を石壁で囲まれた部屋には本棚、食器棚、花瓶などの家具インテリア

 天井には照明具シャンデリアが吊られ、床には美しい花柄の絨毯カーペット

 そして中央には円卓があり、そこに置かれた燭台におぼろげに照らされているのは安楽椅子に腰かける主の影――。


「おやおや小さな客だね」


「どうも」


「何年振りだろうかねえ。ここに人がやってくるのは」


 部屋の主は小さな老婆だった。

 安楽椅子に揺られながら毛糸で編み物をしている。


「ここは……?」


「『談話室サロン』。石壁の恐怖を恐れなかった幸運の持ち主だけがこれる秘密の小部屋だよ」


「秘密の小部屋?」


「さあさそれよりも喉が渇いているだろう? まずは紅茶をお飲みなさい」


 円卓には銀のお盆があり、茶具が一式。

 カップにはたった今注がれたばかりらしいお茶が湯気を立てている。


 言われてみれば喉がひどく乾いていた。

 少し朦朧としたまま、勧められるままにカップを取り、気づくと一気に飲み干していた。


「うえ」


 何だこれ。

 思ってた以上に後味が苦いというか何というか不思議な味がする。

 毒とか入ってないよね。


 ドクン。――ドクン。――ドクン。


「え……?」


 全身に向けて脈の流れる音が聞こえた気がした。

 それからまるで湯のように熱い血が巡り、全力疾走した後のように身体が上気し始める。


 すると驚くべきことが起きた。

 呼吸するごとに顔の腫れが引いていき、折れているはずの左前腕から痛みが消え、毒で変色していた左肩から上腕にかけてが元の肌色に戻っていくのだ。

 やがて吐き気が収まり、意識もはっきりしてきた。


「これは……?」

 

「ただの紅茶」


「でも怪我が治って……」


「味の秘訣は少量の蒸留酒(ブランデー)霊薬(エリクサー)ね」


 老婆が茶目っ気たっぷりにウィンクしてくる。


「蒸留酒と……霊薬……」


 蒸留酒は確かアルコールの強いお酒だ。

 霊薬というのは、師匠から聞いたことがあるけど、珍しくて高価な治癒系の魔法薬の一種だった気がする。


 この老婆は何者なのだろう。

 そもそも何故、こんな地下迷宮に住んでいるのだろう。


「というか僕は……ひっく……あれ……?」


「あらあら少し入れ過ぎたかしら」


 アルコール入りの紅茶を飲んだせいだろうか。

 吐き気が収まった代わりに、軽い眩暈がして若干、思考がまとまらなくなってきた。


「さて喉を潤したところでおやつの時間だよ」


「ひっく……おやつ……ですか?」


「ここにきたお客様には漏れなく振る舞うことになっているの」


 老婆はそう言って、空中から何かを掴み取るような仕草した。

 その両掌を前に差し出し、開くと、いつの間にか小さな焼き菓子クッキーがひとつずつ置かれていた。


「さあさ、ようく、ようく、考えて選ぶんだよ?」


 安楽椅子の老婆がそう告げてくる。


「右と左、どちらかひとつだけ、あんたにあげる」


「いや別に僕は……ひっく……」


 お腹は空いていないのだと言おうとしたが、しゃっくりに遮られて上手くしゃべれない。


 彼女の掌に乗った焼き菓子は、黄金色でどちらも四角い形状だ。

 それぞれ中央に色の違うジャムが添えられていた。


「右のは≪英雄の心臓ハートオブヒーロー≫。食べると竜とだって戦えるとびっきり強靭な肉体になれる可能性が芽生えるの」


 右側にあるのは❤︎ハート型で赤いジャムだった。

 そして左側にあるのは♠︎スペードの型で紺色。


「左のは≪妖精王の眼球オベロンズグローブ≫。食べると、人間には決して見ることのできないものを視ることできる可能性が芽生えるの」


「ひっく……可能性ですか……?」


「そうさね。どちらかを食べても、あんたは他人にはない才能を授かることができるんだ」


 老婆は深く深く頷いた。

 嘘か本当化は分からない。焼き菓子はどちらも毒々しい色だ。


「あの……ひっく……もしその≪英雄の心臓≫を食べたら、僕みたいな子供でも強くなれるんですか?」


「勿論、なれるともさね」


「本物の英雄のように?」


「≪英雄の心臓≫は鍛えれば鍛えるほどに、あんたを強靭にしてくれるだろう」


「ひっく……すごい」


「さあさ、ようく考えるんだよ。あんたなら一体どちらを選ぶ?」


 老婆はこちらを覗き込むようにして、そう問いかけてくる。


 勿論、僕の答えは考えるまでもなかった。


「いただきます」


 老婆の掌から❤︎のジャムがのった焼き菓子を取り、一気に頬張った。

 ただひたすらに甘くて舌が焼けそうだ。そんなジャムの味が口の中に広がったので、甘いのが苦手な僕は出来るだけ味合わないように咀嚼した。


 別に、才能が授かる焼き菓子等という都合のいい存在を信じているわけではない。

 恐らくは老婆の冗談か、何かに違いない。


 ――ただ嘘でもいい。ズルでもいい。≪英雄の心臓≫を選ばない手はない。

 ――これを食べてもしあの迷宮都市最強に肩を並べる強さを身に着けることができるなら、それは願ってもない。


 そんな事を考えながら、あまり美味しくない紅茶のお代わりで口のなかをすっきりさせる。

 そしてアルコールが余りにも強すぎたせいか――


 僕の世界はくらりと暗転した。

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