プロローグ
ここは地下迷宮のはずだった。
それなのに目の前には、あり得ない光景が広がっていた。
四方を石壁で囲まれた部屋には本棚、食器棚、花瓶などの家具インテリア。
天井には照明具シャンデリアが吊られ、床には美しい花柄の絨毯カーペット。
中央には円卓が置かれ、その上には銀のお盆と、茶具が一式。
「ようく、ようく考えて選ぶんだよ?」
この奇妙な部屋の主――安楽椅子の老婆がそう告げてくる。
差し出された皺だらけの小さな両掌には、それぞれ小さな焼き菓子がひとつずつ置かれていた。
「右と左、どちらかひとつだけ、あんたにあげよう」
「……」
「右のは≪英雄の心臓≫。食べると竜とだって戦えるとびっきり強靭な肉体になれる可能性が芽生えるの」
彼女の掌に乗った焼き菓子は、黄金色でどちらも四角い形状。
それぞれ中央に色の違うジャムが添えられている。
右側にあるのは❤︎型で赤いジャム。左側にあるのは♠︎の型で紺色のジャム。
「こっちの左のはね」と老婆が続ける
「≪■■■■■■≫といって食べると■■には■■■■■■■■■■■■■■を■■■■ができる可能性が芽生えるの」
どちらも毒々しい色だったけれども、甘味自体普段口にすることが稀だったので思わず、唾を飲み込んだ。
「えっと可能性ですか……?」
「そうさね。どちらを食べても、あんたは他人にはない才能を授かることができるんだ」
老婆は深く深く頷いた。
僕はその皺だらけの掌にある不思議な焼き菓子をどちらかひとつだけ貰える権利を手にしたらしい。
「さあさ、ようく考えるんだよ。あんたなら一体どちらを選ぶ?」
老婆はこちらを覗き込むようにして、そう問いかけてくる。
「じゃあこっちを食べます」
そう言って僕は考えるまでもなく右を選んだーー
はずだった。