奴の名前は死神13号
本文に登場する主人公は人間として最低です。そのようなキャラクターに対して免疫がない方、拒絶反応の起こる方は読まないほうがいいと思います。
また、本文にはグロッキーな表現も多数、使用されておりますので、読む際にはお気をつけください。責任は持てませんので。
今日は、なんの変哲もない起き方だった。
二度目の惰眠を貪ろうとしている最中に母親に叩き起こされ、味噌汁に魚、漬物とご飯といった和のテイスト溢れる我が家の朝食を食べず、髪の毛をワックスで固めて家を出る。
いつものように俺の出待ちをしていてくれた幼馴染の平良に金をせびって、学校とは反対の方向へ歩き出す。いつものように道の真ん中を威風堂々と突き進み、肩のはじでも当たれば喧嘩を売る。優しいからいつも、三発しか殴らない。ましてや相手が女なら、メルアドだけで我慢する。
そう、まるで変わらない俺の朝。
そんな俺の朝が、音を立てて崩れていくとは、たぶん、誰も気づかなかったはずだ。――アイツを除いて。
この日の朝も俺は、足にぶつかってきた小学生の住所を聞き出して、とても上機嫌だった。そんな俺とは逆方向に、学校に向かって歩く女子がふたり。確か、俺と同じクラスメイトだ。
そいつらは声をあげてのけぞったが、すぐに顔をそらし、足早に俺を避けて道の端を歩く。まあ、当然だろう。得てして人は、嬉しさを外に表したりしないものだ。なんというツンデレ。
そしてそいつらとすれ違ったとき、それは起きてしまった。
凄まじい音と同時に地面が揺れて、俺は車道に転がりそうになってしまった。
なんだ、いったい、なにが起きたんだ!?
慌ててあたりを見回すと、すぐ後ろに鉄製の、おそらく隣のビルの工事に使われていた部材と思われる代物がやたらめったに落ちていた。その隣には、俺とすれ違った女子がひとり、硬直して突っ立っている。もうひとりは――……! なんてこった、潰れてる。
突き出た下半身。めくれたスカートからパンツを拝みながら、俺は満足して帰ろうと思った。いや、どうせなら潰れたあいつの鞄から財布でも漁ろうか。そう思って振り返ると同時に、俺の目と鼻の先で、まだ無事だったそいつが、潰れた。今度は落下物が少なかったせいか、人間の潰れるぐしゃ、とも、ぐき、とも、なんとも言えない音がリアルに聞こえてしまった。
俺が呆然としていると――嘘だ。血に染まり始めた天使のブラを見ていると、落下したそいつが呻き声を上げながら、立ち上がろうと懸命にもがいていた。
俺は思わず、その健気にがんばるそいつに、近くにあった鉄製の部材を引っ張り出して、そいつに差し出した。直接触ったら、汚れるしな。
そいつは、ありがとうと男の俺でも聞き惚れるような、野太いダミ声で感謝の意を表して立ち上がる。その背は俺よりも低く、どちらかと言えば華奢な感じだ。こんな晴天なのに黒いレインコートに身を包んで、フードなんぞをかぶっている。
そいつは顔をうつむけながら、汚れた部分を気にしているようで、なんとも乙女ちっくな花がらハンカチでコートの汚れを落としている。その間に、潰れた女はぴくぴくと痙攣していた。まだ、息があるらしい。
「悪いな、ボウズ。仕事の最中でメンドウをかけて」
女の上で丁寧にお礼を言う。どうやらこの広い世界には、女の上に紐なしバンジーをするような仕事があるらしい。
親切にも鉄の部材を俺に手渡してきたそいつに、俺はいやいや、なんて言いながら返されても困るので、できるだけ相手を傷つけないよう、即座に叩き落した。同時に、俺の動きが止まる。それは向こうも一緒だった。
「あ゛ーっ!?」
物凄い声をあげて俺を指差す。そいつの顔は――!
……額に13のついたガイコツを模した髑髏の面をかぶっていて、よくわからなかった。
俺がしげしげとその面の観察をしていると、そいつはコートの下から手帳を取り出してぱらぱらとめくり、しまった! だの、間違えた! だのと叫んでいる。
とりあえず、お前のいるべき場所は銀行か病院だよな、うん。やっぱり、仕事する格好じゃあないわ。あれ? 銀行強盗ってハイリスクハイリターンの株式会社だっけ?
「貴様、早川 俊作だな!」
じだんだ踏みながら俺の名前をびしりと言い当てる。様だ。様をつけろ、様を。変態野郎。
声に似合わぬ体だが、さっきの飛び降りといい案外と体力があるようで、元気なあまりにクッションになってくれた女を踏み殺してしまったようだ。最早、ぴくりとも動かない。
――ッ。しまった、こんなことなら昨日でも学校に行って、セクハラしとくんだった。
そんなことを考えているうちに、そいつは手帳をしまい、懐から武器を取り出した。……まずい、アレは……。
「死ねぃっ」
言いながら奴は、その切っ先を俺の腹に捻じ込むように突き出してくる。慌ててよけたが、よけた拍子に躓いて、車道に転がり出てしまった。まずい、非常に。
奴は、俺をあの、刺すも切るも自由のまま、言わずと知れた出刃包丁という殺傷能力の非常に高い武器で殺す気だ。なぜ、俺がこんな目に……自分で言うのはなんだが、俺ほど世の中のためを考えて行動している高校生は、そういないって言うのに。
自分の運命を悲観したが、ここは車道だ。このままではいつロードローラーに轢かれるともわからない。どう考えたってここは、逃げるしかないのだ。
奇声をあげながらさらに飛びかかってきた奴の腹を下から思い切り蹴り上げると、奴は途端に冗談じみた大量の血を噴出して、天下の車道に転がった。その隙に慌てて俺は歩道へと脱出する。
衣服を確認する。よし、汚れていない。あの距離あの量あのタイミングで……やっぱり、神は模範的な生活を送るこの俺を見放していないようだった。
「――ま、待て! 貴さッ……はッ!?」
奴はとっくに死亡した少女ふたりを助けるために信号無視して現れた救急車に轢かれた。なんとも間抜けな最期だ。
悪い奴なんかじゃなかったのに、と、奴が丁寧に渡してくれた部材に視線を送る。
「……き、きっ、……き、さ、まぁ、ぁ……」
…………。
前言撤回、生きているようだ。死んでこそテメエみたいな変態野郎を美化できるっていうのに。なんてのんびり言ってる場合じゃない。
奴は、体を動かすたびに輸血パックのごとく血を大量に吐き出しながら、俺に迫る。そのさまはまさにゾンビ。うん、なかなか怖いぞこれ。
とりあえずゾンビらしくトロい動きなので、俺は口笛を吹きながら歩き出した。あ、この方向って学校……まあ、いいか。
久々に顔をあわせる友の顔。俺の思い出の中ではいつでも笑顔だ。もちろん、その中に平良なんてのは入っていないが、久々の登校にあいつらも喜んでくれるだろう。
俺はもちろん、そんなフインキを出す気はない。俺は照れ屋で泣き上戸なのだ。
数分後。
ちょっとそこの角から奴が血反吐を吐き散らしながら走って追いかけてきた。俺は泣いた。
勢いよく俺が教室の引き戸を開けると、クラスのみんなは驚いたように振り返った。まだ授業中だったようで、頭のカワイソウな先生が黒板にチョークを立てている。
その直後。
教室はひっくり返ったような騒ぎになって、我先へと教室の窓からベランダから外へダイブしている。なんら変わりのない光景に、不覚にも俺は泣きそうになった。やはり俺は、みんながこんなにダイナミックに喜びを表すぐらいに、模範的な人間だ。だが、感動したばかりはいられない。そう、奴がすぐそこまできているのだ!
みんな、今はこんなことしてる場合じゃない、早く逃げてくれ!
「う、うぉおおおおおお!? なんか、なんか言ったぞ!」
「イヤァァ! 早く逃げてーッ」
「お、押すなよ、ここ三階だぞ!」
「そんなこと言ったって、出口にヤツがっ……!」
…………。
うん、みんなは俺との再会に感動して、肝心の俺のことを気にしていないらしい。エキサイトしすぎだぞ、テメエら。
このままでは本格的にまずい。あのプッチンな変態野郎に俺の大事なクラスメイトを傷つけさせるわけにはいかない。俺は幾分か冷静と思える、身を震わせて喜びを表現してくれている女のネクタイを掴み上げた。
頼む、なんでもいいんだ、眉のメイク用だろうが鼻毛だろうがスネ毛だろうが、それらを処理する刃物的ななにかを、俺に貸してくれ!
「い、いやぁっ。犯されるぅー!?」
黙れブスが。お前なんかこっちから願い下げさファッキン豚女め。
駄目だ、こいつも俺との再会を喜び過ぎて頭がイカレている。俺はとりあえず机に顔を叩きつけて冷静になってもらうことにした。鼻から大量に出血すれば、随分なクールダウン効果があるはずだ。
……あれ? 歯も欠けたな……まあいいか。いや、良くない。こいつの顔は強烈だが、武器にはならないのだ。
汚い面の女を放すと、俺は掃除用具からホウキを取り出す。はっきり言って、これ以外に武器が思いつかない。奴はゾンビのように不死身だが、度重なるケガのせいか極度に打たれ弱い。そして、血を吸いすぎた蚊のように大量出血するという性質がわかっている。
――くるならきやがれ変態野郎。俺の大事なクラスメイトはひとりとして傷つかせやしないぜ。
……ごめん、言いたかっただけだ。ちょっとだけ陶酔してしまったのは公然の秘密だ。
「ハあぁぁヤぁカぁぁああああワぁぁぁぁ」
様つけやがれテメコラ。かっこつけている間にきやがって、まだ俺は心の準備をしていない。
教室のドアに血の手形を残しながら現れたそいつに、教室は恐怖のドン底に落とされた。しかしさすがは俺の自慢のクラス。俺が慌ててここにやってきたときに気づいたのだろう、すでに三分の一ほどが教室から脱出している。
俺は彼らへ振り返る。
おい、こいつは俺が止めるからお前らは――
「だ、駄目だぁぁッ! やっぱもうひとつのドアも塞がれてるぅ!」
「あ、あいつ、俺たちになんの恨みがあって……!」
「ひい、ひいいいいいいッツ」
…………。
俺は奴に振り返った。
その通りだぞ、お前ッ。俺らになんの恨みがあってこんなマネをするんだ!
叫ぶ俺に、奴は体を震わせた。なんて変態だ、笑ってやがる。
「――なんの恨み、だと? くっくっく……よくぞ聞いてくれた。俺の名前は死神13号。我らが大いなる父の名の下に、この神聖なる出刃包丁で貴様の魂を刈りにきたッ!」
――……!? し、死神……だと?
なんてこった、俺は大きな勘違いをしていた。そうだ、そもそも気がつくべきだったんだ。紐なしバンジーを決行したり、腹を爪先であれされただけで丸々3リットル以上の血液を吐いたり、車に轢かれてもすぐに走れるようになったり――こいつは、変態野郎なんかじゃあなかった。
超ド級、空前絶後史上類に見ない、まさにある意味、人間国宝とも呼べる、変態どもの最終兵器だったんだ。
だが、正体がわかったところでなんのことはない。相手は……めんどいから変態でいいか。
ともかく、相手は変態、俺はワイルドを肩にきた高校生。体力的にも俺が上だ。こんな奴に、俺は負けない!
「死ねッ! 早川 俊作!」
くっ。出刃包丁を構えて奴が突進してくる!
「う、うおおっ。仲間割れだ、俺たち助かるぞ!」
「見て、あの人、あのアクマを殺しに来たのよ!」
「やった、やったぞ俺たち、助かるんだァー!」
…………。
任せろ、お前ら! お前らの期待に応えて、俺はこの変態を叩き殺してみせるぜッ!
みんなが叫んだことはよく意味がわからなかったが、俺を応援しているようなので大きく笑みを返した。黄色い声が出迎えてくれる。
……っと、そんな余裕を見せている場合じゃない。俺は慌てて突進してくる死神13号とやらをかわすと、その背中を思い切り蹴りつけた。
勢い余った奴は、クラスのみんなが固まる場所へと滑りこむ。
『…………』
沈黙。
直後に、悲鳴。
出刃包丁がふたりの男を貫通して刺し殺している。男同士でひとつに繋がれて死亡――男なら絶対に嫌だと思う死に方――、俺は思わず、きっと一度も経験がなく、「掘っとたと思ったら掘られてた」なんて顔だけにしろレベルの冗談を天国で言う彼らを思い、思わず泣いた。
「み、見ろーっ、アイツ、笑い泣きしてやがる!」
「や、やっぱりグルなんだわぁああ!」
「飛び降りろ、飛び降りろ!!」
…………。
なにを言っているんだ? あいつら。
とりあえず、彼らが自らの身をていして守ってくれるようだ。俺はそれを恩にきて、死神13号が死体から出刃包丁を抜こうとして他のクラスメイトたちを刺している間に、廊下から消火器を取り出す。この鈍器なら、奴もトマトのように脳みそをブチまけるだろう。
俺は思い切り消火器を振り上げ、奴のドタマを狙う。
「! ――殺気!」
っな……? 気づかれた! 奴はその小柄な身らしく、そして声に似つかわない身軽な動きで――
……うん、ナイスヒット。出刃包丁が男のひとりに深々とひっかかってくれたお陰で、奴の動きが遅くなり、俺の消火器は見事に奴の隣で固まっていた女の頭に直撃した。
悲鳴をあげることもなく、ザクロのように頭を開いて脳漿があたりに飛び散る。凄まじい光景だ。トラウマものだが、わざとじゃないので許してほしい。
周りでそいつの血やら脳みそやらを被った奴らが獣じみた声をあげる。中には笑い出す奴もいた。よかったぁ、どうやら怒られずにすみそうだ。そりゃそうか、元々、奴があたり構わず切りまくっているおかげで、俺が女の頭ひとつぶちまけても、そう目立たないことだったんだ。
いやあ、心配して損した。
「おいっ、お前らなにを――おおおおおおおおおおおおおおッ!?」
唐突に聞こえてきた雄叫びに振り返る。
あ、やばい、進路の笹本だ。あいつとはお互いに深い仲で、義兄弟の契りまで交わしている。笹本はよく俺の母親とホテルに入って俺の成績の良さを一晩かけて説明し、俺は俺で恩返しにあいつの奥さんと娘さんの髪を真ん中からバリカンいれてやった。
こんなゴミみたいなクラスメイトよりも、よっぽど笹本サンのほうが心配だった。あいつは兄貴分だ、死神13号なんぞというどこぞの馬の骨ともわからん奴に殺らせるわけにはいかない。
――そう、奴とは俺が決着をつけなくてはならないのだ。これは漢と漢の決闘だ。
俺は奴の名前を叫びながら突進、奴もこうなることがわかっていたのだろう、覚悟を決めたのか目を大きく見開いた。
「は、早川? お、お前、まだ俺から金を――」
?
なにを言いたいのか、さっぱりわからない。きっと、遺産に俺の名前を書いてないとか言おうとしたのだろう。俺の金、とか言っていたし。だが大丈夫だ、笹本サンには奥さんと娘さんがいる。そっちからたっぷりいただかせてもらおう。
俺は手に持っていた消火器のチューブを笹本サンの口に突っ込む。いくら国体に出場したんだとか自慢していても、隙をつけば――もとい、漢同士の勝負はこんなものだ。気合と根性が上の相手が勝つのだ。
思いっきりハンドルを引き絞って笹本サンの鼻から盛大な煙を吹かせる。ちょっとおもしろい。だが、これは漢の勝負だ、笑っては絶対にいけないのだ。
白目を剥いて仰向けに倒れる笹本サンから急いで離れる。消火器はすでに軽い、これではあの死神13号の頭をブチまけることができない。もっと、もっと殺傷能力の高い武器は――……!
実験室だ、実験室は年中爆発しているイメージと、変態が生徒を溶かしているイメージしかないっ。奴の体を爆砕して、なんかの薬でどろどろに溶かしてやれば完璧だ!
俺は一路、化学実験室へ向かって走った。
俺が実験室の扉を開くと、三年生の先輩がたが実験の最中だった。男は俺を見て顔色を変え、女は叫び声を出す。
はっはっは、こんなに俺って先輩受けよかったんだ。同級生に恵まれていれば、先輩にも恵まれているなあ。みんな、実験中のフラスコを投げたり、教室の隅に押し固まったりして、ひとつ下の俺たちとは違った大人の喜びを披露してくれた。
「は、は、早川――っ!?」
そんな中に、俺と相思相愛の仲である百阪先輩がいた。彼女は急な再開にびっくりしたんだろう、思わずビーカーを落とす。
先輩、お久しぶりです。
「い、いやあああああああああああああああああああああっ!? お、犯されるぅう!!」
オーマイガッ。あのファッキン豚女と同じ展開か。
美人が叫ぶと顔が崩れて、恐ろしいことこの上ない。俺と百阪先輩は同じトイレの個室に入ったことがあるほどの仲だ。彼女はきっと、なんの連絡もなく現れた俺に驚いてしまったに違いない。その面がそれ以上汚くなる前に言いくるめてやる。
俺が落ち着くように肩を揺さぶると、なぜか百阪先輩は頭を横に振って鼻水を飛ばす。なにしてくれんだ、汚れちまうだろうが。
けれどそんな態度は外には出さない。俺は模範的な高校生であり、かつジェントルマンだ。
「――……! ……カ……!?」
――っ。まずい、奴の声だ、あの野郎、もうこの俺の居場所をつきとめたのか。俺はまだどろどろに溶かすやつも、なんか爆発するやつも用意なんてしてやいない!
よっぽど俺に甘えたいらしい百阪先輩を一発殴って叱咤すると、俺の愛が届いたのか黙り込む。身を震わせて歯を打ち鳴らすほど俺の愛は偉大だったようだ。けど、今はジャマだ。そこらへんにはり倒して、武器となるものを探す。
「――うっ? ごほ、ごほ」
「げふっ、かはっ……こ、これは――ゴホゴホっ」
教室の隅で固まっていた先輩がたが急にむせ始めた。なんだ? 煙? ――はッ。
これはよくわからないけどなんかの粉だ! さっきのフラスコやらビーカーやらにはこれが入っていやがったんだ! 俺は慌てて出入り口を睨みつける。――大丈夫、開いている。少なくともガキの頃に平良の家で試した粉塵爆発とやらが起きる状態ではないはずだ。
ああ、懐かしいな。あれってば流行ってたよなぁ、仲のいい友達の家を粉塵爆破。
「お待ちください、13号様!」
「ええい、離せ!」
「ああっ、なんて男らしいお声……! 私の燃え滾る愛を受け取ってください!」
「にぎゃああああああああああ!?」
…………。
よくわからんが、奴はもうすぐそこまできているようだった。たぶん、俺たちの英語の担当である染井先生とお話中のようだ。ちなみにそいつ、男ね。趣味がボディビル。
いやぁ、やっぱ類友ってホントだね〜。
「早川 俊さぁあああくっ!」
だから様つけろって言ってるんだよ、様をよ。……とか言ってる場合じゃねえ。
奴は真っ赤に燃えていた。なぜ? あれか、あれなのか、染井の野郎に燃え滾る愛をくらって真っ赤にバーニングか。見せつけるんじゃねえ、俺には百阪先輩がいる。見ろ、この美貌を!
思わず振り返ったさきで、百阪先輩は人とは思えない面をしていた。白目むいてるし、顔は変形しているし、汚い。
……この野郎ッ、百阪先輩がキレイだからって、嫉妬して殴り殺しやがったな! 絶対に許せねえッ。
奴は燃えているが、こっちだって燃えている。物理的じゃないけど。と、ここで死神13号は、あらイヤだわとばかりに振り返り、教室の戸を閉める。
――バっ……!
科学実験室は、俺の愛していたような気がしないでもなかった女を巻き込んで消滅した。
ぐぅ……体の節々がいてぇ……。
木片をどかしながら、俺は立ち上がる。化学実験室は案の定、爆発してしまっていた。上にあった教室も一緒に吹っ飛んだようだ。かわいそうに。
俺はというと、奴が戸を閉める直前に、実験に使う用具とかが安置されている棚に潜り込んでいた。お陰で木の引き戸やら主に俺をむりやりトイレの個室に連れ込んで卑猥なことをしようとした豚女が主成分となった鉄壁によりことなきを得た。
ふぅ……だが、これで目的の半分は達成された。後は、残りの半分である死神13号、奴の肉片をどろどろに溶かすだけだ。
――と、そのとき。
「…………」
こんがりになった先輩がたの下から、死神13号が立ち上がった。頭やら肩やらに先輩がたを乗せているその姿は軽いホラーだ。だが、俺は泣かない。だってあちし、男の子だもン。
しばし見つめ合う、俺と死神13号。この瞬間、死闘を重ねてきた俺たちの間に確かな友情が芽生えたのを感じた。
「……こぉいっ! 俺のキャサリンジュニアァアーッ!」
なんかヘンな呪文を唱え出したぞ! とか思っているうちに、奴はレインコートの下から自分と同じほどの大きさを誇るチェーンソーを取り出した。
うおおおっ! どっから出しやがったそんなもの!?
「きしゃあああああッ!」
奇声を上げながらチェーンソーを振り上げる。おいおい、これは俺でも泣くかもしれない。
俺は走って逃げた。痛む体を引きずって。奴はもちろん、追いかけてくる。
さあ、愉快な鬼ごっこの始まりだ。見てごらん、鬼はデスボイスかましながら火花を散らしている。対する俺は体の痛みでフォームが少しヘンになりながらも勇気ある通行人と協力して、俺の盾となってもらいながら懸命に走っている。
――どうする? どうするんだ、俺。考えろ――!
目の前には曲がり角――決まりだ、定番中の定番、曲がり角でごっつんこを実行する以外に他がない。チェーンソーで切り刻まれ、内臓露出という究極のチラ見に少しだけ興奮しつつ、そしてその高揚をひた隠して曲がり角を曲がり、壁に張り付く。
「ぐああああああああッ」
俺の差し出した足を受けて、凄まじい声をあげて死神13号はずっこけた。さすがにむりだ。こいつとごっつんこは。
大量の血を吐き、廊下の真ん中でもがく死神13号。俺はそのそばで空回りしているキャサリンJrとやらを拾った。うん、すっげー重い。これを持って全力疾走して、我が校の生徒を切り刻んだなんて――
お前、丈夫なのか? その血って他の奴らの血ってわけじゃあないよな?
「くっ――、そ、それでどうする気だ?」
どうする、だと? 決まっている。
お前はこの俺を追い回したんだ、ストーカーのように。お前はこの俺を泣かせたんだ、可憐な乙女のように。
俺のために死んでいってくれたやつら本望だろうからどうでもいいが、この行為は万死に値する!
「ふ、ふふふ、無駄だ、無駄だぞ。キャサリンJrも出刃包丁も、我が父、偉大なる絶対の存在より譲り受けたもの――死神が振るわなければ、本来の意味をなさない――ただの凶器だッツ!!」
な、なんだってーっ!? そんな……てことはなにか? 俺じゃあ、魂を集めることができないのか、そんなバカな!?
…………。
じゃ、凶器でいいんぢゃねえ? 仰天動地のドを超える変態野郎がなにをほざいてやがる。
ギャイイイイッ、とチェーンソーを回す俺。振り上げる。だが、死神13号はここで俺のスネを蹴りやがった。痛いにもほどがある。
「ふはははははは、甘いな早川! そんな悪役のように大げさな振りでは、蚊一匹とて殺せな――あ、こらまてっ」
様つけろってんだーっ。大体、お前が悪役だ、そして俺は模範的な高校生だ、だからその長ったらしい口上の間に逃げてるんだろうが。
しかし、おかげでだいぶダメージは回復した。さきほどよりも軽快な走りを見せる俺に対して、死神13号はキャサリンJrを捨て、出刃包丁を構えてぴったりと着いてくる。うあ速え! これが本当の変態というものなのか!
必死の形相で階段を駆け上がり、壁にはりついて「私は壁、私は壁」と和んでいる校長の髪の毛をつか――あ、あれカツラだった。慌てて肩を掴み直し、校長先生に生徒を守る立派な役目を与える。これで差が少しついた。
というか、この上、このさきは――屋上?
「愛してるよ、ナナミ……」
「……私もよ、コウヤ」
「あいつがこの学校に戻ってきた以上、なにをされるかわからない。そして、もうこの学校から、逃げる手立てもないだろう」
「ええ、そうね――私たちの一生って」
ひゅーひゅー。見せつけてんじゃないよー、アベックどもー。
『あ。』
俺はお熱く抱き合っているおふたりさんの背中を押して、愛の祝福をした。ふたりは抱き合ったまま落下していく。
――さて。俺はあたりを見回した。屋上にはなにもない。そう、なにもだ。最早、隠れる場所はないのだ。そして、戦うための武器も。
軋む音をたてて、扉が開く。死神13号は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「ふっ……なんていい空だ」
黙れバカ。かっこつけんな変態。
勘違い度数100パーセントで死神13号は言うと、手に持った出刃包丁をぎらりと光らせた。
「こんな日に貴様の命も消える――予定よりタイムオーバーも激しいが、もう死ぬ覚悟はできただろう」
――ふっ、ふっふっふっふ。
突然、笑い出した俺に奴は慌てたようだった。悪役らしく、「なにがおかしい!」と声を張り上げる。
くっくっく、この俺に、この俺を捕まえて「死ぬ覚悟はできたか」、だとぉ? 俺は模範的な高校生だ。夏休みだけじゃない、春や冬休みだってスケジュールはたてる。そこらのバカどもとは違って、俺は大人なのだ。常に考えて行動している。それは幼少の頃の数々の遊びにも現れ、鬼ごっこをするたびに「俊くん追いかけるの怖い〜!」と泣かれ、隠れんぼするたびに「い、いやっ……探してたら死ぬぅ!」と当時好きだった娘に告白されたりと、それはそれは素晴らしい戦歴を誇る。
ついた仇名は「ノンストップ・外道マン」と「トラップの鉄人」。ちなみに命名した奴やこれを使った奴は、すでにこの世にはいない。なぜかみんな、俺の目の前で電車に轢かれたものだった。
まあともかく、そんな俺だ。隠れる場所はなくても、逃げる場所なら確保できる。考えてもみてほしい。ここは屋上だ。それも学校である。となれば、ここから脱出する道とは――
「――っ! そうか、プールへ飛び込みか!」
…………。
あったりー! 大吉一等賞大当たりー!
俺はすぐさま身を翻し、屋上から跳ん――だと見せかけて壁と雨よけの小さなスペースに逃げ込む。その頭上を、死神13号が勢いよくダイブしていった。
奴は俺と目が合った瞬間に、「あ。」とさきほどのアベックのような声を出して、当たり前のように落下していく。いくら変態どもの最終兵器といえど、重力に逆らうことは不可能のようだ。これで下には、ミンチがみっつできあがりである。
……普通、飛び降りとか考えるか? 思わせぶりに言って奴の言葉からヒントを得るつもりだったんだが――うん、やはり変態と言ったところか、考えが読めん。
とりあえず俺は、平良がなにかの拍子に死んでいるかもしれないと思い、そこらで失禁していたり気絶していたり呆然としている女を口説いて、色々とスキンシップしたあとに写真を撮る。大声で喜ばれるのは意外であったが、これで平良がいなくても平気だ。日本には、モテ男は女のヒモをしていいという法律があるのだ。
あまりにも喜びすぎてハメをはずし、顔の形を一部修正してしまったが、とくに問題はない。パトカーやら消防車やらが集まり出した学校を後に、俺は帰宅した。
家に帰ると、母親が玄関で男とプロレスの練習をしていた。なにやってんだ、いい歳をしてみっともない。とりあえずこの子供のような恥ずかしい写真をケータイで激写し、小遣いアップを要求した。
今日は、とても疲れた一日だった。いつもならば、あの女子とすれ違った後、「とっくに立ち入り禁止だ!」と毎回毎回、なぜか違う店員さんが俺に向かって叫ぶゲーセンで遊ぶ予定だったのに……。
だが、まあいいだろう。明日からは手持ちが増える。今日みたいな疲れる日だけではないのだ。明日は、いい日でありますように。
俺は、走っている。とにかく走っている。狭い路地裏を走っている。表道は、危険すぎる。
それは数分前のこと。気分も新たに、俺の新しいガールフレンドたちからお金をもらい、ついでに無事だった平良に金をせびって遊びに出た直後だった。
ロードローラーが俺の家の前に集まっていた俺の金ヅルどもを轢きやがった。そして、運転席からヘルメットをかぶった奴が顔を出してきたのだ。
「俺の名前は死神13号。我らが大いなる父の名の下に、この神聖なるメルカバリー666号で、貴様を轢き潰しに来たッ」
ああ――、俺は、どうしてこんな目に合うのだろう。俺のような模範的な高校生が、どうして――
いかがでしたでしょうか。
この小説は暇つぶし、ほとんど気分で書きました。反省はしていません。
…………。
やっぱりゴメンナサイ。
ちなみにこの小説は、自分ではコメディーのつもりでしたが、表現的なことがよくわからないのでホラーへ分別しました。重ね重ね、申し訳ありません。
キャラクターはけっこう好きなので、続編のようなものも出すかもしれません。その時にはなにとぞ。
※追記
小説家になろうの仕様変更に伴い、コメディーへ分類しました。