おそらく類友
読者の皆様は
こんな大人にはならないでください。
ある晩、友人宅で飲んでいた筈のS君が俺の部屋を訪れた。
しかも、かなり怒っていた。
S君とは、ちゃんとした付き合いとしては5年ほど前からで、
彼の地雷は未だに把握していない。
彼が鼻水どころか
涎を垂らしてダァダァ言ってた子供の頃を知ってはいるし
従弟と同い年で友達だということで
多少、世話をしたこともある。
決闘が流行りだした頃に
粋がってレアカード3枚入れたデッキで突っかかってきたので、
大人げなくバーンデッキでボコボコにして
半泣きにさせた黒歴史もある。
その件について覚えているかどうかは知らない。
「まぁ、水でも飲んで落ち着けよ。
今度はどんなムチャを言われた?」
なんとなく、バイト絡みだろうと思ったが
正解である。
〜回想〜
ツレん家に集まって飲む予定が出来たんで、
休み申請して今日は休みにして飲んでたんですけど
店から電話が掛かってきたんですよ。
嫌な予感しかしませんでしたけど
出てみたらMさんでした。
僕が休みの日にMさんが入ってるんで
面識はあっても、どんな人かまでは知らなかったんですが
酷いんですよ。
電話に出て
「はい、Sです。」
って名乗ったら
「あれ?普段と声が違うけど、本当にS君?」
って言われましてね。
その瞬間、電話切ってやろうかと思いましたが
グッと堪えて
「Sですよ。何か急ぎの用事ですか?」
って答えたんですが、
「やっぱり、普段と声が違うなぁ。
本当にS君?」
って言うんです。
ちょっとイラっとして
「多分、事務所の電話番号を見て、
僕に掛けたんだと思いますが
僕の携帯に掛けて、僕以外に誰が出るんですか?」
「いつもと違うねぇ。
本当の本当にS君?」
本人だと言ってんのに
しつこく言われりゃ、口調だって変わりますよ。
「今日は僕は休みなんですが、
何の用事ですか?」
「おかしいなぁ、S君の声じゃない気がする。
まぁいいや。
22時からのバイトの子が来ないし、
連絡も付かないから今からスグ来て。
お客さんが待ってんで。」
この時点で酔いが醒めかけましたね。
「今、出掛けてますし、
酒飲んでるんで無理です。」
酒飲んだ状態で接客できるわけがないじゃないですか?
それでも
「そう言わんと来てや。
俺、知ってるんやで。
君がイジめたから、バイトの子が来ないんやろ?
やったら、代わりに来なアカンやろ。」
「その子は先週入ったばっかで、
イジめるも何も、会ったことすらないんですが?
何にせよ、無理なもんは無理です。」
たしか、Mさんのシフトは22時までだったんで
誰か代わりを見つけんと帰れないから
僕に掛けてきたんでしょうね。
ただ、会ったことすらない相手をイジめて来れなくした
と言われた瞬間に
一気に酔いが醒めましたわ。
「S君が来てくれないんなら、オーナーと店長に
S君がイジめるからバイトが来ないって言うよ?」
「分かりました。」
「来てくれるんやな?」
「(スゥッ)
だったら、オーナーに今すぐ電話して
今の顛末を一言一句間違わずに伝えろ!
そんで、アンタがイジめるから俺が辞表持って
今すぐ提出しに行くって言ってるって言え。
分かったか、クソジジイ!!」
って怒鳴りましたよ。
「そんなに怒らんでも…」
とか言い出したんですけど
流石に腹が立ちすぎて
「あぁ?
今のアンタの理屈やと、
イジめられたら辞めてえぇんやろ?
だったら、アンタにイジめの濡れ衣着せられた俺が辞めてもおかしくないわな?
立派にイジめやろうが!
それと!
辞めさせたら、ソイツが代わりをせなあかん言うんやったら
俺が辞めた後の穴埋めは
当然、アンタがしてくれるんだろな?
俺のシフトは見りゃ分かるだろうが
ハッキリ言ってムチャクチャやぞ?
アンタが昼間に何してるか知らんけんど、
仕事してんなら、辞めてでも責任取れや。
分かったか!?」
「じゃあいいです。」
とか言われましたけど
僕もブチ切れすぎてて
「じゃあ、じゃないやろ?なぁ、おい。」
「ガチャン…(ツー、ツー)」
で、電話切られました。
ツレらはなんとなく、察したみたいでしたけど
雰囲気ブチ壊しやったんで
「スマン、今日は飲む気じゃなくなった。
悪いが、また誘ってくれ。」
言って帰りました。
そんでも、怒りが収まらんかったんで、
無銘さんトコに来ました。
〜回想終了〜
「…流石に無ぇな。」
「ですよね?
とりあえず、明日は仕事が昼過ぎまでなんで
状況次第ではオーナーに報告しときますわ。
スンマセン、愚痴を聞いてもらって。」
その日はそれで終わった。
翌日、店長から
「昨晩、Mから話を聞いたけど、
そこまで怒ることやったんか?
バイトに連絡がつかんから来てくれ言われただけなんやろ?」
と言われたので
「いいえ、
『会ったことのない子をイジめて
バイトを辞めさせたから責任を取って仕事しに来い』
とか戯言は言われましたけど、
『他の子に連絡がつかないから来てくれ』
とは言われてませんよ。
そんな濡れ衣着せられたら
いくら僕でも怒りますよ?
なんなら辞表は一応持ってきてますんで、提出しましょか?
ちなみに、受理された場合は
その足でオーナーんトコ行って、辞めた経緯について
全部説明するのがスジだと思ってるんで
そうするつもりですけど。」
と言ったら黙ったらしい。
ハッタリだったので、オーナーさんに報告はしなかったようである。
それから辞めた日まで、Mと一緒のシフトになることは一度もなかったが、
一応は、店長経由で謝罪はしたらしい。
この一件で、S君は
普段は大人しいが、激怒するまで怒らないとかいう理由で
『怒れる小型犬』
なる異名が付いたらしい。
実際のS君は、チワワほど可愛くない。
なお、今回登場したMは第1話での『店長の友人』である。
S君のコメント
「傷害罪が無い世界だったら、
頭掴んで顔を壁に叩きつけたうえで擦りつけて
事務所の壁を赤くリフォームしてますね。
最後まで顔をあわせずに済んだんですけど
2年以上経つのに、未だに思い出すだけで腹が立ちます。
カッとなってやったとしても、殺ってさえなけりゃ
反省も後悔もしないと思いますよ。」
俺
「腹が立つのは理解できるけど落ち着け。」