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マグニファイ  作者: 浅木胡々
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4.リーラ

 エリオットは近くを通った荷馬車にこっそり忍び込み、そこで一夜を明かした。目を覚ますと、荷馬車の主人に怒られる前にまたそっと飛び降り、そのまま道ではなく森の方へ進んでいく。特に危険な道ではないものの、家出してきたような子供が一人で歩くには危険がないとは言えない。まだ身軽な分、森の方が身を隠せる場所が多いと思ったのだ。それに、一晩経ってしまうと透明人間効果も期待できない。しかし森へ入ってしまってから、夜のうちに星で方角を確認しておかなかったことを後悔した。木々や茂みは身を隠してくれるが、肝心な情報も隠してしまう。エリオットは、とりあえず泉や川など空が良く見える開けた場所を目指すことにした。


「ちょっとそこ! 止まりなさい!」

 喉が渇いたので水分の多い木の実を探して上の方をキョロキョロしていると、突然背後から鋭い声で呼ばれた。急に振り向いたので若干痛めた首をさすりながら声のした方を見る。すると、茂みの向こうから丈が短いマントを着た少女がずんずんとこちらに迫って来ていた。声からして、年はエリオットとほとんど変わらないと思われる。エリオットはそのまま少女がこちらに来るのを待った。

「……はあ。あんたねえ、少しは手伝ってくれるとかないの」

 少女はエリオットの目の前で止まり、足元の泥や草を払いながら言った。なるほど、もう自分は透明人間ではないらしい。先ほどはよく見えなかったが、少女はその細い腰が折れるのではないかというくらい腰に何本ものベルトを巻き、エリオットが知らないような道具をずらりとぶら下げていた。

「ねえ」

 しまった。じろじろ見過ぎただろうか。少女の声にドキリとしたが、じろじろ見られていたのはエリオットの方だった。そりゃあそうだ、こんな軽装備で森の中をうろちょろしているなんて、怪しいに決まっている。もしくは、旅芸人一座からはぐれた迷子、もしくは家出してきて帰れなくなった迷子……結局迷子

「ねえってば」

「はいごめんなさい」

 再び少女に声をかけられ、思わず謝ってしまった。そのまま次の言葉を待つ。

「なんだ、しゃべれるんじゃない。別に取って食おうってんじゃないわよ」

 はあ。それを聞いて少しだけ肩の力が抜けたが、続いて少女が予想外のことを言うのでエリオットは再び固まってしまう。

「あんたさ、その身なりからしてこの辺の村の子でしょ? この辺に集落があるなんて知らなかったけど、今晩泊めてくれない? 最近ずっと野宿だったのよね」

 そうきたか……。案の定固まっているエリオットに対して、少女はもう一歩ぐいっと踏み込んで再び大きな声で聞いてきた。

「ねえ! さっきから何なの? しゃべれるんでしょ!」

 これ以上待たせると何かが爆発しそうだったので、なるべく人目を避けたいエリオットは自分の状況を簡潔に話した。もちろん悪魔のことは伏せて、父親が死んで村人の態度が変わり、村を出ざるを得なかったこと、他に身寄りも宛てもないこと、こんな状況なので身を隠せる森の中を彷徨っていたこと等々。少女は落胆の色を隠せない様子だったが、エリオットの話を最後まで静かに聞いてくれた。

「ふーん……。まあ、なんていうか、大変だったわね」

 そうなんです。だからできればそっとしておいてほしいんですけど……。エリオットはその場を離れたい気持ちを抑え、少女の次の言葉を待った。

「ちょっと待って……」

 少女はフードのついたマントをめくり上げ、出てきたリュック(ポケットから何からパンパンにモノが詰まっている)から折りたたまれた紙を大事そうに取り出す。

「この先に小さな湖があるわ。のど渇いてたんでしょ? 行くわよ」

 少女は紙を少し広げてそれを見ながら歩き出す。なぜ急にリーダーシップをとり始めるのか疑問に思ったものの、少女の持つ紙が気になったのでエリオットは黙って着いて行った。

 道なき道をしばらく歩いていくと、目の前に美しい湖が現れた。薄暗い森から抜け出し、エリオットは急な眩しさに思わず手で顔を覆う。風が凪いで湖面は鏡のようになり雲一つない青空をそのまま映していたので、最初はまるで森に穴が開いたように見えた。太陽は空高く昇っていたので、もう昼は過ぎている頃だろうか。

「ホワカ湖よ。“ホワカ”って、古代の言葉で“旅人よけ”っていう意味なの。地図にも載ってないし、ここには誰も来ないわ」

 地図に載ってない……? でもさっき……さっき見ていたのは地図じゃないの? エリオットはそこが気になったがそれよりも、図々しいと思っていた少女が自分を気遣ってくれたことに驚いた。

「ありがとう。えーと」

「リーラよ。あなたは?」

「エリオット」

 簡単な自己紹介を済ませると、喉が渇いていたエリオットは湖の淵にかがんで水を飲んだ。猫みたいね、とリーラにからかわれたが、冷たく澄んだ水は心も体も潤してくれる。そういえば村を出てから何も食べていなかった。直接胃の壁を冷やされ、エリオットのお腹がたまらず声を上げる。

「何よ……まさか、お腹もすいてるの?」

 リーラは実に様々な道具を持っていた。寝具や調理器具をはじめ、救急セット、簡易ランプ、ロープ、コンパス、数本のナイフ……。落ち葉や枯れ枝を集め、ランプから少しだけ油を取り出して火をつける。それから周りを石で囲み、鉄製の小さな鍋をセット。水はエリオットが湖からすくってきた。てきぱきと準備を終え、エリオットがぼーっとその様子をながめていると、あっという間に目の前に温かいスープが出来上がっていた。

「最近野宿ばっかりだったからこんなものしかできないけど。後で常備食集め手伝いなさいよ」

 リーラは自分の分をカップに取り、エリオットに残りを鍋ごと渡した。鍋の中身はお世辞にも食欲をそそるとは言えない色だったが、ここまでしてくれて食べないほどエリオットも無礼な人間ではない。スプーン(これもリーラが貸してくれた)ですくってひとくち口に含むと、色からは想像もできない香ばしく舌触りの良い味に多少目まいを覚えた。実のところ、普段自分が作っていたスープよりおいしい。常識を一つ覆されたが、エリオットは夢中でスープをかき込んだ。

「このスープね、旅先で出会った人に教えてもらったの。食べられる木の実や葉っぱも、火のおこし方だって、全部旅の中で学んだのよ」

 そんなにおいしかった? リーラはスープをかき込むエリオットを優しく見つめながら言う。エリオットは今ならいろいろ聞けるかもしれないと思った。

「リーラはずっと旅をしているの?」

 リーラは、エリオットの質問にすぐには答えなかった。いきなり地雷を踏んでしまったのかとドキッとしたが、リーラは湖の向こう岸を見つめながら話し始めた。

「私の父さんね、変人扱いされてたの。おかげで私と母さんも変人扱いされてたけど、子どもの頃は全然気にしてなかったわ。トレジャーハンターで世界中を旅してて、たまに旅人が手紙とかお土産を届けてくれたの。でも本人は全然帰ってこなくて。そのうち手紙も届かなくなったわ。帰りを待ち続けた母さんが病気で死んだら、私は居場所がなくなって、着の身着のまま村を出たわ。まあ私の場合、助けてくれる人がいたからここまで来れたんだけど。エリオットの話を聞いて、昔のこと少し思い出しちゃった」

 リーラは笑ってみせるが、実際どれほどの苦労があったのだろう。エリオットもまだ子供だが、リーラが村を出たのは今の自分よりもっと小さい頃だったのかもしれない。

「同情……なんてされたくないかもしれないけど、あなたの気持ちわからなくもないのよ。私が旅をしているのはね、いつか父さんを見つけて一発殴ってやろうと思って。旅先で父さんの痕跡探してるの」

 父さん、お気の毒に。エリオットはとっさにそう思った。

「エリオット、旅のあてがないなら、私と一緒に来ない? どっちみち、そのナリじゃあ一生森から出られないでしょ」

「えっ」

 殴られたリーラのお父さんを想像していたエリオットには不意打ちだった。なんとも願ってもみない提案である。確かに、このままでは森の精にでもなってしまいそうだ。

「リーラがいいなら、ついていってもいい?」

 スープもごちそうになったし、このままでは断れないし、断る理由もない。何より、旅人の先輩としてリーラはとても頼りになりそうだ。ちょっと怖いけど。

 リーラはエリオットの返事を聞くと満足そうに笑った。

 エリオットにはまだまだ気になることがあったが、しばらく一緒に旅をするなら聞く機会もあるだろう。

「さあ! 食べ終わったんなら立って! 暗くなる前にいろいろとやらなきゃいけないことあるんだから」

 問答無用で手伝わされることになっても、もう文句の一つも出てこない。お腹も満たされ、前途多難だと思っていた旅に少しだけ希望の光が見えたことに、何よりリーラに感謝しながら、エリオットは立ち上がった。


最初の仲間は、女の子がよかったんです。

リーラ、エリオットより少し年上の元気な女の子です。

しばらく湖のシーンが続きますが、お付き合いください……


次回は一週間後! お楽しみに!

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