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Stone~Red~  作者: 紗倉 恵
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1話 青いガラス玉

 笑い声が染みついた壁も柱も、風にさらされる。屋根のなくなった、それに雨が降り注ぐのも時間の問題であろう。薄い桃色や薄い青色にぬられていた木材の板が壁板だったか床板だったかもわからぬほどに、下に散乱し、足のなくしたウサギのぬいぐるみがその上に転がっていた。南側の一部のみ原型をとどめ、薄い青い床が思い出だけを呼び覚ます。北側は屋根も壁板も床板も混ざるガレキの山だった。


 昨夜、ここで爆発があった。


 地面を震わす大音響は天の禍かと思うほどの威力を感じさせ、寝間着に羽織をひっかけ外に飛び出したエルダが見たものは、変わり果てた姿となった児童施設だった。

 そして、次に見たものは不気味な静寂だった。

「エルダ、ごめんね。」

 彼女はエルダの横に進み出た。彼女は先ほどまで、大人たちに事情を聞かれていた。彼女が先ほどまで一緒にいた、児童施設で生活をしていた児童たちは『家』を失った悲しみを分かち合い身を寄せ合って泣いていた。そして、欠けた一人を思って更に泣いた。彼女は事件が起きる前からこの施設にいて、児童たちを守っていた。

「私のせいだから。」

 それは震えるような声で彼女が自責の念に駆られているのが分かった。

「そこまで話したのか?」

 沈黙の末、エルダはガレキの児童施設から目を離さずに聞いた。

 返答がなかったので、エルダは横にいる彼女をみやった。風が金色のくせ毛髪をもてあそぶように吹き、青い瞳はまっすぐに児童施設に向けられていた。彼女の唇は、しっかりと結ばれ、こぶしには力が込められていた。

「私はどこまでも自分が可愛いのよ。」

 そうして、目を伏せた。

「この事件は闇に葬られる。」



 手に取った新聞には、あの事故のことが小さな記事で載っていた。

『児童、全員無事 児童施設爆発事故』。

 あの事故から数日の時が過ぎていた。

「居ないことにされているのね。」

 シーフードのパスタの皿を持った彼女が後ろから新聞の見出しを読んだようだ。エルダはうなずき、新聞を小脇にかかえて皿にバジルのパスタをのせる。フォークと水を手に、彼女と共に空席を見つけて腰掛けると、彼女はパスタに手を付けずにしゃべり出した。

「ね、私の言った通りでしょ。」

 彼女は不満げに、それでもどこか諦めに近い感情を持っていた。

「立派な殺人事件なのにね。」

 真実を知るものとしては、あまりにも過酷な記事だった。黙って新聞に目を通すエルダを、彼女は黙って待っている。

「後味悪いけど、私たちは旅人。早いところ、この町出た方がいいと思うわ。」

「後味、悪すぎる。」

 エルダは半目でギロっと彼女を見据えた。彼女はにこにこと笑う。

「悪かったわ。旅先で彼氏を作って。密会してたら、あんな事件。」

「ルルシー。」

 彼女、ルルシーをたしなめるように名を呼ぶと、彼女は不自然な笑顔をやめた。

「もう、彼氏は作らないよ。」

 どこまでも冗談に置き換えるルルシーに、エルダはため息をついた。

「でも、町は出るよ。君の命も危ないし、この町にも居なかったし。」

「そっか、これから、また野宿生活かぁ。」

 明るくルルシーは言って、後ろを振り返る。セルフサービスとなる料理提供の並びを見てルルシーはエルダに振り返って微笑んだ。

「栄養のつくものを食べなくちゃね。エルダ、野菜サラダ持ってきてあげる。」

 ルルシーはそう言って、席を立った。

「可愛い彼女さんねぇ。」

 ルルシーとすれ違いで皿をもって歩いてきた中年女性がとおりがてらエルダに声をかけてきた。エルダは苦笑いして女性を見送った。

 一見、十代前半のカップルに見えるエルダとルルシーだが、二人は互いに利害関係を持ち、町から町へと旅を続けている『旅人』だった。この町には、エルダの探し人が居ると情報をつかんだからこそ、訪れた土地。それでも、その人はいなかった。

 エルダは、皿を手にちょろちょろ動き回っている少女を見やった。

 彼女は不思議な少女だった。年齢は、エルダより二つ下の十二歳だと言った。初めてであったのは、この町よりも前に訪れた町。その町では珍しい茶色い髪のエルダを見たルルシーが話しかけてきた。『あなた、旅人なの?』明るく笑い旅の話を聞いてきたルルシーは、その次の日にはカバンをもってエルダの前に現れた。

『私も、旅に出るわ!』

 それがルルシーとのきっかけだった。後で聞くと、彼女は命を狙われているのだそうだ。町にも一人で住み、事あるごとに暮らしを変えていたそうだ。そう話す彼女の顔はいつだって笑顔で、どこまで嘘や冗談なのか分からなかった。でも、ただの家出娘ではないのは、彼女が時折見せる儚げな微笑だった。そして、その理由も爆発事件で明らかとなった。

「エルダ、玉ねぎ大丈夫?」

「ダメ。」

 ルルシーが大きなボウルに野菜をたっぷりのせて自分の椅子に落ち着く。そして、そこからプチトマトを口の中にいれ、口の中で転がす。頬にドロップでも隠しているようにポッコリとさせる。

「好き嫌いはだめよー。あんた、チビなんだし。」

「失礼な。」

 十四歳にしては低い身長を、エルダも気にしている。

「トマトはフルーツみたいでおいしいのよ。」

「野菜全般嫌いって言ったじゃん。」

「それがダメなんでしょ。」

 ルルシーはくすくすと笑った。

 ぶつぶつと文句を言いながら、ボウルから野菜を取り、口に入れるエルダをルルシーは楽しげに見つめていた。

「ありがとう。」

「何が、ありがとうだよ。こんな野菜ばっかり持ってきやがって。」

 唯一許せるのはクルトンだけだ。エルダはレタスをバリバリと頬張る。

「だって、何も聞かないじゃない?私の命が危ないこともようやく理解を示してくれたみたいだけど、一体誰に狙われているのか聞かないでしょ?」

「そんなの、あの事件で大方察するよ。」

 ルルシーは何も言わずに微笑んだ。

 事件以来、ルルシーはあの事件について特に発言しなかった。唯一言ったとしたら、『私のせいだから』と『私はどこまでも自分が可愛いのよ。』と『この事件は闇に葬られる』だけだ。

 妙にうれしそうな理由は、エルダが先に言った『君の命も危ないし』のせいらしい。

「そっか、察したんだ。」

 ルルシーはさらに笑顔を広げる。

「あ、そうだ。やきもち焼いてくれた?」

「何の話。」

 次から次へと会話の内容が変わるルルシーに、エルダは半目になる。ルルシーは自身の金色のくせ毛髪を指に巻いてもてあそぶ。

「だからぁ、彼氏を作ったこと。」

「嬉しそうに聞くことか?その彼氏が殺されたんじゃないか。」

 ルルシーは何も言わずにプチトマトを口に入れた。

「何度も言うけど、後味悪すぎる。」

「エルダが気にしなくてもいいことよ。」

 ルルシーは笑顔を作った。

「私のせいだから。私だけが彼を覚えていればいいの。」

 それ以上の深入りはできなそうだ。エルダは彼女の偽物の笑顔を見て思った。

「あら、なんか騒がしいね。」

 ルルシーはまた話の内容を変えた。エルダはため息をもらしながらも、騒がしさに目を向けた。そのとき、悲鳴と大きな物音が店内の音一切をとめた。ガラの悪そうな客が従業員の若い男を突き飛ばしたのだ。

「金を払えだと、こらぁ?」

 いや、当然の事だと思うけど。エルダは内心突っ込みを入れた。食べたのなら、それ相応の代金を出す。若い男は至って当然の要求をしたまでだ。自分の強さに胡坐をかき、ただ飯をいただこうなどと馬鹿がすぎる。

 ガラの悪い客は若い男の胸元をつかみ、頬を殴ろうとした。周りが悲鳴をあげ、店長や数人の男性従業員が口での説得を試みている。

 ルルシーが立ち上がった。

 音一切が再び止まる。エルダは何事かと目を凝らす。店中の者が恐怖の表情を浮かべていた。ガラの悪い客でさえも、目の前の若い男にそれを向けていた。店長や男性従業員も助けに回ることなく、放心状態で若い男を見ていた。周りの客ははっきりと畏怖の感情を見せ、徐々に後ろに退く。

 若い男は自分が何をしたのかようやく気付き始め青ざめた。自分のそばで宙に舞うペンや紙や指ぬき。近くのテーブルの皿やフォークやナイフやスプーンも宙を舞い、今、まさにガラの悪い男に切っ先を向けているところだった。若い男は体を震わせ、ごまかしきれない程に奇妙に宙を舞う、それらを見た。それらが突然力を失い、音をたてながら床に落ちた。しん、とレストランは静まり返ったままだった。

「金なら払う。」

 一連の様子を見ていたガラの悪い男は突然態度を豹変し、おびえた表情で若い男ではなく店長に金を押し付けて逃げるように走り去った。

「店、やめてくれないか。」

 店長が一言残酷な言葉を吐いた。若い男はすがるような言葉を店長に言っていた。ちょっと前までは彼を助けようとしていた店長の豹変にエルダの胸も痛む。何を言っても無駄だと知った若い男はその場でエプロンを外し、外へ出ていく。入口付近にいた別の客が悲鳴を上げて飛びのいた。

 空気が異質。彼が居なかったことになる。彼の姿が見えなくなった途端、演技するかのような流れで町の人たちは日常に戻った。

「ほかにも、居たんだな。ほら、児童施設でおそうじされた奴も。」

「やめてくれよ、あいつらの話なんて。」

「気味わりぃな。ああやって俺たちに紛れ込んでいるなんて。早く片づけてもらいたいもんだぜ。」

 近くの席に座っていた男性二人がそんな会話を交わす。

 ルルシーは硬く唇を閉じた。力が抜けたように椅子に座る。

「そっか、察したんだ。」

 先ほどと同じセリフをルルシーは作り笑いを浮かべながら言った。

「それでも、一緒に旅をさせてくれるんだ。」

 困ったようにルルシーは笑った。

 エルダは黙ってサラダを口に運ぶ。

「ほら、早く食べろよ。とっとと店も町も出るから。」

「うん。」

 ルルシーは笑顔を浮かべた。その笑顔はであったころと同じ、やはり、空虚で乾ききった瞳と、ただ口元を弓なりにしただけの作られたものだった。


 爆発事件の被害者も時折、そんな乾いた笑顔を浮かべる子供だった。エルダと同じ年だが長身で、おびえた表情をいつも浮かべていた。その少年と、ルルシーがどんな話をしていたかエルダは知らない。二人で児童施設の隅の方に座っていたが、表情を見るに楽し気な話をしているとは思えなかった。エルダと少年はほとんど話さなかったので、周りの児童たちが嬉しそうに彼について語るのを聞いて分かった。

『あのね、お兄ちゃんは魔法使いなんだよ!!』

 その当日の夜。彼は、片づけられた。

 いつ、片づけられるか分からない恐怖の中で、ルルシーは生きている。彼もきっとそうだったのだろう。でも、一足先に彼は片づけられた。ルルシーはその場にいて、おそらく自分可愛さの行動に出たのだろう。想像に難くない。『魔法使い』とばれた少年は『魔法』を使って戦いだしただろう。『魔法使い』とばれていない魔法使いは、『魔法使い』とばれたら殺される魔法使いは、逃げ出すしかなかったんだろう。現場を見つめ途方に暮れるルルシーの、ぽつんとした言葉に、激しい自責の感情が分かった。

『私は命を狙われているの。』

 カバンを持ち、そう無邪気に笑うルルシーの乾ききった瞳。

 そんな瞳を十二歳の女の子がするなんて信じられなくて、エルダは尋ねた。

『命を狙われているって、どういうことだい?』

『冗談よぉ。』

 相手が本気にしたと思ったら、冗談に変える。嘘や冗談なのか、分からない。

『一つ言えるのはね、ただの家出じゃない。本当に旅に連れて行ってほしいの。』

 青い大きな瞳が、まっすぐエルダを見据えた。その瞳に、思わず旅の動向を了承した。

『旅の期限は私が決めるわ。』

 ルルシーは嬉しそうに微笑んでそう言って、エルダを見据えた。

『エルダの旅の目的を達したとき、私の旅も終わることにする!だから、よろしくね。』

 どこまでも光のない瞳で、作られた笑顔を見せたルルシーに、エルダは図らずも絡み取られた。

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