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三日目〜初めての祝日の午後〜

「角朗くん」

 美千子が角朗に声をかける。角朗は、ぼんやりと座り込んで、何処か遠くを見ているようだった。

「角朗くん、話を聞きたいから来てほしいって言われたの。向こうで待ってくれているようだから、早く行きましょ」

「……うう」

「早く行かないと警察のひとが困るでしょ、迷惑でしょ」

「……ぼくは、ぼくは」

「さあいくよ」

 美千子は角朗をなんとか立たせると、パトカーの方へ向かった。

「いやぁ、すいませんねぇ、お手間をかけさせまして」

 警察官はにこやかに言う。

「ああ、申し遅れまして、(わたくし)後藤大介(ごとう・たいすけ)と申します。一介の巡査です。ささ、大したものは御座いませんが、パトカーの中へどうぞ」

 後藤巡査は笑顔でパトカーのドアをあけて示す。ひょろひょろした体つきの後藤巡査には実に笑顔が似合う。

「では、失礼します」

 美千子はそう言って、パトカーに入る。角朗も続いた。

「取り敢えず、お名前をお訊きしても?」

 後藤巡査もパトカーに乗り込み、話を切り出した。

「加藤美千子です、彼は本野角朗」

「ありがとうございます。では、ええと、一体何があったんですかね? この天気なら視界も開けていたと思ったんですけれども」

「…………呪い」

 角朗が呟く。

「えっ! の、呪いですか、一度はそういう不思議な事件にあってみたかったんですよね、でも呪いってどういう?」

「……ぼくのせいです」

「へ? そうですか。ええと、どうしてそのようになったのです?」

「……小説」

「え? あの、一体何があったんですかね、美千子さん」

 角朗との会話では話についていけないと感じたのだろうか、後藤巡査は美千子にも話を振った。美千子も、角朗程ではないが、幾らか辛そうな様子で答える。

「そうですね、確かにこの呪いのきっかけは、彼の書いた小説かもしれない……かしら?」

「なんと、どういうことです?」

「彼があるときホラーを書こうと言い出したんです。そして、それから……怪奇現象が」

 後藤巡査は慌てたように角朗のほうを振り向き、そして尋ねた。

「ほっ本当ですか、角朗さん」

「……僕のせい」

「い、いや、そんなに気にしないで下さいよ。それで美千子さん、もう少し詳しくお聞かせ願えますか」

「ええ、わかりました……」

 美千子はそう言って、語り始めた。


「この"呪い"に憑かれるキッカケとなったのは、角朗くんの書き始めたホラー小説でした。一昨日のことです。その日、私はホラーを書くコツを相談されたので、私の思っていることを伝え、そのまま笑顔で別れたのですが……。しかし、昨日の朝になって彼が『呪われてしまった』という相談の電話をかけてきたのです」

「……ほぉ、成る程」

「そして、その連絡とともに、私の周りでも不思議な現象が起き始めました」

「……例えば、どんなことですか?」

 後藤巡査が、先ほどと変わって、少し真面目そうな表情で尋ねる。確かに後藤巡査には笑顔が似合っていたが、この場の暗い雰囲気には浮いていた。それを察したのだろうか。

「はじめは、ちょっとしたことでした。……今となっては。テーブルのお皿が独りでにテーブルがら落ちるようになったんです。その時は怖くて、パニックになりそうでしたが、慣れって不思議なものですね。暫くしたら平気になりました」

「……へぇ、強いんですね、貴女は」

 美千子は一瞬ドキドキとした表情を見せたが、それを必死で隠すように、言葉を続けた。

「それで、角朗くんの相談は詳しくは私の家ですると朝約束していたので、私が呪われてしまったことがバレないように、準備をしました」

「ふむ」

「それから、約束通り角朗くんが来て、相談しようという話になりました。その時に、角朗くんが出版社の柳沢佐和さんにも相談することにした、と伝えてきたので、私は佐和さんに呪いがうつっていないか不安になりました。そうしたらやはり……」

「……まさか」

「ええ、佐和さんが事故に遭ってしまったのです」

「……なんですと」

 後藤巡査は、非常に驚いたそぶりを見せてから、付け加えた。

「……でも、それは呪いだと言い切れるのですか? ただの偶然かもしれない」

「そういう考え方も出来るのかもしれません。でも、今まで一度も事故に遭ったことがなかった佐和が、このタイミングで事故るのはきっと呪いのせいです。私達はどうすればいいの、かしら?」

「まっ、落ち着いて落ち着いて」

 後藤巡査は突然先ほどの笑顔に戻ってそう言った。

「ところで、どうやって柳沢佐和さんが事故に遭ったことを知ったんですか?」

「ああ、それは電話です。市民病院から、私の家に連絡があったんです」

「ああ、そうでしたかそうでしたか」

「……はい。それで私達は佐和さんの無事を確認するために病院へ行きました、私の車で」

「それで、あれか、角朗さんが少し思い詰めてしまって、今日その車で気晴らしにこんなところに来たわけか。いやぁ、手間をとらせてすみませんで。ありがとうございました。美千子さん、角朗さん」

 後藤巡査は美千子と角朗を交互に見て、頷く様にしながらそう言った。

「いえ、悩みを他人(ひと)に聞いて貰えて、少しスッキリ出来た気がします。相談するのって大切なんですね」

「……」

「あれ、そういや、呪いの相談を受けたということは、まさか、私もうつされちゃったのかなぁ……」

 突然、自分も呪われたのではないか? などと言い出す後藤巡査だったが、その顔に不安な様子はなかった。横には、同じ言葉を呟き続けている、その呪いの被害者がいるというのに。


「さて、と。お二人はこの後どうします? 帰りの車がなくて困っていたんじゃないですか? 良かったら送りますよ」

 その質問に、なんとも言えぬ表情を浮かべる美千子。自分がパトカーに乗せられて家に帰ることが、近所の人達に誤解を与えるのではないかと不安に思ったのであろうか。実際のところ、美千子の近所の人々なんて、美千子に興味など一切いだいていなかった……つまりパトカーで帰ったところで誰も気にも止めなかったのだが。

 それでもやはり、気になってしまったようで、美千子が後藤巡査の申し出を断ろうと口を開こうとしたその時だった。先に口を開いたのは後藤巡査だった。

「あ、パトカーで家に送り届けられるのが嫌なんでしょう? そうでしょそうでしょ? ご安心下さい、私が貴方たちを運ぶのに使うのはパトカーはパトカーでも、覆面パトカーですから、普通の車と見分けなどつきませんよ」

「……あ、ああそうでしたか。それなら安心ですね。じゃあ、お言葉に甘えて、角朗くんの家まで、おねがいします」

「りょーかい! あっ失礼。住所と連絡先を聞くのを忘れてましたね、はっはっは」

 後藤巡査が相変わらず何にも気にしていない様子で笑いながら言う。美千子は、こんな様子で警察官が勤まるの、かしら? と心の中で思ったのだった。

 そうして二人は、後藤巡査に家へ送ってもらう運びになった。覆面パトカーの中では、後藤巡査が角朗たちを励まそうと思ったのか、あるいはもともとの性格の為なのか、楽しげな話題を繰り出している。後藤巡査が一人で笑い、美千子は困惑した表情を浮かべ、角朗には動きがない。それでもやはり、後藤巡査の話にはそれなりのパワーがあったようで、角朗は表情こそ変わらないものの、不自然な呟きは治まっていた。

 角朗たちの家の近所まで近づくのは、あっという間だった。これも、後藤巡査の話術の賜物であろうか。そんな中、後藤巡査は唐突に話題の転換を起こした。

「ところで、佐和さんが入院されている病院って、この辺でしたっけ?」

 車内は瞬間静まり、ふたたび暗くて嫌な空気が流れると思われた。――しかし、返答までの間は、わずかだった。

「はい」

 返事をしたのは、他でもない、角朗であった。隣では美千子が驚き、そしてすぐにホッとしたような表情を浮かべた。

「そうですよ、この辺です。この市の市民病院の501号室に、佐和さんはいるはずです。……先程まで、ずっと話をして下さっていたのに返事もせず申し訳、ありませんでした」

「あっ、いや良いですよ、構いません構いません。いやぁ、角朗さんが復活してくれて良かった良かった」

「でもどうして急にこんなことを訊ねてきたのですか?」

 後藤巡査の前で復活した角朗は、ふと疑問に思ったのかそう尋ねた。

「いや、なんでも呪いが原因だそうですから、もしかしたらもう一人の被害者である柳沢佐和さんに聞けば、何か分かるのではないかと思いましてね」

「そうでしたか。有難うございます。でも余り深入りしないほうが……」

 角朗の不安は勿論後藤巡査までもが呪いの被害者になってしまうことだったが、後藤巡査は相変わらずの笑みを浮かべていた。それを見て、その笑みが、自ら招いた呪いのせいで失われてしまうのではないかと一層危惧する角朗。一方で、横にいた美千子は、ぼーっと窓の外を眺めていた。

 その後は、流石の後藤巡査も話のネタが尽きてしまったのだろうか。会話と言えば角朗の家の位置の確認の為に、後藤巡査が角朗に時折質問するのみとなっていた。


 角朗宅に、後藤巡査の運転する覆面パトカーは到着した。角朗が口を開く。

「今日は色々とありがとうございました」

「いえ、元々佐和さんの様子を確認するつもりでしたから、ついでに寄っただけですよ。何か相談があったらいつでも乗りますんで気軽にどうぞ。ああ、それから美千子さん。車に乗るときに、角朗宅ここまで乗せてほしいと言われていましたが、ちゃんと美千子さんの家まで送りましょうか? 時間はありますので」

 美千子は少し考えるような表情を作ってから答えを出した。

「いえ、ここまでで構いません。一人だと、やっぱり怖いですから。……あっ、それから、佐和さん強がりで呪いを気にしていないふりをしていますが本当は繊細な心の持ち主なので、あまりひどい質問はしないで下さい」

「勿論ですよ。友人の心配を忘れないとは、さすがですねぇ、尊敬しますよ」

 美千子は少しだけ驚いたような表情をし、それを隠すように顔を俯かせ、そしてすぐに話題の転換を試みた。

「そ、それでは、今日は本当に有難うございました。また何かあればよろしくお願いいたします」

 角朗も、それに続けて言う。

「ありがとうございました」

「いえいえ、そんな……。ではまた何かありましたら連絡します。車は明日揚げられるそうですので。本日は、ご協力ありがとうございました」

 そう言って、角朗たちと後藤巡査は別れた。


 角朗は、黙って自宅のドアを開け、中へ入った。美千子もそれに続いて入り、しっかりと戸締まりをする。角朗が美千子宅に何度か行ったことがあるように、美千子もまた、何度か角朗宅に入ったことがあったのだ。だから美千子は角朗宅の間取りをよく知っていた。

 美千子は家に入ってから、真っ直ぐキッチンに向かった。そしてリビングにいるであろう角朗に向けて話し掛けた。

「まだ少し早いけれど、昼御飯食べていないし、晩御飯でも作ろう、かしら?」

「……」

「あれ、角朗君聞こえてる?」

「……うう」

 どうやら角朗は後藤巡査と別れたことで、また悪い状態に戻ってしまったようだった。"後藤巡査がわざわざ話し掛けてくれているのにも関わらずそれに応えないのは悪い"という罪悪感が、先程までの角朗を動かしていたということだろうか。

「……食欲が、無い……」

 それだけ答えると、再び角朗は沈黙してしまった。

「そう……。それは、残念」

 美千子はそう言うと、静かに夕食を作り始めたようだった。それは美千子が、角朗の再びの復活という微かな希望に懸けたということか、あるいは角朗の健康の為に無理にでも夕食を食べさせようとしているということか……。その真意は、美千子その人本人にしか、分からない。

 角朗宅に流れる時間は、静かに過ぎていくのだった。



 一方で、角朗たちの空間とは異なり、時間がはやく流れる場所もあった。後藤巡査の周りである。

 後藤巡査は角朗たちと別れた後、すぐに佐和に話しを訊くために市民病院に直行していた。後藤巡査は病院に着くと、佐和本人や医師、看護師に話を訊いたり、佐和の病室の付近をフラフラと彷徨いていた男の身元をこっそり調べたりと……、とにかく、色々な事をほぼ同時進行的に行っていたのだ。少なくとも、後藤巡査は時間の流れをはやく感じていたようである。勿論、"楽しいから"ではなく、"忙しいから"という理由で。

 一応それらの調べが一段落したため、後藤巡査は近くに置いてあったソファに腰を下ろした。だが、ソファに腰を下ろしたからといって休んでいられる余裕など、後藤巡査にはなかった。

 「今日は色々あったな。私はこんなに現場だの取り調べだのに駆け回るタイプじゃないと思っているんだがなあ……。まあ、いいか。でも、疲れたなあ……憑かれてはいないと思うけれども」

 そう呟きながら、ニヤリと笑う後藤巡査。どうやら"疲れる"と"憑かれる"の引っ掛けが気に入ったらしい。後藤巡査は喜んでいたのだが、周りから彼の様子を見ていた人は、ブツブツ呟きながらニヤリと笑う彼を訝しげな目で見ていた。

 尤も、後藤巡査はその視線には気づかなかった様子で、言葉を続けた。

「……ああそうだ、そんなことよりこれからどうするかを考えないと。これ以上呪いの被害が出る前に」

 そして、後藤巡査は腕を組み、ウーンと唸り声を上げる。

「……どうすれば、角朗たちの呪いを葬り去り、幸せな解決が出来るのだろうか。呪いなんて無いはずなのに……いや、よくよく考えると"ある"とも言えなくはないような気もするなあ。実際、"呪い"に関わった私はこうして悩まされているわけだし。まあとにかく、呪いを解かなくては始まらない。でも、どうやって?このままでは……。


 そう言うと、後藤巡査は目を瞑った。目を瞑り、呪いを解く方法について熟考し始めたのだ。

 ……しかし。先ほどまで調べの為に駆け回ったことが災いしたのだろうか、後藤巡査は自分で考えていた以上に疲れていたらしく、そのまま、気づかぬ間に眠ってしまっていたのだった。


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