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三日目〜初めての祝日〜

 ああ、眠い。今日は一日寝て過ごそうか。何だか頭の整理がつかない……角朗は、一晩寝られなかったため、朝を迎えてからそんなことをぼんやりと考えていた。寝不足により、頭がしっかりと働いてはくれない。角朗は激しい睡魔に襲われ、そしてそれに身を任せようとしたその時だった。


 リリリリリーン!


 電話が、鳴った。

 誰だろうか、流石に今回は病院だったりはしないよな? などと感じながら電話機に向かう。角朗宅の家電(いえでん)には発信元を表示してくれる、といった便利機能は搭載されていないため、受話器をとるまでは相手が誰なのかがわからない。緊張の瞬間。

「もしもし、美千子ですが」

 角朗の不安は吹き飛んだ。何故ならば美千子の声が明るいものだったからだ。角朗はその電話に受け答える。昨晩眠れなかったことを悟られぬように気を付けながら。

「はい、角朗です。どうし……」

「あの、今日は祝日でしょ? だから、気分転換にもなるし、少しお出掛けしようと思って。独りだと寂しいから、一緒にいけないかなぁと思って誘いの電話を掛けた、というわけなの。どう、かしら?」

 角朗は、それはいいアイデアだと思ったため二つ返事した。

「なかなかいいですね。そうか、今日が祝日だなんて忘れていたよ。それで、どこにいこうと思っているの?」

「富士山は青木ヶ原の樹海!」

「え?」

「いや、冗談よ。どこか近くの山か海に行こうと思っているのだけれど」

「へぇ、じゃあ行き先は海と山が隣り合ってるような所がいいね。まあ細かくは決めないで山がちな海岸線のある方に行って流れに身を任せておけばいいだろうね。その方が気楽だし」

「さぁ、それじゃ海の方へ向かって出発!」

 美千子は元気良く叫んだ。まるでこの会話が電話越しでは無いような口振りだ。角朗は、自分を車に乗せるのを忘れて美千子が一人でいってしまうような気がした。

「それで、いつ車で迎えに来てくれるのかな? 自転車は美千子の家に置きっぱなしだから……」

「あっ! 御免なさい置いていきそうになっていたわ。もう既に角朗くんの家の前よ」

 家の前まで来ておきながら車に乗せるのを忘れかけるとはどういうことなのかと思ってしまった角朗だったが、そんなことをいっているほど余裕のある角朗でもなかった。

「え、あ、そうなの? ダッシュで準備するからちょっとその辺をドライブするなりして待っていて」

 そう、角朗は昨日のままなのだ。昨日家に帰ってから、着替えもせず、風呂にも入らず、歯みがきさえしていない。ずっと悩んでいたのだ。だから、そのままの格好で出ていくのは躊躇われたのである。

 そこで角朗は美千子を待たせないように大急ぎで歯みがき・風呂・着替えの3つをこなし、準備が終わったとの連絡をいれて、素早く玄関を飛び出した。玄関前にはすでに美千子の車が停まっていたので、角朗は速やかに玄関の鍵を閉め、そして美千子のもとへと向かった。

「お待たせしました」

 角朗がそう言って謝ると、美千子は首を横に振ってから答えた。

「じゃあ、ぐずぐずしてないで、さっさと行きましょ」

 そして、角朗が車に乗った途端にその車は動き出した。


 美千子は鼻歌を歌いながら運転をしている。それは余程機嫌が良いようであり、かつ何かを楽しみにしているようだった。一方の角朗は、車に乗ったことで気が弛んだのか昨晩の寝不足の影響で、ウトウトとしていた。眠りそうになっていた角朗に、美千子は話しかける。

「角朗くん、朝ごはんは食べた? 食べていないのなら、どこかその辺のファミレスにでも寄ろうと思うんだけど」

「……ん? あ、そうだねまだ朝ごはん食べていないな、ありがとう」

 角朗がそう答えると美千子はすぐに、走っていた道路沿いのとあるファミレスに車を入れた。

 美千子は車を降り、サクサクとファミレスに入ってしまった。角朗は焦って後を追って入店した。


「はぁー」

 席に付いた角朗は、ほっと一息をつく。昨晩寝られなかったため、脳が疲れているような気がする。角朗は糖を摂取するのが良いと考えたため、モーニングセットの一つであるホットケーキプレートを注文した。美千子はかなりお腹を空かせていたらしく、デラックスプレートとかいう最も高価で最もボリューミィなものを頼んだ。

 先に運ばれてきたのは、ホットケーキプレートだった。美千子はあからさまに食べたそうな目で角朗の方を見ていたが、角朗はホットケーキを譲ろうとはしなかった。それは勿論、美千子がデラックスプレートを頼んでいたからである。

 角朗がホットケーキを先に食べてしまおうか、どうしようかと迷っているうちに、美千子のデラックスプレートが届いた。角朗はほっとした。

「じゃあ、いただきましょうか」

 そう言うと美千子は物凄いスピードでデラックスプレートを食べ始めた。あっという間に美味しそうなハンバーグやソーセージ、グリルチキンにフライドポテト、そして野菜に卵と……とにかくデラックスな具材たちが美千子に吸い込まれていく。角朗はそれを見るのを少し楽しんでいたが、このペースではいつ美千子のフォークが此方のホットケーキに飛び込んでくるか分からないと危惧し、焦って美千子と同じような速度でホットケーキを頬張り出した。

 美千子に負けないようにと一所懸命食してゆくうちに、角朗はそれが愉しくなってきて、いっぱい笑った。呪いなんか忘れて。角朗がそれほど笑うのはとても久し振りのことであった。

 そしてあっという間に完食。勝負の結果はなんと角朗の逆転勝利だった。角朗は今日は良いことがありそうだなぁ、なんて考えながら店をあとにした。


 角朗たちはゆったりと車に乗り込み、再びその針路を海へ向けた。


 美千子の車は、なんの問題もなく快調に進んでいき、そしてあっという間に海が見える場所まで出てきていた。

「あそこに、看板があるわ」

 美千子が突然叫んだ。角朗は美千子が指した方向を確認する。その看板には、"海ノ上展望台"と書かれていた。

「なんだ? 海の上って? 良く分からないけれどいい景色が見れそうな名前だね」

 角朗が答えると、美千子はコクリと首を縦に振って、言った。

「じゃあ、行ってみよう、かしら」


 その日はとても良い天気だった。青い空。白い雲。青々とした木々。ここに紺碧の大海までもが加わって、どうしてそれが絶景でないことがあろうか。海ノ上展望台は、切り立った崖の上に存在していた。展望台の真下部分の崖は、打ち付ける波によって削れており、その為真下部分には海が広がっている。

 二人は海ノ上展望台に着くと、その景色の美しさに目を見張った。

「うわぁ……」

「きれいね……」

 二人の口からは思わず感嘆の声が漏れる。二人は、暫しの間、その美しさに浸っていた。

 角朗がふと横に目をやると、角朗たちと同じように雄大な景色を眺めている男がいた。角朗は彼をどこかで見たことがあるような気がして、取り敢えず隣にいる美千子に尋ねてみることにした。

「あの、美千子? あの横にいる……あ、いま駐車場の方に歩いていった男の人、何処かで見たことがあるような気がするんだけど、誰だか知ってる?」

「あの人? たしか、あの人はきのう病院であった人じゃない、かしら」

「ビョウイン? 誰かに会ったっけ?」

「え、あれ? 覚えてないの? 角朗くんが佐和さんの病室に飛び込もうとしたときにその病室から出てきた人物を」

「ええと、ああ、思い出したよ、昨日のことなのに忘れてたなんてボケちゃったのかな? そうそう、あのときも思ったんだけど、あの人が誰だか知ってる?」

「ええ、たしか佐和さんの同僚だった、かしら? なんか仲が悪いって評判らしいわ」

「へぇ、あの佐和さんに仲が悪いひとがいたなんて意外だな……。あっ、ありがとう教えてくれて」

 二人は、会話をやめて、再び絶景に目を向けることにした。今日は呪いのことを忘れて休む為にわざわざここまで来たのだから。

 その景色を見ながら深呼吸し、身体を伸ばすと心が落ち着いたようだった。

 暫くそこでのんびりしたあと、角朗は号令をかけた。

「さて、と」

「そろそろ帰りましょうか」

 美千子はそれに応えた。彼女は、笑っていた。

 二人が駐車場へ戻るときに、丁度車に乗った佐和の同僚の男とすれ違った。角朗たちは轢かれないようによけてから、真っ直ぐ自分たちの車に戻った。

 美千子がエンジンをかけると、車はスムーズに動き出した。それはまるで、呪いを忘れて気が軽くなった角朗の心情をあらわしているようだ。

 車は海沿いの、なだらかな崖の上を走っていた。


 車が急カーブに差し掛かった。前方にはきれいな海が見える。角朗がゆったりとした気分になったときだった。

「あれ? 利かない!」

 美千子が叫んだ。

「き、きかないって何のこと?」

「ぶぶぶブレーキよ! ブレーキが利かないの! ハンドルまでもよ! どどどどうすればいいの、かしら?」

「ええと……ええと……どっ、どうしよう」

 角朗の顔は真っ青だ。それに対し、美千子の顔は突然明るくなった。

「そうだわ! 車が止まらないのなら、私たちが車から降りればいいんじゃない、かしら」

「ええっと……」

「車が下に落ちる前に脱出するの、さあ、ドアをあけて飛び降りましょう、道路上に」

「わ、わかった。やってみる」

 二人はドアをあけ、思い切って道路上に転がり出た。

「助かった……」

 安堵の息が漏れる。

 制動されぬ美千子の車は、そのまま海の方へ跳んだ。急な斜面に接地すると美千子の車は盛大に火を噴く。車とはこんなにも燃えるものなのかと驚く角朗。車は爆発・炎上しながら斜面を転がってゆく。眩しく燃え、既にボロボロなその車は

「バッシャーーーン!」

 と大きな叫びをあげて、そして沈黙した。


「ま、さ、か。呪いのせいなのか……」

 そう呟いた角朗も、沈黙した。

 暫くの間、呆然と愛車が沈んだ水面を見つめていた美千子は、何処からか聞こえてくるパトカーのサイレンで、現実に引き戻されたようだった。

「誰か車が落ちる様子を見ていたひとが、通報したの、かしら」

 美千子がそう呟くとほぼ同時に、パトカーのサイレンが消えた。

「大丈夫ですか?」

 美千子は背後から、そんな声を聞いた。後ろを振り向くと、数人の警察官が立っている。

「お話を伺いたいのですが、こんな場所では落ち着かないでしょう? 寒いですし、少しパトカーの中で休みませんか? 勿論、旦那さんと一緒で良いので」

「彼は旦那じゃないです。まあ、わかりました。じゃあ、彼を連れてきますね」

 そう言って、美千子は角朗のもとへと向かった。


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