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二日目〜昼〜

 

 翌日。角朗は、どうしても不安が拭えていなかった。普通に考えて、あのタイミングで雷なんて鳴るものだろうか? 自分の書いている小説と同じようなタイミングで雷が鳴るというのは、自分が呪われているからなのではないか、と。

 落ち着かない。角朗は本の続きを書くのが怖くなってしまった。自分の小説を楽しみにしてくれている友人たちがいるというのに……。角朗は、そう悩んでいた。 

 そこで、角朗は悩み事を自分一人で抱え込むのは良くないと考え、今再びの美千子への相談を決意した。美千子に電話をすると、美千子は不安げな様子を見せながらも、他人に小説のネタを奪われたりでもしたら大変だからと、家に来ないかと提案してきた。僕に異議はなかったので、後で直接美千子の宅を訪ねることにした。


 美千子には、準備があるからお昼過ぎにいらっしゃい♪ と言われてしまった。まだ朝である。角朗は、どうして時間を潰そうかと考えていた。本来なら、この時間を執筆に活用すべきなのかもしれないが、生憎それが出来ないから相談しにいくのだ。執筆して時間を潰せなどというのは的外れな意見である。

 読書をするなりネットサーフィンするなり時間を潰す方法なら山程あるであろうが、角朗は一人でいるのが少し怖かった。それに加えて、呪いのキッカケは自分の書いた文であるゆえ、他人の物とはいえ文を読む気分にはなれなかった。そこで、角朗はウィンドウ・ショッピングに行くことにした。お金を使わずにすむ上、言葉の響きもよい。なんと良い言葉であろうか! 角朗はかねてよりウィンドウ・ショッピングをしてみたいと考えていたのだ。丁度良い機会であった。


 そうと決まれば早く行こうと考えた角朗は、早速服を着替え、玄関を飛び出した。外は昨夜の雷雨が嘘のような快晴である。雲一つ無い青空とはまさしく今のことであろう。ただ一つの欠点といえば、気温が暑すぎることであろうか。

 ともかく、角朗はずっと行きたいと思っていたウィンドウ・ショッピングが出来るということにルンルン気分であった。つい数日前には蒸し風呂と化した自宅で怠惰なひとときを過ごしていたということが嘘のようだ。太陽の明るさに、不安な気分も吹っ飛んでいた。

 角朗の家から目標のショッピングモールまでは自転車で30分。角朗は相棒の自転車をとばしていた。角朗には蒸した風が当たり、額には汗が光っている。それでも角朗は笑顔であった。

 ショッピングモールが見えてくる。ショッピングモールの看板に太陽光が反射し煌めいている。それはまるで希望の光のように見えた。そう思いながら角朗はさらに自転車をとばす。ショッピングモールに到着するのはそれからすぐのことだった。


 無事に到着した角朗は、ワクワクを隠しきれない様子で早速ウィンドウ・ショッピングをはじめた。ショーウィンドウのなかに閉じ込められた数々の商品たちは、自分を買ってここから出してくれと訴えかけているようだ。しかし角朗はあくまでウィンドウ・ショッピングをしにきたのであり商品を買ってやれるような金など用意していなかった。本当は買いたいところなんだがな……と角朗は考える。考えることに夢中になって、周りを見ていなかった。

 するとそのとき、背後から何者かによって話掛けられた。

「あっ、本野先生? 」

 何者だろうかと振り返って見ると、そこには自分に小説家への道を拓いてくれた、出版社の柳沢(やなぎさわ) 佐和(さわ)がたっていた。彼女は少しふっくらした体型で、性格もその体型に合わせたかのようなおっとりとしたものだった。体型についていえば痩せ型の美千子と対照的であると言えよう。角朗は美千子にも佐和にもそれぞれの良いところがあり、どちらも素敵な人間だと感じていた。

 それはともかく。

 角朗と佐和は、折角出会ったのだからと共にウィンドウ・ショッピングをすることになった。雑談と共に。はじめは当たり障りのない話から始まったのだが、職業からであろうか、小説(しごと)の話になった。話出したのは佐和の方からであった。

「ああ、そういえば、ホラー書いてるらしいねぇ。調子はどう?」

 佐和の目はキラキラ輝いているように見える。対照的に角朗は自分が"呪われているかもしれない"なんて言うべきか迷っている様子だ。

「まずまずですかね、でも……」

「でも?」

「でも、なんか呪われちゃったみたいで、筆をすすめるのが怖く……」

 角朗は、努めて明るいトーンで話した。やはり隠し事は良くないだろう、と。後にこの判断を後悔することになるとも知らずに。佐和は笑って返事した。

「かっかっかっ、呪いねぇ。本野先生の考えすぎですよ、呪いなんて、気にしないのがぁ、一番ですよ。気にしなければ、気づいたころには呪いなんて、何処かに吹き飛んでいるものです」

 佐和は角朗にそんなアドバイスを遺し、用事があるからと言って去っていった。角朗は何かあれば相談にのると言われたので、これからは佐和と美千子の双方に悩みを分散させれば良いだろうなぁ、と考えていた。


 角朗がふと時計を見ると、いつの間にか12時を回っていた。佐和と結構長話していたのだなぁと感じながら、サクッと昼御飯(おヒル)を済ませてその足を美千子宅へ向けた。

 ショッピングモールを出て空を見ると、夏らしい入道雲がモクモクとしている。角朗は雲一つない空も良いけれど、夏はやっぱりモクモクの入道雲が欠かせないよなぁ、と思っていた。この大きな雲のように、佐和のように、呪いなんて気にしないでいられる、そんな性格になれれば良いのだが……。

 そんなことを考えながら自転車を美千子宅に走らせていたら、いつの間にかそこに着いていた。有難いことにショッピングモールは美千子の家へ向かう道の途中にあるので、ショッピングモールに寄ってから美千子の家に直接行っても遠回りにならないのだ。

 とにかく、角朗は早速美千子の家のドアを叩いた。すると美千子はドアを叩く前から角朗の到着に気づいていたかのように、間髪入れずドアを開けた。そのドアは勢い良く角朗の顔に吸い込まれていく。角朗は顔面を強打した。

「あらっ、ごめんなさいご免なさい御免なさい」

 美千子は慌てた様子でそう角朗に声をかける。角朗は少し痛そうにしていたが、すぐに気を取り直したようで美千子に応えた。

「あっ、いや全然大丈夫です。気にしないで下さい。それよりはやく……」

「あっ、ごめんなさい暑いのにこんなところで立ち話なんかさせて。とにかく、家に入ったらいいんじゃない、かしら」

 美千子はそうして角朗を自宅へ招き入れた。角朗は昔なんどか来たことのある場所であるゆえ、比較的慣れた様子で美千子宅の奥へ足を踏み入れていった。

 美千子の家は、小さめな一軒家で造りは少し古いタイプのものだった。美千子の"家庭(家計)の事情"によりインターフォンは付いていない。少しボロい雰囲気も漂っているが、そのボロさは丁度良く、角朗の落ち着ける場所の一つでもあった。

 とにかく、角朗が奥の洋間にたどり着き、ホッと一息ついていると、美千子は手作りクッキーを持ってきてくれた。朝の電話で、"準備する"と言っていたあれは、クッキーの準備のことだったのだろうか。角朗は、こちらの都合で相談しにいくというのにわざわざクッキーを用意してもらうなんて悪かったなぁと思っていた。

 二人が席に落ち着いた。いきなり"呪い"の話を繰り出すのが躊躇われたのか、美千子も角朗も、雑談から始めた。角朗は、午前中に佐和にあったことを話始めた。

「そういえば、今日の午前中、時間を潰そうと思ってそこのショッピングモールに行ったんだ。そしたら、偶然柳沢佐和さんに会ったんだ、ほら、出版社の。そこで佐和さんも相談にのると言ってくれてね、これからは美千子の負担が少し減らせると思うよ」

 角朗がそういうと、美千子は一瞬よくわからない顔になり、角朗の話に答えた。

「そう、なの。そうね、それは良かったのかも知れないわね。でも……出来れば私一人で角朗くんの悩みを背負いたかったわ。それに……黙っていたけれど呪いは相談した相手にもうつることがあるのよ。だから、もしかしたら無闇に大勢に相談しないほうが良いかもしれないわ。あっ、でも一人で抱え込むことはないのよ。もう私は相談を受けているのだから。毎日起きたことを私にも共有させてもらえない、かしら。毎日他人に話すことによって解消されることもあるはずよ。だから」

 美千子はそう言うと黙り込んでしまった。角朗はその話を聞いて、どうしても気になってしまったことがあった。どうしても抑えられない。

「あの、もしかして、美千子僕のせいで呪いに? 」

 美千子は、なんだか悲しげに見えるような笑いを見せながら、こう答えた。

「私は大丈夫よ、私は。」

 角朗はその様子を見て、やはり不安になってしまった。僕のせいで、やっぱり……と。部屋が鎮まった。美千子は俯いている。


 とその時、突然隣の部屋(台所)から音が響いた。


 パリィーーン!


 何事だろうかと、角朗は台所に目をやった。


パリン!パリン!パリン!


 台所のテーブル上にあった皿が独りでに落ち、弾けて行く。美千子はと様子を見てみると、相変わらず俯いたままである。角朗が様子を見に行こうと立ち上がると、

「まって!」

 と美千子は叫んだ。

「あっ、えっと、あの、ガラス、危ないから。」

 そう言って美千子も立ち上がると、ガラスを踏んでしまわぬように細心の注意を払った様子でそろそろと、現場に近づいてゆく。角朗もそれに従った。

 現場を見てみると、皿はバラバラに割れてしまっており、なかなか酷い状況だった。美千子は、サラサラと慣れた手付きで皿の破片を片付けてゆく。角朗はその様子に唖然としていた。美千子が、塵取りで集めた破片を近くにおいてあった箱へ運んでゆく。角朗が箱の中を覗いてみると、その箱の中は既に割れてしまった綺麗な皿の残骸で一杯だった。

「これ、もしかして……」

 角朗がそう呟くと、美千子は黙って頷いていた。角朗はそれに呆然として、立ち竦み、そして倒れた。


 それからどれだけ時間がたっただろうか、角朗の目の前は何もなかったかのように、すっきりと片付いていた。角朗は悟った。自らの呪いを、美千子にもうつしてしまったことを。申し訳ないという後悔と共に、佐和の方は大丈夫であろうかという不安が角朗の脳内を横切る。

「どうやら、目が覚めたようね、良かった」

 角朗は美千子の声を聞いた。今、何時頃だろうか、どれくらい倒れていたのかと不安に思う。さっと壁の時計に目をやった角朗は、もう午後7時を過ぎていることに気付く。夜だ。角朗はもう帰らなくてはと立ち上がり、帰る準備を始めようとした。


 その時だ。美千子宅の電話機が鳴り響いたのは。

 液晶には……市民病院という文字が浮かんでいた。

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