ホラーを書く前に
……「ホラーでも書くか。」なんて軽いノリで口にしたものの、ホラーってどうやって書けばいいんだ?
角朗は悩んでいた。あのとき、「ホラーでも書くか」と呟いただけなら良かったのだが、何人かの知人にホラーを書くと宣言してしまったのだ。みんなとても楽しみにしてくれていたため、今さら「やっぱり書けません」なんて言うわけにもいかない。そこで角朗は、仲の良い小説家の先輩に相談してみることにした。
早速連絡をとると、すぐに返事が帰ってきた。よくよく考えてみると、角朗はベストセラーを出してから、一度も連絡をとっていなかった。まさか彼女は角朗からの連絡を待っていたのだろうか……?
それはともかく。
角朗は昔先輩とよく行っていた喫茶店を待ち合わせ場所とすると、今すぐ会うことに決めた。良いことなのか悪いことなのかはともかく、二人とも暇だった。本当に。
数分後。
無事に再会を果たした角朗は、早速本題を切り出した。
「さっき電話でも言ったけど、一寸悩みがあって……、相談に乗って欲しいんだ!」
「一体、どうしたの、かしら?」
角朗の先輩でもあるその女性――加藤 美千子――は優しく角朗に微笑み掛ける。それは、完璧な微笑みと言えるような美しい笑みだった。
「実は、ホラーをかくことにしたんです。でも、僕はホラーなんて書いたこと無い。小説家として経験豊富な先輩なら、ホラーを書くアドバイスが頂けるんじゃないかなぁって」
美千子は、少し考えるような素振りを見せてから、こう答えた。
「そう、ホラー、を。私だって書いたこと無いのよ。でも、何となくのイメージだけど、身に迫ってくるような怖さを表現すれば良いんじゃない? かしら」
そして、突然心配しているような表情になって、付け加えた。
「あっ、でも気を付けてね。余り変なことを書くと、ブジョクされたと感じて呪ってくることがあるらしいから。」
角朗は、成る程!と思った。身に迫ってくるような怖さを表現しろとは、面白そうじゃあないか。あとに付け加えられた言葉は気になったのだが。
「ありがとうございます。とても参考になりました。これで安心して執筆出来そうです」
角朗は、半分はそう思いながら言った。だが、"呪われるかもしれない"というところには不安を煽られていた。
しかしどちらにせよホラーのイメージは美千子のヒントで得ることが出来た。美千子への相談は正解だったのではないだろうか。角朗は、そう自分を納得させていた。
そして、角朗は元気よくホラーを書き始める。
美千子の忠告を忘れたかのように。
まさか本当に、自分が呪われてしまうなんて考えもせずに……。