1.0.1 自殺したらダメな理由はね・・・
「何やってるのおおおおぉぉぉゃゃやややめええええてええええええ!!!」
その少女はすぐさま少年の方にやってきた。大切なお客様へのお届け物であるから乱雑に扱うことは許されないので、パニックになっていたものの気を配ってそっと玄関の床にお届け物を置いた宅配便のアルバイトの彼女。
少女は後ろから走ってきて、首にかけようとしていた紐をもつ少年の右手首を握って思いっきり自分の方へ引っ張り、紐を少年の手から放して上に突き放った。少年は体が弱っていたので一つも抵抗出来なかった。何せ、急に見知らぬ人が、長年死んだ父親しか入ってきたことのなかった自分の家に押しかけてきて、大声を出して、少年の手首をつかんで自分の上に倒れこまさせたのだからもう何が何だか。久しぶりに、何年ぶりに人肌を間近で感じたことか。しかしそれが赤の他人であったがためにおびえてしまった。少年は、この少女は自分がしていたことはいけないことだからこのようにしてその行為を止めようとしてくれたのだが、自分にはそのようなことに対して罪深さを何も感じていなかったので、一体何ということをしてくれたのだと思ってしまった。
そしてこのようにとんだことになって脅かされてしまったことが、逆に怒りとなって声と表情に現れた。肩まで長く不潔に伸ばした髪の毛を軽く掻き上げ、前髪で隠れていた片方の目がぎろりと少女を睨む。
「何・・・を・・・や、ってくぅ・・・れるん・・・だ、ぁき、きみはぁあっ・・・」
「へ!?い、今何て言っ・・・」
「じ、じさぁ・・・つ、んのおじゃ、・・・まをしないでく、くれぇよぉ・・・!!」
「待って、自殺はダメよ!!たとえどんなに辛くても、あなたにはまだ命があるの!!それを捨てるなんてことはね、だ、ダメなんだよ・・・?」
少女は少年の体勢を起こし、自分自身も起き上がりながら必死にそう言った。そして少女がすっくと立つと、床に膝をつけたままの少年の手を取り立ち上がらせた。少年の掠れた声は、それはもうこの少女にとって今までに聞いたことのないようなもので、セリフと調子が一致していない哀れみを帯びた声だった。喉の奥からがらがらと鳴らす声にゆっくりと、所々裂けた上下の唇の動きをのせ、一言一言呟かれる。死んだ魚のような目は、少しの潤いも感じない黄色に濁った白目の中、どんな地獄をみてきたのかとでもいうような小さくて灰色の瞳を小刻みに泳がせている。
「なぜだ・・・そ、そのぃりゆうほお、おしえ・・・ろよぉっ・・・」
「それは・・・」
少女は、そんな少年の目の動きに合わせるようにしてまで目を合わせながら、眉をひそめつつその質問にどう答えようかと考える。天井ではさっき放り投げた首吊り用の紐が、まだ振り子の運動をしてゆらゆら動いている。
「じ、じゃあね、自分が自分を殺してもいい理由があるなら、自分の中で出来てしまったのなら、それは本当は生きたいって心の中では思ってるって意味になるんだよ」
は・・・?とはてなマークが頭に浮かんだのが少年の顔から見て取れる。少女は続けた。
「人は、自分が死なないために生きてるの。生きるために生きる、なんていうのはおかしいでしょう?言い換えれば、自分で自分を殺さないために生きている。ご飯を食べたり、呼吸したり。それから楽しむことで生きてることを実感するために人と会ったり、遊んだり、仕事をしたり。全ては、死なないためなんだ、人が生きてるのはね、死なないために生きているんだよ?」
少年にとって難しい話に目は細まってしまう一方だった。もう、こんなことをいう少女なんかと今まではよく目を合わせていられたな、と自分を疑いながら目線を下に逸らした。しかし目の前の少女は、おなかにたっぷり含んだ空気を温かな声にして上からかけ続けた。
「でも、自分が自分を殺してもいい理由が出来てしまったということは、今までなら生きてそうしてきたことが当たり前だったけど、それが何かが原因で出来なくなったということだよね。生きている人間が死なないためにやる当然の望みが叶わない、できない、なら死んでもいいって気持ちになる。でもそれは生きたい望みが叶わないせいで諦めてるだけなの。本当は、誰もが生きたいんだ。生きたいから、それができないから死にたくなるだけ。私は、君に教えたい。自殺したらダメな理由はね・・・自殺したい自分の本当の心は生きたいと思っているのに、本当の自分じゃない嘘の自分に従うから、なんだよ。嘘を信じちゃダメでしょ?」
少年は、少女の口から発せられる言葉の一つ一つは、とても見た目では同い年ぐらいの人間が考えた言葉だと思いづらかった。下を向いたままだったが、その方が目を合わせることに意識を向けなくて済んだので、少女の言葉の意味が分かったような、そんな気がした。首吊りの紐の振れ幅はもうゼロに近い。
そして、少女の右手が少年の左頬を優しく包み、自分と目をもう一度合わせさせるために上を向かせた。その調子にふと、首吊り用のわっかになった紐の先が少年の頭をかすった。
「本当は、生きたいんだよね。君は・・・」