一日の始まり
「さて、今日はどうしようか」
アレクは木箱に腰掛けながら、今日の予定を模索しながら呟いた。
と言っても、アレクの一日など大抵魔法に関することに使われる。
ある時はダンジョンなどで魔道書や魔道具を探したり、ある時は魔物を狩って魔石を集めたり、ある時はそうして集めたものを使って、自分が魔法を使えるようになるために実験をする。
魔法を使えず、魔法を使えるようになることが夢のアレクにとっては、それが当たり前の日常だ。
それに、横で立っていたレイスが口を挟む。
「アレク様、よろしければGを稼いではいただけないでしょうか?」
G、つまりこの世界万国共通で使われている通貨のことだ。
青銅貨一枚一G、銅貨一枚十G、銀貨百枚一G、金貨一枚千G、白銀貨一枚一万G。
大きさは全て子どもの拳ほどで、白銀貨一枚あれば一週間はそこそこの宿屋、三食付きで暮らせるだろう。
アレクは思案する。
まず、手元には銀貨二枚ほどしかない。
寝床もあるし、食料はそこら辺の魔物や山菜をレイスが高級料理に変えてくれるため、生活には困らない。
が、Gがあれば色々なものが買えるし、遠出の馬車費用も補える。
だが、レイスがそんなことを提案してきたことにアレクはひっかかった。
頭に浮かんだ疑問を、そのまま口に出して聞いてみる。
「レイスがGなんて、なにに使うんだい?」
「はい、コルタの町で良い魔道書を見つけたので。アレク様にちょうどいいかと」
コルタの町と言えば、ここから降りて三キロほど先にある小さな町だ。
いつの間にそんな場所に行ってきたんだということよりも、アレクはレイスがまた自分のことではなく僕のことか、と苦笑する。
レイスは出会ってから二年、一度も自分の欲を口に出したことがない。というよりも、レイスには欲がないのだがーーま、このことは解決しているしいいか。
アレクはそう割りきり、まだ見ぬ魔道書のことへ思考を切り替える。
レイスがわざわざ言ってくるほどの代物だ、期待して損はない。
魔道書には、魔方陣や詠唱のための呪文、いわゆる魔法の使い方が書かれている。
中級以上の魔法は、陣の組み方も難しくなり、呪文も長くなっているので、魔法を専門に戦う者なら誰でも一冊は持っていることだろう。
それを全て覚え、必要魔力が足りることで初めて魔法が使えるのだ。
尚、初級の魔法は一言で詠唱が終わったりするため、わざわざ魔道書を買うものは少ない。
まあ、魔力の少ないものや、ないアレクにとっては関係のない世界の話ではあるが。
「……ふふふ、それにはどんな魔法が書かれているのかな……」
しかしこの男は、読めるだけで幸せになれる幸せな者であることを忘れてはいけない。
当然、この魔道書を手に入れることに決めた。
「さすがはアレク様、にやけて気持ち悪い顔でも素敵です」
「はは、ありがとう。ならこの笑顔に免じてレイスがGを稼いできてくれないか?」
レイスに自身の姿を指摘され、少し恥ずかしくなったアレクは誤魔化すように返す。
「かしこまりました」
「……いやいや、僕も行くからね!? そんなにひどくないからね?」
が、予想外の答えが返ってきて、慌てて否定する。
「はい、わたくしもわかっております」
軽く頭を下げ、キリアの顔で笑ってみせる。
わかっているとは言うが、アレクが命令すればレイスは文句一つなくGを稼ぎに向かうだろう、魔道書の金額分きっちりと。
だがさすがにそれは悪い。
いつも自分への忠誠という言葉だけでただ働き同然のことをしてもらっているのだ。
アレクの良心も相当なもの、見過ごすわけない。
一つ溜め息をつき、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「じゃ、稼ぎにいきますか」
「すべてはアレク様の、御心のままに」