一生分の愛の賛歌
すいません、性別は読む側の受け取り方でお願いします。
ボーイズラブじゃないはずなんですが、はずなんですが……。
カランと、グラスの中で氷の崩れる音がした。
その外側は、水滴がまとわり付いて滴り、小さな水溜りを作っている。
その中身も、溶けた氷でずいぶんと薄まっているだろう。
近く遠く、七年目にして成人式を迎えた若人たちが、愛の讃歌を熱唱している。
少し視線を横にそらせば、硬い木の床の向こうに、緑の渦巻きが懐かしい香りをくゆらせていた。
背に当たる板が多少の涼を与えてはくれていたけれど、じわりと身を包む熱気は、眉間に山脈を作り出した。
「暑い……」
「ん~、暑いというより、むしろ熱い?」
温度とはまた別の、眉間山脈の原因が気の抜けた声で笑った。
我ながら現状を的確に表現したねぇと。
「離れろ」
「やだよ」
状況改善を試みるも、否と即答する傍らに、更に眉間山脈は渓谷をつくる。
「暑い」
「熱いねぇ」
右半身にぴたりと寄り添うそれは、お互いの熱でじっとりとした肌を嫌でも意識させる。
離れようと身じろぎする己に、それは更にその身を押し付けてきた。
「なんで……」
「こうしてたいから」
擦り寄るように、更に接着面積を広げるその動きは、明るい陽の下では少しはばかられることを思い出すに十分で。
何とも言えない高揚感を感じさせた。
「せめて、冷房効いた部屋ん中にしてくれ……」
大きくため息を一つ、吐き出すようにして要望を伝えた。
「ふたりしかいないのに、もったいないよ」
「ふたりも居りゃ十分だろ」
「え~、節電って大事なんだよ。電気代もバカにならないんだし」
どうしても離れてはくれないらしい。
ゆるゆると側のグラスに手を伸ばすと、中身を一口飲み込んだ。
喉を通る温度は心地よいが、やはり氷で薄まった味はいただけない。
己の性分としては、適切な濃度のそれを口に入れたいが、薄まったそれを捨てるのもまた忍びない。
ジワジワと耳に届く愛の賛歌は時々途切れるものの、その勢いを緩めることはないようだ。
「恋、してるんだねぇ~。一生分の恋」
ポツリと傍らで呟くそれに、
「やっとの思いで地上に出てきてみれば、青春を謳歌できる時間は短い。次を残す為にも必死にもなるだろう」
「命短し、恋せよ乙女……」
「セミと乙女とゴンドラの唄に謝れ」
「ごめんね~」
へらへらとつかみどころのない受け答え。
少しイラつきながら、グラスの中身をもう一口飲み込んだ。
「一口ちょうだい?」
「お前の分あるだろうが」
「それがいいの、君が持ってるのが」
でないともっとくっついちゃうから、と腕を絡められると、熱は更に温度を増す。
せっかく消えかかっていた眉間のしわをまた復活させて、ん、とその手にあったグラスが差し出された。
「ありがと」
受け取ったグラスに口をつけると、一息にそれを口に含んだ。
そのまま、タンと木に打つようにグラスを床に置く。
グラスの中には、溶けかけた氷しか残っていない。
「一口じゃなかったのかよ……」
恨めしそうに非難の声をあげると、ニヤリとその目が笑った。
そのらしからぬ表情に、気をとられていたため、とっさのことに身動きが取れなかった。
気がつけば、己を包む熱はその表面積を最大に取っていた。
ただ、唇だけが冷たく、喉を落ちた水分は舌の上を通る際少し甘く感じられた。
「少しは涼しくなった?」
「なるかい。余計に熱くなったわ」
そう?と、締め付けられるような強い力に些か閉口した。
「ねぇ、恋、したいんだけど……」
抱き込まれた耳元で、そっとささやかれるその言葉と声の温度に、じわりと新たな熱がその身に滲んだような気がした。
頭の上では、相変わらずの愛の賛歌が響いている。
そして、何かを待つかのように、抱きしめる腕はその力を緩めてくれない。
待つかのように、ではない。
待っているのだ、己の応えを。
ならば、応えてやろうじゃないかと負けん気が首をもたげた。
「暑い。もう冷房つける。やってられるか」
「え、うわっ、ちょっと、待って」
己に寄り添う温もり。
その柔らかくも力強く主張する存在を、その熱を、一息に振り払うかのように立ち上がった。
振り払っても、すでに生まれたくすぶる熱をもてあましながら。
一生分の恋ではないかもしれないが、受けて立とうではないか。
探るような、どこか挑戦的な眼差しはお互い様で。
この熱をどうやり過ごすか、別のものに昇華させるのか。
柄にも無く、いろんな意味で、頭、沸いてるんだと思います……、多分。
最初、縁側で伸びてる青少年とその彼女……とイメージしながら打ち込んでいたら、いつの間にか口の悪い女の子とそれにくっついていたいワンコ男子のようなそうでないような……。
文章のみを読んでいると、性別が倒錯してんなぁと……。
あれ?どこからこうなった?