ハルカの終末旅、夢の彼方の忘れられた黄金の島
どこまでも広がる無限の海で、独りイカダに乗って波に揺られていた私は旅の必需品のるるまっぷ(沖縄版)を読んでいた。
「へぇ、シャングリラって沖縄にあったんだ。人類の末期を象徴する大コケしたレジャー施設だから是非とも見ておかないとね」
私はほんのり臭みがある焼きゴマモンガラを貪りながら独り言を呟いたけれど、相槌を打ってくれる人は誰もいない。
「お、あれかな?」
水平線の彼方にはようやく旅の目的地である沖縄が見え、私を誘うかの様にいい風が吹きイカダは約束の地である沖縄へと突き進んでいく。
「シャングリラも気になるけど、やっぱりメインはこっちだよね」
るるまっぷを一旦置き、私は古ぼけた封筒をリュックからゴソゴソと取り出した。
封筒には『重要』という色褪せた文字が印刷されており、その中にはボロボロだったけどいかにも重要そうな書類が封入されていた。
「人類存続計画のお知らせかあ」
これは久しぶりに実家に帰った時家探しをして発見したものだ。
最初見た時はなんのこっちゃかわからなかったけど、ぶっちゃけ今もなんのこっちゃかよくわかっていない。
大事な部分は虫に食べられてしまい内容はあまりわからなかったけれど、『平良春龍華』とあまり見かけないキラキラな名前が書かれていたので私宛ての手紙なのは間違いないはずだ。
辛うじて読める部分から考えると、私は何かしらの人類を存続させるためのプロジェクトに厳正な抽選の結果選ばれたらしい。
カチンコチンに凍らされて眠りにつく何十年も昔に、だけど。
「期限はとっくに過ぎてるけど……ま、他にする事もないし行ってみますか。万博みたいな感じでまだ使えるかもだし」
大きなイベントとかではたまにロマン的な意味合いで数十年後に使用出来ます、なんて文言が記載されていたりするけど、おそらくこの手紙を持って行ったところで門前払いになるだろう。
けれど平和な終末の世界では無限に時間があり物凄く暇だ。その封筒を発見した私は沖縄行きを即決した。
「さあて、沖縄にはどんな面白いものがあるかなあ。無意味な人生なら酔狂に生きてナンボだからね」
この旅もきっと無駄足に終わるだろう。
徒労に終わった結果生きては帰れないかもしれない。
だけど生まれた時から希望も存在せず、無限の自由という制約が存在するこの世界では何もしなければただ生きて死ぬだけだ。
「どうせ何もないだろうけど……私はちゃんと絶望出来るかな」
結局希望はどこにも存在せず、この旅はただの現実逃避で終わるのかもしれない。
それでも人生の最期にああすれば良かったと言い訳をしたくなかったから、私は夢の彼方の景色を見てみたかったんだ。
見渡す限りの白い砂浜には透き通った小波が静かに押し寄せ、赤瓦と石垣で出来た開放的な廃屋では住民のシーサーが気持ちよさそうにあくびをしていた。
道路では木の葉の魔物やキノコの魔物、マタンゴさんがけんけんぱをして遊んでいて自由気ままに寛いでいた。
朽ち果てた戦車の上ではもちもちぽんぽんなまんまるボディが愛らしい白いガブリンがお昼寝をしていて、鼻提灯がぱちんと弾け目を覚ましてしまう。
「おお、意外と賑やかだね」
人間が絶滅危惧種になった後、世界にはこんな感じでいろんな魔物がうろつく様になった。
けれど見た感じ愛くるしい魔物達が襲ってくる素振りは一切ないので気にしなくていいだろう。
「さて、探索を初めてもいいけどまずは腹ごしらえをしないと。食べ物はもうあんまり無いからなあ……いつも通り現地調達するか」
とにもかくにもお腹がペコペコだ。
浄水器があるから水には余裕があるけど、水源を探しつつ食べ物を探してみよう。
やはり食糧と言えば肉で、肉と言えば沖縄だ。
沖縄では飲み会のシメにステーキを食べるらしいし、やはりここは肉一択だろう。
「ふふん。頼むよ、相棒」
私は狩りをするためちょうど良さそうな太い木の枝を発見し、それを当面のパートナーにする。
小動物は捕まえにくいから無理に狙う必要はない。
「やっほー、ブタさん!」
「ぷひ?」
私は笑顔で住民のブタのマジムンに挨拶をする。
ブタのマジムンは珍しい生き物に興味を示し、警戒する事無く近寄ってぷひぷひとニオイを嗅いだ。
「なんて可愛いのかしらん! 食べちゃいたいくらい……チェストォォオオッッ!」
「ぷひー!?」
そんな愛らしいブタさんに私は躊躇なく棍棒を振り下ろしたけど、ブタさんは慌てて逃げ出し先制攻撃に失敗してしまう。
「逃がすかァッ! ぐへへ、ラフテー! ソーキ! テビチ! ミミガー! ブタは声以外全部食べられるからね!」
「ぷひー!?」
「わー!」
「こわいよー!」
あんなに美味しそうなブタさんを逃がすわけにはいかない。
私は棍棒を振りかざして逃げ惑う可愛いブタさんを追い掛け回し、住民たちも怖がって逃げ出してしまう。
絵面は完全に子供向けの絵本に出てくる森の平和を乱す悪い狩人そのものだ。
きっとこれが絵本の世界ならば魔物達が一致団結をして私をやっつけ、めでたしめでたしとなるのだろう。
ゴゥ――。
「え」
あるいは昔話の様に守り神に成敗されるのかもしれない。
突風と共に突然目の前が真っ暗になり、猛烈な寒気を感じた私は思わず空を見上げてしまった。
沖縄の空を統べる翼を持った天龍は凪の海を乱す邪な存在を悠々と見下ろし、たった一睨みで全てを伝え、私も天龍が言いたい事の全てを理解してしまう。
「ご、ごめんなさい……」
圧倒的な力を持つモノを前に私は捕食者から矮小な人間に戻り、ゆっくりと棍棒を下に降ろし、そっと地面に置いて武装を解除する。
戦う意志を放棄したと判断した天龍は再び虚空へと戻っていき、姿が完全に見えなくなってようやく私は呼吸が出来る様になった。
「うう、お肉食べたいけど……仕方がないか」
どうやらこの場所で狩りをする事は出来ないらしい。
もしもあの天龍が守護する禁足地に住む島の生き物を殺めてしまえば、私は燃え盛る息吹で骨まで焼き尽くされてしまう事だろう。
となると果物とかを食べるしかないけどどこまでセーフなのだろう。
神話とかだと全部アウトだったりするけど……むーん。
仕方ない、今は残り少ない食糧で糊口をしのぎつつ水で我慢しておこう。龍に食べられちゃうのは嫌だし。
それから私は炎天下の沖縄を歩き続けてどうにか水源ほどは発見し、浄水器で綺麗にした水でお腹を膨らませながら飢えをしのいだ。
錆びた軍用コンテナの上に座り、あとはひたすらカロリーを消費しないためにジッとする。
もっと長い期間ごはんを食べなかった事もあるし、節約しながら食べれば一日二日くらいなら何とかなるはずだ。
そんなひもじい私を尻目に、木の葉マジムンは草花で彩られた朽ちた戦車のお立ち台の上でカンカラ三線を奏でて宴会をしていた。
大きな葉っぱの皿の上にはこんもりと美味しそうなフルーツが盛り付けられ、わいわいきゃっきゃと楽しい一夜を過ごしているらしい。
「うう、お腹ペコペコだよー。ぐすん。腹癒せにシャングリラはやっぱり全然つまんなかったってボロカスなレビューを書いてやる」
私が招かれざる客である事は重々承知しているけど、頼むからあんなに美味しそうに食べないで欲しい。
過ちを犯してしまった私の味方はほんのり温もりを感じる夜風と、ヴェロキラプトルのオブジェだけだ。
もしもこのヴェロキラプトルが本物なら焼いて食べていたけど、それすらも叶わない。
一流のレジャー施設ならこんなチープな置物じゃなくてリアリティを追求して食べれる様に設計すべきだと思う。
こんなんだから大コケしたんだよ、まったく。
こんな想いをするならその場のノリで沖縄に来るんじゃなかった。
「じー」
「フガー」
なんでもいいからお腹に何か入れたい。
ああ、目の前の可愛らしいマタンゴさんと白ガブリンですら美味しそうな食べ物に見えてしまう。
「はい」
「フガ」
「え?」
だけどマタンゴさんと白ガブリンは私に熟れた島バナナを差し出した。
そのまま何も出来ずに固まっていると、彼は優しい顔をしてこう告げた。
「おなかすいているんだよね。これたべてー」
「フガー」
「マタンゴさぁん、ガブリィン!」
私は嫌われて当然の事をしたのにこの子達はなんて優しいのだろう。
だけど駄目だ、ここで食べ物を食べてしまえば何が起こるのかわからない。天龍に怒られるのは嫌だし……。
「食べていいの!? いいんだね!?」
「いいよー」
「フガー!」
けれどその狂おしいまでの優しさに私は涙腺が崩壊し、結局泣きじゃくりながら島バナナを食べてしまった。
幸いにして天龍は現れなかったので、どうやら果物ならば食べても問題ない様だ。
「ボロカスに言ってごめんね琉球シャングリラ! やっぱ最高だったよ!」
肉以外ならセーフだってちゃんと言って欲しかったけどそんな事はもうどうでもいい。とにかく甘い優しさを思う存分味わい尽くそう。
「おいしい?」
「美味しいよぉー! 島バナナァ! めんそぉおれッ!」
「フガ~」
島バナナは短い分甘みが凝縮されていて、一口食べるごとに糖分がズシンと腹にたまり生きる活力がみなぎってくる。
さらにそこに愛おしいマタンゴさんとガブリンの最高の笑顔も加われば何も言う事はない。
「じー」
「フガー?」
「もぐ?」
号泣しながら島バナナを食べていると宴会をしていた木の葉マジムン達がてくてく近寄って来る。
「いっしょにたべるー? みんなでたべるとおいしいよー」
「……うん!」
最初に好き放題しちゃったせいで怖がらせちゃったけど、情けない姿に彼等はすっかり警戒心を無くしてしまった様だ。
そこに食べ物があれば奪い取るのが終末世界の常なのに沖縄には優しい魔物しかいないらしい。
やっぱり人間は滅んで正解だったんだろうな、と私は煩わしい考えを全て捨て、何も考えずにカンカラ三線の音色を聞きながら皆と一緒にカチャーシーを踊ったんだ。
「むにゃー、お腹いっぱいで食べられないよー」
たくさんフルーツを食べた私はお腹も心も満たされ、夜空に輝く昴を眺めながら丸くなったお腹を撫でさすった。
「フガフガ~」
「ふふ、君と一緒だね~」
一頭身ボディの真ん丸なガブリンもお腹いっぱいになり、私はぷにぷにした癒されボディをむにょんむにょんと揉み撫でる。この愛玩動物のお腹は何時間でも堪能出来るよ。
楽しい夜はまだまだこれから、マジムン達の宴はまだまだ続いているけど、ずっと歩きっぱなしで疲れたししばらくのんびりしておこう。
「かんづめたべるー? かめーかめー」
「ありがとー」
何よりも何もしなくてもごはんが出てくるのはまさしく楽園だ。
沖縄おばあを思わせる世話焼きマタンゴさんは食後のデザートにサバの缶詰を持ってきてくれたので私は遠慮なく貰った。
どうせなら順序が逆だった方がなお良かったけど、料理という概念が消失しかけた今の時代では貴重なご馳走だ。サバなんて塩焼きにするくらいしか調理方法が存在しないし。
「これ……」
私は一応賞味期限を確認したけど数字は判別出来なかった。
だけど宇宙旅行に持っていく事を想定した缶詰だったので、後数百年くらいは大丈夫なはずだ。
「ねえ、これどこで見つけたの?」
この缶詰があるという事は沖縄のどこかに宇宙関連の施設が存在している事を意味していた。
きっとこの子はそこに貯蔵された缶詰を拾ってきたのだろう。
「ぼくのおきにいりのばしょにたくさんあるよー。かんづめとかおはながたくさんあって、ふわふわできもちいいのー」
「ふむふむ、なるほど。きっとそこだね!」
私は期せずして目的地のヒントを手に入れる。
人類存続と言えばテラフォーミング、テラフォーミングと言えば宇宙系の何かだ。
モヤッとしたなんとなくのイメージしかないけどこれが正解に違いない。
「ねえ、そこにロケットみたいなものはあった?」
「ろけっとって?」
「ええと、こう細長い奴」
「んー?」
私はマタンゴさんにジェスチャーでロケットとは何たるかを教えようとしたけど、概念が存在しなかった彼にはイマイチ伝わらなかった様だ。
「おおきなさくらのきはあるよー!」
「多分違うかなあ」
だけどこんなクイズに正解した子供みたいに素敵な笑顔をされては何も言えない。まあ明日実際に行けばわかるだろう。
「ねえねえ、きみはどうしてこのしまにやってきたの?」
好奇心旺盛なマタンゴさんはワクワクしながら私に尋ねる。
外からお客さんが来るなんて滅多になかっただろうし興味津々な様だ。
「半分くらいは観光で、半分くらいは探し物かな」
「さがしもの?」
「うん。私は絶望を探しにやって来たんだ」
「ぜつぼー?」
「って、こんな事言ってもわかんないか」
独特な感性を持つ私の言った言葉はおそらく普通の人間でも理解出来なかっただろう。
ましてやこの子には希望や絶望といった概念も存在しないというのに。
「ぜつぼー、っておもしろいもの?」
「普通は好き好んで探したがらないんじゃないかなあ」
「ならどうしてきみはぜつぼーをさがしているの?」
「なんでだろうね。私はどこかでまだ希望が残っていると信じているけど……この世界にはやっぱり夢も希望もない事を知りたいのかもしれないね」
「そっかー」
「って、わかんないよね」
退廃的な価値観を聞いたマタンゴさんはポカンとしてしまい、私は缶詰を開ける事無くジッと眺めた。
「パンドラの箱の底には希望が残っているかもしれない。だから人間は全ての絶望を知り尽くすまでパンドラの箱を開け続けてしまうんだ」
「そっかー」
「って、これもわかんないよね」
馬耳東風、糠に釘。あるいは釈迦に説法なのかもしれない。
けれど私の寂しい気持ちは伝わったのか、マタンゴさんは服の左袖をくいくいと掴んで引っ張った。
「ならいまからいこうよ! とっておきのばしょに! きっときみもきにいるはずだよ!」
「え? 今から? やれやれ」
心優しいマタンゴさんは私に希望に満ちた景色を見せようとしてくれているのだろう。
正直こんな夜遅くに密林地帯を歩きたくないけど、ここで手を跳ねのける程私は空気の読めない人間じゃない。
それじゃあお手並みを拝見させてもらおう。
さあて、キノコ君は私に希望を与える事が出来るかな。
「まだー?」
「こっちこっちー!」
マタンゴさんは小さな体に似合わずぴょこぴょこと太い根っこを飛び跳ね、すばしっこく密林を進む。
ちゃんと置いてけぼりにされない様に待っていてくれるけど、もしも彼がもう少し冷たければ私はきっとジャングルで遭難していただろう。
「よいしょっと。どこ進んでるの?」
暗くてよくわからないけれど今はコンクリートジャングルの中を進んでいるらしい。
長い年月ですっかり木々に侵食されてしまい本物のジャングルになっていたけれど、もしかしてここは商店街だったのかな。
「こんにちは」
「ぶもー」
私はお休み中のデカい水牛の家主に挨拶をし、刺激をしない様にそそくさと進んで窓から外に飛び降りる。
生命力あふれる大自然のせいで道路は最早道路として機能していないので、こんな感じで最短ルートを進む方が理にはかなっているのだろう。
市街地エリアを進むと比較的整備された道が広がった。
やはり雑草が生い茂って荒れ放題だけど、これがずっと続くのなら楽が出来そうだ。
「……お。マタンゴさーん! ちょっと戻って来てー! 面白いものがあったよー!」
「どうしたのー?」
開けた道に出て私は興味深いものを発見したのでマタンゴさんを呼び寄せる。
そこには割と最近まで使われていた車型の輸送ロボがあったけど、私はすぐに不自然な事に気が付いた。
「これ……生きてるよね」
驚く事に車型の輸送ロボはほとんどサビておらずつい最近まで稼働していたと推測出来る。
うろ覚えの知識で軽く操作するとすぐに作動し、いつでも発車出来る状態になった。
「どうせ無理と諦めてたけど、もしかしたらがあるかもしれないなあ」
「わー、なにこれー! うごいてるー!」
マタンゴさんはキャッキャとはしゃいでいたけど、私はひょっとしたら希望が存在するのではないかと勘違いしてしまい戦慄する。
……違う。
これはきっと自動的にメンテナンスをするロボットや設備が生きていて、人類滅亡後も稼働し続けていただけだ。
どうせ今回もぬか喜びで終わると、私は必死で無理だと自分自身に言い聞かせた。
だけどそれでも私は一縷の望みに託してみたいと、無情にも淡い希望を抱いてしまったんだ。
車型の輸送ロボの荷台でガッタンゴットンと揺れながら私とマタンゴさんは軍事施設へと向かっていた。
「ぐらぐらー!」
マタンゴさんは揺れと流れゆく景色を楽しみながらぽんぽてんと身体を弾ませ、私は彼がうっかり道路に落っこちない様に気を配っていた。
「楽しい?」
「うん!」
明るいうちならまだ景色が楽しめたかもしれないけれど今は暗闇で何も見えない。
なのにどうしてマタンゴさんはこれほどまでに楽しそうなのか、私はちっとも理解出来なかった。
だけど何も見えなかった方が良かったかもしれない。
目的地に近付くにつれ周囲には壊れたロボット兵器やバリケードが視認出来る様になり、ここでかつて戦闘行為が行われていたのだと推察出来た。
輸送ロボはぶつからない様に速度を落としてぐにんぐにんと動く。
その時昔の人類が遺したものだろうか、真っ赤なペンキで罵詈雑言が書かれた看板が横たわっているのを見てしまう。
人類を存続させるための人間を選ぶという事は、言い換えれば当然他の人々は救済されないという事だ。
私も当時この場所に来ていたのならばここに集まった彼等に襲われたのだろうか。
果たして彼等は無事に地球を脱出出来たのだろうか。
(でも……いい感じの絶望だね)
けれどこの惨状を見ればこの先には何も無い事がわかったので、希望が実質的に断たれた私はどこか安堵してしまった。
「どうしたのー? うれしそうだけどさみしそうなかおー」
「何でもないよ」
寂しい気配を察知したマタンゴさんはむぎゅう、と痛みを分かち合うために抱き着く。
最後に誰かに優しい言葉をかけてもらえたのっていつだっけ。
「それじゃあしっとりしたぷにぷにのおケツでも揉み揉みして癒されよう」
「いやん」
暗いムードはここまで、いつも通りに戻っただけだ。
私は目的地にたどり着くまでのわずかばかりの時間、マタンゴさんを愛でて暇を潰した。
「おっとっと」
「むにょん」
しばらくして車型の輸送ロボが急停止し、飛び跳ねたマタンゴさんは私の顎に柔らかいロケット頭突きを浴びせた。
寿命が来たのか、それともここが目的地なのか。
車型の輸送ロボはもう動く事はなかった。
「のせてくれてありがとー」
「ありがとね」
マタンゴさんは生き物だと思っているのか道案内をしてくれたロボットに感謝をした。
これが無意味だとはわかっているけど私も一応この子にお礼を言っておこう。
周囲の景色から察するにここはやはり宇宙系の施設だった様だ。
元々は民間の施設だったけど後付けで機銃や有刺鉄線のバリケードなんかを取り付けて戦いに備えられる様にした、という感じかな。
その戦う相手はもちろん道中で見かけた暴徒化した人間だろう。
基地の内部も大分荒らされているけど、結局どちらが最終的な勝者となったのだろうか。
「でも……やっぱりあそこかな?」
ともあれ今はそんな事よりもっと気になるものがある。
設備がまだ生きていたのか基地の中に一際明るい場所があり、あそこが目的地なのだと私はなんとなくわかった。
「こっちこっちー! ぼくたちのひみつのばしょがあるよ!」
「待ってー!」
マタンゴさんはぽてちてと駆け出し光射す場所へと駆けていく。
それじゃあどんな面白いものがあるのかバッチリ見せてもらおうじゃないか。
その場所に辿り着いた時、私は目も眩むほどの眩い光に包まれる。
「わあ……」
そこににあったのは光り輝く大きな桜の大樹だった。
黄金の桜ははらはらと花弁を散らし、夢の彼方の島で骸となった人々を静かに看取っていた。
憎しみも怒りも存在しない。
喜びも悲しみも存在しない。
この世界には生きる意味も死ぬ意味も、希望も絶望も存在しない。
だから生きる意味を自分で探すしかない。
けれど何もかもがどうでも良くなるくらい最果ての廃墟で咲き誇るその桜の樹は息を飲むほどにただただ美しく、魂が震えた私は自然と涙を流してしまった。
「ね? とっておきのばしょ、すてきでしょ?」
マタンゴさんはお気に入りの場所をこれでもかと自慢する。
黄金の桜の大樹の根元には木の葉マジムンや友達のマタンゴさんがすやすやと眠っていて、温もりに包まれながら悠久の平和を謳歌していた。
「うん、素敵だよ。この桜を見れただけでも今まで生きてきた価値があったかなあ」
パンドラの箱の様に絶望の果てには確かに光が存在していた。
それは私が恐れていた残酷な希望ではなく、優しい絶望だったけれど。
ゴゥ――。
「っ」
黄金の桜を見上げていたその時、神風の様な突風が吹き黄金の花弁が一斉に舞い散って、私は思わず腕で目を覆い隠してしまう。
「あ……」
そして再び目を開けたその時、私は天へと昇っていく龍を見た。
最果ての島に踏み入れた時、招かれざる私を出迎えてくれた守護龍は眩い光と共に虚空へと飛び去って行く。
そして夢の彼方の世界へと飛び去った時に夜明けが訪れ、終末の世界は救済の光に包まれた。
その光は人間のあらゆる罪を赦し、あらゆる矛盾を受け入れてくれた。
かつてこの場所に集った人々も、銀河を駆ける天龍と共に光の柱によって救済されたのだろうか。
けれど最早過去に何が起こったのか真実は知る由もない。
成程、翼を持たない人間が決してたどり着く事が出来ない空に恋焦がれ続けた理由がわかってしまった。
これほどまでに世界が美しいと知ってしまえば、それ以外の万物は何もかもがどうでもよくなってしまうのだろう。
「びっくりしたー。わー、きれー!」
後は変わらないマタンゴさんの愛くるしさだろうか。
彼にとってはこの光景はただ美しいだけなのだろう。
けれど美しいものを素直に美しいと思える清らかな心を持った彼等になら、私は滅びゆく人類代表として地球の支配者の座を明け渡したかった。
黄金の花吹雪を見上げながら、私はお湯を沸かして最高に贅沢なタンポポコーヒーを飲んでいた。
結局世界の果てに目当ての物はなかったけれど十分過ぎるくらいの収穫はあった。
一緒に旅をしたマタンゴさんは興味本位でタンポポコーヒーを飲みたいとねだったので飲ませてあげたけど、やっぱり彼には苦すぎたらしくべぇ、と舌を出して顔をしかめてしまう。
「ねーねー、きみはこのあとどうするの?」
「うん? もうちょっとゆっくりしたいけど、昼くらいには島を出るつもりだよ」
「そっかー」
このままここで骸になって黄金の桜の一部になってもいいけどね、と私は流石に本心を伝える事は出来なかった。
大体そんな事をしたらいい迷惑だろう。
「ここも素敵だけど、もしかしたらもっと世界にはたくさん素敵なものがあるんじゃないかなって思えてね。時間はいくらでもあるしまた適当にブラブラするつもりだよ」
「そっかー。おわかれなんだー」
マタンゴさんはシュンとしながら別れを惜しんでしまう。
私も寂しくて仕方がないけどこればかりはどうしようもない。
「ねえ、ぼくもいっしょについていっていい?」
けれど好奇心旺盛なマタンゴさんは躊躇いなく決断をする事が出来たらしい。
希望も絶望も知らない彼には見知らぬ世界へ恐怖するという発想はない様だ。
「え? 私は別にいいけど」
「わーいわーい!」
私は一瞬迷ったけど別にそこまで問題がないと考え即決すると、マタンゴさんはわいわいきゃっきゃと大喜びした。
世界の支配者となった生命力たくましいマタンゴさんはどこでも生きていけるし、すぐに壊れる脆い人間と違って野垂れ死ぬ事はまずないだろう。
「フガフガ~」
「お? 君も一緒に行きたいの?」
マタンゴさんと喜びを分かち合っているとお友達の白いガブリンもごろんと現れる。
宴会場で気持ちよさそうに眠っていたのにいつの間にやって来たたのだろう。
「フガ!」
「うん、いいよー」
RPGならおきあがりなかまになりたそうなめでこちらをみている! という状態だろうか。
でも可愛いからもちろんオッケーだ。
「フガ~!」
「わーいわーい!」
マタンゴさんだけじゃ寂しいだろうし私はもちろん快諾した。
ずっと一人旅を楽しんでいたけど旅は道連れ世は情け、こういうのも悪くはない。
「日本の夜明けぜよー、ってね!」
「ぜよー!」
「フガ~!」
私は勢いで偉人が遺した名言を黄金の朝日に向かって叫ぶ。
人類はそう遠くないうちに滅ぶだろうけど、そんな事は知った事ではない。
夢の彼方の島には何もなかったけど、その先にはさらなる無限の世界が広がっていた。
その世界での旅はとても孤独で過酷な道のりかも知れないけれど、希望に満ち溢れたものだったんだ。
さあて、愉快な旅の仲間も増えた事だし、希望も絶望も存在しない世界でもうちょっと生きてみようかな。
どうせ死ぬのなら、もう少しこの世界を楽しみ尽くしてから終わりたいからね。




