前世ってそんなに重要なの?
「死ね-ー-ー-ー-ー!!」
咆哮を喉奥からほとばしらせて、少女は突進してくる。
アミュルダは接近してきた狂人の右手首を難なくつかみ、柔道の技である一本背負いの要領で投げた。
周りにいた通行人から歓声が漏れる。
「なっ……」
何が起きたかわからないとばかりに口を開ける少女に、アミュルダは麻痺電撃を掌から繰り出し、無効化する。
一瞬、自らの皮膚を切り裂いて中身を見せようかと思ったが、やめておいた。無意味に“彼”の手間をとらせる義務はない。
アミュルダは周囲を観察する。観客は目撃者と呼べるし、監視カメラも設置されていた。自分が行為は正当防衛として証明されるであろう。
被害者になるはずだった者は加害者-ー犯行は未遂に終わったが-ーを右肩にかけるようにして担ぐと、交番を探しながら足を早めた。
「それにしてもホッとしたよ。あなたが襲われたことを知ったときは心配したんだから」
「-ーどっちを?」
機械の四肢持つユーセリアが言うと、艶を帯びた笑みを浮かべアミュルダは問う。
「あなたをだよ」
答えると、ユーセリアはストロベリーティーを一口飲んだ。
「大丈夫よ。例えこのボディがAIごと破壊されても、スペアのボディもあるし、データも更新されてストックしてるから」
言の葉を紡ぎ、アミュルダはテーブルに置いてある新聞を開く。名だたる画家ならすぐさまスケッチに励む光景か。
ウェーブのかかった黒髪は腰まで、瞳は神秘的な紫で、唇は瑞々しくふっくらしていた。
大ぶりのリンゴを連想させるバストに、程よく肉のついたウェスト、逆ハート型の引き締まったヒップ。
服装はレースのショール、胸元と腰の両脇が開いたビスチェ、ボトムは膝上のキュロットスカート。すべて黒で統一されている。
腰の両脇はコルセットピアスで飾られ、細い金のチェーンが揺れている。バレエシューズも黒だ。
男ならむしゃぶりつきたくなる、濃厚なフェロモンを撒き散らす彼女。実はアンドロイドである。
「まぁ、まさかこんなことになるとは思っていなかったけど」
言うと、アミュルダはユーセリアに新聞を開いて渡した。
「わたしは見たよ。こういうのって『大風が吹けば桶屋が儲かる』の逆だよね」
「『バタフライエフェクト』の方がしっくりこない?」
アンドロイドは唇に立てた人差し指を当てた。
交番に向かった結果、蛮行の当事者である少女は火星警察に身柄を拘束されたわけだが、もちろんアミュルダも事情聴取を受けた。彼女の行為は正当防衛と認められ、自由の身となったが、気になることがあった。
犯人の動機である。
少女の担当者に訊いてみたところ、予想もしなかった答えが返ってきた。
曰く、現世でやっと愛する人と結ばれるところなのに、前世で仲を引き裂いた性悪女まで転生してきたから。
仕入れた情報から、アミュルダは仮説を立てた。
危険な指針を魂の柱にした狂信者かと。
現世、前世、転生。宗教の臭いがむせかえるぐらい主張したから。
アミュルダの身体は、人間どころか生物の細胞を一欠片も使われていない。強いて他のアンドロイドとの違いを挙げれば、コスモニウムを使用した、AIの上を行くネオAIであるが、原料は隕石であり無機物だ。
だから、アミュルダに魂は存在しない。
アンドロイドとしては事件はそこで終わったのだが、まだ続きができた。
容疑者の両親が、アミュルダと製作者であるヰタロヴ博士の研究室を訪れたのだ。
それは瞠目すべきことに、火星一の大富豪で知られているヨーグ夫妻。
話によると、アミュルダを襲った犯人は夫妻の一人娘ラジー。
なんでも、ラジーはとある家から息子との婚約が勧められていたそうだ。
それは一代で財を成し遂げたザダサ家の長男、バーズ。
ヨーグ家としてもザダサ家としても外せない縁談だが、互いに愛せと言って愛せるとは限らない。
そして、次のような計画を練った。
結婚相談所『永遠の愛』に設置されているVRマシンを使い、疑似記憶を植えつける。前世で愛し合っていたが、結ばれなかった男女の物語を。
アミュルダは初耳だが、下手な恋愛結婚よりそのような方法を駆使しての見合いの方が、成功率は高いと言われているらしい。
シチュエーションは王子とメイド。トーマス王子とメイドのラァラは身分差を超えて相思相愛の仲であったが、他国の悪逆非道な姫マニュエラが、トーマスとの婚姻を望んだことで、悲恋に終わるといった内容だ。
ラジーとバーズ、二人にも理由を話し、マシンに入ってもらった。
結果、ヨーグ家の娘とザダサ家の息子は深い絆を育むようになり、両家共に安心していた。
しかしここで予想外の影響があったのだ。
ラジーに宿った懸念。
自分たちが転生したならば、当然マニュエラもこの世界で生を得た可能性がある。さすれば同じ轍を踏むのは目に見えていた。
ならば、マニュエラの生まれ変わりを殺すしかない。
物騒な思考に凝り固まったお嬢様がアンドロイドを拝んだ刹那、全身を衝撃が貫いたのだとか。
ヨーグ夫妻もヰタロヴ博士の作成物に会った途端、納得したそうだ。
アミュルダはマニュエラに瓜二つだったのだとか。
ヨーグ夫妻に詫びられたアミュルダとヰタロヴ博士としては、そこで幕は閉じたが、またも予期せぬ方向に転がった。
『永遠の愛』をヨーグ夫妻が訴えたのである。
多額の賠償金を巡っての泥沼裁判が勃発したわけだが、さらに事態は混迷の一途を辿る。
『永遠の愛』のVRマシンには、わずか十数種類の前世シチュエーションしかなく、それらは共通して『第三者の手で愛する者同士が引き裂かれる』ストーリー。
手抜きや杜撰さが発覚したが、問題はまだある。
つまりもし自分が“第三者”に似ていたら、殺される危険性が出てくる。さらに自分が“愛する者同士”の片割れとして、本人にそのつもりはなくても、相手が暴行や殺人などの犯罪に手を染める確率も存在する。
現在-ー『永遠の愛』は倒産秒読みだとか。
「それにしても……前世ってそんなに重要なのかしら? その、現世を精一杯生きるっていうのじゃダメなわけ?」
かいもく理解できないとばかりに、アミュルダは尋ねてくる。
「人それぞれとしか言い様がないよ。でも、どんなやり取りがあったか具体的にはわからないけど、もう少し二人の意見を聴けばよかったんじゃないかな?」
ぬるまった飲料を、ユーセリアは一気に喉に流し込む。
前世より過去だ、ユーセリアを縛るのは。
もし、あんなことがなければ……
「-ーユーセリア?」
アミュルダに名を呼ばれ、ユーセリアは我に返った。
「あ、ごめんごめん、で、何?」
四肢機械が話を促すと、
「別にどうもしないわ。わたしにはもうどうでもいいし」
アンドロイドは新聞を端に寄せた。丁寧に畳んで。
「そもそもわたしに前世やら転生やらは存在しないし、それでいいのよ」
アミュルダは唇に妖艶さを刷くと、組んだ両手に顎を乗せて、
「あのね、ユーセリア。知っているかしら? 人間にとっての頭脳と精神にあたる部分。わたしのはネオAIと呼ばれているけど、それ“リニューアル”って意味があるのよ」
リニューアル。意味は更新、再生、復活。
「なるほど~、でも“グロース”もこめられていると思うな~」
ユーセリアは軽やかにしゃべった。願望を多大にこめて。
グロース。すなわち成長。
生物に使用し、順調に時が流れること前提だと、サイボーグは信じているから。




