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ハシラビト和合同盟

マオのシンデレラ

作者: 回天 要人

ハシラビト和合同盟、崩壊。~恋愛戦線編~をお読みいただくとキャストがわかりやすいです。

 むかし、むかしのことでした…。


「それじゃあ、行ってくるわね」


 シンデレラにそう告げたのは継母の女だった。歳の頃は三十路を少しばかり過ぎたところで、シンデレラとは15ほどしか離れていない。母というより歳の離れた姉か叔母に近いのである。継母の職業は脳科学者で、時に雑誌へ寄稿したりインタビューに答えたりしているというから、それなりに学者としての地位を築いているのかもしれなかった。しかしこの母は口が軽く、おせっかいで困り者だ。シンデレラはこの母にだけは秘密を告げてはならないと肝に銘じている。話せば町中にふれまわるに違いないからだ。

しかし悪いことに、シンデレラの義理の姉に秘密がばれ、継母にまでその秘密が知れてしまった。


「掃除に洗濯、ついでに車、磨いといてね」


 シンデレラの義理の姉はやけに背の高い爽やかな女だった。常に笑みをたたえてはいるのだが、目つきがきつく、笑っていないと睨まれている心地すらする。シンデレラをからかって遊ぶのが趣味で、継母と同じく口が軽い。男をとっかえひっかえすることも遊びのうちで、恋人となった男性はもれなく切ない思いをした。いわく、本命はすでに天に召され、天使となって時折夢に出てくるという。案外夢見がちな一面も持つが、彼女の職業は教師であり、普段は子供を相手に教鞭をとっている。今年で26歳、花の盛りであった。


「王子さまの写真は、ばっちり撮ってきてあげるからね」


 継母の子は二人だった。義理の姉のうち、シンデレラに歳の近い姉は上の姉に比べるととても子供っぽい少女だった。好奇心旺盛でほどよく礼儀を知らず、誰とでも仲良くなれるのだが、不器用なのが玉に傷だ。彼女の言う写真というのも綺麗に撮れたためしがなく、いつもピンボケで役になど立たない。はっきり言えば現像代がかかるだけで迷惑である。


「………わかりました」


 三者から視線をそらし、不機嫌にシンデレラは答えた。つぎはぎだらけのドレスはサイズが合わないのか肩が窮屈である。それというのもシンデレラは身長180前後の大女で、並の服や靴は身体に合わない。だからといって新しい衣服を買いに行く暇もない。継母や義理の姉たちに毎日こき使われているからだ。今日のように用事や留守番を言いつけられるのにはもう慣れたものだったが、今日だけは少し、普段とわけが違った。


「なーに、シンデレラ。何か不満?」


 上の姉がシンデレラの態度を見咎めて詰め寄った。大女のシンデレラ以上に大女の姉は、詰め寄ると威圧感を感じて仕方がなかった。シンデレラは無意識のうちに後ずさり、小さく「何も」とだけ答えた。この姉は苦手なのである。

 しかし、実際のところシンデレラの不満など、姉にはお見通しだった。というのも、この姉が最もよくシンデレラの秘密を知りえていたからだ。


「王子さまとのダンスパーティー…残念だったわね」


 これ見よがしに言う姉に、シンデレラは眉根を寄せた。

 シンデレラの秘密とは、シンデレラがひそかにこの町の王子さまへ恋心を抱いていると言うことだ。それは密かな恋心で、本人ですらつい最近まで気付かずにいた恋だった。シンデレラはとても色恋に疎く、鈍感なのである。

 今日はその王子さまが催すお城でのダンスパーティーの日だ。招待状は町の女性全員に配られたのだが、シンデレラは招待状をもらっても、パーティーには出席できなかった。綺麗なドレスがなかったのである。

 こうして、母と姉たちは出かけて行き、一人留守番となったシンデレラだった。


「……」


 自分はボロを着て家事か、そう思うと気が滅入る。気が滅入るとカメラを提げて町へ写真を撮りに行くのがシンデレラの常であり、そうして家事をサボるとまた姉にいじめられたりするのだが、今回はそれもかなわない。下の姉がシンデレラのカメラをお城へ持っていってしまったのだ。王子の写真を撮るために、きっと姉は親切心でしてくれているのだろうけれど、如何せん姉の写真はへたくそで目も当てられない…。

 唯一の趣味であるカメラも奪われ、家事をするしかないかと思い、バケツと雑巾を手にしたシンデレラだったが、


「やぁ、シンデレラ。お城へ行きたいかい?」


 黒いローブを身にまとい、とんがり帽子をかぶった魔法使いに、声をかけられた。いつの間に家の中へ入ったのだろう。


「行きたくても、ドレスがない…」


 小柄な魔法使いにシンデレラは告げた。魔法使いはふわふわの茶色の髪に青い目、真っ白い肌で、男か女か判断が付きかねた。魔法使いというものは不思議でどちらかといえば悪魔や魔物と近しくあるように思えるけれど、目の前に居る魔法使いは全くの真逆で、金の輪が頭の上にないのが不思議なくらいだった。まぶしくて、思わず目をしかめてしまう。


「いいでしょう。王子さまもシンデレラの到着を待っているはずです…ついでに馬車も用意してあげましょう」


 言うなり魔法使いは右腕を差し出した。何をするのかと思いきや、右の手の平にまばゆい光の柱が一本立ったのである。これが魔法というものか、初めて見たシンデレラは驚きに目を丸くする。

 光に目を奪われているうちに、シンデレラが着ていたボロは煌びやかでサイズもぴったり合った金色のドレスに変貌し、テーブルの上に置いてあった今晩のおかずになる予定のかぼちゃは一人でに玄関を転げ、道で白い馬車に代わり、床を動き回っていた無表情の鼠は馬に代わった。


「さぁ、これでダンスパーティーへ参加できるね。12時になったら魔法は解けてしまうから、それまでに帰ってくるんだよ」


 ニコリと微笑んだ魔法使いは戸惑うシンデレラの大きな背を押し、玄関から無理やり追い出した。


「家事は僕がやってあげるから、安心して」

「はぁ…」


 わけのわからぬままシンデレラは馬車に乗り、魔法使いは笑顔で手を振り見送った。


「ここが城か…」


 程なくしてお城へたどり着いたシンデレラは、その大きさを前に驚きを隠せずに居た。広い堀、立派な門構え、何重の塔だろう、雲に隠れて全貌が見えない。灯篭の明かりが無数にあり、夜だというのにまばゆかった。しかし金のドレスで入るには少々ためらいを伴う。この城は立派な和風建築だからだ。文明開化、明治を思えばそれほど違和感ではないのかも知れないが。

 柳の木を横目に門をくぐると、松の木が生えた庭園が見えた。玉砂利が敷き詰められていて、石灯篭に火が灯っている。石畳をしばらく歩くと、長い階段が見えた。その上がダンスパーティーの会場なのか、女たちの声が聞こえてくる。


「王子さまだわ…!」


 女の誰かがそう叫んだ。シンデレラが丁度階段を上がったとき、裃に袴、丁髷結い、日の丸の扇子を持った殿、いや、王子さまが姿を現した。歳は今年で24、ハイカラな眼鏡をかけ、すり足で会場の上座に鎮座した。顔立ちはどちらかといえば愛らしく可愛いという形容が似合う。ふてくされたような顔をして「今夜はお集まりいただき、誠にありがとうございます」とありきたりでそっけない口上を述べた。その隣で、側近の侍は不機嫌そうに腕を組み、女たちを睨んでいた。しかし随分身長の小さい侍だ。これで護衛できるのかと疑問に思う。


「王子さま、わたしと踊っていただけますか…?」


 早速名乗り出たのは見知った顔だった。シンデレラの義理の姉、上の姉であった。

 シンデレラはハラハラしながら動向を見守った。上の姉に王子が惚れでもしたならば、必ず悲惨なことになるに決まっている。


「ええ、喜んで」


 王子は感情のこもらない声で返事をし、立ち上がる。姉は王子の手を取ってエスコートし始めた。リードしているのは姉の方で、王子はどうやらステップがわからないらしく、おぼつかない足取りで手を引かれるがままに動いているだけだった。それでも一向に構わないという感じで、姉は笑みをたたえ、王子を振り回している。踊りというのか、ただ会場内を動き回っていたというのか、数分間二人は踊ると、別の女が王子の手を取った。


「………さて、どうするか」


 シンデレラは思案する。一体どうやって声をかけようか。このままでは人波に流されてなにも出来ない。他の女より頭一つ出ているシンデレラは、周りをうろちょろする女たちを見下ろしながら、女に埋もれている王子を見た。

 するとなんと言うことだろう、王子とシンデレラの目線があった。眼鏡の奥で瞳が揺れている。心なしか頬が紅潮した王子は、あろうことか、今まさに踊っている女の手を振り払い、人波を掻き分けて、シンデレラの元へ駆け寄った。


「……あなたの、名は?」


 王子が問うた。シンデレラの方が背が高いので、王子はシンデレラを見上げていた。


「シンデレラ」

「シンデレラ…なんと美しい…」


 王子は呟き、シンデレラの手を取った。


「わたしと踊ってください、シンデレラ」


 シンデレラは王子の手を握り返し、返事をした。が、城のどこかで時を知らせる鐘が鳴った。真夜中の12時だ。

 まずい、魔法使いが言っていた魔法が解ける時間だ。


「悪い…帰らないと」

「待ってくれ、シンデレラ!」


 シンデレラは急いで階段を駆け下りた。王子はすり足で追ってくる。


「あっ」


 焦ったシンデレラの足からは硝子の靴が脱げ、階段にコロンと転がった。しかし、それを拾っている暇はなかった。無表情の馬がヒヒンと鳴いて、シンデレラをせかしている。

 シンデレラは階段を二段飛ばしで駆け下り、馬車に飛び乗った。


「シンデレラ…!」


 王子の叫びは女たちの声に掻き消えた。馬車の音はざわめきから遠ざかり、姿は闇に紛れて、行方が知れなかった。

 後日、シンデレラがいつものように家の掃除、洗濯、姉の車を磨き終わり、掃除用具を片付けていると、


「この靴の持ち主、シンデレラを探している」


 王子の側近がシンデレラの家へやってきた。相変わらず不機嫌そうに、大きな硝子の靴を差し出した。


「まぁ、大きな靴ねぇ」


 そう答えたのは継母だ。しかし、継母は思い当たったとばかりに顔を煌かせ、上の娘を呼んだ。


「この子ならきっとぴたりと合うでしょう」


 確かに、大女の姉ならば、サイズが合うかもしれなかった。

 姉はうきうきした様子で、硝子の靴へ足を入れた。


「お母さま、合わないわ」


 あからさまに舌打ちをして姉が言った。「シンデレラを探しているのだから、まず先にシンデレラを呼べばいいのに」と言ったのは下の姉である。仕方がないので母はシンデレラを呼びつけた。


「この子はダンスパーティーへ参加しなかったのだけど」


 母は会場でシンデレラの姿を見つけなかったようだった。ボロを着たみすぼらしいシンデレラが側近の前へ出る。硝子の靴を前にして、緊張した面持ちで足を伸ばす。サイズが合わないことはありえないのだが、もしもを考えて心臓が高鳴る。


「合ったわ!この靴はシンデレラのものよ!」


 声高に叫んだのは下の姉だ。驚きに目を丸くする母と上の姉、そして側近はシンデレラを見つめた。


「……で、どうするんだ?」


 シンデレラは靴が合ったことにほっとしたのか、やけに冷静に側近へ尋ねた。


「………靴の持ち主と、王子は結婚する」

「結婚ですって!」


 異を唱えたのは上の姉だ。たいして王子に興味もないくせに、とんでもないとばかりに声を荒げた。


「結婚…」


 シンデレラはその単語を口にして目を伏せた。夢ではないかと思ってしまう。


「……」


 側近の顔は浮かない。シンデレラの足に光る硝子の靴を前に、腕を組んだ。


「では、このことを報告しに城へ帰る」


 靴はシンデレラの元に残されたまま、側近は家を後にした。



  *



「居たか?」


 城へ帰ってきた側近に気付き、王子はそう尋ねた。


「残念ながら見つかりません」


 側近は躊躇いもなく首を横に振った。


「そうか…やはりあれは、わたしの見間違いだったのか…」

「ええ、きっとそうに違いないでしょう」


 肩を落とした王子は、もう忘れようと頭を振った。

 かくして、シンデレラが城に呼び出されることもなく、問い合わせの電話がかかってきても側近が取ることはなく、王子とシンデレラは二度と面会することが叶わなかったのでした…。


 めでたし、めでたし…(まて)

キャストはシンデレラ・アイオくん、継母・泉原さん、上の姉・キマリ兄、下の姉・国松エリカ、魔法使い・キマリ、王子・小笠原、側近・吾妻少年、ねずみ・笠馬でした。

シンデレラ好きの方ごめんなさい…。

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