第一話 夢に出てきた女
あなたには大切な人がいますか?
8月23日の早朝、小さな島に朝日が昇り始めた。高校二年の夏休みも終わりに差し掛かってきたところ、俺の目の前に急に「 」が現れた。「なんでいるんだ?」と話しかけようにも言葉が伝わらないし、「 」の声もうまく聞き取れない。でも何かを喋っていることは確かだった。コミュニケーションができないことに頭を悩ませていると、白い靄のようなものに包まれていて姿がはっきりしていないことに気が付いた。これが何故すぐに人だとわかったのか、そして何故「 」だと確信したのか。それがわかるようになったのは、きっと五年前のあの日がきっかけだ。
気が付くとそこには、いつもの自分の部屋があった。二階の角部屋、そして六畳の和室、狭くも広くもないこの場所で、俺は一度死のうとしたことがある。それは五年前、俺の唯一の友達だった幼馴染が、神社の石段から大きく転倒して、命を落としてしまったことのショックで、当時小学六年生だった俺は、翌日の夜に部屋の窓から飛び降りて自殺しようとした。しかし、高さが足りなかったのか、結果はかすり傷程度、家族にも近所の人にもまったく知られることのない、静かな自殺未遂に終わった。そして今日の夢に出てきた「 」はあの時死んだ幼馴染だと俺はすぐに気づくことができた。あいつが何を伝えようとしているのかも、なんで今更夢の中に出てきたのかもわからない。そんな疑問を持ちつつ、俺の心は静かに動き出した。
「いぶきー朝飯だぞー、降りてこーい」
下の台所から父さんの声が聞こえる。「はーい」と気の抜けた声で返事をして、おもむろに階段を降り、朝食を食べる。父さんと他愛もない会話をしながらも、頭の中では何故、夢の中にあいつが現れたのかを考えていた。
「あいつが俺に会いに来ようとしたから?」
「俺の記憶の中のあいつが出てきただけ?」
色々な考察が駆け巡り、考え出すとキリがない。しかし、どちらにしてもこのタイミングで夢に現れたことには必ず意味があるのではないかということだけは推測できた。食べ終わって、小さな町の中をあてもなく歩き回っているとすっかり夜になっていた。あの出来事を思い返しても、もう死にたくなる衝動には駆られない。だから寝る前に、俺はもう一度あの出来事を深く思い返した。
五年前の夏休み、俺はあいつ、いや...かなでと一緒に神社の夏祭りに来ていた。金魚掬いをしたり、綿あめを食べたり、花火を見たり、何をするにも俺の隣には必ずかなでがいた。好きだったわけではないと思う、でもかなでが傍にいると安心するようになっていた。そんな心の現れだろうか、夏祭りの帰りに大きく長い、神社の石段を二人で降りている時だった。
「楽しかったから来年も絶対に行こうね!」
そういうかなでに、俺が「当たり前だろ!」と背中を叩いた。ほんの軽い気持ちだった。身体の小さいかなでは、大きくバランスを崩して、勢いよく石段から転落してしまった。かなでが滑り落ちていく姿が今でも鮮明に思い出せる。落ちていったかなでを追いかけて、鳥居の下で血を流していたかなでには、既に意識はなかった。偶然通りかかった若い夫婦に向かって叫んだ。
「救急車を呼んでください!!」
救急車が来るまでの時間は人生で一番苦痛だった。その後に来た救急車の中で、俺は何度もかなでの名前を叫んだ。気づけば病院につき、その時は命に別状はないと言われて安心していた。でも、お見舞いをするうち、突然の容態の悪化でかなでは数日後に息を引き取ってしまった。
思い出すと胸が締め付けられる。でもこれが、俺が覚えている五年前の出来事だ。今日は起きる前からかなでが目の前に現れてきたので、一日中かなでのことで頭がいっぱいになってしまった。
失う日は、すぐそこにあるのかもしれません。




