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7  作者: りな


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5/11

私を繋げるもの

中学生になると、

私は祖父母の家から学校へ通う日が増えた。


義母と顔を合わせることは減った。

物理的な距離は、確かにできた。


けれど、

心の中では何も変わらなかった。


義母の声は、

壁も距離も関係なく、

私の中に入り込んでいた。


何か失敗するたび、

胸の奥で、あの声がする。


――お前のせいだ。

――ちゃんとしろ。

――いなくなれ。


祖父母の家は、静かで、温かかった。

食卓には湯気が立ち、

夜には「おやすみ」と声をかけられる。


それなのに私は、

安心の中で、

ずっと息が浅かった。


理由のない不安。

説明できない罪悪感。


ここにいてはいけない。

私なんかが、

この場所に馴染んではいけない。


そんな感覚を抱えたまま、

私は毎日を過ごしていた。


そんなある日、

クラスで あかり と話すようになった。


あかりは、

どこか疲れた目をしていた。


明るく振る舞うけれど、

ふとした瞬間に、

すべてを諦めたような顔になる。


両親が離婚していて、

母親と二人で暮らしていると言っていた。


「家ってさ、

安心できる場所だって言うけど、

そうじゃない家もあるよね」


その言葉に、

私は何も返せなかった。


でも、

初めて「わかる」と思った。


放課後、

誰もいない教室で、

あかりは静かに続けた。


「どうしても苦しいとき、

私はね、

痛みで自分を現実に戻すんだ」


怖いはずの言葉なのに、

妙に、しっくりきた。


ずっと、

自分がここにいる感覚がなかった。


心が宙に浮いて、

どこにも掴まれない感じ。


最初は、

本当に怖かった。


それでも、

どうしようもなく追い詰められた夜、

私はその方法を思い出してしまった。


一瞬、

世界が静かになる。


手首から鈍い痛みと

うっすらと赤い血が浮かび上がる


頭の中の声が止まり、

呼吸が、深く入ってくる。


「生きてる」


それは、

痛みというより、

確認だった。


私は、

まだここにいる。


その感覚が、

次第に癖になっていった。


苦しくなると、

身体が先に反応する。


考える前に、

衝動が動く。


発作のようだった。


浅い傷が無数に増えていく

体育はジャージを着ればよかった

夏は湿布やテーピングで隠した

部活をしているから怪しまれる事は

ほとんどなかった


深く切りすぎて血が止まらない事もあった

ポタポタと指先から垂れていく赤い点に

少しだけ焦ってしまった。


別に死ぬつもりで切っていなかった

だけど

切らないと本当に死んでしまいそうだった


見つかってもいいと、

心のどこかで思っていた。


罰を受ければ、

この苦しさに

意味が与えられる気がしたから。


義母に知られたとき、

すべてが崩れた。


怒鳴られ、

蹴られ、

包丁を突きつけられた。


「死ねよ」


その瞬間、

不思議と涙は出なかった。


恐怖よりも先に、

頭の中がひどく静かになった。


心の中で、

私は冷静に思っていた。


――それで刺せばいい。

――そうすれば、全部終わる。


めちゃくちゃになればいい。

壊れてしまえばいい。


そうすれば、

きっと後悔するだろう。


その考えが浮かんだ瞬間、

義母の動きが、ほんの一瞬止まった。


怯んだように見えた。


私が、

ただ耐えるだけの存在ではないと、

初めて示してしまったからだと思う。


声を荒げたわけでも、

言い返したわけでもない。


ただ、

目を逸らさずに立っていた。


それだけだった。


それが、

私が義母に反発したような態度を取った、

最初で最後の出来事だった。


このままじゃ、

本当に死ぬかもしれない。


そんな予感だけが、

はっきりとあった。


そのとき、

私を現実につなぎ止めたのが 杏樹 だった。


杏樹とは、

小学生の頃からの友達だった。


両親が離婚していて、

父方の祖父母と暮らしている。


家庭の形が、

どこか似ていた。


言葉にしなくても、

わかることが多かった。


転校する前の学校では、

同じクラスで、

放課後はよく一緒に帰った。


誰かの家族の話になると、

自然と視線を交わして、

話題を変える。


そういう沈黙が、

心地よかった。


杏樹には、

話せた。


全部じゃないけれど、

「苦しい」という気持ちを、

否定されずに出せた。


杏樹も、

自分の話をしてくれた。


祖父母の期待。

父親への複雑な感情。

「いい子」でいなければならない重さ。


私たちは、

お互いの苦しみを、

背負い合うように支えていた。


杏樹は、

無理に答えを出そうとしなかった。


「それ、しんどいね」

「わかる気がする」


その言葉だけで、

私は救われた。


理解できないことを、

理解できないまま、

そばに置いてくれる人。


杏樹は、

そういう存在だった。


一緒に笑うときも、

黙っているときも、

私は一人じゃなかった。


生きたいとは、

まだ思えなかった。


それでも、

死にたい衝動の中で、

踏みとどまれる理由が、

一つだけあった。


それが、

杏樹だった。


この頃の私は、

まだ壊れかけていた。


それでも、

誰かと苦しみを分け合えることで、

かろうじて、

この世界に留まっていた。


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