誓い
子どもを抱いていると、
ときどき、不思議な気持ちになる。
こんなにも小さくて、
こんなにも柔らかくて、
こんなにも愛おしい。
泣けば、抱きしめられると信じている。
呼べば、応えてもらえると信じている。
その信頼の重さを、
私は毎日、腕の中で感じている。
夜、寝息を立てる顔を見ながら、
ふと思う。
私は、
この子の前では、
消えたいと思わなくなった。
いなくなりたい夜も、
終わらせたくなる衝動も、
この子が生まれてから、
私の中から姿を消した。
代わりに残ったのは、
怖さだった。
もし、この手を離してしまったら。
もし、あの頃の自分みたいに、
独りにしてしまったら。
だから私は、
何度も確かめる。
大丈夫。
ここにいる。
私は、あなたの味方だ。
声に出して、
伝える。
泣いてもいい。
怒ってもいい。
あなたは、ここにいていい。
それは、
この子に向けた言葉であり、
同時に、
過去の私に向けた言葉でもあった。
杏樹のことを、
忘れたわけじゃない。
今も、
ふとした瞬間に思い出す。
公園でびしょ濡れになった夏。
夜中に抜け出した道。
カラオケで朝を迎えた日。
杏樹は、
私の中で、
生き続けている。
義母との日々も、
胸の奥に沈めたままだ。
消えない。
なかったことにはならない。
それでも私は、
ここにいる。
過去を抱えたまま、
未来に手を伸ばしている。
私は、
母になった。
完璧じゃない。
強くもない。
それでも、
この手だけは、
離さない。
あの日、
誰かにしてほしかったことを、
私は今、
この腕の中で繰り返している。
それでいいと、
今は思える。
生きることは、
特別な意味を持たなくてもいい。
ただ、
守りたいものがある。
それだけで、
十分だった。
私は、
今日もこの子を抱いている。
確かな重さと、
確かな温もりを、
胸に感じながら。
――この手を、
絶対に、
離さない。




