カッコウの子供
物心がついたとき、私の手を引いていたのは、母ではなかった。
それが特別なことだとは、その頃の私は知らなかった。
大人というのは皆、同じように私の前に現れて、同じように去っていく存在だと思っていた。
二歳の頃に、両親は離婚した。
その事実は、誰かからきちんと説明されたことはなく、当時の私は理解すらしていなかった。
ただ、気づいたときには、私の生活には母という存在がいなかった。
写真の中の私は、幸せそうに笑っている。
家族写真のようで、でも家族が統一されていない写真たち。
抱っこしている人が違ったり、背景の家が違ったりする。
そこには、さまざまな家族の中を行き来する私の姿が残されていた。
父方に預けられた私は、しばらくのあいだ、親戚の家を転々とした。
曽祖母の家では、孫としてとても可愛がってもらった。
小さな背中におんぶされて、昔話を聞かせてもらった記憶がある。
大叔父の家では、兄と姉がいて、私は末っ子として育ててもらった。
一緒に遊び、叱られ、守られていた。
どの家でも、私は可愛がられていたと思う。
「奈々は本当に可愛いね」
そう言われると、胸の奥がふっと軽くなった。
抱きしめてもらえるのが嬉しかった。
頭を撫でてもらえると、体の力が抜けた。
私は、愛されていると思っていた。
だから、その家を離れるときは、いつも少しだけ胸が痛んだ。
でも、それを言葉にすることはなかった。
泣いたら困らせてしまう気がしたから。
父はいつも忙しそうだった。
仕事の帰りは遅く、帰ってきても疲れた顔をしていた。
それでも、私の前では怒らなかった。
必要以上に話しかけることも、抱きしめることもなかったけれど、
そこに「いない」わけではなかった。
小学校に上がる頃、私と父は祖父母の家で暮らすことになった。
古い木造の家で、廊下を歩くと床が軋んだ。
冬は隙間風が冷たく、夏は扇風機の音がうるさかった。
それでも、その家には人の気配があった。
祖父の咳払い。
祖母の鍋をかき混ぜる音。
叔母や叔父の笑い声。
私は祖母を「ママ」と呼んでいた。
最初にそう呼んだ日のことは、はっきり覚えていない。
気づいたら、口からその言葉がこぼれていた。
祖母は一瞬だけ驚いた顔をして、それから私を抱きしめた。
「いいよ」と、優しく言った。
その腕の中は、あたたかかった。
胸に耳を当てると、ゆっくりとした心臓の音が聞こえた。
私はそこが、自分の居場所だと信じた。
父はあまり家にいなかったけれど、
一緒に寝る日もあった。
夜、布団に入ると、父の服の匂いがした。
少し汗と洗剤が混じった匂い。
私はその匂いが好きだった。
学校では、普通の子として過ごしていた。
友達と遊び、給食を残し、帰り道に寄り道をする。
ただ、時々、小さな違和感があった。
授業参観の日、教室の後ろに並ぶ「お母さんたち」の中に、ママはいなかった。
代わりに来るのは、祖母だった。
「おばあちゃん?」
そう聞かれるたびに、私は笑って誤魔化した。
胸の奥が、少しだけきゅっとなったけれど、
それを見せないように笑った。
小学三年生のある日、友達が何気なく言った。
「お母さんって、いないと寂しくない?」
その言葉は、私の中で音もなく沈んだ。
答えが、わからなかった。
家に帰って、私は台所に立つ祖母の背中を見つめた。
湯気の向こうで、いつもと同じ背中なのに、急に遠く感じた。
その夜、布団の中で、私は初めて考えた。
どうして、私にはお母さんがいないんだろう。
答えは、驚くほど簡単だった。
――捨てられたんだ。
母親にとって、私はいらなかったんだ。
もう二度と捨てられたくない。
そんな恐怖を、私は知ってしまった。
それでも、祖父母には素直にわがままも言えたし、甘えることもできた。
私の家族は、ちゃんとここにある。
ママはいなくても。
寂しくなんか、ない。
そう言い聞かせながら、
私は今日も誰かのそばにくっついて眠った。
これは、ちゃんと愛なんだと、信じながら。




