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私の友達に落ちこぼれ魔法使いなんていらないーーそう思っていた

作者: 蒼久保 龍
掲載日:2026/01/04

 1 


 精神的優越は、肉体的優越を超える。

 それは、私が奴隷だった頃に学んだ事だ。

 精神的に屈服すれば、どれだけ肉体的に勝っていても、人は拘束されていると錯覚する。


「その程度の実力で、私に喧嘩を売るなんて、あなたの師匠の顔を見てみたいわ」


 私は喧嘩を売ってきた光線の魔法使いアリスに対し、はっきりと言い切った。


 古びた魔法使い候補生の学び舎、その中庭の芝の上。

 

 まったく、朝一から喧嘩を売るのは勘弁してほしいが……。


 目の前のアリスは、珍しく一瞬、しょんぼりした顔を見せる。


 あれ、言いすぎたかしら……。


 脳裏に後悔がよぎるものの、私は心を鬼にする。


 正直、彼女は強い魔法使い。


 だが、私よりは弱い。


 褒めるような真似はすべきでない。

 相手に舐められることは、すなわち、相手に負けたと同義。


「ちょっとクロエ、それは言い過ぎじゃない」


 隣から、同じグループの魔法使い、トウコが口を挟んでくる。


「言い過ぎ? トウコは甘すぎ。てか、あなたが戦う? アリスにくらいトウコでも勝てるでしょ」


 私はアリスから視線を切って言う。


 普段同じグループで過ごしている皆がいじめられないためにも、このように振る舞うべきだ。


 相手に舐められないこと、身近な人を不幸にしないこと。

 

 この二つが達成されるのであれば、私を不幸にしようとする人間の嫌われ者になっても良い。


 それで、私の味方が幸せになれるのであれば、それで良い。


「……クロエ! お師匠様まで侮辱するなんて、ぜーったいに許さない! 首を洗って待ってなさい!」


 魔法使い候補生の制服である、黒色の無地のワンピースを着た、金髪ロングヘアーのアリスは、頬に土汚れを付け走り去っていく。


 あの子はいつも、懲りずに私に喧嘩を売っては負けている。


 正直、そういう人間が一番怖いから、いつも私には一生勝てないと言い切っている。


 どうすれば諦めてくれるのか。


 ちらりと後ろを見る。

 トウコが私のことを睨んでいる。これはまた、陰で悪口を言われるパターンだ。


「ま、行きましょう。邪魔はいなくなったことだし」


 私はそう言うと、後ろにトウコを含む5名を従えて中庭向こうの学舎へ向かった。


 2


 教室に到着すると、私は椅子についた。

 私のグループの周囲の皆は、教室についてもワイワイとおしゃべりをしているが、私は一人、すぐに講義の準備を始める。


 知識を得られることは、幸せなことだ。

 私は魔法使いの里に来るまで、誰かに物を教えてもらうことが無かった。

 だから、言葉は奴隷が使うような、訛り放題だったし、素手で食事を取るなど所作も散々だった。


 直属のお師匠様である、滑空の魔法使いさまのおかげで、なんとか誰にもバレずに過ごしている。


 教科書の準備を進める。

 今日の講義は……、結界基礎学が二時間続く曜日だ。

 噂によると結界術は全然流行っていないから勉強をする必要もないと言う。

 それなのに、どうして詠唱術の講義と同じ時間を割くのか、いつも疑問だ。


 カランカランと、鐘の音が外で響く。


 講義の始まる時間の鐘だ。

 それとほぼ同時に、師範代が扉をくぐって入って来る。


「はい、それでは結界基礎――」


 と、そこまで師範代が言ったところで――。



 ガタンッ!



 扉の開く音が響く。


 皆は音の方を見るが、私は何が起こったか予測が付いているのでそちらを見ない。


「すいません! 遅刻してないですか!?」


 私の隣の席にその声の主が座る。


「また遅刻寸前じゃん」

「落ちこぼれなのに、迷惑かけないでよ」


 教室中から声が響く。

 私はちらりと隣の席を見る。


 爽やかな水色の、肩ほどまでのショートカット。


 私よりもとても筋肉質な身体。

 私より小顔で、私より背は少し低い。


 容姿は私よりも綺麗だが、私よりも頭が悪いし、体術もへたくそ。さらに魔法の才能は皆無。


 なんと、決闘演習での攻撃手段が、水で作ったボールを飛ばすこと一択なのだ。


 隠し技があるのではと疑ったが、本当にその技しかないし、隠し技があるのでは? というブラフすら使わない。


 可哀そうになるくらいの落ちこぼれ。

 

 棍棒を使った棍術には定評があるらしいが、候補生の成績は純粋な体術で決まる。

 だから、同級生はみんな、なんで彼女は棍術を練習しているのか、分からない。


「水の魔法使いフィナ。次から鐘の音と同時に来たら、出席点を引きます」


「え!? すいません! これ以上減点されると、点数が……」


 教室に誰かの失笑が響く。

 落ちこぼれなら遅刻ギリギリで来るのを止めるところからやり直すべきだと思う。


 ふと、私がチラリと見ていたから、フィナと目が合う。


「ん? おはよっ」


 フィナはこちらの視線に気づくと、ニコッと笑って挨拶をしてくる。

 が、私はそれを、あえて無視した。


 私は同期の中で最も優秀な魔法使い。


 落ちこぼれ魔法使いと気安く話す必要なんてない。


 ま、もとよりこの学舎は学ぶための施設。

 友達なんて必要ないのだけど。


「よし、じゃあ今日は教科書の210ページから」


 予習もバッチリ。


 よし、集中して聞こう。


 3


 カランカラン。


 その日の講義を終え、私は帰路についていた。

 ふわふわと地面スレスレの空を飛んでの帰宅。


 お師匠様と似た魔法である、飛行魔法はとても便利だ。


 今日は久しぶりに、誰からも悪口を言われていなかった。

 ちょっぴり良い日。



 夕方、太陽が傾く時間帯だが、今日は夕焼けが出ておらず、山の向こうが曇っている。


 明日は雨が降るかもしれないなんて思いつつ、学舎から10分ほどの距離にある家の扉を開く。


「お師匠様、ただいま帰りました」


 古びた木製の扉を開くと、私の師匠である滑空の魔法使いイリヤ様は、足がカーブしていて、ゆらゆらと揺れる椅子に座っていた。


「あらクロエ。これ見て! ディテクティブチェアだって」


 本当、お師匠様は45歳だというのに、とても若い。

 サラサラした黒髪を靡かせながら、目を輝かせてゆらゆらとその椅子で遊んでいる。


「お師匠様、また家具を増やしたのですか?」


「すごいわぁ。なんか、本当に頭が良くなるような気分」


「ちなみに、それも現世の家具ですか?」


 私はお師匠様の手を引っ張り、椅子からどかして座ってみる。


 ふむ。


 ゆらゆらと揺れる椅子は、なんだか不思議な心地だ。


「そうそう! すごいでしょ!? 椅子なのに揺れるって、なんか面白くないかしら」


 現世とは、魔法使い候補生を卒業した後に向かう異世界のこと。

 魔法使い候補生は、その異世界へ修行に出て、3年間生き延びることで、始めて魔法使いとして認められるのだが……。


 その現世はなんと、私たちの世界に比べ、非常に文明が発達しているらしい。

 だから、修行帰りの魔法使いは、すっかり現世の虜になっている場合が多い。


「次はどんな家具を買おうかしら」


「お師匠様、家具はもう家から溢れています。先日買ったタンスも庭に置いてあるじゃありませんか。ご飯を買いましょう」


 私は現実的な提案をするが、イリヤ様は嫌そうな顔をする。


「えー。ご飯はすぐに無くなっちゃうじゃない」


「感動として残り続けます」


 私は即答する。

 本当、これ以上家具が増えるのは勘弁してほしい……。


 ちなみに、こんなお師匠様だが、この里の長である未来の魔女様の親友。

 若い頃、魔女様がまだ若き魔法使いだった頃、隊員として最も近くで支えていた魔法使いの一人らしい。


「そんなことしてないで、晩御飯作ってください」


 私はゆらゆら椅子で揺れながら、お師匠様に言う。


「はぁ。クロエはつれないなぁ」


 そう言うと、イリヤ様はエプロンをつけて厨房に立つ。


 イリヤ様は、私が昔、奴隷だったことを知っている。

 が、私を軽んじたりせず、愛情を持って接してくれている。


 変な家具が大量に家にあるところを差し引けば、心から尊敬している、真のお師匠様だ。


 しかし、このディテクティブチェア。

 ゆらゆらと揺れて、予想以上に心地よい。


 ディテクティブという単語の意味がわからないが、この椅子はアリ。


「あ。そういえば、3日後に現世の料理、再現レシピデーを設けようと思います」


 む。


「お師匠様、なんて言う名前の料理ですか」


 私はゆらゆら揺れる椅子に座りながら、すぐさま尋ねる。

 

「まだ言えないなぁ。明日、私が講義で出す課題をクリアしたら、振る舞う予定だから」


 意地の悪いお方だ。

 私が現世の料理に目がないと知って、こんな意地悪をされている。


 しかし、課題、か。


 イリヤ様は、師範代筆頭として里の教育周りを一任されており、魔法使い候補生の学舎で校長をされている。

 校長でありながら、魔法学の分野では教壇にも立たれている。


「本当ですか。明日の課題、楽しみに待っておきますね」


 私はディテクティブチェアでゆらゆら揺られながら、料理を作るお師匠様を眺める。


 さて、どんな料理が登場するか。


 今日の料理よりも、3日後の料理が楽しみだ。


「ほんと、クロエは食事が大好きね」


 料理をしながらイリヤ様が言う。


「イリヤ様も食事は好きですよね」


「まあ、人並みにはね」


 食事が嫌いな人なんているのだろうか。

 私たちは食べるために生きているのに。


 4


「さて、今日の魔法概論応用はここまでにします! が、今日は課題がありまーす」


 翌日の三時間目の講義。

 教壇に立つイリヤ様は予告通り、高らかに言う。


 脳裏に緊張感が走る。


 これまで、イリヤ様が課題を出すことは何度もあったが、私に食事を賭けてきたことはなかった。


 私が現世の食事に興味を持っていると知っていて、このようなことを持ちかけたのだ。


 お師匠様に試されていると、直感的にわかる。


 さて、どんな課題だ?


 お師匠様に恥をかかせないため、私は魔法学の成績はこのクラスでぶっちぎりのトップ。

 生半可な課題なら、余裕でクリアできるはず。


 ひそひそと皆が話す中、イリヤ様は高らかに言う。


「課題は、二人一組で、現世で流行りのゲームをします。明日の午後までに二人一組を作ってください。作れなかった人は、その時点で脱落ね」


 あ、このパターンはもしかして……。


「先生、課題ってもしかして、いつもの遊ぶやつですか?」


 ある生徒がそう言うと、イリヤ様はニコニコ言う。


「そう! 今回は年に一度の、真剣な遊び、今回は二人三脚と呼ばれる遊びをしてもらいます。遊びの概要は秘密。言葉からなにが起こるかを予想して、ペアの相手を決めてね」


 一気に、教室の雰囲気が和やかになる。

 イリヤ様の講義では、3ヶ月に一回程度のペースで、遊びをする時間を設ける。


 この間は二組に分かれて綱引きと呼ばれる現世の遊びをした。


「じゃ、二人一組を作っててね! 以上でーす」


 はぁ。

 何かと思えば、心配して損した。

 適当に誰かを誘って、当日に向けて本気を出せば良い。

 

 しかし、二人三脚。


 二人と三つの足。


 ……全く見当がつかない。


 鐘が鳴ると、みんな一斉に二人一組の相手を探し出す。


 ま、遊びの内容の見当もつかないし、同じグループの誰かを誘えばいいでしょう。


 私はすでに集まっていたトウコを含める4人の元へ向かい、話を始める。


 が。


「クロエが一番顔が広そうだから、ね」


「うんうん。クロエは成績一番だし、誰か組んでくれるよ」


 四人は口々にそう言う。

 まあ、こうなることは少し予想できた。


 5人グループで2人組を作ろうとしたとき、一番優秀な私が他をあたると言う流れになるだろう。


 成績が決まるような試験なら、トウコが私をすがってくるだろうが、今回のはただの遊びだ。


「分かった。私は他をあたるわ」


 そう言って、他の人に声をかけていく。


 が……。


「ごめん、すでに他の人にお願いしちゃった」


「ごめーん。さっきペア作ったの」


「ごめんごめん。でも、クロエなら他に見つかるでしょ?」


 3人連続で振られ、その休憩時間は終わってしまった。

 みんな、口を揃えて謝るが、これは社交辞令の謝罪だった。


 それぞれに対し、謝るなら、私とペアを組んで、と言ったが、みんなそこまではしてくれない。


 つまり、当人はそれを悪いと思っていないと言うことだ。


 結局、学舎での友人関係なんて、家族とは違う。


 表面上の人間関係ばかり。

 心を許せる他人なんて、この里ではお師匠様だけだ。


 なんて、言い訳をしている場合でもない。


 私はお師匠様の顔に泥を塗るわけにはいかないし、何よりも、現世の食事が私を待っている。


 誰かしら、1人くらいは見つかるだろう。


 次の講義終了後、改めて何人かに声をかけてみよう。


 5


 ……だめだ。


 誰に声をかけても、ペアを組んでいる人は見つからない。

 このクラス、三組は、他の2クラスに比べ成績の悪い子が多い。

 というのも、クラス分けでは一組が優秀、二組が平凡、三組が問題児だと噂されているのだ。


 そんなクラスで、私だけが成績も優秀で体術も上手いから、ぶっちぎりのトップを取り続けている。


 本当、なんで私がこのクラスになったのか。


 そんなことを思いながら、私は廊下の陰に隠れ、タンと、足を一度踏む。


 幻影魔法、バニッシュサイト。


 心の中でそう呟き、校舎の中を歩き出す。

 さーてと、今日は誰が私の悪口を言っているだろうか。


 と、思った矢先、廊下を歩き出した私の隣を、落ちこぼれ魔法使いのフィナが駆けていく。


「すいません! 私とペアになってくれませんか?」


 フィナは私を完全に通り過ぎて、廊下を歩いていた二人組の魔法使いに声をかけた。


 私は幻影魔法で自分の姿を消しているから、スルーされて当然。

 だが、このクラスでダントツの落ちこぼれであるフィナも、ペアが見つかっていないらしい。


「私、もうペアがいるから」


「私もー」


 フィナは廊下で二人の魔法使いに、かなり冷たくあしらわれていた。

 が、諦めずに頭を下げる。


「私、その、もう点数落とせなくって! イリヤ様は遊びでも点数つけてるって言うから、その、友達とか誰か、探している人ーー」


 すがるようにそう言った彼女に対し、二人の魔法使いは背を向けて歩き出す。

 完全に、フィナを無視しようとしている。


 それもそうだ。


 水の魔法使いフィナは誰よりも落ちこぼれなのに、この里の長であり、最強の存在である未来の魔女様のお気に入り。


 正直、私だってフィナのことは気に入らない。


 普通なら、魔法使い候補生であることすらも怪しいレベルの実力なのに、講義は毎日遅刻するし、努力しているそぶりも一切ない。


「お願い!」


 フィナは魔法使い2人の前に回り込んで頭を下げる。


「うざっ」


「馬鹿が移るから近寄らないで」


 と、吐き捨てるように言われていた。


 フィナは頭を下げたまま固まっており、その隣を二人の魔法使いが歩き去っていく。


 あんなに言われて、悔しくないのだろうか。

 私なら、血反吐を吐くほど努力して、全員ぶっ潰してやろうと思うものだが。


 だから、私はフィナが気に入らない。


 が、同時に私には関係のない話だ。


 魔法使いとしての私の友達に、落ちこぼれ魔法使いなんて不要なのだから。


 6


 姿を消したまま、私はフィナの横を通り過ぎて、自分の教室へ向かう。

 教室の扉は閉まっていたが、窓は空いていた。


 さて、今日も私の悪口を聞くとしよう。


 教室と廊下の壁に体重を預け、窓の中で話している声を盗み聞きするのは、私の日課だった。


 魔法使いになってから、ずっと私はこんなことを繰り返している。

 最初はお師匠様に、次は同級生に。


 聞き耳を立てていると、10分ほど、私の話題は全く出なかった。


 少し嬉しくなる。

 一昨日まで、毎日のように私は悪口を言われていたのに、昨日はまるで悪口を言われなかった。


 私は懐から小さな手帖を取り出す。

 この手帖には、友達の特徴や性格、何が好きで何が嫌いかを記している。

 決して誰にも見られるわけにはいかない手帖だ。


 私はその手帖をぎゅっと両手で握りしめる。


 と、その時だった。


「てかさー、今日のクロエマジで面白かったよね」


 一人の魔法使いがそんなことを言う。

 この声は……、いつも私のグループに属している子。

 私は思わず窓から部屋の中を見る。

 と、今日はやけに人数が多い。

 同じグループのメンバーが全員いるし、他にも8、9人。


 皆、クラスの中では気が強いタイプの女の子ばかり。


「明日、何人に声をかけると思う?」


「10人くらい?」


「はは、私、声をかけてるところ見たら笑っちゃうかも」


 いつもの会話とは毛色が違う。

 まるで、何かを企んでいるような……。


「でも、皆んな本当に乗っかってくれるなんて」


 私のグループで、私の一番近くにいるトウコは、ニヤリと笑ってそう言った。


 乗っかる?


 ……もしかして。


 私が察した瞬間、他の魔法使いが言う。


「トウコが言わなくても、誰もクロエと組みたい奴なんていないって」


 すると、他の魔法使いたちも口々に言う。


「ちょっと成績がいいからって、みんなを見下して」


「いちいちムカつくもんね」


「同じクラスのくせに、自分は1組が相応しいって思ってそー」


 私は拳をギュッと握りしめる。

 作っていた手帖が、くしゃりと音を立てた。


 つまり、私のクラスの誰に声をかけたって意味がないということ。


 私はさっさと歩き出した。


 さて、明日はどうやって振る舞うか。

 陰で自分の陰口を言われていた翌日が、一番辛い。

 こんなことをしているとバレたくないから、普段通り振る舞わなければならない。

 だけど、自分の陰口を言われていないか、確認をすることもやめられない。


 私は、そんな私が大嫌いだ。


 7


 魔法を解いて、学舎の玄関から出ようとしたところ。


「あ、あの!」


 後ろから声をかけられる。

 声音でわかる。これはフィナの声だ。


 私は無視をして歩き出す。


 フィナも同じクラスの魔法使い。

 トウコや他の連中に、口裏を合わせるよう言われているに違いない。


 こいつは負け犬で一番の落ちこぼれ魔法使いだ。


「あの! クロエちゃん」


 ちゃん付けで名前を呼ばれることが珍しく、私はふと足を止めてしまう。

 と、その瞬間。


 気付かぬ間にフィナは私の目の前に回り込んでいた。


「今日の課題! クロエちゃん、その、ペアの人って……」


 なんだこいつ。

 私のことを馬鹿にしているのか?


「何。私、急いでいるんだけど」


 そう言って隣を通り過ぎようとした瞬間、フィナは私の腕を掴む。


「話だけでも、聞いてほしいの」


 イラっとする。

 フィナも私と同じクラス。

 こいつ、もしかして他の連中に言われて、私を馬鹿にするためにここまで来たのか。


 私のクラスは奇数。


 私以外の全員が結託しているなら、フィナが私と組もうと言う理由がない。


 そして、この女はもう点数を落とせない。


 フィナはいろんなクラスメイトと話しているだろう。

 それらを踏まえると、フィナはトウコたちの斡旋ですでにパートナーを見つけていて、その代わりに私を見世物にするために送り込まれた差金と見るのが妥当か。


 フィナは落ちこぼれで弱い魔法使い。

 トウコあたりの中途半端な魔法使い相手でも、数人に囲まれれば、従わざるを得ないだろう。


「だから急いでるって」


 私は最大限、怒りを抑えて通り過ぎようとする。

 が、そこでフィナは再び、軽やかな足取りで私の前に回り込んで、頭を下げてくる。


「お願い! 私とペアになって! もう私、点数を落とせないの」


 真剣な表情で頭を下げるフィナ。


 と、その時。


 チラリとフィナの後ろを見ると、帰り際のトウコや私のグループの魔法使いたちがいた。

 彼女たちはその光景を見ていた。


 さっきの話を聞いているから、彼女たちの表情は薄ら笑いを浮かべているように見える。


 やはり、フィナはあいつらの差金だ。


 そう判断した私は、フィナに冷たい声音で言う。


「鬱陶しい」


「え?」


 フィナはきょとんとした表情。

 演技力だけは立派なものだ。


「落ちこぼれの負け犬が、二度と私の前に顔を出さないで」


 他人に言われるがままにしか生きられない。

 そんなクズは、私の友達に相応しくない。


 それなら、表面上だけでもトウコと仲良くしていたほうがよっぽどマシだ。


 私はそう言い切ると、フィナの前から歩き出す。


 後ろから、トウコたちの声が響く。


「フィナちゃん、大丈夫?」

「あ、あんな言い方しなくたって、ねえ」


 気持ち悪い。

 群れたいのなら、群れ続ければ良い。

 そう思いながら、私はその場を歩き去った。


 7


「だから、二人三脚大会で、優勝したら! 優勝したら現世の最高の食材を使った究極のお鍋を食べさせてあげる」


 家に帰ると、衝撃の宣告を受けていた。

 なんと、料理は遊びで優勝しないと振る舞ってもらえないらしい。


「あら、クロエどうしたの?」


 振り返るイリヤ様に問われ、私はピクッと背筋を伸ばしてしまう。


「いえ、今回のお題、遊びですし……」


「遊びと思って侮るなかれ、遊びから学べることも大きいのよ?」


 お師匠様は台所へ顔を戻し、山菜のスープを火で温めながら言う。


 その後ろで、私は立ったまま考える。


 しかし、正直苦しい戦いだ。


 クラスメイトはみんなで私を蚊帳の外に追い込んでいる。


「お師匠様、私のクラスは奇数です。もし、ペアが組めなかった場合はどうなるのですか」


「失格ね」


 即答。


「でもどうしたの? クロエは友達がいるって言っていたじゃない? 誰も見つからないの?」


「……いえ、相手に条件提示をされた時、その条件を確認するのは基本中の基本です」


「ふーん」


 お師匠様はそれだけ言うと、何も言わなくなった。


 本当にどうしよう。


 現世の高級料理。


 必ず、確実に私の口に入れなければならない。


 どうする。


 明日、少し勘づいたふりをして、トウコあたりを叱り飛ばすか?


 実力行使でペアを作るのでも良い。

 誰かを賭けて誰かと決闘して勝利をする?


「クロエ、考え事ならあの椅子を使ってみて」


 イリヤ様は私の方を向かずに言う。


「あの椅子って、ディテクティブチェアですか?」


「ええ! あの椅子は考える人が使う椅子なの」


 揺れる椅子で考えるなんて、現世の人間はよくわからない。


 と、思いつつ、私は指示に従ってとりあえず腰掛けてみる。


 そして、ゆらゆらと揺られながら、策を練る。


 ふと。思いつく。


 フィナと組むのはどうか。


 トウコたちのイタズラで声をかけていたとしても、一度約束したことを反故にしたのなら、怒ることも正当化できる。


 私が怒って、新たなペアを組み直させなければ良い。


 ……いや、ダメだ。


 フィナは最低の落ちこぼれ、二人三脚という謎の遊びでも、全く活躍できないのが目に見えている。


 第一、イリヤ様に、私がフィナとペアを組んだと思われたくない。


「ほら、思考が捗るでしょ」


 ふと、イリヤ様の声が響き、私はそちらを見て呟く。


「作戦を考えるのにぴったりですね」


 8


 運命の翌日。

 今日の午前中に、私は絶対にペアを組まなければならない。


 奇数のクラスの、最後の一人になるわけにはいかないからだ。


 おそらく、すでに私は最後の一人になっているから、フィナを利用させてもらう。


 私はフィナに昨日の件を謝るふりをして、ペアが余っていないかを聞き、私が勘づいたフリをして全てを暴く。

 そして、この件の主犯を発見し、その主犯に取引を持ちかける。

 師範代に黙っておいてやるから、私とペアになれ、と。


 イリヤ様は遊びにも真剣だし、人間性も優しいお方。

 そして、私を孤立させるなんて行為は、客観的に見て怒られて然るべき行動。

 主犯にかなりの減点を入れることは明確だから、そのような取引を持ちかけるのだ。


 おそらく、今回、トウコを含むクラスの誰か、主犯格は、クラスの全員を巻き込んで私に恥をかかせようとしている。

 フィナもその息がかかっているに違いない。


「クロエ! 私と勝負しなさい!」


「ごめん今日は本当に無理」


 私はいつも通り玄関で突っかかってくるアリスをスルーして、教室に向かう。

 それに、今日はトウコ達、いつものグループと一緒に登校しなかった。


 そして、教室の扉を開きフィナを……、って。


 私は隣の席が空いていることに気づいて、ため息をつく。


 そういえば、フィナは遅刻常習犯だった。

 朝、話しかけられる時間なんてない、か。


 はぁ。


 さっそく、計画は頓挫した。

 だが、一時限目が終わった瞬間に聞けば良いか。


 絶対に食べてみせる、現世の高級鍋……!


「おはよう!」


 軽やかで明るい声音が教室中に響く。

 紛れもないフィナの声。


 私は思わずそちらを見た。


 フィナが、遅刻していない……!?


 私は目をパチパチと開けてそちらを見て、すぐに周囲の様子を確認する。

 皆、お互いに顔を見合わせて、誰もフィナに挨拶を返さない。


 しんと、静まり返る教室内。


 フィナは挨拶が返ってこず、少し寂しかったのかしょぼんとした様子でこちらに歩いてくる。


 これまで、フィナは毎日遅刻寸前だったから、普通に登校してきて、普通に挨拶をしてきたことがなかった。


 ていうか、朝なのに声が大きいし元気すぎる。


 フィナは注目を集めながら、私の隣の椅子に座る。


 が、その時コソコソと声が聞こえる。


「普通に来たんだけど、あの落ちこぼれ」

「魔女様に怒られたんじゃない? あれでも魔女様が直属でしょ」

「でもあの子馬鹿だし、明日からも遅刻するって」


 私は陰で悪口を言う奴が嫌いだから、良い気がしない。

 それも、自分よりも弱いフィナが相手だから、あえて聞こえるように言う。


 私の悪口は、決して私に聞こえないように言うのに、本当、卑怯な奴ばかり。


 と、空気に飲まれてすっかり忘れていた。


 フィナに、聞かなきゃいけないことが……。


「あ、あの、クロエちゃん」


 横からフィナの声が響き、私はチラリとそちらを見る。

 その時、フィナの細く優しい水色の髪が、ふわっと風で浮いた。


 と、同時に周囲の陰口が止まった。


「その、今日の課題、私とペアになってくれない、かな」


 しん、と静まりかえる教室内。


 が、チラリと後ろの数人がクスクス笑っているところが見えた。


 想定外。


 まさか、今日も私を馬鹿にしてくるとは。


 昨日、あれだけ言ったのに、この馬鹿は本当に救いようがない。


 私は席を立ち、フィナの胸ぐらを掴んだ。


「な……!? クロエ、ちゃん?」


 戸惑うフィナに対し、私は感情のままに言葉を放つ。


「昨日も言ったでしょう。落ちこぼれのくせに、ろくな努力もせず、魔女様の脛をかじってなんとか教室に通うようなバカと、ペアになんてならない。こっちが恥ずかしいから、もう二度と話しかけないで」


 よし。

 これだけ言えば大丈夫だ。

 私は視線を切って、自分の椅子に座る。


 この教室で最も精神的に強いのは私だ。


 私を馬鹿にするような真似をするくらいなら、私の元に着いたほうがマシだと、フィナに思い知らせれば良い。


 コソコソと陰でしか悪口を言えないクズよりも、私の方が強い。


 さて、次の休み時間に謝るふりをして、情報を聞きーー。


「お願い、私とペアになって」


 フィナの小さな声。

 挨拶をした時の元気な声ではない、切実で小さな声。


 その瞬間、クスクスと笑い声が響いていた教室の空気が固まった。


 私は思わず振り返ると、フィナの視線が私の瞳に突き刺さり、背筋が固まった。


 まっすぐ、お願いだから言うことを聞けと、訴えるような強い視線。


 と、その直後、周囲に、教室のみんなが集まってくる。


「ちょっとクロエ。言い方強すぎ」


 トウコが私に食ってかかるように言う。

 と、周囲からも口々に声が飛ぶ。


「そんなに強く言わなくてもいいじゃん」

「いつも上から目線だよね」

「自分が強いからって調子に乗りすぎじゃない」

「フィナだって頑張ってるんだよ」


 教室中の敵意が私に向く。


「あなた達だって、陰でコソコソーー」


 と、言いかけたところで、1人の同級生が言う。


「いつも思ってたんだよね、クロエのこと、見てられないって」


 その瞬間、ハリボテだった私の友達は、メッキが剥がれたかのように私を馬鹿にしたような目で見る。


「これまで我慢してたけど、もう無理、限界」


 トウコが吐き捨てるように言う。


 お前だって、私とペアになれば二人一組の課題で成績が上がるから、擦り寄ってきた癖に。

 言い返さないと……。


「クロエって一番みんなに嫌われてるよね」

「落ちこぼれクラスなのって、対人関係が0点だからでしょ」


 あれ、声が出ない。


 言わないと、言い返さないと。


「よく見たらクロエって不細工だよね」

「暗記が得意なだけで調子に乗って」


 いじめられる。


 嫌だ、いじめられたくない。


「もうさー、課題とかクロエにやってもらってみんなで写させてもらおうよ」

「あれ、何にも言わなくなった」

「ほら、言い返してみなよ」


 私は強い、強くなった。


 もう、奴隷だった時の私とは違う。


 なのに、声が出ない。


「ほら、フィナ。昨日から言ってるでしょ。こんな嫌われ者ほっといて私とペアになろっ! もう私たち以外はみんな、ペアになってるよ」


 トウコがフィナに言った言葉。


 意味がわからない。


 私は恐怖の中、微かに動く思考を巡らせる。


 フィナはーー、トウコの誘いを断っていたの?


 つまり、今のクラスでペアができていないのは、私とトウコとフィナだった?


 しかし、いずれにせよ、この話はもう終わりだ。


 フィナは弱くて、空気に飲まれて流されやすい。

 彼女はすぐにでも、縋り付くようにトウコに擦り寄るはずだ。


 そう思った時、伏せていた視線を伺うように上げながらフィナを見た、その瞬間。


 フィナはクラスの皆から私を守るように、私の前に立ち、両手を広げ、クラスの皆に叫ぶ。



「私、陰湿なことが嫌いって言ったでしょ!」



 その言葉に、耳を疑った。


 私が思わず顔を上げると、目の前にはフィナの大きな背中があった。


「クロエちゃんを傷つけたくなくて言いたくなかったけど……、トウコちゃん、クロエちゃん以外でペアを組んで恥をかかせようって言ったよね! それに、クラスのみんなも乗っかってるって」


 な、なんで。


「このクラスは奇数だからどうしても余りが出る。けど、それを利用して故意に人を傷つけるようなことをするのは違うじゃん!」


 フィナの向こうに立つクラスの皆は、チラチラと互いに顔を見合わせている。


 しかし、そんなことよりも、私はフィナの背中を見ていた。


 かっこいい。


 自然と、そんな感情が脳裏をよぎった。


「みんながそんなことをするなら、私はクロエちゃんと組む!」


 フィナがそう言うと、トウコは歯ぎしりをしながら言う。


「フィナ、あなた今、そこの女に何を言われたか分かってるの」


 フィナが黙ると、トウコは続けて言う。


「そいつはみんなのことを見下して、馬鹿にして、いつも周囲を不愉快な気持ちにさせてるの!」


 すると、周囲の皆も口々に言う。


「フィナ、そんな奴を庇う必要ないって」

「一回痛い目見ないと、あの口調は治らないから」


 が、フィナは一言。


「それは、人を傷つけて良い理由にはならない」


 スパリと言った。


 それと同時に、カランカランと鐘の音が鳴る。


「さて、今日の講義をーー、って、みなさん、どうしましたか?」


 すると、フィナが師範代の方を見て、真剣な表情で言う。


「師範代さま、今は講義をしている場合じゃありません」


 ……は?


「へ? 水の魔法使い、一体何を」


「話し合う時間が必要なんです!」


 フィナが師範代の方に詰め寄ろうとした瞬間、トウコが慌てて言う。


「師範代、何もありません。水の魔法使いが騒いでいるだけです。みんな、鐘が鳴ったから席につかないと」


「師範代! 1時間ください! 講義よりも大事なことなんです!」


 フィナは師範代に食ってかかっている。


「……水の魔法使い、あなたに講義より必要な時間があるとでも?」


 正論だ。


「あります! みんな仲良くした方がーー」


「水の魔法使い、廊下に立ってなさい」


「え!? なんでですか!」


 銀髪ロングの師範代が教壇をコツンと叩くと、フィナの立っている地面がツルツルになったらしい。

 その状態で体をポンと押されたフィナは、押された力の3倍以上の速度、かなり高速で地面を滑って扉の外へ出ていく。


「待って! 減点だけは……」


「当然減点です」


「え!?」


 フィナの叫び声が聞こえたと思うと、扉の外の向こう側から、ゴンと、廊下の壁に当たったような音が響く。


「痛っーー!」


 と、声も響いた。

 銀髪の師範代は、やれやれといった様子で言う。

 

「さて、講義を……、と、幻影の魔法使い。あなたも早く着席をしなさい」


 ふと、名前を呼ばれてようやく我に帰る。


 キョロキョロと周囲を見るが、誰もこちらを見ない。


 だが、それが少し心地よく感じる。


「師範代、私も減点してください」


 私はそう言うと、廊下に歩いて出ていく。


「……私の講義よりも大事なことですか?」


「はい。本当にすいません」


 師範代はじっと私を見ると、何事もなかったかのように講義を始めた。


 9


 フィナと私は並んで廊下に立っていた。


「痛たたた」


 フィナは横腹をさすっている。


 私が進んで教室から出てきた時、フィナは驚いたように固まっていた。

 が、フィナは私に何も言わず、また、私もフィナも何も言わなかった。


 互いに黙ったまま、数分が経つ。


 教室の中から、師範代の話す声だけが聞こえた。


 こう言う時、相手になんて言えば良いのだろう。


 イリヤ様と初めて喧嘩した時を思い出す。

 あの時は、イリヤ様から声をかけてもらっただけ。


 そんな時、ふと、私は気づく。


 魔法使いになってから、私は友達がいなかったんだ。


 建前上で付き合っていた交友関係は、友達なんかじゃない。


 つまり、私に友達なんて、元から存在しなかった。


「クロエちゃん、ごめんね」


 不意に放たれたその言葉に、私は驚いてフィナの方を見る。

 と、フィナは申し訳なさそうに言う。


「クロエちゃん、嫌がらせをされてるなんて、知りたくなかったし、みんなに知られたくなかったよね」


 知っていた、なんて言えないし。

 ん? えーっと、なんて言葉を選べば……。


「まったくよ。ほんと、あんな大きな声で言わなくてもいいじゃない」


 私は悩む時間もないため、咄嗟に答える。


「あ、その、ごめんなさい」


 フィナが頭を下げてくる。

 そんな、頭を下げないでも良いのに。

 頭を上げてもらうには……。


「頭を上げて。私も昨日から様子がおかしいと思っていたから、大丈夫よ」


 フィナが顔を上げる。

 でも、まだ少し申し訳なさそうな様子だ。


「クロエちゃん、嫌な気持ちになったでしょ」


「別に。落ちこぼれに嫌われたっていいから」


 このクラスの連中なんてどうでもいい。が、フィナは違う。

 フィナとは、仲良くなってみたいな。


 ふと、フィナを見て笑いかけようとして止まる。


 ……あれ?


 フィナが死んだような顔になってる。


「クロエちゃん、みんなと仲直りしてほしいなって思ってたんだけど……、そもそも私と絡みたくないよね。クロエちゃん、頭が良いし、体術も強いし、魔法も幾つも使えるし、私と真逆で……」


 えーっと、なんでこんなに落ち込んでるのかな。


「気にしなくて良いわ。私、フィナのことを誤解していたみたい」


「え?」


 フィナがこちらを覗き込む。


 ので、私は頭の中を整理して、素直に言う。


「あなたのこと、本当にどうしようもない落ちこぼれだと思っていたけれど、認識を改めるわ」


 すると、フィナは口をポカンと開けて私を見ていた。


「あら? 何かおかしいことを言ったかしら?」


「いや……、面と向かって落ちこぼれって言われたのが初めてでーー、なんか涙が……」


 え!?


 いや、本当にフィナが泣き始めそうな勢いなんですけど!?


「ごめんなさい。その、本当のことだからつい」


「クロエちゃんって、とっても正直なんだね……」


 フィナは涙目ながらも、首を横に振る。


 なんでだろう、なぜか確実に嫌われていっている気がする。

 真剣に話しているはずなのだけれど。


「でも、まだ正直に面と向かって言われた方がいいかも。やっぱりクロエちゃんも、私が未来の魔女様の直属の弟子なのにこんなだから、嫌な気持ちになるよね」


 その言葉を聞いた私は、また深く考えずに安直に答えてしまう。


「別に。私の方が優秀だからなんとも」


 すると、フィナはまた数秒沈黙し、前を向く。


「じゃ、じゃあ。みんなと仲直りはしようね。それと、今後も隣の席同士、よろしく」


「ええ」


 それっきり、フィナは何も言わなくなってしまった。


 フィナは心なしか、私とスペースをとって落ち込んだように下を向いている。


 あれ? なんか失敗した? 私。


 どうしよう、いつもの会話よりも難易度が桁違いだ。

 ディテクティブチェアが欲しいところ。


 えーっと、話題話題。


 あ!


 私は肝心なことを思い出す。


「フィナ、そう言えば、午後の二人三脚のペアの件だけど」


 すると、フィナは私に目を合わせず、前を向いたまま棒読みで言う。


「ああ、あれなら遠慮しないで、私を置いてトウコちゃんと組めば良いんじゃないかな」


 あれ。


 もしかしてフィナ……、私と組みたがってない!?


 やっぱり、なにかすれ違っている気がする。


 どうしよう。

 私、トウコと組むよりフィナと組みたい。


 ん?

 ていうかこのままだと、フィナとトウコが組んじゃわない!?


 フィナと組めない上に、現世の高級料理まで失う。


 私は咄嗟にフィナの方を向き、フィナの両肩を掴み、目をまっすぐ見て言った。




「私、フィナと一緒に二人三脚したい!」


 


 私はまたも、何も考えず動いて、すぐに後悔する。


 かなり大きな声で言ってしまった。


 引かれたに違いない。


 ていうか私、フィナから見たらどう見えてる?

 そもそも、そこから混乱してわからなくなってきた。

 

「え。なんで? 私のこと、嫌いじゃないの?」


 フィナが再びポカンと口を開けて、私に問いかけてくる。

 ので、私は即答する。


「嫌いじゃない。むしろ、信頼に値する人間だと思っているわ」


「え?」


 フィナはパチパチと瞬きをする。


「あなたには私が持ってない、とても素敵な魅力がある。そこらへんの落ちこぼれとは違う。正直、見直したわ」


 私の言葉を聞くと、フィナは首を傾げ、そして問いかけてくる。


「私で良ければ、二人三脚、一緒にする?」


 私は首を何度も必死に縦に振り、それから両手でフィナの肩を掴んで言う。


「ふふ、私があなたを絶対に一位にしてあげる。普段は見れない景色を見れること、期待していなさい」


「あ、ありがとう?」


 フィナは戸惑ったように言うが……、よしよし。

 良かった。フィナはまだ驚いているが、一旦、ペアになることはできた。


 これから、時間をかけてゆっくりとフィナと仲良くなれたら良いな。

 なんて思っていると……。


「もしかしてクロエちゃんって、私と友達になりたいって、思ってくれている、のかな?」


 フィナが今更、そんな確認をしてくるので、私は深く頷いてから、笑顔で答える。


「ええ。これからよろしくね」


 何故か、フィナはしばらく目を丸くしていた。

 

 10


「はい! 転倒したからリタイア! 次のペア!」


 午後、中庭で二人三脚が始まった。

 

 二人三脚は、一人の右足ともう一人の左足を縄で結んで、一緒に50メートルを走る遊び。

 これがなかなか難しいのか、クラスの半分ほどが挑戦し、ほとんど全員が転倒して失格になっている。


「フィナ、作戦を立てましょう。私はこの二人三脚に命がかかっていると言っても過言ではない」


「うんうん! クロエちゃんって、喋ってみると一緒にいるだけで楽しいね!」


 フィナはニコニコと私の顔を見て言う。

 私も楽しい。


 が、今は心を鬼にしなければ。


 現世の高級料理がかかっている。


「さて、作戦なのだけど。魔法は使えないから、とにかく走るしかない。そして、この遊びの性質上、どちらかが能動的に走り、もう一人がその動きに合わせるのが良いと思う」


「確かに、それが良さそう!」


「話が早くて助かるわ。それなら、フィナは全力で走って。私が合わせるからーー」


 と、そこまで言うと、フィナは首を捻って言う。


「えーっと、クロエちゃんに合わせてもいいかな」


「フィナ。あなたはクラスで最下位。私はクラスで一位。優秀な人が最下位の人に合わせるのが筋じゃないかしら」


 すると、フィナは私の顔をじっと見て言う。


「クロエちゃん、さっき一位を獲りたいって言ってたよね?」


「ええ。一位以外は意味をなさない。一位が取れないなら、リタイアでも良いわ」


「それなら、私がクロエちゃんに合わせるべきじゃないかな。クロエちゃん、足も速いでしょ?」


 ……なるほど、一理ある。

 いつも何も考えずに頷いてくるトウコたちよりも、フィナはよっぽど建設的なのかもしれない。


 何も考えてないと思いきや、意外と考えている?


 それなら、なんでこんなに落ちこぼれなのだろう。


「それなら、フィナの案で行きましょう。言っておくけど、私は全力で走るわ」


「うん! 頑張ろうね!」


「よし! 次!」


 イリヤ様の声が響き、私とフィナはスタート地点に立つ。


 フィナには申し訳ないが、私はここで一位を獲りに行く。


 全力だ。


「開始!」


 イリヤ様の声が響いた瞬間、私は歯を食いしばり、全力で走る。


 全てはまだ見ぬ料理のため。


 風になれ!


 私は必死に足を動かす。

 が、まったく足が持たれたり、よれたりすることがない。


 まるで、普通に一人で走っているときのような、スムーズな動き。


「ゴール! すごい! 13秒! ダントツトップ!」


 イリヤ様の声が響く。

 私は息を切らしながら、ゼエゼエと膝に手をつこうとした瞬間、不意によろけて転んでしまう。


「大丈夫!? クロエちゃん!」


「はぁ、はぁ、よく、やったわ、フィナ」


 私が立っているフィナを見上げるとーー、フィナはまったく息を切らさずにっこりと笑って、私にピースサインを作る。



「いぇい!」


 

 ……?


 かなり全力で走ったのに、なんでこんなにピンピンしてーー。


「フィナちゃんすごいねぇ! 足が速い」


 ふと、イリヤ様の声が響くと、フィナの軽やかな声が響く。



「毎朝、里を一周走ってるので!」



 里を一周!?


 本当なら、頭おかしいでしょこの子。


 しかし、おそらくフィナは嘘をついていない。

 じゃないと、50メートルをあのスピードで走って、息を切らさないわけがない。


「あら! でも、もしかしてそれを理由に講義に遅刻してるんじゃないの?」


「ぎくっ」


 私はぎくっ、と言葉で言う人を初めて見た。


「フィナちゃん。基礎体力も大事だけど、近くはダメよ」


「はい、すいません……」


 もしかしたら、私はフィナのことを根本的に勘違いをしていたのかもしれない。


「フィナ、なんで、毎朝、そんなに走って」


 私が息を切らしたまま問いかけると、フィナはにっこりと笑って言う。


「魔法使いは基礎体力が大事って、お師匠様に教えられたから!」


「まさか、毎朝」


「うん、5時起きで走ってるよ」


 私は思わず、息を切らしたまま言う。


「努力、してるのね」


 方向性はズレているかもしれないが、フィナだって、悔しくて頑張っていたのだ。


 私はますます、フィナを勘違いしていたのだと反省しようとした。


 そのとき。


 すると、フィナは頭を傾げ、ポツリと言う。


「努力っていうか、楽しいからやってる!」


 だから、苦労している様子や、努力している様子が見えなかったのか。


 私は自分の考えの浅さを痛感し、フィナの視線を直視できなかった。


 11


「このお鍋は、もつ鍋と言います」


「はい」


「食べましょう」


 イリヤ様がそう言った瞬間、私は箸を熱々のお鍋に突っ込む。

 そして、目当ての白いプリプリを掴んだ。


「これが……、モツ!」


 私が言うと、イリヤ様が頷いた。

 ので、私はそれを口の中に放り込む。


 な、なんだこれは!?


 口で噛むたび、旨みとスープの旨みが溢れ出してくる。

 ピリッとする辛味も素晴らしい。

 現世の味噌という調味料を使ったスープも、普段の淡白な塩味とは違って味わい深い。

 

 私はプルプルと両手を震わせて言う。


「フィナ、ありがとう」


 すると、イリヤはニコニコと笑う。


「まさか、クロエちゃんがフィナちゃんとペアを組むほど友達なんて」


「正直、昨日までは友達じゃなかったんですが、今日、友達になりました」


 私がそう言うと、イリヤ様は余計嬉しそうに言う。


「そう! クロエちゃんにも、ようやく友達ができたのね」


 ようやくーー。


 その言葉を聞き、私はイリヤ様をじっと見た。


 そして、モツをもう一つ箸で摘み上げながら言う。


「ええ、おかげさまでようやく、友達ができそうです」


「友達、悪くないでしょ? そうだ、フィナちゃんと部隊を組んで、一緒に頑張ってみたら?」


 イリヤ様はニコニコと笑顔で言ってくる。


 ほんの少しむかつくので、私はその気持ちを込めてモツを噛み締めた。

 そして、飲み込んでから答える。


「私が部隊を組むと思いますか? 一応言っておきますが、フィナともあまり馴れ合うつもりはありません。仲良くなりすぎるのも、別れが来た時に辛いですから」


 すると、イリヤ様はしゅんとした表情になる。

 どうやら、私が心からフィナに気を許したと思っていたらしい。


「せっかく、クロエちゃんに友情が芽生えたと思ったのに」


 つまらなさそうに言うイリヤ様に対し、私はすぐさま言う。


「そうでした。イリヤ様に相談が」


「ん? どうかしたの?」


「私はどうも友達と会話をするのが苦手なようです」


 私はそう言うと、鍋の中のモツを探しながら続ける。


「イリヤ様、フィナ役をしてください。会話の練習をしたいです」


 すると、悲しげだったイリヤ様はなぜかクスッと笑ってから、私に言う。


「それはいいけれど、クロエちゃん、もつ鍋でモツばかり食べる人は嫌われるから気をつけてね。あと、締めにこの麺を入れるから。食べすぎないように」


「締め!? 麺!? 蕎麦を入れるのですか」


「まあ、蕎麦みたいなものよ。厳密に言うと違うけど」


 なるほど。

 確かにこのスープに蕎麦のような麺を入れると、未体験の味になるに違いない。


 ふふ。

 やはり、現世の料理は面白い。


 実際に行く日が、楽しみで楽しみで仕方ない。


 あ、そうだ。


 フィナにもこの料理の面白さを伝えてあげないと。


 人間は皆、食べるために生きているのだから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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