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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第6話【ヤバい街】

 言葉には様々な意味が存在する。

 文化によって同じ言葉でも意味が変わっていくという話は決して珍しいことではない。

 当然、人によって別の意味を含んだりすることだってある。

 そういう不思議な言葉のニュアンスは、時に珍しい誤解を生むかもしれない。

 旅の最中、私はそんなことを考えていた。





 天気のいい昼。

 鼻歌でも歌いたくなるような心地よい瞬間。

 過ごしやすい気温も相まって、私の足取りはいつもより軽くなっていた。

 今日はどんな街に行ってもうまく行きそうな気がする。


「なんだか珍しいところとかないかなぁ」


 こういう気分の時は、なるべく冒険してみたい。

 物珍しさを感じるような法律の街とかに赴いて、文化の見聞を深めるのも楽しそうだ。

 そう思いながら、マイペースに歩いていく。

 今歩いている街道はそこそこに整備されたものになっている。

 自然的というよりも、文化的という印象が強い。

 そういった事情も相まって、この周辺にある街は発展しているような場所なのではないかと考えられる。


「まぁ、大抵は入ってみないとわからないけどね」


 外から街を見つめるのと、中に入って調査するのでは感じるものも違うというものだ。

 だからこそ、私は旅が好きというのは大きい。

 知るという行為は、たくさんの満足感を得られるからだ。


「さてと。そろそろお腹も空いてきたし、どこか街に入りたいけど……」


 なにか情報を集められたりしないだろうか。

 そう思いながら歩いていると、街道が分かれ道になっている場所まで到達した。

 そこには看板が置かれていて、文字が書いてある。


『左方向……街道(この先、道が続きます)』

『右方向……ヤバい街』


「ヤバい……ヤバい?」


 左方向に行くとなると新しい街は遠くにあるという形になるだろう。

 こういう看板は親切に書いてくれることが多いのだ。

 そういう親切な看板なのに、不思議な言葉があるという事実が不思議だった。


『ヤバい』


 ……どういう意味なんだろうか。

 純粋に治安が悪かったりするのだろうか。

 それとも、恐ろしい怪物が暮らしてたりとかするのだろうか。

 ……気になる、気になってしまう。

 こういう時、好奇心に駆られてしまう。

 気持ち的に余裕があるからかもしれないけれど、興味が尽きることがない。

 多分、行かなかったらしばらく引きずる気がする。


「よし、行こう。ヤバい街に」


 どんなヤバいことが待ち受けているのか、不安ではある。しかし、同時にワクワクもしている。

 街の名前になっている以上、街の法だって存在しているわけだ。だから、どんな法律で成り立っている街なのかが気になっているという部分も大きい。

 私は覚悟を決めて、右方向の道を進むことにした。

 ヤバい街がどんな場所か、見てみたい。

 私を突き動かしているのは純粋な好奇心だった。





 ヤバい街付近。

 街の外は城壁みたいなものに覆われていて、街の中が全く見えない。

 街道から進んだ先、街の入口には大きな門が存在していて、鎧を着た門番がふたり立っている。


 ……ヤバいって、やっぱり怪物に襲われてるとかそういう危険なやつなのかな?


 そうなると、なかなか危ない気もする。

 私も魔法が使える身だから、ある程度は自己防衛はできるだろう。しかし、だからといって戦闘が得意というわけではない。

 ヤバいドラゴンとか、そんな感じの存在とぶつかったりしたら大怪我してもおかしくない。

 腕を組んで考える。

 どうするべきか。

 行くか、行かないか。

 いや、でも引き返すとなるとお昼は街で食べられなくなるだろう。それは避けたい。できればお店で美味しいものが食べたいのだ。


「防衛がしっかりしてるなら、トラブルもなさそうだよね。よし、覚悟を決めよう」


 まっすぐ門番まで歩いていく。

 街に入るには門を開けてもらう必要がある。


「すみません。旅人なんですけれども街に入っても大丈夫ですか?」


 門番のふたりはヘルムを被っていて、表情を確認することはできない。

 少しの間をおいて、左側の門番が言葉を発した。


「ここはヤバい街だぞ? それはわかってるのか?」

「え? あ、はい。看板を見てきたので、わかってるつもりではありますが」

「ううむ……」


 左の門番は考え込んでしまった。

 なにか不都合でもあるのだろうか。

 そちらの門番が悩んでいる最中、右の門番が気さくに腕を横に置きながら話してきた。


「コイツは珍しく思ってるのさ、旅人が来るのがね」

「そうなんですか?」

「あぁ、ヤバいって文字を見て避けられることが多いからな。堂々と入ろうとするやつが逆に珍しいっていうか」

「なるほど……」


 警戒していると入りにくいというのはあるのかもしれない。

 警戒を促す色があったらそこに入らないように、ヤバいという文字が人を十避けているという印象だ。

 ……もしかしたら、私は貴重な体験ができるのかもしれない。そんな気持ちが不思議と湧いてきた。


「街に興味があります」

「ヤバい街にか?」

「どこがヤバいか、知りたくなっちゃって」

「好奇心があるっていうのはいいが後悔してもしらないぞ?」

「えっ、後悔ってどういうこと?」


 首を傾げて問いかけてみる。

 すると、右の門番が笑いながら答えた。


「物は言い様ってやつだよ。街の法については見せておくから入る前に確認しとくといい」

「ありがとう」


 街の法が書かれた紙を受け取り、その内容をしっかり見つめる。


『生きるってマジヤバい! ヤバいからこそ自分らしく生きよう!』


 ……それは、かなり軽い印象を感じさせる法律だった。

 マジヤバい。あんまり聞かない表現だ。

 マジでヤバい。つまり……ええっと、本気で危険?

 いよいよもってわからなくなってきたぞ。


「とにかく、これがこの街の法律だ。先に言っておくと命の危機的なやつはないぞ? ただ、なんていうかヤバい体験はできるだろうがな」

「そのヤバいがいよいよわからないけど……」

「平気さ。きっとなんとかなるし、いい経験にも繋がる。さぁ、門を開けよう!」

「旅人さんに祝福あれ」


 門番ふたりが力を合わせて門を開く。

 そうして街の姿が初めて私の目に移った。


 ピンクを基調としたビビットカラーの明るい街並みが目に映る。

 やや薄めの黄色で彩られた家。屋根は赤やピンクで彩られている。

 街の雰囲気全体はどちらかというと風変りな印象だ。

 個性的で、明るくて、不思議な高揚感を感じさせるような不思議な空間。

 少なくとも、城壁のような外とは全然違う雰囲気を感じさせられた。


「ようこそ、ヤバい街へ」


 私はそんな、独創的な空間に足を踏み入れていくのであった。






 ……エネルギッシュ。

 それが街を歩いてみて、最初に感じた感想だった。


「でさー、物珍しいイベに行ってみたのさ。それがチョーイケてて!」

「最高じゃん! あたしはコスメ試してたんよねー、パフェったら見せるわ」


 サングラスをした男性がギラギラのブローチを身に着けた女性と会話してたり。


「ねね、ライブ見に行った? あれマジ凄かった」

「行った言った! パフォーマンスがめちゃやばだった!」


 跳ねるように飛びながら会話する女の子たちの姿もあった。

 会話の内容から察するに、満足感の高いイベントを体験したという感じか。


「ライブって、まだまだ詳しくないんだよね……」


 別の世界から来た文化も街によっては定着していたりする。

 ライブだってそうだ。機械を使いながらパフォーマンスで盛り上げるという文化はそこまで有名じゃない。

 特化した街でもなければ、そうそう見られないだろう。


「うん、なんとなく街の文化については掴めてきたかも」


 別世界の文化、それが強い街だ。

 街を歩いていると爪に絵を描くというネイルアートがあったり、髪を染めるヘアカラーの技術もある。

 加工技術も凄いのだろう。小物のアクセサリーもバリュエーション豊かだ。

 ただ、そのアクセサリーは魔法的ではない。どちらかというと外から伝わった技法を使われているものが多い。


「なかなかファッショナブルな街なのかも」


 別世界の文化の中でも、ファッションに特化している印象を受ける。

 だからこそ、別の疑問も思い浮かんでくる。


「でも、なんでヤバい街になるんだろうか」


 そのことが気になっていた。

 ここまでファッションセンスとかが強い街ならば、どっちかというと『衣装の街』とかそんな感じの名前が付いてもおかしくないだろう。

 それなのに、ヤバいという言葉が街の名前になっている。

 不思議だ。


『生きるってマジヤバい! ヤバいからこそ自分らしく生きよう!』


 この街の法律もまだ意味を解読しきれていない。

 自分らしく生きる。

 でも、生きるのはマジヤバい。

 駄目だ、答えが出てこない。


「とりあえず、お昼を食べようか」


 いい感じのお店を探そうとした瞬間だった。


『これより、開放爆発的エクスクラメーションを開始するよ!』


 町全体にアナウンスが響き渡る。

 なにか、イベントを行うのだろうか。


『ぜひとも楽しんでいってね! それじゃ、いくよー!』


 何が始まるのか。

 疑問を感じている間に、なにかイベントが始まっていった。

 空から唐突に降り注いでくる黒い物体。

 なにやら紐のようなものが付いていて、その先端には火花。

 黒い物体は球体の形をしていて、紐のようなものは火が着火しやすいようになっている……

 そこまで分析して気が付いた。


「えっ、爆弾!?」


 近くに降り注いだので、急いで逃げていく。

 ボン、と音が響き、私はいた場所を振りかえる。

 建物は壊れていない。何事もなかったのように爆弾は消えている。

 ものを破壊する能力はないのだろう。


「どういうことなんだろう」


 繰り返し降り注ぐ爆弾を回避する。

 右に、左に、前に、後ろに。

 爆弾は弾ける時にキラキラとした光を放って消えていくことが確認できた。

 私の近くには人がいない。

 そうなると、爆弾と私のひとりきりの戦いだ。

 避ける、避ける、避ける。

 どうにか避け続けてちょうど8回目のタイミングだった。

 ……爆弾の破裂範囲から逃れることに失敗してしまった。


「あっ」


 爆風に巻き込まれたら痛いのだろうか。

 怪我とかするのだろうか。

 そう考えていた一瞬は過ぎ去って。


 ……爆発した後も何事もなく、私は普通に立っていた。


「うん?」


 命に別状はない。

 体調が悪くなったとかそういうのもなし。

 適当に言葉を発しても異常はなかった。


『今回の開放爆発的エクスクラメーションに選ばれた人が決まったよー!』

『早速、選ばれた方の活躍は今後のお楽しみーっ! じゃあ、めちゃイケイケで楽しく待っててね!』


 アナウンスが響き渡る。

 何かが始まり、終わっていった。

 これが、ヤバいということなのだろうか。やっぱりわからない。


「多分、私じゃないんだろうな」


 そう呟きながら、前に歩こうとする。

 その時、風が私の身体を横切った。

 ひんやりとした感覚。心なしか、足元が冷たい気がする。

 ……うん? 足元が冷たい?

 気になって、視線を下に落とす。


「えっ、えぇ!?」


 その時、初めて異変に気が付いた。

 いつも着ている黒コートがない。

 スカートだって、いつもの数段短くなっていて私の普段着じゃなくなってる。

 爆風にのまれたことによって、どうやら衣装を変えられてしまったようだ。


「ど、どうしよう!? この状況はヤバいかも……!」


 流石に着慣れてる服がなくなってしまうと焦ってしまう。

 それに、スカートも短すぎて落ち着かない。

 この状況には、私もヤバいと感じてしまっていた。


「選ばれた方、おっめでとー!」


 ひょいっと家の間から現れた謎の人物。

 その声は先ほどのアナウンスの声そのものだった。

 胸元に余裕がある制服を着ていて、やっぱりスカート丈も短かった。


「アナウンスの人!」

「よくわかってるっ! あたしはルーヤっていうの! 貴女は?」

「リベラ・マギアロア。リベラって呼んでほしいな」

「わかった、リベラちゃん! まずは鏡を見せるね!」

「鏡?」


 それなりの大きさの鏡を用意したルーヤに案内されるように、私は鏡を見つめる。

 街で見かけた女の子くらい短めのチェックスカート。ちょっと動くだけで下着が見えてしまいそうだ。

 上着はダボっとしたピンク基調の制服。カーディガンがふわふわして可愛らしい。

 胸元にはブローチ。キラキラした星が模られている。

 よく見ると指も黒く塗られていて、私の目元も少し大きく見えるように盛られている。

 ……全体的に、きゃぴっとした印象を感じさせられる。


「随分違う雰囲気になっちゃってる!?」

「服はこっちで預かってるけど、すっごいよねぇ。ギャル風に調整するの大変だったんだよ?」


 ルーヤの手元には私のコートやスカートにワイシャツが丁寧に畳まれていた。

 とりあえずなくなったわけじゃなくてほっとする。


「なんだか、私をそうした目的が気になるけど……」

「ふふん、決まってるでしょ?」


 自信満々な表情で彼女が言葉にする。


「旅人さんのリベラちゃんにマジヤバいギャルの魅力とパワーを体験してもらうため!」

「マジヤバいギャル……!」


 なんだか凄そうだ。

 やる気が凄い伝わってくる。

 体験するのは悪くない。

 そう思い、私は頷くことにした。


「いいね、興味が湧いてきた」

「じゃあ、早速パシャって行こう! ほら、写真あるから笑顔でピース!」

「ぴ、ピース!」

「足も曲げてみよっか! きゃぴって感じに折りたたんで!」

「う、うえぇ」


 でも、もしかしたらなかなか大変かもしれない。

 そう思いながら、最初の写真を取っていった。






 ギャル体験とはいうものの、お昼を食べないのは流石に我慢できない。

 そんなこんなで私はルーヤメインストリートまで移動することにした。

 そこでは色んな食べ物のお店が屋台形式で展開していた。


「ギャルのおすすめ! タピオカとクレープ!」

「あんまり聞き覚えがないかも」


 特にタピオカは知らない名前だ。

 どんな食べ物かもわからない。


「まぁ、外の世界の文化って要素が強いからねぇ。美味しいから試そう! まずはクレープで」

「わかった」


 クレープはちょっとだけ聞き覚えがある。

 薄めの生地をぐるぐる巻いて、その間に具材を入れるというものだ。

 どこかで食べた記憶がある。

 あの時はアイスがふたつ挟まってるのを食べたっけ。


「あたしのオススメはアルティメットメガビック盛りデラックス!」

「えっ、なんて?」

「アルティメットメガビック盛りデラックス。看板にあるっしょ?」


 クレープ屋の看板を確認する。

 そこには圧倒的な量のクリームのクレープが存在していた。

 クリームの他にはマシュマロ、チョコスプレーなどがまんべんなくかけられていて、とどめとばかりにチョコソースまで塗されている。

 なんていうか、お腹に負担がかかりそうなくらい凄い甘そうだ。


「いつも、食べてるの?」

「うん。好きだからね?」

「それは凄い」


 これがギャルのパワーというものなのだろうか。

 感嘆の声をあげていたら、ルーヤに指摘された。


「ギャル的ワンポイントレッスン!」

「は、はい」

「そういう時はヤバいねって行っても伝わるからおすすめ!」

「それはヤバいね、みたいな」

「そう! ヤバいのだ!」


 ヤバいという言葉に違う意味合いを作る。

 それがギャルの強みなのかもしれない。


「まぁ、リベラちゃんは自分の好きな味を頼むといいと思うの。無理して苦しむのだってヤバいし」

「そのヤバいはマイナスのヤバいだよね」

「うん」

「……言葉って難しい!」


 適材適所で変わる言葉というのはなかなか興味深い。けど、それだけで判断するのはなかなかにシビアだ。

 そんな雑談をしながらも、私たちはクレープをまずは味わうことにした。

 私が頼んだのはバナナとチョコの素直な感じのクレープ。ルーヤが頼んだのはアルティメットメガビック盛りデラックスだった。


「そう、これこれっ」


 圧倒的物量を持ったクリームいっぱいのクレープを見つめながら目を輝かせるルーヤ。

 なんていうか、胃袋が違うのかもしれない。甘いものは余裕で入っちゃうみたいな、そういう。

 少し移動して、私たちは近くのベンチでクレープを味わうことにした。

 ルーヤがはむはむと大量のクリームを味わう中、私はチョコとバナナのクレープを味わうことにした。


「うん、いい味」


 バナナのシンプルな味わいに、チョコレートの濃厚な甘さが交わる。そこにモチモチしたクレープの食感が合わさり、満足感のある味わいになる。

 無難な味わい。だからこそいい。そんな感じのおいしさだ。

 少なくとも、私は好きな味だと言える。


「ねね、リベラちゃん、せっかくだから一口食べてみない? メガ盛り!」

「いいの?」

「ふふっ、リベラちゃんにヤバいって言わせたいからね」


 ちょうどクレープまで到達したメガ盛りを私に向けるルーヤ。

 断っても、特になにも言われないだろう。しかし、興味を持っている相手の誘いを断るというのもなんだかもったいない気がする。

 そう思った私は、素直に一口貰うことにした。


「じゃあ、遠慮なく食べてみるね」

「うっし、感想待ってまーす!」


 クレープからこぼれないように気を付けながら受け取り、メガ盛りを口に運んでいく。


「こ、これは……!」


 まず、クリームの暴力が凄い。大きな口を開けたつもりだったのに、唇にクリームが付いてしまった。圧倒的な量だ。

 そして味。これもまた、凄い。大量のクリームにはチョコスプレーとチョコソースが塗されていて、さらに隠されていたアイスも口にすることができた。

 全体的に凄い。甘さで殴りかかってきてるような感覚だ。

 アイスはミルクアイス。しっかりした甘さがある。そこにクリームのふわっとした甘さ。チョコレートの濃厚な甘さも加わる。

 するとどうなる。どうなるかというと。


「……ヤバいね、癖になったら危険な味」

「ふふん、マジでヤバいっしょ。これがアルティメットメガビック盛りデラックス! ちなみにもうチョイ奥にはコーンフレークもあるよ」

「恐ろしいボリューム」

「あたしはイベントの度にこれを注文して、旅人さんを中心とした参加者を驚かせてるの!」

「インパクトあるし、ヤバさが伝わったかも」

「ふふん、これもヤバい街の特徴なんだ」


 クレープをみんなで食べ終わったのち、またもやルーヤが屋店を提案してきた。


「ギャルのおすすめの続き! 美味しい飲み物、タピオカ!」

「聞いたことない飲み物かも」

「これもヤバいよー? 覚悟しておいた方がいいかも」

「ヤバい飲み物……どんな感じなんだろ」


 ルーヤは笑顔でヤバいと言っていた。

 この場合のヤバいは多分、前向きなヤバいなのだろう。

 壮絶な味がするからヤバいとかそういうのではないとは感じ取れる。

 私も少しずつヤバいを理解してきたような気がする。

 ちょっと移動した先に、タピオカの屋台があった。

 なにやら機械が動作している。


「タピるっていうのは、ギャルの嗜み! 女の子の楽しみって言ってもいいかもね!」

「この街の文化として賑わってるみたいな」

「この街だけでもないよ? 別の世界の文化が伝わってるとこなら絶対流行ってる文化だからね」

「そんなになんだ」


 異世界転移という現象によって訪れた人によって伝わった文化というのは珍しいものだ。

 最初は興味を惹かれていても、次第に日常のひとつに溶け込むという話は少なくないらしい。

 だから、流行としてのブームが続いている文化というのには、興味がある。


「甘い飲み物にモチモチのタピオカっていうのが定番だね! ささっ注文してみて!」

「ええっと」


 ルーヤに促される形で、私はタピオカを注文する。

 甘い飲み物。そこに黒い不思議なものが組み合わさる。

 ……どんな感じになるんだろう。

 私は味を想像しながらも、タピオカミルクティーを注文した。

 私の隣では、ルーヤはアイスココアのタピオカを注文していた。

 少しの時間が立ち、タピオカが完成する。

 濃厚なミルクティーの中に黒くて丸いものがいっぱい沈んでいる。

 蓋の上からは大きな筒のようなものが刺さっている。それで味わう形になるのだろうか。


「あれ、リベラちゃんはストロー初めて?」


 きょとんとした表情で問いかけるルーヤ。

 そのひとことで筒のようなものがストローであることにようやく理解した。

 ストロー。別の世界から伝わって比較的多くの街に伝わっている飲み物を飲むのに使うものだ。それはわかっていた。

 でも。


「ううん、知らないわけではない。でもストローにしては大きくない?」

「タピオカ用のやつだからね。黒いのを食べるんだよ?」

「えっ、食べられるの、これ」


 意外だった。てっきり、風味とかそういうものかと思っていた。

 そんな驚いた私に対してルーヤは楽しそうに微笑んだ。


「食べれるんだよねぇ、しっかりと。ミルクティーと一緒にいくつか吸い上げて食べてみて!」

「う、うん。やってみる。」


 別のベンチに移動して、緊張しながらストローを使ってタピオカミルクティーを味わう。

 ミルクティーと一緒に黒いものがふたつほど口の中に入ってくる。

 舌で動かしてみると、柔らかい感覚。では、嚙んでみるとどうなるか。

 ゆったりと黒いものを味わう。

 もちっとした感覚があった。

 柔らかくて、どこかお餅のような感じの食感。

 それがミルクティーの甘さと一緒に味わうことによって、独特な味わいを感じさせる。


「甘いのはクレープと一緒かもだけど、こっちは満足感があるっしょ?」


 なるほど、満足感。

 それは確かに感じられる。

 まるで、食事をしながら飲み物を味わっている感覚だ。

 贅沢な感じがある飲み物。それがタピオカなのかもしれない。


「一回の味わった時の口の満足感がヤバいね」


 ギャルっぽく言うならこうなるのかもしれない。

 ……まだ、ちょっと固めかもしれないけれども、ヤバいというのはなんとなく伺えた。


「ふふん、そういうものだからね。あっ、ちなみに、黒いのがタピオカだっていうのは覚えておいて損はないよ!」

「飲み物の総称じゃないんだ」

「タピオカが入った飲み物だからタピオカなんとかってなってる感じ!」

「なるほど、そういう感じだったんだね」


 黒いものはタピオカ。しっかり覚えることができた。

 他のところで見ても多分思い出すだろう。


「あとね、不思議な見た目も相まって映えもいいんだよ!」


 そう言って写真機を取り出すルーヤ。

 写真を収めるまでの動きはあっという間だった。


「ほら、笑顔になって! タピオカもって、ピース!」

「うぇ……!? こ、こうでいいかな」


 パシャ、という音が響いて、写真が撮られる。

 そこにはミニスカートのちょっと活発そうな私と、ばっちりな笑顔で映っているルーヤの姿があった。

 ふたりでタピオカを持っているのもあって、綺麗なツーショットになっている。


「よしよし、完璧! この可愛さはヤバいね!」

「ありがとう、記念になったらいいな」

「リベラちゃんにもあげるよ! ちょっと待っててね……」


 彼女が写真機を操作すると、フィルムがひとつできあがり、私の手元にすぐさま届いた。


「ほい完成!」

「早いね」

「ふふふ、それがこの街の特色なのだ!」


 写真を受け取り、タピオカを飲み終わる。

 やがて、満腹感がいっぱいになった私たちは、街の人が良く見えるメインストリートまで移動して、その端にあるベンチで座っていた。


「ヤバい街って書いてあったから、最初は怖いところなのかなって思ったんだ」

「へぇ、門番さんとかが警戒させてきたの?」

「そもそも門番が鎧いっぱいなのに、中の住民がファッショナブルなことにも驚いたけどね」


 街の外と中のイメージが全然違う。

 そして、ヤバいの意味もたくさんあるという空間だった不思議。

 どれも、面白い体験ではあった。だけど、気になることもあった。


「ここって、どうして『ヤバい街』なのか、わかるかな」


 そう、ヤバい街である理由が知りたくなった。

 法律の意味だって、まだ分かり切っていない。


『生きるってマジヤバい! ヤバいからこそ自分らしく生きよう!』


 その言葉の意味が知りたかった。

 私の問いかけに対して、ルーヤは空を見上げながら答えてくれた。


「そうだね……その質問に答える前に、ひとつ逆に聞いてみたいかな。この世界、自分らしく生きられる人ってどれくらいいると思う?」

「難しい問いかけだね」

「まず、リベラちゃんはどう考えてるか聞いてみたいな」


 逆に質問で返されてしまった。

 でも、大切なことだと感じたので、私も誠実に答えたいと思った。


「自分っていう軸が確立してる人なら、自分らしく生きることはできると思う」

「軸?」

「うん。どんなことがあっても、私は私であるって断言できるような人は自分らしく生きているって言える。けど、不安に感じちゃう人だと難しいかもしれないって思う」


 私はどっちかというと前者よりだろう。あまり自分という存在が揺らぐことはない。

 でも、それが難しい人もいる。当然だろう。考え方は多種多様なのだから。


「だから、きっとそんなに自分らしく生きられる人っていうのは多くないんじゃないかなって考えるかな。状況によって揺らいじゃう人だっているわけだし」

「それがリベラちゃんの答えなんだね」

「まぁ、あくまで私個人の考え方だけどね」


 生きることは変化することでもある。

 だから、その変化とどう向き合うかも大切だ。

 私の答えに頷いたルーヤは、自身の胸に手を当て、語ってきた。


「この街がヤバい理由はね、自分らしさと向き合うからなんだ」

「自分らしさと向き合う?」

「うん」


 空を見つめて、彼女が続ける。


「旅人さんに対して爆弾を利用してギャルを体験してもらうのも、よりよい自分らしさを探してもらう為なんだよ」

「もし、ギャルに染まっちゃったらどうするの?」


 強制的に別の恰好になって、新しい体験をする。

 その刺激によって心境が変わってしまうこともあるだろう。もし、そうなったらどうなるのか。

 私の言葉に対して、ルーヤは笑いながら答えた。


「その時はその時。でもね、私は自分で選んだっていうことが大切だと思うから、それもそれでいいと思うんだ」

「元気に、明るい姿を見せられるようになるっていうのもいい変化だから?」

「そういうこと! もちろん、本気で嫌って言われたらアフターサービスして色々調整するけどね!」


 自分らしさと向き合う。

 新しい自分を考えるというのも大切という考えなのかもしれない。


「ところでファッショナブルな人が多い理由も気になった」

「ヤバい街に暮らしている人は自分を貫き通している人が多いんだ。ほら、ここの街を守る門番さんなんて鎧姿でしょ?」

「確かに……みんな、各々が着たい服、やりたいことをしてた」


 街を歩いていた人たちは前向きで、やりたいことをやっている。

 門番さんも、ルーヤも自分が主体になって行動している。

 みんな、自分のペースで生きている。


「生きるって何が起こるかわからないじゃない?」

「そうだね、爆弾に当たったり、ギャルらしい衣装になるなんて想像もしてなかった」

「だからこそ、面白いし、ヤバいんだ」

「そのヤバいは、肯定的なヤバい?」

「どっちも! ピンチもあるし、楽しいこともいっぱいあるからね。でも、ヤバいっていうのと向き合えば、私たちはもっと自分らしくなれるって信じてるんだ」

「なるほどね、だからこそヤバい街なんだ」


 いいことも悪いこともいっぱいある。

 それこそクレープを食べてヤバいってうっとりすることもあれば、ピンチになってヤバいと感じることもあるだろう。

 でも、それらは生きていく中で積み重なっていって、自分らしさに繋がっていく。


『生きるってマジヤバい! ヤバいからこそ自分らしく生きよう!』


 もう一度、頭で思い浮かぶ街の法律。

 いい法律だな、と私は思った。

 笑顔で語るルーヤの姿はいつまでも眩しかった。







「じゃあ、また私は旅を続けるよ」


 後日の街の外。門番とルーヤに見守られながら私はヤバい街から離れていく。

 改めて街での体験を振り返るとヤバかった、と感じられた。

 もちろん、いい意味で。


「おう、その調子だといい経験になったようだな!」

「はい、お陰様で」

「楽しそうにギャル体験してたよー、よかったよね、門番さん!」

「あぁ、幸いだ」


 顔は見えないけれど、気さくな門番さんも満足げだ。

 笑っているような感じの声色でもある。

 一方でもう片方の門番は、ひと段落したことにほっとした様子で話していた。


「慣れない服で大変じゃなかったか?」

「一応大丈夫だったかな。門番さんもギャルになったの?」

「俺はパリピになってた」

「え、どういう意味?」

「イケてるお兄さんになってたってことだよ! あの時結構イケイケだったのに、もうしないの?」

「しないしない、ああいうのは無礼講なときだけにするって決めたんだ」


 静かめな門番さんが色々思案していたのは、そういう事情があったのか。

 なんていうか、本当にそれぞれの自分らしさが開拓されていく街だと感じる。


「男の人の場合はギャルじゃないんだ」

「あっ、ギャルになりたいって感じだったらギャルにもしちゃうけどね!」

「色々調整してるんだね、凄い」

「ふふん、ヤバい街だからね!」


 笑顔でそう答えるルーヤ。

 門番さんもやれやれと肩を落としながらも、まんざらでもない様子。

 いっぱいヤバさが伝わってきた街。

 楽しかった、という気持ちがいっぱいになる。


「みんな、元気でね!」

「うん、リベラちゃんも健康には気を付けてね!」


 手を振って街から離れていく。

 ヤバい街、なかなか刺激的な街だった。


「……あれ?」


 ふと、風が吹いた。

 その時、足が涼しいことに気が付く。

 そういえば、今日もギャル服のままだった。

 貰った服をそのまま着ていた。当然普段着もあるけど、今着替えるのはなんだか気分的にやめておこうと思った。


「たまには気分転換も悪くないからね」


 自分で選んで、決めたのならそれはきっと自分らしい選択なのだ。

 私らしく、前向きに旅をしていこう。

 どんなヤバいことがあっても、きっと色んな思い出になるはずだから。

 青空快晴、まっすぐ歩く道。

 吹き抜ける風の感覚が、不思議とどこか心地よかった。

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