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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第3話【過去を求める船着き場】

 過去の記憶の積み重ねが人という存在を証明する、という話がある。

 小さい頃の記憶や、大人になるまでの思い出はかけがえのないもので、個人の性格に繋がるという考えだろう。

 私はその考えが少しだけ不思議だと思った。





「……本当に、過去を表明できないんだな?」


 ある船着き場の船主に訪ねた時に尋ねられたこと。

 それは過去の証明だった。


「残念ながら、幼い頃の記憶というものがないからね」

「そんな馬鹿な。記憶喪失か? それならある程度俺の方から説明して取り繕ってやれるが……」

「違うよ。別に記憶を失ってるわけではないよ。存在しないだけ」

「そりゃあ、なんていうか変わった事情だな……」


 端的に事情を説明する。

 そんな私に対して船主は俯きながら答えた。


「別に言いたくないっていうなら構わないが……今のお前さんの状況だとこの街での行動はかなり束縛されちまうぞ?」

「その言い分だと、船も使えなそうだね」

「あぁ、残念ながら過去を証言するか、証明するものがなければ使わせることはできない。この船着き場の法律があるからな」

「わかった。話を聞いてくれてありがとね」

「あぁ、無理はするなよ」


 船を使って別の旅路で行動する計画は失敗に終わってしまったか。

 別の船着き場を探すのも検討した方がいいかもしれない。

 静かに船着き場を歩きながら、次の方針を考える。

 ……この近くにしっかりとした街は存在しない。むしろ船着き場そのものが街としての機能を果たしている。


「わたしはこういうものです。街の法律に従い、取引を行っても?」


 ふと交易場に目が向く。

 そこでは取引を行う商人が身分証明としてノートを用意していた。


「あぁ構わない。ほら、いくつか海を越えた先の街から運んできた肉を用意したから持っていきな!」

「ありがとうございます、ではまた」


 問題なく取引が成立される状況を見て、うまく街に対応できていたらあんな感じになるんだと納得する。


「街の法律について書かれたものとかあればいいけど……」


 船着き場だから掲示板みたいなものに書かれているのだろうか。

 そう思い、船着き場の中央広場まで向かう。

 賑わっている広場では相変わらず交易が盛んに行われていて、自分の身分を丁寧に説明している商人がたくさんいた。

 そこで、私は掲示板を見つめる。

 ……見つけた。


「過去を求める船着き場の法……それは『過去を提示せよ。過去は今を導く光であり希望の象徴なのだから』っていうのだね」


 ちょっと詩的な表現が入ってるような法律だ。

 でも、さっきの対応を考えるとその法の内面が理解できる。


「過去を証明できない存在は光も希望もないもの。つまり、優先されるべき人ではないってこと」


 つまり、道標のない存在ということになるだろう。

 ふと、船着き場にある灯台に注目する。


「この船着き場の住民は過去っていう灯台を大切にしてるんだ」


 灯台という光がなければ、船は海を彷徨ってしまう。

 過去という導を元に人は生きている。


「……いけませんね。この過去では貴女を信用できません」

「ちっ、赤裸々に説明したって言うのにこの仕打ちか」

「残念ですが、値引き交渉は断っておりますので」


 ふと、交易場のやり取りが失敗している現場を目にする。

 その光景もなかなかに興味深いものだった。


「なるほど……」


 よりよい信頼関係を結ぶためにこの法律が設立されているのだろう。

 過去を証明することで、自分という存在を理解してもらう。その上で交渉する。

 船着き場という人が行き来する空間だからこそ存在する法律という印象だ。


「そうなると、私はこの船着き場に相応しくないのかも」


 そう思いながら次の行動を悩んでいた時だった。

 ぐぅ、とお腹の音が鳴った。


「……まぁ、ダメ元でお店に入ってみようか」


 お腹が空いている状態で旅をするのはあまりにも酷だ。

 流石に、途中で行き倒れるのは勘弁願いたい。

 私は船着き場のサービスが快く受けられないのは承知で、とりあえずお店に入ることを決心するのであった。





 私が入ったお店はカフェのような空間だった。

 身なりがしっかりしている人々が出入りしていて、お洒落な雰囲気を感じさせる。

 黒コートを着ている私もその雰囲気には合致しているのかもしれないけれど、残念ながら私には証明できる過去がない。

 優雅なティータイムを送るのは難しいだろう。


「すみません、過去を証明できないような人でも使えるようなメニューってありますか?」


 相手に気を遣わせたらいけないと思い、尋ねてみる。

 すると店員さんは少し考え込んだのちに、黒いメニューを取り出してきた。


「こちらになりますが……本当に証明できないのですか?」


 メニューにはシンプルな塩パンやコーヒーといったものが記載されている。

 選べるもののバリュエーションも少なく、必要最低限のサービスという印象だ。

 店員が心配そうに問いかけてきたので、私もはっきりと答える。


「うん、私の過去を証明できるものがないから、このメニューで大丈夫。コーヒーと塩パンをお願い」

「わかりました。席は自由に使えますので、遠慮せずに使っていただければ」

「ありがとう、助かるよ」


 ささっと用意された塩パンとコーヒーを受け取り、席に座る。

 目立つ位置にいるのはあまりよくないだろう。そう思い、ほどほどに目立たない席に座った。


「いただきます」


 塩パンをしっかりと味わう。

 ……悪くない味わいだ。もちっとした食感に塩のしょっぱさが利いている。最低限のサービスとはいえ、しっかりと味わえるのはありがたい。

 次にコーヒーを口にする。


「……やっぱり苦い」


 飲めないくらい苦いというわけではない。ただ、色々追加したくなる味わいだ。

 甘い味付けのカフェラテはこの船着き場の場合、過去がないと注文できなそうなのでここは割り切ろう。


「だから、手持ちの砂糖を加えよう」


 ミルクはちょっと保存に難があるものの砂糖はそうでもない。

 粉砂糖をささっと用意して、コーヒーにいくつか入れていく。

 私好みの味になりそうだ。

 木製のマドラーを利用してかき混ぜ、味を調整する。そんな時だった。


「あっ、アンタは自称魔法少女……!」


 美味しそうなパスタの皿をトレイに乗せる少女が私に話しかけてきた。

 ……見覚えのあるシルエットだ。フリルいっぱいの服。ミニスカートに星を模ったキラキラしたアクセサリーがいっぱいの少女。


「珍しいね、こんなところで会うとは思わなかったよ。自称じゃないほうの魔法少女さん?」


 そう、彼女は旅をしている時に知り合った少女だ。厳密に言うと魔法少女だけれども。

 私と違うのは自称魔法少女ではなく、正真正銘の魔法を使う、魔法少女だということか。


「あたしにはステラって名前があるわ! ステラ・クォーレよ! 覚えてるでしょ!」

「忘れてないよ、ステラ。でも、私の名前も忘れてないよね?」

「リベラ・マギアロアでしょ? なんでそんな節制してるような食事してるかよくわからないけど」


 そう言いながら私の食事に目を向けるステラ。

 ……なんだかんだで気になるようだ。


「過去を証明できないからね、こういうことになってる」

「証明できないの? 魔法少女を自称してるのに?」

「そういうステラは証明できるんだ」

「まぁね。証明書も持ってるもん」


 そう言って彼女は魔法使用許可証を私に提示してきた。

 律儀に許可を認定された日も書かれている。


「身分証明ができるっていうのは便利だからね。肌身欠かさず持ってるってわけ」

「身分を表すものかぁ……私にはちょっと難しいかも」


 ステラに座ることを促して、私の目の前の席に案内する。

 少し考えてはいたものの、すっと椅子に座っていった。


「アンタ、旅人じゃないの?」

「そうだね。自由に旅してる」

「なんか、こう……自分はこういうものですって証明できるものって本当にないの?」


 パスタを口にしながら、心配そうに話すステラ。

 なんだかんだで心配してくれているのかもしれない。魔法少女としての優しさを感じる。


「住んでいた街の記憶があれば楽だったかもしれないけど、残念ながらないよ」

「意外……」

「私にあるのはこの『魔法辞典』と知的好奇心くらいだからね」

「あっ、その本! なんかこの前アピールされた気がする!」


 魔力によって形成された魔法辞典を指差しながらステラが続ける。


「『魔の法律』を扱う少女だから、魔法少女だってやつ! あれ、あたし納得してない!」

「なんで?」

「なんか脱法っぽい! ズルい言い方!」


 指摘する彼女には拘りを感じる。魔法少女だからこそ引っかかる言い回しなのかもしれない。

 ……それにしても、脱法。面白い表現だ。


「ルールに背いてるつもりはないよ。気に入ってるからそう名乗ってるだけ」

「ぐぬぬぬ、なんか悔しい!」

「名前に恥じないようには努力してるつもりだから、そこはちょっと納得してほしいかも」


 そう言った時、ステラは小さくため息を付いた。


「まぁ、アンタも人助けしてるからいいけどさ。魔法少女にマイナスイメージを抱かせたら許さないからね?」

「気を付けるよ」


 ゆったりと砂糖いっぱいのコーヒーを味わい、一服する。

 知人と雑談する時間というのも悪くはない。

 食事が進んでいた時、ステラが私に問いかけてきた。


「リベラって過去を語りたがらないけど、それってなんでなの?」

「過去を語る手段がないからだよ」

「はぐらかしてる?」

「事実」


 コーヒーに少しだけ残った苦みが口に広がる。

 話せる内容があるとすればこれくらいか。


「『魔の法律』の力を扱うことができる少女っていうのが全てだからね」

「その『魔の法律』っていうのはなんなのよ? アンタ以外からは聞かない言葉だけど」

「かつて栄えていた王国の法律で、街の法より強い権限がある力を持った法律……だったと思う」

「聞きかじりのような言い方ね?」

「書物を探して見つけた内容ではっきりした内容の奴がなかったからね」


 自分にもその力が宿っているとはいえ、どんな理屈で成立した法律なのかは私にはわからない。

 過去に滅んだ国の法、『魔の法律』は間違いなく存在していたという事実は私がいるということで証明できる。

 しかし、どんな形で使われていた法律なのかはわからないのだ。


「で、なんで結局リベラは過去があいまいなの?」

「……瓦礫に埋まったクリスタルから解放された存在って言ったら信じる?」

「え?」

「そういう出自だから、過去の記憶がないんだ」

「ほ、本当に? なんかおとぎ話っぽいけど本当なの?」

「ステラが信じるなら、それが答えだよ」


 少なくとも私は過去を気にしない。

 私がどのように目を覚ましたとしても、今の私は私らしく生きている。

 だから、クリスタルから目を覚ましたというのが信じてもらえなくても、それはそれで構わないのだ。


「……でも、やっぱり不便じゃない? そういう過去がないっていうのは」

「過去は今の積み重ねで創り上げられるものだよ。だから、完全に過去がないってわけじゃない」

「そういうものなの?」

「少なくとも、私はそう考えてる。……あっ、今ので閃いた」


 再び魔力辞典を展開する。

 今、この街で私の過去を証明するとすればこんな形になるだろう。

 マギアロアの法を発動し、提唱する。


「我、リベラ・マギアロアの名を持って新たな法を提唱する。『過去の追求、連なり重なる日々から解明せよ』」


 そう言葉にした瞬間、私の周囲に魔力が展開され、その魔力が魔力辞典を持っていない左手に集まる。


「法律を作ったの?」

「ううん、この船着き場の法を参考にして、ちょっとした魔法を発動しただけ。変なルールは作ってないよ」

「なるほど、魔法少女……」

「それっぽいかな」

「ふん、及第点ってところかしら」


 左手に集まった魔力に意識を集中させて、新しい形に変化させていく。

 キラキラした魔力が収束し、その先にメモ帳が完成した。


「それは?」

「ここ一ヶ月の記録を纏めたメモ帳。これも過去だから、多分証明書になるはず」

「考えたわね……読んでもいいかしら」

「いいよ、その為に作ったから」


 ステラがひとつひとつページを捲って確認する。

 頷きながら読むその姿を見つめるのは不思議と悪い気がしない。


「淑女の街なんて、面白いところに行ってたのね」

「知らない経験ができるっていうのは楽しいよね。あんな感じの街、また行ってみたい」

「あっ、バリスタのバーもご無沙汰ね……今度またマスターに会いに行きたいわ」

「行きたい時に行けば、喜んでもらえるよ」


 一ヶ月の出来事も積み重なると過去になる。

 自由に旅をする中で増えていく今を、私はどんどん増やしていきたい。


「意外と自由に動くわよね、リベラって」

「その方が気が楽だからね」

「街の法に向き合うのは趣味?」

「文化を知ったりするきっかけは大切にしたいっていつも思ってるから」

「真面目ね」

「見直した?」

「ふん、でも魔法少女らしさはまだ私の方が上だと思うわよ?」

「今日は食べてるだけだけどね」

「休憩も大切なのよ」


 話をしている間に、お互いの食事が終わっていたみたいだ。

 テーブルの上のお皿にはもう何も残っていない。

 コーヒーも空っぽだ。


「さて、一ヶ月分の過去でどれくらいのサービスが提供してもらえるか挑戦してみようかな」

「うまく行くと思う?」

「やらないよりはやった方がいいって思うよ」

「それもそうね。まぁ、せっかくだし、あたしも付き合ってあげるわよ。ちょうど船使いたかったし」

「それは助かるね。ありがとう、ステラ」

「ふん、別にアンタが心配ってわけじゃないからね」


 ツンケンした様子でありながらも、どこか気にしている様子。

 そんな彼女にほっこりしながら、私は船の元まで向かうことにした。





「証明できる過去、一ヶ月分だとどれくらい航海できますかね」


 マギアロアの法で記録したメモ帳を船主に渡して尋ねる。

 船主は悩んだのち、答えた。


「長旅はできねぇが、ちょっとした島を渡るくらいならできるな」

「よかった」

「ただ、証明人みたいなのがいると別の大陸までいけるくらいのサービスはあげられるな」

「……だってよ、ステラ」


 私がステラに視線を向けると、彼女は自信満々に頷いた。


「ふん、リベラとは腐れ縁だから、ある程度いいやつだっていうのは証明してあげられるわよ。なんなら変な思い出とか話してもいいわよ!」

「……だ、そうで」

「いい友達じゃねえか。よーし、アンタらを信頼してやろう。別の大陸まで運んでやろうじゃねぇか! 出航準備を行うぞ!」

「ありがとう」


 なんとか無事に次の街まで行ける手段を得た私とステラ。

 挑戦した甲斐があった。そう思える瞬間だった。







 船旅。

 月と海が広がる船で私は外を見つめていた。


「考え事?」


 そんな私にステラが話しかける。

 軽く微笑みながら、私は応じる。


「未来のことを考えてた」

「過去のことじゃなくて?」

「うん。私の場合そっちの方が好きだからね」


 空を見つめて、呟く。


「過去は自分を創り上げるものだっていうけど、私は過去だけが自分を創ってるわけじゃないと思ってる」

「でも、思い出があればあるほど、豊かな感情になるとも思わない?」

「……それもそうだね。昔の自分がいて、今の自分もいる。そう考えると不思議な感覚かも」

「一生懸命生きてれば、もっといいあたしになれる。あたしはそう信じてるかな。過去にどんなことがあっても、取り返しのつかないミスでもなければ覆せるし」

「過去の私に誇れるように、今を生きるっていうのも楽しそうだよね」

「そうね、だからリベラはあたしにもっと魔法少女らしいって言われるように頑張りなさいよ?」


 そう言いながら笑うステラ。

 静かな時間の笑顔というのはなんだかいいものだ。

 安心感を感じさせる。


「また別々に旅に出るけど、また会ったら雑談しよう」

「お願いがあったら協力を申し出るかもね、リベラに」

「楽しみにしてる」

「こっちこそ」


 夜の海。

 ゆったりと広がる大海原。

 ……過去はかけがえのないもので、未来はともに歩んでいくもの。

 私は未来に進んでいきたいけれども、時々過去のことを振り返ってもいいのかもしれない。

 過去の証明を求める船着き場の灯台の光は、遠くに行ってもまだ煌々と光っていた。

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