第1話【笑顔を代償に生きる街】
ふと表情が緩む瞬間、私は不思議と心が温かくなる気持ちに包まれる。
逆に、笑顔がない世界はどんな気持ちになるのだろうか。
今日の私はそんなことを考えていた。
ぼんやり街道を進んで歩く旅。
陽の光はまだ眩しく、お腹も少し空いてきたお昼頃。
……そろそろなにかを食べたい、そんな空腹感だ。
そんなことを考えながら進んでいった先に、新しい街が見つかった。
「よし、今日はあの街でお昼を取ろうか」
外から街の景色を見つめる。
街の中にある家には色がない。いや、厳密には白と黒のモノクロだ。
色鮮やかな自然とは全く異なる雰囲気に、どこか異質な雰囲気を感じさせられる。
「この街の法はどうなってるんだろ」
私が生きている世界の街にはそれぞれ『法律』がある。
昔から決まっている世界の規則みたいなもので、人々はその『法律』に従い、または寄り添いながら生きている。
『法律』は私たちの暮らしを支え、そして力を与えている。それは街の文化を支える魔法のようなものであり、技術でもある。だからこそ、法律に背いたものは罰を受けたり、街を追放されるというのは比較的少なくない話だ。
そういった事情もあり、法律に背くような行為はあまりしたくない。
「よっと、到着」
街の看板に何か書いてあると助かる。
そう思いながら、看板を確認する。
……ビンゴ。しっかり書いてあった。
『笑う感情を提供する代わりに裕福な暮らしを保証する。この契約は個人の裁量によって調整を行える』
そう法律が書かれた看板の下には【笑顔を代償に生きる街】と記載されている。
「笑顔を代償に生きる街、かぁ」
今回の法律は旅人の私にはあまり関係のない法律だ。
何故なら、街に暮らす住人に課せられる義務といった側面が強いからだ。
……とはいえ、街を通り過ごすつもりはない。
「お腹は空いたままだし、どこか飲食店を探してみよう」
お腹が空いているとあまり頭が回らないものだ。
色々考えたりするのは、まずお店を見つけてからにしよう。
そう思いついた私は、すぐさま行動を起こすことにした。
街を探索して少しの時間が経過して気が付いたことがある。
「綺麗な服を着飾っている人は浮かない表情をしてる……」
高級なバックや傘。ドレスを身に着けている人はどこか暗い表情をしていて、生気を感じられない。
「でも、あっちの方は……」
私の隣の小さい子供が走り去っていく。やや汚れた衣類は裕福という言葉とは真逆の印象を感じさせられるものの、対称的に幸せそうな印象だ。
なるほど、これが街の仕組み。
「笑顔か、裕福か、ねぇ」
裕福な暮らしをしているお屋敷から出てくる人はどんより模様。
逆に路地裏で暮らしている人は明るく元気。
同じ街にいるはずなのに、別の世界を生きているみたいだ。
「中間くらいの人っていないのかな」
街を歩いているとなんだか両極端な人が多い気がする。
ほどほどにお金を持ってそう、みたいな印象の人をあまり見ない。
そんなことを考えながら歩いていると落ち着いた雰囲気の建物が見つかった。
白と黒の塗装はそのまま、一軒家くらいの大きさの飲食店だ。
「そういうのも聞いてみよっかな」
情報収集は旅の醍醐味だ。
そう思いながら、私はお店へと入っていった。
「いらっしゃい。……おや、珍しい。旅人か」
「ふっ、旅人魔法少女さ」
「なんだそれ」
「ちょっとしたジョーク。ただの暇人だよ」
冗談を交わしながら奥へと進んでいく。
お店の中にいたのは少しガサツな印象を感じさせる気のいい男性だった。
おじさんといってもいいのかもしれない。口ひげがどこか仕事人気質を感じさせる。
カウンター席があったので、私はそっちまで移動して座る。
なんだかんだで相手と対面できる位置が好きなのだ。
「ところで、私みたいに旅してくる人ってそんなに珍しい?」
「あぁ、なんていうか街に異質な雰囲気があるから立ち寄りたくねぇっていうやつが多くてな」
「私はそういうの、あんまり気にしてないからね。街それぞれの文化を見るのが好きだから」
「ははっ、変わった奴だな」
そういって笑うおじさん。
笑えるということは、そこまで感情を代償にしてないみたいだ。
メニューを見て、食べたいものを考える。
……今日は揚げ物が食べたい。
「フライドチキンをふたつ、パンをひとつ」
「はいよ」
「あと、お茶を一杯」
「毎度! お金はあるかい?」
「うん、あるよ」
懐にあるバックからお金を取り出す。
どの街でも使える共通通貨だ。旅人としての懐はちょっぴりだけ自信がある。
……まぁ、無くなったらいい感じの場所で稼ぐだけだけど。
「じゃあ、サクッと作るよ」
「揚げ物に因んで?」
「ふっ、そういう洒落は嫌いじゃねぇな!」
おじさんが油鍋に衣を包んだ鶏肉を入れて、じゅわっと揚げていく。
拍手のように響く音が心地よい。
「気になったことを質問しても?」
「いいぜ、何でも聞いてみな」
「この街では、裕福な人には大して、面白いことを言ったりしても笑ってもらえない?」
「そりゃあ、まぁそうだろうな。笑うことはできないだろう」
「うぅ、それは結構キツイかも。滑ったって感じで」
「笑うっていう感覚がなくなっちまうのさ。全部捧げちまったらな」
「感覚がなくなる?」
「あぁ。友人との交友関係はそれで途絶えちまった」
鶏肉を揚げる音だけが響く。
少し暗い話を思い出させてしまったか。
次の言葉に悩むより先に、私は言葉を繋いだ。
「ええっと、おじさんはどうかな。笑顔はどれくらい支払った?」
「おじさん? あぁ、オレは……まぁ、ほどほどかな。小さな店が経営できるくらいの代償だ」
「そっか。……生活は苦しくない?」
「まぁ、ぼちぼちだな。お店に客が入ってこなけりゃあ儲けがなくてしんどい日もある。だが、悪くない人生を送っていると信じてるよ」
「そっか」
鶏肉が揚げられ、フライドチキンになった。
サクサクの衣に包まれたお肉が美味しそうだ。
「幸福の在り方なんてわかんねぇが、俺は今の生き方は悪くねぇって思ってる」
「うん、なんとなくだけど……私もそう感じるかな」
フライドチキン、パンにお茶がそれぞれ渡される。
どれも美味しそうだ。
「いただきます」
フライドチキンを口にすると、しっかりとした味わいの食感が口いっぱいに広がる。
サクッとした食感に、ジューシーな肉汁。高級というわけではないけれど、美味しさがいっぱいの風味。
パンはふっくらとした感触で、お茶はすっきり。
どれも美味しかった。
「ごちそうさまでした。お仕事、頑張ってね。応援してるよ」
「おう、お前さんもいい旅を!」
手を振って別れる。
私もおじさんも微笑くらいの微笑みだったものの、ちょっとした幸福がそこにはあった気がする。
「さて」
この後はどうしようか。
街に滞在して宿をとるのも悪くないけれど、まだ眠るには時間がある。
そう思いながら、街の比較的静かな公園をふらっと歩いている時だった。
「あ、あの、旅人さん、でしょうか」
裕福そうな恰好の少女が私の目の前で立ち止まった。
煌びやかなドレスのような衣装に、宝石のアクセサリー。お姫様のような印象を感じさせられる。
悩んでいる様子。これは、素直に受け答えしていくべきだろう。
「そうだね。私は旅人のリベラ・マギアロア。貴女は?」
「私……メルツと言います」
静かな雰囲気の彼女の表情は暗い。
まるで笑顔とは無縁の世界に生きているようだ。
彼女もまた、笑顔を代償にした人なのだろう。
「その、旅人さんでしたらお願いがありまして」
「お願い?」
「……私、見直したいんです。笑顔と裕福さを。その相談をしたくて」
そう言葉にする彼女は決心したような表情をしていた。
真剣な眼差し。法について真剣に考えるその姿に、私も寄り添いたくなる。
「私でよければ話を聞くよ」
「ありがとうございます……! 街の人にはあまりこういうことを話せなかったのです……!」
公園のベンチに座り、話を聞く姿勢を取る。
ここにはメルツと私しかいない。
「裕福さを手放してでも、笑顔になりたい理由はある?」
「その……本当にこれでいいのかと、思ってしまって」
「どういう意味?」
彼女が俯きながら話す。
「どんなに裕福になったとしても、何故だか満たされず……むしろ、心が痛むのです。お金を持っていなかったったとしても幸せに生きている人がいて、私は笑うことができない。その事実が心を蝕んで……」
「それで、悩みになってしまったと」
「はい……しかし、手放そうと思っても、今の立場を失うのが怖くって、でも変わりたくって……よくわからなくなって心配なんです。どうしようどうしようって考えるほど、眠れない日も続いて、笑えずに苦しくて……」
そう言葉にする彼女は心から悩んでいる様子だ。
目に涙を浮かべながら、訴えかけるような、懺悔するようなトーンで言葉を続ける。
その様子を見て、私は……
「ねぇ、もし調節した先のことを知ることができるって言ったら信じる?」
「……そんなこと、できるんですか?」
「やってやれないことはないよ」
ひとつ、決意をした。
メルツに寄り添う法を用意しよう、と。
私独自の法……『マギアロアの法』で彼女を支えてあげよう。
魔力で形成された本を開き、白紙のページにひとつ新たな文章を刻む。
「我、リベラ・マギアロアの名を持って新たな法をこの場に展開する。『今、この場で裕福さと笑う感情の天秤を推し量る。幸福の尺度を再認識せよ』」
魔方陣が展開され、私とメルツを包み込む。
『マギアロアの法』は成立した。後は彼女に寄り添っていく。
「これで、笑顔と幸福の尺度を調べられるようになったよ。調べてみて」
「あ、ありがとうございます」
困惑した様子で下を向いて魔方陣を見つめるメルツ。
「強く願えば、笑顔の代償に応じた自分の姿が見えてくるよ。魔方陣の外側を見つめてみて」
自分でもうまく行っているかを確認する為に、『笑顔を最大限まで失った自分自身』を確認する。
そこには何もかも興味を失せているような私の姿が映し出されていた。
虚無の表情、猫背の私。まるで、別人だ。
……うん、やっぱり私には笑顔が必要不可欠だ。間違いない。
私の隣では、メルツがぼんやりとした様子で自分のあらゆる姿を見つめていた。
「凄い、生き生きしてる」
富も財産もない自分の姿を見ては眼を輝かせる彼女。
穏やかな暮らしをしている笑顔と裕福さを調整している姿も見える。
笑顔はないものの、厳かに生きている、今のメルツ自身を映している瞬間もあった。
どれも、彼女の生き方を示している。
「どんな道を選んでも、きっとメルツの新しい生き方になるよ」
「それは、なんでですか……?」
「自分で選んで、覚悟を決めたなら後悔しないから」
彼女は真剣に自分の進む先を考えている。
だったら、私は背中を押してあげたい。
最初の一歩を踏み出せるように。
「メルツ、私は笑顔の人が好きだけど、強要するのも違うと思うんだ」
「ほどほどに笑う人生もいい、と?」
「そうそう。笑える時に笑うとしても、その量は人それぞれでいいんだよ」
「そう、ですか」
「だから、ゆっくり考えて、自分なりに決めていくといいと思うよ。まだ人生は長いし、選択肢はいっぱいあるはずだから」
メルツが立ち上がったのを確認して、私は『マギアロアの法』の展開を止める。
もう、心配はいらなそうだ。
「ありがとうございます、リベラさん」
「どういたしまして、メルツ。素敵な日々が増えたら幸いだよ」
「うまくできるかはわかりませんが、精一杯頑張ってみます……!」
【笑顔を代償に生きる街】
それは、選択する街。
きっと裕福に生きるのも、笑顔を求めるのも、間違いではないのだろう。
各々が選んだ生き方に後悔しないのならば、法律は人の心に寄り添っていくのだろう。
街の人々との交流を得て、私はそう思った。
数日後、私はまた遠くを旅していた。
道は決めていない。
少し悩みながらまた進んでいくんだろう。
「おや?」
ふとした時、私に手紙が届いた。
その手紙の差出人はメルツと書いてあった。
気になってその手紙を読んでみる。
『色々悩んだのですが、私はあえて裕福さを捨ててみることにしました』
『高級なお肉も、料理も美味しかったのですが、それでも私は笑顔でいたかったのです』
『心から笑って、時に泥にまみれたりする生き方。苦難も多いと思いますが、一生懸命生きていきたいと思います』
『リベラさんの不思議な力はまるで魔法みたいでした。私の心の悩みをすっと解決してくださって……』
『これからの旅に幸福がありますように』
手紙には笑顔のメルツの写真が添えられていた。
そこに映っていた彼女の表情は私が見ていたメルツの表情の中でも一番よかった。
「メルツも生き方を決めたし、私もそろそろ次の街を発見していかないとね」
多くの文化に触れて、新しい見解を広げる。
それが旅の醍醐味だ。
「さて」
青空を見つめて、ゆっくり足を動かしていく。
「今日はどこに行こうか」
私の旅にはきっと笑顔は不可欠だ。
そう思って、なんとなく頬を上げて微笑んでみた。




