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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第16話【名無しの街】

 法律に対する罰が人に強い影響を与える街がある。

 今、私が休息の為にいる街もその傾向が強いと言えるだろう。


『名無しの街』


 それは、名前を呼ぶことを禁じられた街だ。

 現在存在している法律のルールは至ってシンプルだ。


『他人の名を呼ぶことを禁する。この法を破ったものは自身の名を失うだろう』


 自分の名前を言葉にすることは許されても、他人の名前を呼ぶことは許されない。

 食べ物や道具の固有名詞を言葉にすることが可能でも、好きな人の名前を呼ぶことができない。

 名無しの罰が存在する街、名無しの街。

 街の法律にはどこか恣意的なものがあると感じていた。


「誰かに求められて作った法律……というよりは自分の意思を貫きたいという意思で創られた法律っぽいというか……」


 ちょっとした歪み、というべきなのだろうか。そんな感覚だ。少なくともルールの中に、法を制定した人の意図を感じるのは間違いない。

 街の様相はそこまで変わった様子ではない。

 レンガや木造建築。様々な形の建物が存在して、しっかり整備された街道がある。


「お前、今日の調子はどうだ?」

「まちまち。君も頑張ってるみたいだね。無理はしないように」


 人の名前を使わない、二人称の会話は他愛もなく繰り広げられていく。

 その生活にうっかりとしたミスは存在しない。

 誰もが自然な形で、他人の名前を喋らない生活を行っている。

 そこに暮らしている以上、それが基本のルールだと把握しているみたいだ。


「街のメンテはどうだ?」

「法律の方から得られてる魔力は循環してる。今日も街灯や魔法道具は動いているよ」

「よし、問題なさそうだな」


 ふと歩いていると、エンジニアの人々が話しているのを見かけた。

 法律から得られる魔力、というのは基本的な生活を支えるエネルギーだ。

 魔法の法律は人に制約を課す代わりに、町独自の魔力を形成して、街の道具を支えていく。

 他の街では使うことができない魔力を扱う道具も、強い制約がある街の場合は有効に使うことができるのだ。

 名無しの街の場合、罰の力が強いので、町全体の魔力の供給もあるはずだ。


「街を出る前に、色々調べてみようかな」


 ふと空を見つめてみる。

 空の色は夕焼けのオレンジ。

 今から外に出ても夜営になるのは間違いないだろう。

 色々と街のことを知って、次の日に気持ちを改めて旅をするというのもいいはずだ。

 思い立った私は、街の人たちに尋ねていくことにした。


 街の法律の由来、その理由を知る為に。



「この街の法律について? うーん、考えたことがなかったな」


 若者の男性に聞いてみたところ、漠然とした態度で答えられた。


「考える機会がなかったとか?」

「それもそうかもしれないな。俺が生まれる前からできてた法律だし、俺の母からもしっかり言われたよ。名前には気を付けろって」


 彼の年齢層はおおよそ二十歳くらいだ。

 そうなると、二十年以上前から存在している法律ということになる。結構長い。

 でも、男性との会話をしていて、疑問も生まれてきた。


「……あれ? 質問してもいいかな」

「構わないよ」

「自分の名前って、ある?」

「ん? あぁ、あるよ。普段はトラブルを避けたいから口にはしないけど」

「どうやって知った?」


 不思議な話だ。

 名前を呼んではいけないなら、命名するのだって難しいだろう。

 そうなると、どうやって自分の名前を理解するのだろう。

 私の疑問に対して、男性はさらっと答えた。


「簡単な話さ、母から文字で教わったのさ」

「文字で?」

「あぁ、小さい頃、喋れるようになって文字も書けるようになった時に、母が教えてくれたのさ」

「そうやって教えてもらうのには制限がかかってないんだ……」


 抜け道がある法律、というのもやっぱり変わっている。

 その街で暮らしている人からすると自然なことなのかもしれないけれど、旅人の身からすると独特な法律に思える。


「でも、この街における自分の名前ってどれくらいの価値があるのかな」


 それも純粋に気になることだった。

 他人には呼ばれない名前。それにはどれほどの意味があるのだろうか。

 男性は少し考え、私の質問に答える。


「そりゃあ、俺って言う存在を確立させるためにあるんじゃないか?」

「存在証明の為の名前ってこと?」

「そうだ。自分の軸っていうのかな。自分の名前を維持することは、法律を守ってるっていう自信にも繋がる。少なくとも俺はそう思うな」

「だから、名前を明かすタイミングがなくっても名前は大切と」

「そういうことになるな。自分に名前があるっていう事実が重要っていうか、そんな感じ」

「なるほど……」


 その考えには、一定の納得があった。

 街の法律を守っている存在であるという感覚と同時に、自分を象徴する軸を用意することができる。

 それが、この街における名前の意味になるのかもしれない。


「ありがとう、色々勉強になったよ」

「どういたしまして、旅人さん。いい旅を」


 二十歳くらいの男性から離れて、のんびり移動していく。

 街灯は光り輝き、少しずつ夜を感じさせてくる。そろそろ宿を探すのも検討したい時間帯だ。

 そんな中、宿を探しながら私は思案していた。


「名前が大切なら……」


 もし、法律の罰によって名前がなくなったらその人はどうなってしまうのだろうか。

 名前という軸を失った人はこの街でどうやって生きていくのだろうか。

 ……自分で、試すか?


「いやいや、それは流石にやりたくない」


 首を横に振り、自分の一瞬思い浮かんだ発想を打ち消す。

 誰かの名前を叫んだら、きっと旅人の私だって影響されて名前を失ってしまうだろう。

 街の法律というのはそういうものだ。その場所においては絶対のルールになる。この世界の法則ともいえる権限だ。


「私だって、今の自分の名前は好きだし」


 リベラ・マギアロア。

 その名前は誰かに付けられたものではない。私が勝手に付けて、名乗っている名前だ。

 それでも、この名前は自分らしい名前として気に入っている。

 名前を失うことは私でも怖い。名前を失った人はもっと怖い想いをしているのかもしれない。


「疑問はまだあるけど、休まないわけにはいかないか」


 何故、名前を呼ぶことだけを許さない法律にしたのか。

 名前を失った人の心はどうなってしまうのか。

 そのふたつの疑問がどうしても気になってしまう。

 その理由を知るきっかけはあるのだろうか。私は考えながらも物静かな街の隅の宿に泊まることを決めた。




 賑やかな場所から離れたところに存在する宿には人影がなかった。

 私が入ってきても話し声が聞こえてこないどころか、お客さんすら見当たらないほどだ。


「いらっしゃい……何名ですか」


 年老いた男性の亭主は暗い表情を浮かべながら話しかけてくる。


「ひとりです。泊まっても大丈夫ですか?」

「あぁ……構わない。僕の宿屋は個人で営業してるが、宿の心得は忘れてない」

「ありがとうございます。代金は……」

「ここに置いてほしい。先払い形式をとっているから」

「お金……うん、足りてるよ」


 代金を確認して、しっかりと支払う。

 亭主は落ち着いた態度でお金の勘定を済ませると、すぐに私に提案をしてきた。


「そろそろ夕食時だ。夕飯をすぐに作ってしまっても構わないか」

「ありがたいけど……いいの?」

「なぁに、僕は暇をしてるから構わないよ」

「そっか……じゃあ、お願いしようかな」


 仕事に対して真面目に取り掛かっている印象だ。

 部屋の隅々まで整備が届いていて、少なくとも受付からは悪い印象を感じない。

 サービスがしっかりしているお店は人気になったりしてもおかしくないのに、人が集まらないのが不思議に思える。


「その表情……どうして人が集まらないか気になってそうだね」

「わかるの?」

「あぁ、僕はそれなりに人の目を気にしているからね。……あまり来ないお客さんだ。その理由を話すのも悪くはない。食堂に上がってくれ。ゆっくり話がしたい」


 そういって彼は宿の奥まで行ってしまった。

 もしかしたら寂しがり屋だったりするのかもしれない。

 そう思いながら、私は亭主の後をついていくことにした。


 食堂の大きさはそれなりのものだった。

 おおよそ6グループくらいは座れるスペースがあるだろう。

 奥にはカウンター席もあり、亭主が料理を作っているのを近くで見ることができる。


「そのまま直接渡したいから、カウンター席に座ってほしい」

「うん、わかった」


 椅子に座り、亭主の様子を見守る。

 油鍋を使って粉を塗した鶏肉をじっくり揚げる。

 手を綺麗にした後に、キャベツをみじん切りにしてお皿に盛りつけていく。

 唐揚げ定食だ。手慣れた動きで様々な彩りがお皿の上で整っていく。


「美味しそう……」


 唐揚げが揚がる音を聞きながらそう呟く。

 そんな私に対して、亭主は静かに語りかけてきた。


「これは僕の女房がよく作っていた唐揚げ定食さ」

「作ってたってことは……」

「あぁ、もう亡くなってる」


 唐揚げの音が鳴り響く。

 亭主はぼんやりと唐揚げを見つめていた。


「昔は結構繁盛してたのさ、この店も」

「今も整備が整ってるし、人気になる要素はあると思うけど……」

「ははっ、そうだとしても、現実というのはなかなか厳しいものがあるものだよ」


 唐揚げの油を切り、お皿に乗せていく。

 手慣れた動きをしている中でも、どこか亭主の表情は沈んでいるように思えた。


「僕は、罪人なのさ」

「……名前を、失った?」

「あぁ、そうさ。今の僕には自分を証明できる名前がない。もう罰を受けた存在としての自分しかないのさ」


 自分自身のことを笑うかのように言葉にする亭主。

 その背中はどこか寂しそうにも思える。

 人がいいからこそ、名前を失ったのかもしれない。


「罰を受けることになった理由について、聞いても?」

「構わない」


 唐揚げを揚げ終わった亭主が、遠くを見つめながら話す。


「……女房が病気で、余命僅かだった瞬間に僕は名前を呼んだんだ。彼女の名前を、ね」

「街の法律は知ってても、言葉にしたかった……?」

「最期の瞬間、意識を失いつつある彼女に対して、僕はご褒美をあげたかった。名前を呼んであげたかったんだ。僕を支え続けてくれた、ただひとりの存在だったから」

「……女房さんは、どんな風に受け止めてくれた?」

「笑顔で、罪を犯した僕に対しても感謝の気持ちを伝えてくれた。嬉しいって、言ってくれたよ」

「そっか」


 その選択には後悔はなかったのだろう。

 当時のことを話している亭主の姿はどこか生き生きとしていた。

 でも、今の話になると彼の眼は曇っているように見える。


「彼女が亡くなったのち、僕は街の法律の力によって罰を受けた。僕自身の名前を失うという罰を」

「名前も、思い出せない?」

「思い出せない。僕を証明できるものはもう、この街からなくなってしまったよ」


 話をしながら、私の下に唐揚げ定食が届く。

 お味噌汁にご飯に、キャベツと唐揚げがあるシンプルな定食。

 とても美味しそうだ。


「だから、こうして過去の記憶に存在しているものを再現して、自分を意識してるのさ。女房の料理を再現したりしてね」

「罪を犯した後、宿に来る人の数は減ったの?」

「残念ながら減ってしまったよ。法律を守れないような人のお店は信頼できないという気持ちもあるのかもしれないね」

「……罪は、重く降り注ぐね」

「法律はそういう力もあるものさ」


 暗い空気になってしまった。

 そう思いながら、静かに食事を味わう。


「……いただきます」


 唐揚げとご飯をしっかり一緒に味わっていく。


「カリっとしてて、美味しいっ」


 新鮮な油を使っている食感だ。

 誠実に食事に向き合っているからこそ、この味が出せるという印象も感じさせる。

 女房さんがいなくなった今でも、宿に対しての強い意識を持っている。


「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 小さな笑顔を見せる亭主。

 その表情はかつて見せていたであろう笑顔の一つだったのかもしれない。


「亭主さんは、この街の法律についてどう感じてる?」

「どうって?」

「名前で呼ぶことだけが許されない法律。その理由について、考えたりしたことはあるのかなって」

「そうだね……理由について深く考察したことはないけれど、大昔の話なら本で読んだことがあるよ」

「大昔の話?」


 ゆっくりと、彼が話していく。


「言葉を喋れない男と、麗しい女性の物語さ」

「詳しく、聞いても?」

「あぁ、構わない。この話はある出会いから始まって……」


 亭主の話が切々と語られていく。



『昔々あるところに言葉を喋れない男と麗しい女性がいました』


『言葉を喋れない男性は、女性を助け、やがて恋に落ちていきます』


『ふたりは旅を繰り返し、切磋琢磨し、成長していき、やがて街を作ることになりました』


『いつしか、名前をふたりは呼び合うことになります。女性から男性には声で、男性から女性には文字で名前が伝えられました』


『幸せな時間が続き、街は少しずつ繁栄していきます。しかし、いつか人は年老いるもの。女性と男性は別れの日が訪れてしまいます』


『女性は男性の名前を呼び、別れを告げます。彼女の眼はもう見えません。そんな彼女に対して男性は想いを伝えきれずにいました』


『やがて女性は亡くなり、男性はひとりになりました』


『噂話はこういいます。「街を作った人は人でなしだ」「愛する人の名前を呼ばなかった」と』


『その言葉を聞いた男性は、街に法律を作ることにしました。「お前も、俺と同じ苦しみを味わえばいい」そう、心で願いながら』


『彼の力が強い魔力になり、街は『魔の法律』により力を得ました。しかし、その街の住民は人の名前を呼ぶことが許されなくなったのです』


『その力が呪いなのか、法律なのか、もう誰にもわかりません』



 昔話を終えた亭主は静かに語る。


「これは悲しい別れの物語だよ」

「思い合っていたのに、伝わらないのは辛い……」

「僕も同じ経験をしたからわかる。あの時の女房はもう目が見えなかったから」

「……だから、名前を呼んだんだ」

「あの時の選択は間違っていないと信じてる。でも、噂話はそうはいかない」

「昔話とは違って、逆に呼んだことを咎められる……」

「規則っていうのは難しいよ」


 愛する者の名前を呼んだから悪い噂をされる亭主。

 逆に愛する者の名前を呼べなかったから咎められた男性。

 どちらにもきっと大きな罪はないのだろう。

 それでも、理不尽な罪が存在するのは悲しいことだと、私は思った。

 だから……


「噂話だけでも、なんとかしよう」

「なんとかできるのか?」

「私だって法律にまつわる力を持ってるから……!」


 そう宣言して、私の力の象徴、魔法辞典を召喚する。

 いま、この瞬間を持って私の法……『マギアロアの法』を作り出すのだ。


「決意をした人が報われない物語なんて悲しいし、そんなの変えたいって思ったんだ」

「君、いったい何をするつもりだ……!?」

「法律に注釈を入れるつもり。『決意を持って名を宣言したものを住民は必要以上に咎めてはならない。私刑に走るものには相応の罰が下るだろう』と」

「わざわざ、僕ひとりの為に、そんな!」

「……昔話に登場する法律を作った男性だって、噂話で苦しんだ。……私は覚悟した人の意思を尊重したい、だからっ!」


 魔力を展開して、法の力を解き放つ。

 町全体に魔力が広がっていき、やがて新しいルール、法律として定着していくだろう。


「……感情的になってるかもしれないけど、力を持つ存在として、やっておきたかったんだ」

「法律は、しっかりと作用していくのだろうか……」

「そういうものとして、これから広まっていくはず。だから、大丈夫」

「君は一体……」


 その言葉に対して、私は静かに答えた。


「旅人の魔法少女だよ。これからも、ずっと」


 名前を言わなくても、存在は証明できる。

 私はそう信じている。だからこそ、こう言葉にする。


「亭主さん、あなたの女房さんに対する覚悟、立派だったと思う。だから、亭主さんは名前がなくったってきっと今でも大切な存在だよ」


 微笑みながら、私は言葉を続ける。


「だって、こうして私と話している亭主さんのこと、印象に残って忘れなさそうだもん」


 決意を秘めて罪を犯そうとした覚悟。

 そして、女房さんのことを忘れない想い。

 彼の姿はきっとこれからも覚えている。

 名前がなくったって、記憶していけるはずだ。


「そうか……なんだか、安心した」


 優しい笑みを浮かべる亭主。

 その表情は今まで見た中でも一番明るい表情だった。








 後日。

 宿で休み、朝となったのち、私は宿から新しい旅に出ることにした。


「もう行くのかい?」

「旅人だからね」

「そうか、健康には気を付けて」

「意識してくよ。じゃあね」


 手を振って別れを告げる。

 少しずつ『名無しの街』は遠ざかっていく。


 罪は罰と一緒に存在するもの。

 人間として行っていけない行為に対しての罪ならば、裁かれた時に然るべき罰を受けるというのが自然な流れだろう。

 しかし、街の法律の場合はどうだろうか。町独特の法律をどうしても破らないといけなくなった時、その罪はどれほどの罰になるのだろうか。

 どれほどの罰が、適正なものになるのだろうか。

 私はまだ、その差異について知ることはない。

 感覚として、違うんじゃないかと感じることしかできない。


「でも、それでいいのかも」


 法律は人に寄り添うものだ。

 悩み、考え、時に再定義を行いながらも少しずつ変わることもある。

 私が新しく定めた法だって古くなったりしたら、いつか定義が変わっていくのかもしれない。

 だからこそ、私たちは考え続けないといけない。


「私らしく、生きていたいから」


 『名無しの街』の経験は、私を成長させてくれた。そう信じられる。

 明るい空の眩しい太陽は、新しい旅立ちを歓迎してくれているようだった。

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