第15話【ピザの街】
こってり甘いものを食べた日があったなら、別の味覚を堪能したい日が発生するというのは珍しくなかったりする。
チョコレートに渋みのあるお茶が合うとかそういう話とはまた別の問題だ。チョコレートとはかけ離れた大胆な食感を味わいたいと思ってしまうというなかなか難儀な問題なのである。
……つまり、何が言いたいか?
それはもう、はっきりと言葉にできる。
「すっごいなんとなくだけど、ピザが食べたい!」
朝のパンを食べ終わり、ゆったりと歩いている私のひとりごと。
……そう、今は無性にピザが食べたい。お昼にピザを味わいたいのだ。
旅の食事というのはなかなかどうして自由が利かない。
持ち運びがしやすく日持ちする食材を使うというのを習慣にしているのもあって、凝った料理というのは街に到達しないと食べられない。
別に凝った料理を食べるのであれば、街ごとの飲食店に入ってオススメ料理を味わえばいいだけだ。それなら欲求不満も解消できるだろう。
しかし、特定のひとつのものを食べたいとなると、急に欲求を満たすことが難しくなってしまう。
「ただ、都合よくピザを焼ける施設がある街があるかはわからないんだよね……」
私が今食べたいのは本格的なピザ。
冷凍保存したものを再加熱して味わうようなものではない。
それこそ、焼きたてサクサク、チーズはもちもち、具材たくさんのピザが食べたいのだ。
ただ、そういうこってりしたピザを作れる施設が用意されている街というのはそうそう見たことがない。
ピザ用の石窯が置いてある街はなかなか珍しく、ピザが食べられるというだけで旅人の噂話に上がるくらいには存在感がある。
食べたいという時になかなか味わうことのできないもの、ピザ。
それを求めている。
「……ちょっと本格的に調べてみようかな」
のどかな街道の分岐路で、座れる椅子が置かれていたので、そこで休憩しながらピザがありそうな場所を探っていく。
調べる方法は単純明確。地図を使うことだ。
「最近ちょうど、この地域の新しい地図を貰えたんだよね」
ぼんやり歩いていた時に受け取った最新の地図。
これが役に立つかもしれない。
汚れが目立たない地図を広げて、その内容を確認していく。
「街は法の数だけ増える可能性があるから、しっかりと目を通す場合は気合を入れてかないと」
人は法に寄り添って生きる。
街の法が成立し、人が集まればひとつの文化として定着していく。
様々な法が存在するこの世界、いつ街が増えてもおかしくはないのだ。
「えっと、自分の現在地はここで……」
分岐路を見つけて、自分の位置を把握する。
そして、その周辺の街の情報を丁寧に調べていく。
長く存在している街には、しっかりと街としての年月が書かれている。
長いものでは百年続いている街もあった。
街の文化はそれぞれ異なるもの。長い年月を持って成長している街にも興味があったけれども、それ以上に私は別の街に惹かれていた。
「この街最近できたばっかりなんだ」
指でなぞりながら、周辺の街を調べていた時に、年月が若い街が見つかった。
街が成立してからまだ一年が経過していない。
かなりフレッシュな印象を感じさせられる。
「名前は……ええっと」
指の動かして、街の名前を確認する。
『ピザの街』
……再度、確認する。
『ピザの街』
目を擦って確認しようとして、止める。
……うん、私の目でしっかりと『ピザの街』と地図に書かれているのが確認できる。
「こういう偶然もあるんだ……」
困惑と同時に期待の感情が膨れ上がっていく。
比較的新しいピザの街。そこではどんな出会いや食事が待っているのだろうか。
私の現在地からそうそう離れてもいないし、行くのは簡単そうだ。
なら、もう行動は決まったようなものである。
「よし、行ってみよっか」
今日立ち寄る街はピザの街にしよう。
お腹を空かせて、いい感じに味わえるように準備をしておこう。
そう思いながら、私はわくわくしながらピザの街まで足を運んでいくのであった。
ピザの街。
その風貌にはお洒落さがあった。
「レンガの家に、石畳……雰囲気があるね」
建造物はレンガでできていて、蒸気が煙突から噴き出ている。
煙突がある家はひとつではない。ピザを焼きやすいように設計してあるのだろう。
舗装されている道路は石畳になっていて、落ち着いた雰囲気が好印象。
街の外にもいくつか石窯があって、ピザの街という名前の強さを感じさせられる。
「今日も大量に仕入れてきたぞ!」
そう言って私の横を通っていった商人は、荷車の中から数多くのキノコを取り出していた。
なるほど、キノコピザも美味しそうだ。
物珍しく、交渉の場を確認していたら、商人に声を掛けられた。
「おや、アンタ。旅人かい?」
「まぁそんなところ。商人さんはキノコ専門で取引してたり?」
「まさか。キノコ以外も交渉材料として持ってるよ」
そう言って荷車を私の元まで運んで、中身を見せてくれた。
荷物の中に入っている袋はよっつ。
動物系の肉。魚介類や海鮮類。さっき見たキノコ類に……果物?
「ピザ用に取引してるんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「果物ってどんなピザに使うのかな」
「知らないのか? スイーツピザってあるんだぜ? クリームを乗せたパイみたいなピザも存在する」
「へぇ……」
「あと、チーズを乗せて食べる果物ピザにはパイナップルピザっていうのもあるらしい。これもなかなかインパクトがあるって噂だぞ」
丁寧に色々語る商人は具体的な味までは説明してこないけれども、それだけでも十分だった。
味の体験というのは、自分の身で味わってこそ意味があるとも思っているからだ。
「結構バリュエーションが豊富なんだね」
「そうだな、それでちょっとした派閥争いが起こるくらいには多い」
「……派閥争い?」
不穏な言葉が聞こえたので聞き返してみる。
「おっと、口が滑ってしまった。今のは俺が言ったわけじゃないってことにしてくれ」
しかし、商人としてはあまり深入りしたくない問題だからかはぐらかされてしまった。
ピザの派閥争い……味によって喧嘩しちゃうとかそういうものなのだろうか。
「何がともあれ、だ。ここを観光したいなら少しずつピザを食べることをお勧めするよ」
「2ピースずつ食べる、みたいな」
「そうだ。そういう食べ方がオススメだな。ピザの街は広いからな。食べ歩きしやすいし、視野も広がる」
「なるほど……教えてくれてありがとう、商人さん」
「いいってことよ。じゃあ、俺はそろそろ行く。お前さんもいい旅を」
「うん」
商人が去っていき、私はひとり考える。
ピサにも種類があって、派閥争いがある。
……ちょっと調査しながら食べ歩いてみようか。
現在地から近くで食べられるピザのカフェを見かけたので、そこのカウンターに並ぶ。
フルサイズのピザを販売せず、中くらいの大きさで2ピースのピザを用意しているお店だ。
ふと、メニューを見て、私は気が付く。
……キノコ系のピザしか、ない?
ピザの下地はある程度選べる。
それこそチーズ強めのマルゲリータとか、バジルが強いジェノベーゼとかそんな感じに。
ただ、その具材が極端にキノコに偏っている。
多種多様のキノコが使われているピザには肉が存在しない。ただ、潔いくらいキノコがいっぱいだ。
「どうしました? お客様」
「考えてただけ。ええっと、キノコ和風ピザをお願いします」
「かしこまりました」
疑問をぶつけるのはよくない気がする。
そう思いながら、私は素直に和風ピザを注文することにした。
ピザが焼き上がり、休憩中の椅子に届いた時、香ばしい香りが届く。
美味しそうだ。
……でも、やっぱり不思議でもある。
「ピザの街は広い、か」
キノコピザを口に運びながら考える。
柔らかい感触とこってりした味わいがなかなか美味しい。チーズもしっかり伸びたりして満足感がある。
それでも、肉はないから別の食感が味わいたくもなるというのはわがままだろうか。
……偏りにはなにか理由があるのかもしれない。
そう思いながら、次の行動指針を決める。
もしかしたら、別の形式のピザをこの街の中で食べられるのかもしれない。大きく動いてみたら、きっとなにかがわかるはず。
軽い食事を済ましたのち、私は立ち上がり、移動していくことにした。
「……これは、境界線?」
街を歩いていた時にふと気が付いた謎の線。
石畳の間に黒い線が引かれている。
周囲になにかあるかを確認した時、看板が見つかった。
近づいて、そこに記載されている文字を調べていく。
『我々は互いを尊重する法の下に境界線を引く。食文化の違いを理解し、この意味を厳重に把握せよ』
街の法だろうか。
いや、少し違う気がする。
厳かな言葉で書いてあるけれども、街の法を引用している文章に感じられる。
どちらかというと、トラブルを未然に防ぐための注意書きというニュアンスを感じられる。
「線を越えた先も調べてみよう」
ゆっくり歩いていき、境界線を越えた先を調べていく。
街の風貌自体は変わらない。
だけれども、少し香りが違う気がする。
なんていうか、お肉を焼いた時のようなジューシーな香り、みたいなのがそこはかとなく漂う。
それとなく歩いていった先に、モチモチしたかなりこってりした風貌のピザを焼いているお店を見つけたので、今度はそっちでピザを注文してみる。
今回もしっかりメニューを確認。
ピザの具材は肉のみだった。
やっぱり、そういうことか。
その情報を見て把握する。
このピザの街はきっと、四分割された空間のようにできている。
キノコ、肉、シーフード、デザート。
このよっつで形成された街なのだ。
それぞれ特化した具材で形成されてる独特な街。それがピザの街。
……でも、そうなると不思議が増えてしまう。
なんで、わざわざ境界線を引いたりして分担してしまうのだろうか。
その理由が気になってしまう。深く追求しずらい話題なのはわかる。でも、どうしても納得したくなる。
「ベーコンと牛肉のこってりピザをの中サイズを2ピースでお願いします」
色々食べながら、考えてみよう。そう思い、改めてピザを味わう。
お肉のピザは、満足感を強く感じさせる味わいで、かなりの満腹感を得られた。
「この状況を動かせそうな場所は……」
一番個性的なところに行くべきなのかもしれない。
そう思い、私はデザートのピザの空間まで赴くことにした。
デザートピザの空間まで赴いた私。
そこで見かけたのは、嘆いている少女。
「うあぁ、やっぱり売れ筋よくないよぉ……!」
路上の真ん中。首を下にしている彼女はいかにも悩んでいる様子だった。
もしかしたら、なにか力になれるかもしれない。
そう思い、私は彼女に声を掛ける。
「話を伺ってもいい?」
「あっ、お客さん!? パイナップルピザを食べてみない!?」
私が話しかけた瞬間、目を輝かせて顔を近づけてきた。
人によってはわりとびっくりして去ってしまうかもしれない。けれども、私はこういうのはなかなか好きなのだ。
「うん、興味あるし食べてみたいかも」
風変りなピザというのも食べるのは大切だ。
そう思い、彼女の提案を受け止める。
「やった! 今日初のお客さん! あたし、パインっていうの! お客さんは?」
「リベラ。旅人のリベラだよ」
「よし! リベラ、案内するから来て! 私のピザ製作所に!」
ダッシュして路地裏方面に移動していくパイン。
私はそれについていくことにした。
路地裏といっても、衛生面は整っていて、ピザを作るのには問題ない空間になっている。
ただ、人が集まらなさそうな空間にはなっている。呼び込みしないとお客さんは入ってこないだろう。
「ふんふんふーんっ」
初めてのお客さんをキャッチできたからか石窯で上機嫌でピザを焼くパイン。
ハムやチーズ、トマトソースがかかった一般的なピザ生地の上にかなりの量のパイナップルが乗せられていく。
赤いトマトソースの上に乗せられる黄色のパイナップル。なかなかにインパクトのある見た目だ。
「ここはデザート系のピザの場所……であってるんだよね?」
「うん、そうだよ? みんな基本的にはクリスピーピザを使った砂糖とかで彩られたデザートのピザを作ってる」
「パイナップルのピザを作ってるのはパインだけ?」
「あたし以外いないよ? 昔は師匠がいたけど、旅に出ちゃってからはあたしだけになっちゃった」
「……人気がない、とか」
「癖が強いからね、パイナップルのピザって。食べてなくても否定しちゃう人がいるからなかなか興味を持ってもらえないんだ」
「それは、辛いね」
「うん。大変。でもめげないもん。好きって言ってくれる人がひとりでもいてくれればいいって師匠が言ってたもん!」
ピザが焼き上がり、私の目の前にパイナップルのピザがしっかりと届けられる。
大きさは中くらい。しっかり円状のピザになっている。
「あたしも食べるから半分こで!」
「お金は後で支払うね」
「よろしくっ」
早速ひとつ食べてみる。
焼き色が付いたパイナップルを見る機会なんてそうそうないからなかなか斬新だ。
しっかり、口に運んで味わってみる。
「結構すっきりした味わいかも。私は好きかな」
「本当!? よかったぁ」
酸味があるパイナップルの味わいとこってりしたチーズの感触。そして、トマトソースとベーコンの普遍的なピザの味わいが挟まって独特な風味を感じさせる。
後からパイナップルの酸味が来る、というのが好みが別れる点かもしれないけれども、個人的には悪くない、むしろ美味しいと感じる。
変化球気味のピザではあるけれども、食べてみてこれも満足感がある味わいなのは間違いない。
「あたしね、このピザの作り方は師匠から教えてもらったんだ。パイナップルピザを作る達人だったからね」
「自分の道を行く師匠なんだね」
「元々は普通のデザートのピザを作る道を歩むつもりだったんだ。でもね、師匠のパイナップルピザを食べてから挑戦したくなって」
「それで、専門になったんだ」
「……まぁ、偏見も持たれたりしてるから、デザートピザ方面のこの場所でもあんまり売れてないんだけどね! 生活費もちょっぴりギリギリだし」
「でも、諦めたくはないんだよね」
「うん、だって、私はこのピザが大好きだから」
遠くを見つめながら、パインが続ける。
「ピザって色んな種類があるから、一番がどれって考えちゃうと止まらなくなっちゃうんだよね」
「みんなそれぞれ美味しいからね」
「だから、この街は法律でルールを作ったんだ。『食文化の対立を防ぐ為に境界線を引く。各々のピザの文化を分けられた街で育み成長させよ』ってね」
パインの口から聞かされた街の法律。
確かに有効な法律ではあるけれども、可能性を閉じてしまうのではないか、とも考えてしまった。
対立を防ぐことはいいことだと思う。だけれども、お互い干渉しあわないというのもピザの発展に繋がらない気がする。
「はぁ、ほんの2ピースだけでもいいから食べてほしいんだけどなぁ。ミックスピザみたいな形でもいいから」
「ミックスピザ……」
その言葉で、ふと思い浮かぶ。
新しい広場を作ってしまえばいいのではないか、と。
でも、それには少し勇気がいる。街の仕組みを変化させてしまうのではないか。
トラブルを発生させてしまうのではないか、と。
「それぞれのピザが交流しあえる広場を法で作っちゃうのはどうかな」
「そんなこと、できるの?」
「できなくはない。でも、本当にやっていいのかは悩んでるんだ」
「ど、どうして?」
「街の仕組みを変えちゃう可能性があるから。私はあくまでも旅人だから、ここには長居できない。新しく変わった先で生きていくのはみんなの覚悟は必要だから」
「……法って難しいね」
「うん、とっても難しい」
街の仕組みを変えるのはまだよくない結果をもたらしてしまう可能性がある。
少しずつ、流れを変えていくなら、やれることを増やしたりした方がいいのかもしれない。
「……あたし、責任者になるよ」
そう言葉にするパインは覚悟を決めた表情をしていた。
「最初は小さな交流から始まるかもしれないし、うまくいかないこともあるかもしれない。でも、諦めないことが相互理解に繋がるって師匠が言ってたんだ。だから、やってみたい。あたしのピザがきっかけで、交流の幅が広がるのを見てみたい!」
「私は新しい法律を作ったら干渉しすぎないように、また旅に出るけど、覚悟はできてる?」
「うん、大丈夫。やってみたい」
「……なら、応えるね」
魔力を展開して、法を制定する。
新しいピザの街の仕組みを作るきっかけの法を。
「我、リベラ・マギアロアが法を制定する。『ピザの文化交流の場を設け、相互理解を深めよ。他人を否定せず、食文化の交流を進める為に』」
光が放たれ、ピザの街に新しい文化発展のきっかけが訪れる。
これ以上は私が関わるわけにはいかない。だけれども、うまく行ってくれる。そう信じてる。
「あたし、頑張るから!」
きっと新しい風を吹かせてくれる人が、この街にはいっぱいいるはずだから。
それなりの時間が立った、ある日の午後。
私の下に届いた新聞にはピザの街の記事が乗せられていた。
『不思議なピザ! 個性的なピザ! どれも揃ったミックスピザ販売中!』
そのミックスピザの記事には笑顔で微笑むパインの姿が映っていた。
ピザの中身にはしっかりとパイナップルピザも入っている。
「うまく行ったんだ」
交流が進んだピザの街では様々なミックスメニューが挑戦されているみたいだ。
キノコと肉のゴージャスなピザ、シーフードとキノコなんていうのもある。
デザートは混ぜるのはまだ難しいかもしれないけれども、生地として評価されているのが文章から伝わってくる。
これからも文化交流は進んでいくのだろう。
それこそ、どの具材も美味しいミックスピザのように。
「今度、遠くない場所でのんびりする機会があったなら、配達してもらおうかな」
食べるのを忘れていたシーフードや、パイナップルのピザ、色んなものを詰め込んだピザならば人の想いにも触れられるだろう。
それぞれが大切にしている味の仕組みについてもわかるかもしれない。
「……今度、パイナップルのピザを自作してみようかな」
新しい挑戦は素敵なきっかけを生む。
そう、心から信じられる気持ちになれた瞬間が、そこにはあった。




